みかん(1)縊死死体
一休みしようと、コタツに入ってみかんを手に取り、皮を剥く。途端に、良い匂いが広がった。
「はあ。良い匂い」
御崎 怜、高校3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「甘いし適度な酸味はあるし、このみかんは当たりだな」
兄が、ミカンを1つ食べながら言った。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意、クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警視庁警備部企画課の課長だ。
「何か曇って来たな。天気予報はどうなってたかな」
テレビをつけると、ニュースをやっていた。
『――転がっていた頭部は首を吊った時に切断されたものと見られ、事件とみて捜査しています』
不穏な言葉が飛び込んできた。
「転がっていた頭部?」
「ああ、これか。橋の下で頭部が切断された遺体が見つかったんだが、手すりにロープが結んであって、縊死らしい。ロープに首を入れて思い切って飛び降りた時に首が千切れたらしいな。急激に力が加わった拍子にこうなったり、遺体が見つからずに腐乱して首が千切れたりするケースは、ままあるからな」
「うわあ。そうなるまで発見されないのも気の毒だなあ。腐乱って……」
「ただでさえ遺族は混乱するのに、あれは本当になあ」
「そうだろうなあ。突然家族が自殺なんてしたら、どうしていいか」
理由とか、できる事があったはずだったとか、色々考えて、家族はきっと悩み続けるんだろうな。僕だって、もし兄ちゃんが――って想像したら……。
「に、兄ちゃん」
「怜、いいか、何でも相談するんだぞ。何があっても、いつでも、兄ちゃんは怜の味方だからな」
「うん。僕もだからな。兄ちゃんは突然いなくならないでよな」
お互いに確認しあってから、みかんに戻った。
午前3時。車も人も通りかからない。辺りはまだ真っ暗だが、橋の上の灯りで、手すりの外に立つ人物が逆光に浮かび上がっている。
「パワハラした、山野課長、一緒に笑いものにした課の皆、呪ってやる。絶対に許さない。祟ってやる」
言って、跳び降りる。
首にかかったロープがピンと張られ、体にガクンとした衝撃がかかる。そして、プランと揺れた後、頭が前のめりになったと思ったら、頭と体が別々に落下した。
体はグニャリと地面に叩きつけられて投げ出される。
そして、頭はボールのように軽く2回程跳ねてからころころと転がって画面手前まで転がって来、少し頭頂部の方をこちらに向け、軽くうつむくような角度で止まった。軽く下を向いた角度で、これといった表情はない。
彼は、その動画を繰り返し見ていた。
抗議の自殺。この動画を匿名でアップしてやると、この死んだ男と約束していた。する気はなかったが。
「凄いなあ。こんなの初めてだよ」
彼は興奮に目を輝かせていた。
最初に撮った練炭を前に死んでいく女子大生の動画は、見てみると、つまらなかった。2回目の首吊りは、イスを蹴った後、ジタバタして、やがて弛緩すると、舌を驚くほど伸ばし、色んな体液をぶちまけた。
「今回のが、一番凄いな」
言って、彼は再び、新しいコレクションの再生を始めた。




