お取替え(4)交換返品いたしかねます
腕が落ちた。痛んできてたから急いでたのに、衝撃で一気に取れてしまった。
この頃、交換までの時間が短くなった気がする。気のせいかな。
ああ、取り合えずこの前の腕を付けて、それから急いで取りに行こう。
強くて、きれいな、新しい腕を。
そう探し回るでもなく、そいつは見つかった。先の方を、走っていたのだ。
「なあ、あれ、生きてるの」
僕も直も、マラソンは嫌いだ。それをなんでこんな真夏に、自主的にしているんだろうなあ。
「とりあえず、話はできるし、自立行動もできるみたいだけどな」
「びっくり人間もびっくりな特技だけどね」
「目の前で腕が落ちたら、子供なら泣き出すぞ」
そいつはいつかの洋風の門の家に入って行く。とりあえず、人を襲わずに帰宅したらしい。
門の前から、中を覗き込む。乗用車2台分くらいの庭は、自然派とでもいうのか、植えられたと思しき花も雑草も高く深く生い茂っており、奥の家屋までのコンクリートの細い通路が、伸びた草で余計に細くなっている。
「どうする、怜」
「このまま見張っておけばいいだろう。入り込むのは、危ないし、不法侵入だし、面倒臭い」
「まあ、そうだねえ。万全の状態のあれとやりあうなんて、ゾッとするよ」
早く警察が来ないかと祈りながら待つ。
だが、そうも言ってられなくなった。
家の中から何かの倒れる凄い音がしたと思ったら、しばらくして、窓に炎が見えたのだ。
「証拠隠滅?」
「単に火事かも」
どちらにせよ、見ているだけでは済まなくなった。
「ああ、面倒臭い」
僕達は、突入を決めた。
玄関のドアは鍵が閉まっておらず、開いてみると、埃っぽくて、壁などには蜘蛛の巣が張ってあった。そして、入ったところにある電話機は、コードが引き抜かれている。
真っすぐ奥へ延びる廊下には埃がたまり、どこかから、強烈な腐敗臭がした。
炎は一番奥の部屋辺りに見えたので、奥へと進む。
途中に、長いものが転がっていたので、ちょっと見たら、足だった。
「足!」
避けるように、端を通って行く。
奥のリビングだったと思しき部屋に飛び込むと、転がったオイルディフューザーから零れて広がったオイルが積まれた新聞に染み込み、そこにアロマキャンドルが倒れて、燃えていた。
炎自体はそう大きくなく、その辺に放置していたタオルで叩いたら消えたので、そばの庭に出入りできる大きな窓を開け、新聞を庭に出しておく。
そのあたりで多少は空気が入れ替わったのか、息ができる感じになった。それでも、臭いがとても酷い。
「ここ、人が住んでるのか?」
直は半泣きで、鼻をつまみながら言った。
「そうは見えないけどなあ」
鼻をしっかりつまんでいないと、むせるし、吐きそうだ。
と、ずずっと、何かを引きずる音がした。
見廻して探してみると、続きのダイニングの方から、そいつが這って来ていた。足は両方なく、腕も片腕しかない。
「足と腕をちょうだい。今度は、丈夫なのがいいわ」
ずずっ、ずずっ。
真っ白に濁った眼がこちらを見、吊り上がった口元からは、粘液が垂れている。
僕達は、近寄られた分、後ずさった。
「きれいなだけじゃ、だめね」
ずずっ、ずずっ、ずっ。残った腕が、取れた。
「だめねえ。ねえ、とりかえてよ」
「できません」
「どうして。返品、交換。無理そうな理由でも、言ってくるじゃないの」
「……」
「私だって、いいじゃない」
顎で、進んで来ようとしている。
「最初の交換はいつですか」
「さあ。2年くらいかしらねえ。最初は、もっと長くもったから」
走って逃げたら、突然立ち上がって追いかけて来そうな不気味さである。
「交換した古いパーツは、どうしました」
「お風呂場の、よくそうお、あああ」
口が上手く動かなくなってきたのか、急激に、言葉が不明瞭になる。
動こうとしているのに動けず、痙攣のような動きになって来た。
そうしていると、表に車の停まる音がして、すぐに、兄を先頭に、徳川警視と吉井さんが庭に走り込んで来た。
「大丈夫か、ウッ」
臭いとこの光景に、たじろぐ。
「あーあーあーあーあー……っ」
急速にそいつの気が変質して、穢れを撒き散らす存在になっていく。
「ああ、祓うわ」
浄力――覚えた――を、放つ。
そいつは灰のようになり、ごそりと崩れた。
その後の調べで、浴室の浴槽から色々な内臓や眼球、手、足などが腐乱した状態で見付かり、今、DNA鑑定で忙しいらしい。
あの家に住んでいたのは通販会社のコールセンターの女性で、クレーム、返品、交換の電話でノイローゼになったせいで退職したのがおよそ3年前。時々姿が見られたものの、近所付き合いもなく、気付かれなかったらしい。パーツを交換しつつ死体を運用していた術は、亡くなった彼女の祖母が呪術者で、禁忌の研究に手を染めていたらしく、その研究成果を使っていたものだった。
「気の毒な人ではあったんだな。加害者になるまでは」
「そうだな。もう少し、上司に相談するとか、心療内科を受診するとかすればよかったのにね」
兄の言葉にしみじみとなっていると、
「未だに心療内科の受診をためらう風潮もなくはないですからね。ばからしい」
と、徳川警視が嘆息した。
今日は直も呼んで3人で夕食をとる事になっていたのだが、なぜか徳川警視も、我が家のダイニングテーブルについていた。まあ、いいけど。
「クレーム対応とか、ストレス溜まりそうだなあ」
直が言って、ナスをパクリと食べた。
今日は、サバの押し寿司、冬瓜、ナス、オクラなどの冷製煮物、肉詰め南瓜の茶巾あんかけ、冷やし蕎麦だ。サバの押し寿司は、酢飯に刻んだ甘酢しょうがと白ごまを混ぜ、それを二段にして間に青じそを挟んだサッパリとした夏用で、上の締めサバは自家製だ。
「ああ、美味しいですねえ」
「ありがとうございます」
「弟達の事を伏せて下さって、ありがとうございました」
「気にしないで下さい。どうって事はありませんよ」
徳川警視はニコニコとして、押し寿司を口に入れた。
「夏らしい、残暑にも食がすすむ一品ですねえ」
「そういえば、もう夏休みも終わりだな。いろいろあって、そんな気がしないが」
兄がふと気付いたように言った。そう言えばそうだった。
「2学期になったら、体育祭に文化祭でしょう。あの学校は文化祭が派手ですよね。出し物はもう決まっているのですか」
「クラスでは展示をやります。よく飛ぶ紙飛行機。当日、なるべく何もしなくていいように」
直が言ったら、兄も徳川警視もこっちを見た。
「いや、そういう声が多かったんだよ。別に僕が言ったわけじゃないよ」
「何も言ってないぞ」
「クラブは?心霊研究部だったよね」
「それで困ってて……。活動報告をしなくちゃいけなくて、文化部は大抵、文化祭で何かやるんです。でも、生憎報告できるようなものがあんまりないんです」
「部長が、このままだと、滝行か降霊実験か心霊スポット巡りを断行しそうなんです」
「面倒臭いのは御免だからな、絶対!」
兄と徳川警視と直が、噴き出した。
面倒臭いものは面倒臭い!




