炎の大運動会(2)警察VS消防、抗争の舞台裏
「何だ、これは」
僕と直、兄、徳川さんは知っていたにもかかわらず、それでも唖然とした。事情を知らない父兄や保育士達は、もっと驚いている事だろう。
グラウンドの観客席は大きく2つに分かれ、各々の園の父兄達が座っている。
写真やビデオを撮るのに争いが起きるというのも昨今ではある話なので、撮影ポイントとして正面を指定してある。そこまではどこの幼稚園でも見られる光景だ。
2つの父兄席の間が問題だった。
片方には警視庁のマスコットの着ぐるみがおり、イベントや交通安全教室で登場する、人が中に入ってかついで動かすパトカーも置いてある。それと、やけに気合の入った父兄でもない大人達が並んでいた。
反対側を見ると、そこにも消防庁のゆるキャラの着ぐるみと、やはり消防教室で使うらしき消防車が置いてあり、気合十分な父兄ではなさそうな大人達が並んでいた。
そして、両方の園の保育士達が真剣な顔付きで集まって何やら本部テントで相談しており、父兄と子供達は、ゆるキャラや車に喜んで突撃しに行って、写真を撮ってもらっていた。
「何の抗争だよ、これは」
「体育会系の組織がぶつかれば、こういう事もあるんだねえ」
遠い目になっていると、徳川さんが近付いて来て、ガシッと肩を掴んだ。
「負けられないようだよ」
「えええ。これ、幼稚園の運動会なんですけどねえ?」
「今年は運が悪かった」
「面倒臭いな、全く」
兄が苦笑する。
「でも、応援されればがんばるしかないだろ?」
凜、累、敬、優維ちゃんが、
「お父さん、リレーと親子ソリ運びリレーと綱引きに出るんでしょ?」
「がんばってね!負けないよね!」
とプレッシャーをかけて来る。
「う……がんばります」
こうして合同運動会は、幕を開けた。
いやに力の入った応援の声が飛び、ゴールのたびに、
「いよっしゃあ!」
「くそお、次は負けるんじゃねえぞ!負けたらフル装備でランニング追加だ!」
などという声が飛ぶ。
「これ、園児に悪い影響が出ないのか?」
僕も直もヒヤヒヤしていたが、彼らは、子供の競技には全身でただただ応援しており、こだわっているのは父兄参加の競技だけらしい。それがせめてもの救いだ。
そうこうしているうちに、出る予定になっているリレーの招集がかかった。
僕も直も、「普段から体を動かしているんだから」というだけの理由でこの競技にエントリーさせられており、招集場所へと向かった。
向かう前に、嫌という程、警察側の見学者からプレッシャーをかけられたのは言うまでもない。
「ああ、面倒臭い。凜達と楽しく運動会に参加して、お弁当食べておしまいのつもりだったのに」
「おかしいよねえ。何でこんなに鬼気迫った感じになってるのかねえ?」
ぼやきながらも、凜たちの声援を背に招集場所に着くと、やる気に満ち溢れた男達が、黙々と準備運動をしていた。どこかの競技会の入場前みたいな真剣さだ。
「嫌だ。帰りたい」
クルリと背を向けた僕の肩を、力強く掴む手があった。
「だめですよ、警視。逃げられると思ってるんですか」
振り返ると、同じたんぽぽ幼稚園に子供を通わせている警察官だった。
「向こうは、消防官ばかりで固めて来ました。なのでこちらも、警察官ばかりで固めました」
「何でそんな、火に油を注ぐような真似を……」
僕は絶望した。これではますます、抗争ではないか。
「おや、逃げるんですか?消防官は現場から逃げるなんて真似できませんからねえ。覚悟が違うんですよ、お巡りさんとは」
せせら笑って来たぶどう幼稚園の父兄である消防官に、こちらはムッと殺気立った。
「おやおや、誰もそんな事を言ってないのに。状況を正しく把握できないのは頭のできですかね。ただ火を消すだけじゃ務まらないんですよ、警察官は」
誰かが言って、向こうが殺気立つ。
「幼稚園の運動会だよねえ?おかしいよねえ?」
直が泣きそうな声で言う。
「諦めて、勝って下さい」
「負けたらどうなるの」
「会社で肩身が狭くなります」
「勝っても、溝が深まって困るよな?」
「どうにでもなりますよ。仕事ですから」
やけに本気の準備運動と円陣を組んでの気合入れをし、各々1列に並んで入場門の前に行く。
と、隣に並んだ消防官がこちらを見た。
「あんたら警察官は、事件の為と言って、現場を荒らすんだよ。これで俺達が勝ったら、火災の現場では俺達がイニシアチブをとらせてもらうぜ」
僕もそれに、ハイハイとは言えない。
「こっちが勝ったら、こっちに任せてもらえるのか?」
「な!」
「お互いにお互いを尊重して仕事をするしかないだろう?」
男は僕を睨んでから、言った。
「俺は入谷だ。あんたは」
「御崎」
『それでは入場です』
「おお!」
「全体、前へ―進め!」
「いち、にい、いちにいさんし」
「にい、にい、にいにっさんし」
放送係の保育士の声がして、やけに気合の入った掛け声をかけながら、父兄達はグラウンドに入って行った。
通りかかった通行人達は、このグラウンドの様子に、
「今日何のイベント?」
と足を止めていた。
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