お取替え(1)落し物は警察へ
少し食べただけなのに、胃がもたれる。気に入らない。
髪に艶が無くてボリュームが無い。気に入らない。
足が太い、細くなりたい。気に入らない。
シミができて消えない。気に入らない。
気に入らない。気に入らない。気に入らない。
気に入らないなら、取り換えればいいじゃない。服でも、靴でも、バッグでも、お取替えできるんだから。
いつも、いつも、あいつらは言うじゃない。
気に入らなかったから、取り換えて下さいって。
焼いた厚揚げを魚焼きグリルから出しておろししょうがとねぎをのせ、しょうゆをテーブルに出す。ポテトサラダは小皿に入れてあるので冷蔵庫から出して、そのまま。小アジの南蛮漬けは、タッパーから出して小鉢に盛る。この小アジは昨日のうちに油で揚げ、玉ねぎ、ピーマン、人参と一緒に三杯酢に漬け込んでおいたもので、柔らかくなって、背骨まで食べられるくらいだ。味噌汁はそうめんとわかめ。ご飯は土鍋炊きで、あさりの佃煮を添えてある。
ちょうど兄が着替えてダイニングに来た時、セットが終わった。
「いただきます。
うん。南蛮の酢加減がいいな。食欲が湧いてくる」
良かった。暑さが厳しいせいか、今朝、ちょっと食欲がないように見えたからなあ。
御崎 司、28歳。若手で1番のエースといわれている刑事だ。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない、自慢の兄だ。
僕は、怜。高校1年生だ。この春突然、霊が見え、会話できる体質になっただけでなく、先ごろには神殺しという新体質まで加わった、新米霊能者である。面倒臭いことはなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、なぜか春の体質変化以降、危ない、どうかすれば死にそうな目に何度も遭っている。
「忙しそうだね」
「まあな。でも、話題の連続パーツ抜き殺人がこの辺りには出てないだけ、まだましだろうな」
「ああ、あれ」
近頃巷を騒がせている事件で、四肢なり内臓なりどこかしら欠けた遺体が見つかっており、連日ワイドショーを賑わせているのだ。
「本当に大変だろうなあ。犯人はフランケンシュタインでも作る気なのかな」
「全く、何を考えているやら。
怜、危ないから、夜出歩くのはなるべくやめなさい。どうしてもなら、明るいところを、1人にならないようにしなさい」
夜出歩くのは、遊びじゃない。霊能者としての仕事のせいだ。
とは言え、週に3時間も寝たら済む無眠者なので、夜は大体暇だ。勉強したり、本を読んだり、料理をしたりする他、気候が良ければ散歩したりもしていた。でも今は、友人にブラコン気味と言われる程僕の心配をしてくれる兄でなくとも、そう言うだろう。
「うん、なるべく気を付けるよ」
色々と話をしながら食事をし、「ごちそうさま」と手を合わせた所で、電話が鳴り出した。
案の定、兄の呼び出し、事件だった。その後テレビで連続パーツ抜き殺人の新たな被害者がこの近辺で出たことを知った。
僕と京香さんは、夜景の見事なデートスポットにいた。デートではない。ここに夜な夜な現れてはカップルを脅かせる幽霊が出ると言うので、浄霊の依頼を受けて来たのだ。
辻本京香。指導係であり、マンションの隣人でもある霊能者だ。浄霊はできるのだが、滅多に霊の声が聞こえないので、師匠に、修行して来いと放り出されたのだ。
出たのは彼女ができたことのないまま死んでしまったモテない浪人生の霊で、散々涙で愚痴り、来世はイケメンのモテ男になって彼女と海へ行くと誓いながら、成仏していった。
「海ねえ。この前海に行ったのなんて、いつかしら。怜君はこの前行ったのよね、合宿で。お土産ありがとね。
で、どうだったのよ」
「竜宮城に行ったんですけどね。
そうだ。京香さんがもし浦島太郎ならどうします?」
「そうねえ。どんちゃん、どんちゃんして、そのまま居つくかも」
おお、帰りすらしないとは。
「京香さん、お酒はほどほどにして下さいよ。肝臓労ってあげて下さいよ」
「多分大丈夫よ。あはははは。
それより、パーツ抜き殺人とか流行ってるというのに、デートするのね、世の中のカップルは」
羨ましそうだ。
「自分は大丈夫だと思ってるんですよ、大抵は。
じゃあ、帰りましょうか」
並んで歩き出す。
「もしパーツがもらえるなら、肝臓かしら。交代で使えば自然と休肝日よ」
「どんだけ飲むつもりですか」
くだらない冗談を言いながら、住宅街に差し掛かる。この辺りはこんな午後10時を過ぎると人通りが途絶え、今はなおさら、急ぎ足で帰って来て素早く家に入ってしまう人が多い。誰も見かけない。
が、角を曲がる時、前から俯き加減になって急ぎ足で来た若い女性と、京香さんが軽くぶつかった。
「あ、すみません」
とっさに京香さんが、よろめいた相手を支える。
強い香水の臭いがし、泳いだ右手の手首の上に、大きな花のような形のアザが見えた。
「大丈夫ですか」
「はい、大丈夫ですから」
と言いつつ軽くよろめき、早足に離れて行く。
こちらも歩き出しながら少し心配になって肩越しに振り返ると、大きな洋風な門の家に入って行った。
「京香さんは大丈夫ですか」
「大丈夫よ」
「老化は足元からって言いますから、運動した方がいいですよ」
「何ですって!?」
「冗談ですよ、嫌だなあ。思い当たる事なんてないでしょ」
「え、あ、うん。ないわ、よ」
おい。本当に大丈夫か。
駅の方へ曲がり、神社の境内を突っ切って行こうとした時だった。
「何か、鉄っぽい臭いがしない?」
「鉄……ちょっとしますね。鉄パイプ?工事の鉄骨?鉄の臭いって何だろう」
2人でクンクンキョロキョロとしながら進んで行くと、倒れている人がいた。
近付くと強烈な血臭がし、どう見ても、生きている人の顔色ではなかった。それに、腹部を大きく開いて生きている人もいないだろう。
「幽霊?」
ある種見慣れた顔色と風体である。
「いや、死にたてでしょ。まだ幽霊でもないわ。
どうしよう」
「兄ちゃんに電話しよう」
幽霊に会っても平然としているが、ただの死体には動揺する霊能者だった。




