枷(4)男とか女とか
サキエが女児に近付いた時、そうとは知らず、凜と累が口を開いた。
「じゃあ、コックさんは変なの?パン屋さんは?」
「女の人だって仕事してるよね。先生とか、女優さんとか、お巡りさんとか、看護師さんとか。いーっぱい」
「女とか男とかじゃなくていいんじゃない?やりたい人がやればいいんだよ。お父さんはそう言うよ」
それでほかの園児達も言い出す。
「そう言えばお父さんと一緒にギョーザ作ったよ。お母さんも美味しいって喜んでた!」
「お父さんとお兄ちゃんと母の日にカレー作ったぜ」
「洗濯はばあちゃんがして、普通の日はご飯は母ちゃんだけど、土日は父ちゃんだな、俺んち。男飯なんだぜ」
女児は何となく納得したのか、
「そうね。確かに、御店屋さんとか、男の人が作ってた。それにドラマとかでもそうだったし」
と言い、それで全員が納得したように笑い合い、改めて
「じゃあ、いただきます」
という教諭の号令に合わせていただきますをした。
それを見ていたサキエは肩の力を抜き、フラフラと博物館になっている実家の方へと進んで行った。
僕と直がようやくサキエに追いついた時、サキエは凜達から離れて博物館へと歩いて行くところだった。
「凜達だ!」
何も起こって無さそうな事を素早く見て取り、心から安堵した。
「よ、良かったぁ。
斬りつけるのって、何か共通するものがあるのかねえ?」
「何だろうな。まあ、詳しく本人から聴くか」
せっかくの遠足だ。凜達に見付からないように、僕と直はそうっとサキエを追って博物館へ入った。
博物館は本当に小さく、鍛冶場や道具、道場が残るほか、家に残っていた作品が展示されている。
サキエは鍛冶場などに見向きもせず、展示場へと入って行くと、その中の一振りを手に取った。
これが、光臨丸!これで私が!
直がそれを見て解説する。
「あれは初代が打った名刀で、代々市橋家当主の印として受け継がれて来たそうだよう」
「へえ」
それに僕が返事をする先で、恍惚とした表情をしていたサキエはギョッとしたようにこちらを見た。
誰だ!
「警視庁陰陽部の御崎と申します」
「同じく町田と申しますぅ」
「松田サキエさんでよろしいですか」
サキエは警戒するように刀を構えながら、答える。
市橋サキエ、市橋家7代宗主です
「墓地で2人に斬りつけ、墓石や木に傷を付けたのはあなたですか。それと、サラリーマンと学生合計7人に斬りつけたのもあなたですか」
サキエは目を吊り上げ、刀を正眼に構えた。なるほど、なかなかいい構えだ。
あやつらの言い分は看過できない
間違っているから 斬った
私が強いのに 何で弟に
私が強いのに 女だからって
女らしくしろ 女のくせに
もう嫌 私の方が強い
この光臨丸は 私のもの
そして、突っ込んで来る。
「直、逝こうか」
「はいよ」
僕は刀を出し、サキエの光臨丸を弾いた。
私が女だから 鍛冶場に入れてもらえない
私は 男に なりたかった
もっと 剣の稽古をしたかった
私が 女だったから 我慢するしかなかった
女だから 女のくせに
もうたくさん!
僕は決まり切った型通りだとは言え、なかなかに鋭い剣筋のサキエの刀を弾きながら言う。
「悔しい思いをしたんですね」
私が勝てば 女だから手加減してやったと言うか
女のくせに生意気だと言う
私は強い
尋常に 勝負しろ
尋常な勝負か。いいだろう。
僕は刀を構え直し、サキエを見た。
サキエは切っ先をこちらに向け、瞬きひとつせずに僕を睨むように見る。そして、鋭い突きを放って来た。それを弾くと返す刀で斬りかかって来る。それを避けると、すぐに次の攻撃が追って来る。
確かに強敵だ。
しかし、沖田先生達の弟子として、負けるわけにもいかない。
僕は攻撃に転じた。打ち込まれた刀を滑らせるようにして受け流し、そのまま斬りかかる。
辛うじて2回はそれを受けたサキエだったが、スピードの差なのか、力の差なのか、実戦経験の差なのか。僕の刀はサキエに届き、その傷口から浄力が流れ込んで行った。
「いや、大した実力です」
サキエは晴れ晴れとした顔をして笑った。
そしてそれを最後に、サラサラと崩れ、消えて行った。
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