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体質が変わったので 改め 御崎兄弟のおもひで献立  作者: JUN


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籠女(4)解放

 つないでおいたパスを伝って、遊女に会う。向かい側には明惷さんもいる。

「おや」

 彼女は僕と直に軽く目を見張ってから、艶やかに笑った。

「名前を聞いていませんでした」

「桔梗と呼んで下さいな」

「桔梗さんは、ずっとここに?」

「これでも元は武家の娘でした。でも、主家が断絶になり、父は浪々の身に。それで私は吉原に。年季が明けたものの帰れる場所も無く、大店の旦那の妾に。その旦那がポックリと逝って、所帯を持とうと言ってくれた人に騙されて売り飛ばされて、気が付けば場末の飯盛り女ですよ」

 フッと嗤う。

「名前は?」

「だから、桔梗――」

「源氏名ではなく、あなたの本当の名前は」

「……由布。寺田由布と申します」

 彼女は姿勢を正して、きっちりとした礼をして見せた。そして、自分でハッとする。

「彼女は林明惷さん。中国の貧しい農村部から、家族の為に借金を背負ってここへ来て、売春――ええっと、体を売っている人です。

 今の法では、罪になります」

「そう……」

 女2人が沈み込む。

「自由に、本当に自由になりませんか。誰かに成り代わるのではなく、新しい人生を始めませんか」

「新しい人生・・・」

「由布さん、それにほかの皆さんも。いつまでもここに縛られなくていいんですよ。あなた達を閉じ込める籠はもうありません」

 由布さんが顔を上げる。

 フッと、一瞬にして青空が広がった。

「あ……」

 いつの間にか、たくさんの女達がそこにいた。

「帰れるの?」

 幼い子が訊く。

「もう一度……」

 年嵩の女が目じりに涙を浮かべて空を振り仰ぐ。

 由布さんは明惷さんを見、肩の力を抜いた。身なりが、武家娘のものになる。

「自由になって、よろしいのですね」

「はい」

 由布さんは深々と頭を下げ、他の女達と共に、徐々に薄れて行った。


 夢から抜け出した僕と直は、すぐに石碑まで行った。

 そこは相変わらず人がいない所だったが、今は笑い声に満ちていた。


     あたし、ご飯をお腹一杯食べられる家の子になりたい


     勉強したい


     こんな事だけはもうたくさん


     好いた人と 添い遂げたい


 口々に、希望を語る。

「幸せな人生を、歩き出せますように」

 浄力を浴びせる。彼女達は次々と光になって、消えて行った。最後に由布さんはもう一度頭を深々と下げると、

「数々の御無礼を、お許しください」

と言う。

「あなたにも幸せな人生がありますように、お祈りしています」

「笑って欲しいねえ」

「ふふっ。この度の事、まことにありがとうございました」

 言い終わると、光になって、消えて行った。

「逝ったねえ」

「逝ったなあ」

「あの人も気の毒な人だったんだねえ」

「そうだなあ。この調子で、明惷さん達も救われる方法があるといいんだがなあ」

「難しいねえ」

 明惷さん達は強制送還になる。しかし、借金は残ったままだ。それで多くの場合、また売春を、というケースが少なくないそうだ。

 それを考えると、気が重くなる。

「そこまでは、無理だ」

「そうだねえ」

 僕達は、溜め息をついた。


 翌日、明惷さんはスッキリとした顔をしていた。

 僕達が夢から退場した後、道を歩いて行ったら石碑が見える位置に来たそうだ。そこで、僕達が由布さん達を送る一部始終を見ていたらしい。

「帰ったら、別の仕事を探します。一生懸命働きます。新しい人生を、私も欲しいです」

「はい。それがいいと思います」

「応援していますねえ」

「ありがとうございました」

 女性警察官に付き添われて部屋を出て行く明惷さんを見送って、刑事が言う。

「彼女はもう大丈夫だといいな。帰ればやっぱり、上手く行かないなんて事はザラだけど」

 大丈夫である事を、祈るのみだ。

「その為には、管理、強要した方を締め上げないとな」

 刑事はやる気を見せて笑って見せた。

「新しい人生か。上手くいけばいいな」

 青い空は、どこまでも高かった。




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