いつも見ている(3)心残り
小東さんは言ってしまってスッキリしたのか、うっぷんを吐き出すように続けた。
「再婚しようがどうだろうが、個人の自由でしょ。何で上司に命令されなきゃいけないんです。男は家庭があってこそ?何時代の価値観ですか。そう言いたいですよ。本当、大きなお世話ですよね。
だから妻も、怒っているんでしょうか」
そして、自分の言葉にガックリとした。
「奥さんって、あの絵の人ですよね。セミロングで、優しそうで、口元に小さい黒子のある。全く怒っていませんよ。心配しています。今は大海君について行って見守っていますよ。
夢は、小東さんの迷いとかが見せたものかもしれないですし、言いたい事があるにせよ、恨み事とかではないですよ」
「迷いとか自責とかで、奥さんの夢を見たのかも知れませんよねえ」
僕と直の言葉に、小東さんは小さく笑った。
「あ、でも、変な事というのは気になりますね。霊関係では無さそうですけど」
「いつからですか」
小東さんはすぐに、
「彼女が勝手に婚約とか言い出してからですね、大体」
「ああ。それで、奥さんが怒ってると思ったんですねえ」
「はい」
別の、面倒臭い予感がする。
チラリと直を見ると、直も小さく頷いた。
僕は断って、ちょっと電話をかけた。
「あ、徳川さん。ちょっとお願いがあって。もしかしたら、事件かも知れなくて。いや、生きてる人。今は。でも、過去はわからないよ」
兄は忙しそうで、頼めない。決して徳川さんが暇そうだと言っているわけではないが。
結果はすぐに出た。
「多分、クロだって。すぐに吉井さん達に連絡して動いてもらうって。それで、ここにも人を寄こしてもらうって言ってた」
直にそう言ったら、通じた。
小東さんはキョトンとしているが、さて、何と説明しよう。
その時、外で大きく気配が膨れ上がり、僕と直は表に飛び出した。小東さんも、わからないままについて来る。
階段の踊り場に、尻もちをついたような姿勢で座り込む大海がおり、数段上の堀川さんを見上げていた。
「大丈夫?ちゃんと足元を見ないと」
言いながら手を差し出す堀川さんだったが、大海は、後ずさるようにしてその手から逃れようとする。そしてそんな大海の後ろには、怖い顔をして堀川さんを睨む、小東さんの奥さんがいた。
「大海!」
小東さんが慌てて寄って行く。
「ケガはないか。どこか痛い所はないか」
「大丈夫」
大海は立って、小東さんの陰に隠れるようにした。
「良かったわ」
笑う堀川さんに、小東さんがはっきりと切り出す。
「堀川さん。はっきりと言わなかったぼくが悪いんです。怒ってくれていい。でも、あなたと再婚する気はありません。部長にも、はっきりと言うつもりです。どうもすみませんでした」
頭を下げる小東さんに、全員が言葉もない。
やがて、大海が嬉しそうに笑い、奥さんがホッとしたような顔をした。
「そんな、どうして。大海君にはお母さんがって、部長も」
「再婚したい人ができたならともかく、母親をあてがうつもりで、再婚なんてしません。ぼくがこの子の、父親で、母親になります」
「……話が違う……」
「え?」
「……職場では、結婚するものと思われてるのに。恥をかくじゃないですか。婚約不履行です。慰謝料を請求しますよ」
堀川さんが堂々と言い放つのに、黙っていられなくなった。
「婚約したと勝手に自分で言って回ったんじゃないですか。小東さんが同意していないのに。それじゃあ、裁判に持ち込んでもどうでしょうかね。
それに、今、ここで何があったんですか?」
「大海君が落ちそうになったのよ」
「だって、背中を誰かがドンッて」
「何言ってるの?いい加減にしてくれない?」
「しかたないですね。目撃者の方に聞いてみましょうか」
「え?」
堀川さんが、ギョッとしたように辺りを見る。
その間に直が、実体化の札を奥さんに貼り付ける。
「はい、小東さんですぅ」
「香子!?」
「お母さん!!」
「エエッ!?」
今度は堀川さんが、腰を抜かしたように座り込んだ。




