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後編『幼馴染の悲しき変貌』

 水が滴る白いうなじ、隠し切れない健康的な乳房。

ダメだ、真凛の半裸が脳裏から離れない。

今まで妹の様に思っていた真凛の思わぬ成長に動揺を隠し切れない。

この悶々とした思いを胸に彼女と一晩過ごすなんて、無理な話だ。

もう一層、彼女を襲うか、都庁に自分を隔離するか、二択だ。

無論、黒木の選択肢は後者だ。


  「黒木さん、お風呂ありがとうございました」

濡れた髪の毛をタオルでぬぐいながら、リビングに真凛が現れた。

彼女は黒木の貸したジャージを着ていた。

すこし、ぶかっとしたジャージが、何かそそるものがある。

真凛はダイニングテーブルの黒木の対面に座る。

黒木は水を一口飲み、何とか平静を保つ。

「その久しぶり、その驚いたよ。色々、特殊能力者だったんだね、それも救難隊なんて」

特殊能力者が知り合いになったことはあっても、その逆は初めてだ。

「そう、いつの間にか。多分ベイジンショックの前から特殊能力者だったの」

悪戯っぽく、真凛が微笑む。

昔から彼女はそういう微笑み方をする、が今の彼女のそれは黒木を悩殺する。


  「ところで、その、能力ってのは」

動揺の余り、バカらしいことを聞いてしまった。

救難隊といっても最前線で戦う特殊部隊、機密でないほうがおかしい。

「じゃ、これから能力つかうね」

彼女が前かがみになり、右手を黒木の頭へかざす。

黒木の視点は彼女の胸元に固定される。

脳裏でさっきまでの半裸の姿が延々とリピートされる、嗚呼煩悩。

なにやらしいこと考えてるんだ、俺は。相手は真凛ちゃんだぞ。


  彼女の手が黒木のあたまを優しくなでる。

もうだめだ、俺は、どうにか、どうにかなって、しまわない。


 黒木は急に冷静になった、いや煩悩が消えた。

「私の能力は相手の悩みごとが与えるストレスを軽減すること」

椅子に座りなおした真凛は優しい声で己の能力を告げた。

「それ、機密じゃないの。そもそも、それを特殊能力救難隊でどう使うのさ」

むしろ、黒木の特殊能力者生活相談室の方が適任だろう。

「能力はエメレンジャーで公開してるし、問題ないよ」

エメレンジャー=特殊能力救難隊か。

冷静になった黒木は、彼女にお茶を入れることを思いついた。

「この能力は災害とかテロとか、トラウマ経験を受けた直後の人に使うとね、その後の

治療が凄く効果的になるの。それにこの話は少し嫌だけど、警察とか自衛隊とか特能省とか人を殺さないといけない人っているでしょ」

彼女の話の前半は、人々を救うヒロインの絵面だ、が後半から急に暗い影が蠢く。

「そういう人を、事前にストレスケアして、その、殉死の可能性を……」

真凛は言葉に詰まっている。

つまり、真凛がストレスケアをすることで他人が人を殺しやすくする手伝いをしている。

ほんの少し前まで、高校生だった彼女が口にするには重すぎる内容だった。


 「大丈夫だよ。プロっていうのはさ、そんなことで左右されないよ、きっと。

むしろ、何か困っている人を助けてあげることを誇ったほうがいいと思うよ」

黒木は真凛にほうじ茶の入ったマグカップを渡す。

黒木の口にする『プロ』の言葉は赤沢のイメージから生み出されたものだ。

拙い慰めだが、真っ当な前線に出たことが無い黒木にはそれが全力だ。


 「ありがとう」

そうつぶやいた彼女の視線は、壁に立てかけてある小銃に釘付けになっている。

銃。現代における個人が使用しうる中で最も効率的に人を殺すことのできる装置の一つ。

その視線が意味するものを察するのは難しくない。

 「いや、びっくりするよね。僕も拳銃持たされちゃってさ、ほら」

黒木はその隣にある自分のホルスターに目をやる。

「そういう、時代なんだよ。良くも悪くも、さ」

 特能によって生み出される富と、闘争。

