実証(3)実験への招待
僕と直は、難しい顔をして考え込んでいた。
2学期に入り、いよいよ受験が近付いて来たから、ではない。
「頑なに、霊なんていない、そんなのは思い込みとトリックだ、っていう人も困るけど」
「何でも霊のせいにしたり、それで騙してお金を巻き上げたりする人は許せないよねえ」
そう。この間の真愛会事件の事だった。
現実に目覚めた信者達は、大抵が家族の元に戻ったのだが、中には、帰るべき場所が無くなっている人もいた。それに、怒りを露わに怒るならいいが、ガックリと落ち込んで家族に対する罪悪感にさいなまれる人もいれば、また新たな本物の教祖を求めてフラフラする人すらいる。この前の母親は、霊のせいでないなら、どうして夫は愛人の所に入り浸っているんだ、と納得しない。各々カウンセリングをしているというが、簡単には元通りといかないものだ。
「何か無いもんかなあ」
僕達は、じっくりと考え込んだ。
招待状を受付の美人に渡し、母子は、先に着いていた他の招待客と合流した。『これが本物です』という集まりで、地元テレビのスタッフ4人、新聞記者2人とカメラマン1人、それに、母子だ。
「お待たせいたしました。道なりに奥までお進み下さい。決して、道は外れないようにお願いいたします。なにぶん本物をご用意いたしましたので、大変危険だと申し上げておきます。
では、ご案内いたします」
ゴクリと、唾を呑む。
それで、一同は受付嬢の後から、一塊となってゆっくりと進む事になった。テレビの録画も既に始まっている。
木々と雑草に挟まれた小道は、灯りが無く暗く、ゆったりとカーブして、先が見通せない。
「ギャッ」
木々の間に立つ古い石塔に、顔が浮かんでいた。
「ああ。あの石塔は、廃寺に放置されていたものです」
さらりと受付嬢が解説した。
「アッ」
茂った草むらの向こうで、人魂が4つフラフラと飛んだ。
「今日は4つですか。少ないですね。こちらを観察中でしょうか」
もう少し進むと、ゴールの小さな小屋が見え、その右側には川が流れ、土手になっているのが分かる。
その無人の土手に、いきなり、ぼんやりとした人が現れた。鉈を持っているように見える。
「あれ?」
誰かが言い、皆でそれを見た直後、またいきなり消える。
「ちょっと、まずいかも知れません。首切りが出てきましたから急ぎましょう」
受付嬢が言った時、何か生暖かいものが降って来た。
と、誰からともなく
「ギャアアア!!血が降って来たあああ!!」
と叫び出し、一斉にパニックになってウロウロとしだした。
その時、灯りが点いて、辺りが明るくなった。
「お疲れ様でした」
道の先の草むらから出て来たのは、僕と直だ。キョロキョロと周囲を見る彼らの背後の草むらからは、釣り竿を持った1年生部員4人が現れ、小屋からはリモコンを持った宗、道の左側からは携帯電話を持った楓太郎と斎藤姉妹が現れる。
「こ、こ、これは、一体」
母親がやや落ち着きを取り戻しながら言う。
「実は、テレビ局さんと新聞社さんにはあらかじめ言ってあったんですが、これは、実証実験なんです」
「実験?」
娘さんの方が、訊き返す。
「はい。暗くて、不気味。そこでいかにもなものを見たりしたら、人は簡単に霊だと錯覚してしまうというね。
まず、石塔に浮かぶ顔。これは点が3つあれば顔に見えるという、脳のしくみのせいです。正常に脳が働いているという証拠ですよ、顔に見えたのは。
火の玉は、薬品を染み込ませた弾を燃やして釣り糸でぶら下げただけです。意外と見えないものでしょう、糸」
「でも、あそこの鉈を持った人は?いきなり消えたりしたわ!」
「ペッパーズゴーストという、最近のコンサートやお化け屋敷で使われている手法です。夜、ガラス窓の前に立ったらガラスに自分が映るでしょう。それを応用したものなんです。透明な板を45度の角度に設置して、そこに、写真でも人でもテレビでも、映り込むような位置に置いて、そこに光を当てたら、ぼやっとそれが浮かび上がって見える仕掛けです。
こっちの後輩がいい位置に来た時に電話で知らせて、小屋の中であっちの後輩が電気を点けたり消したりしたわけです。
この2人は、頭上に仕掛けたぬるい水を降らせた係ですね」
娘の方は面白そうに見ていたが、母親は怒りのせいか、プルプルと震えている。
一部始終を、新聞社のカメラマンとテレビ局のカメラマンが撮影していた。
「どうして……」
「彼らは僕達のクラブの後輩で、指示はしましたが、この通り、製作から全部やってもらいました。普通の高校生でもできる程度の仕掛けでも、騙す事はできるんです。もう少しお金をかけたり手の込んだことをすれば、もっとそれらしいこともできますよ。
だから、何でも霊のせいにしないで、まずは、よく考えてみてください。彼女のように本物の霊は勿論います。その場合は遠慮なく僕達霊能師に言って下さい。必ず、何とかしますから」
母親は皆をグルリと見廻し、娘さんを見、
「ごめんなさい」
と、泣き出した。
「お母さん。いいのよ。私ももっと話を聞いてあげるべきだったのよ、悩んでいる時に」
「ええ。ありがとう」
それを微笑ましく見ていた新聞社とテレビ局のクルーだったが、ふと我に返ったように記者が言った。
「あれ?さっきそう言えば、『彼女のように』って言いませんでしたか?」
「ああ。彼女だけ本物ですよう」
直が受付嬢をにこにことして前へ出す。
「はじめまして。2年前から幽霊やってます」
一拍置いて、全員が叫んで後ずさった。




