兄弟(1)迷子の子狐
線香の煙が、真っすぐに立ち上って行く。
お彼岸なので、兄と2人、墓参りに来ているところだ。ここは周りに自然が残っていて、夏には川でホタルが飛び、今も山ではウグイスや雉が鳴いている。
御崎 怜、高校3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「早いもんだな」
しみじみと兄が言う。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意、クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の、頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警視庁警備部企画課に所属している。
「合格の報告もしたし、帰るか」
立ち上がって並んで歩き出したが、横でガサガサと何かが争うような音がして、目の前に茶色い何かが転がって来た。
「……狐か?」
狐だった。しかも、霊だが実体化しており、体に葉っぱや土をくっつけて、
「痛いよお、助けてぇ!」
と泣いていた。
「え?」
カラスがその茂みから出て来たが、狐が震えながら兄の足にしがみついたのを見て、どこかへ飛んで行った。
「虐められたのか?」
「いや、兄ちゃん、まずは日本語を喋る狐ってところはいいの?」
「ああ……何か、慣れた。そういう事もあるかな、と」
葉っぱを払ってやって、抱き上げる。
霊だからノミも寄生虫もいないだろうな。
「怖かったあ。お腹が空いたからお墓の方へ行ったら、突かれて」
「ああ。縄張りなんだろうな」
「そうだなあ。
お前はどこから来たんだ」
「何にも覚えてないなあ」
「記憶喪失か」
「でも、誰かを探してる気がする。見つけないといけないって。あと、お腹空いた」
「……怜」
「……」
何だろう。捨て犬を拾って来た子供が、親に飼ってもいいかと尋ねる時って、多分、こういう目なんじゃないかなあって気がする。
「まあ、悪い感じはないから、大丈夫かな。でも、悪い事したら祓うからな」
「わかった!ありがとう!」
まあ、可愛いし、放って行ったらまたやられそうだし、兄ちゃんが喜んでるし、しかたないよな。うん。
こうして、捨て犬ならぬ迷子の子狐の霊を拾ったのだった。
コン太と名付けた子狐は、今、テレビの前で、アイドルの歌に合わせて尻尾を振っていた。
「コン太かあ」
「なかなかかわいいよな」
「やっぱり油揚げが好きなのかねえ」
「いや、何でも食べるぞ。一番好きなのは、ドーナッツだな、今のところ」
「最近の狐は、ドーナッツ……」
直は、揺れる尻尾を眺めて言った。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。1年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
そんなコン太に、アオが近付く。
「チッ?」
「わああっ!」
途端にコン太は、飛び上がって僕の肩に避難した。身は軽いな。
「鳥!鳥!」
直もアオも、呆然としていた。小さなインコに怯える狐ってなあ。
「大丈夫だ。直も、あの鳥、アオも、虐めたりしないから。アオは頼りになるいい奴だぞ」
「チッ」
アオが、胸を張る。
コン太は意を決したように下へ下りると、そろそろとアオに近付いて、
「こんにちは」
と挨拶した。
「ちちっ」
何か、会話している。
「メルヘンだねえ」
「ああ。和むなあ」
アオとコン太は並んで、テレビの歌に合わせ、尻尾を振っていた。
 