差し引きすればプラスとマイナス、どっちへころぶのかまだ黒木にも観えていない。

そんなこと誰にも見えていないだろう。

原爆や環境汚染、人間は繁栄を成しえる技術で自らを気づつけてきた。

特能もまた、そうした蓋然性をひそめている。


 ふと、黒木の脳内からそうした思考が消え去っていた。

真凛が黒木の頭をなでていた。

 「今はそういうこと、忘れよう」

悲し気な笑顔を浮かべた真凛が液体窒素で凍らされたクッキーを取り出した。

クッキーは思いのほかサクサクとしていて、甘かった。

「本当はしっとりしたクッキーだったんだけど、なんか別物になちゃった」

真凛も笑いながらクッキーを頬張る、こうしていると年相応の女の子って感じだ。

とても特殊部隊の隊員とは思えない。


  「最初びっくりしたんだよ、お風呂入ってたら、どかどか―って足音して」

お茶を啜り似ながら真凛が回想する。

「そしたらお風呂場のドアがちょっと開いてフラッシュバンが投げ込まれて。

あぁ、なにかあったなと思って水に潜ったのね」

咄嗟に水に潜った真凛ちゃんも既に手練れの一人か。

「そしたらSATの人が踏み込んできて、あー手違いか何かかかって思ったんだけど、

咄嗟に出た言葉がエッチ! 出て行って! 」

普通のうら若い女性の反応はそれだと思う。


 「結局、バスタオルで体を巻くのは許してくれて、ああなったの」

真凛は苦笑いしながら、新しいクッキーへとてを伸ばす。

彼女は手作りながら、料理として異例の措置を取られた逸品に興味津々といった様子だ。

「ほんと、ごめんね。この袋が爆弾か何かだとおもっちゃって」

軽く謝罪を述べながら、黒木もクッキーに手を伸ばす。


 「ホントだよ、もうお嫁にいけないから、黒木さん責任取ってよね」

悪戯っぽく真凛が睨みつける。

案外悪くはないな、と思ってしまう。

「かわいいし、器量もよさそうだし、彼氏いるでしょ」

「ぜーんぜん、親戚の家じゃそれどころじゃないし、職場はほら、そういうの嫌がるし」

特殊部隊でもいざという時に色恋が絡むと正常な判断が出来なくなるのか。

「ふーん、そうなんだ。ところでエメレンジャーって、観たことないけどどんな話なの」

黒木はそれとなく話を逸らした、そうじゃないと本気になりそうな自分が怖かった。


 「みてないんだ、そうだよね。子供とお父さんお母さん向けだから」

「でもね、けっこう凄いんだよ。アクションシーンとか、派手なんだけどリアルなの」

真凛はどこか自慢げだ。黒木はスマートフォンで、動画を検索する。


 五分ほどの短いPVで以下の内容が分かった。

Emergency‐Medic、これを略してエメレンジャー。

敵はテロ、災害により、人々に負の感情を抱かせ、それをエネルギーとするディザスガー。


 炎を操り、時に鎮火を、時には敵を焼く熱いハートのエメレッド。

水の流れを変え、津波、洪水から人を救い、高圧放水で敵をなぎ倒すクールなエメブルー。

大地を操り、土壁で人を守り、ゴーレムを操る優しい心の持ち主エメグリーン。

生物兵器を無力化し、敵の体調を狂わせるお調子者のエメイエロー。

そしてみんなの心を癒し、サポート役のエメピンク。

 

 変身前のメンバーは当然ながら役者が演じている。

真凛役は新進気鋭のアイドルで、世間的には真凛より可愛いいだろう。

だが黒木は真凛のほうが断然魅力的だと思った。


 戦隊ものとしては王道の路線の様だが、ひっかかる点が一つある。

ディザスガーの戦闘員が、特能省の現用戦闘服をモデルにしてるのが明らかな点だ。

何処か昆虫じみた黒いフルフェイスヘルメットに、強化外骨格。

強化外骨格とは言っても機装具とは違い、武装はされていない。純粋な支援器具だ。

これは特能省特殊部隊お決まりの恰好、この悪の軍団は意匠が少し違うくらいでしかない。

このデザインはお役所間の嫌味では到底許されない行為だ、意図があるだろう。


「このディザスガーの恰好って、特能省の、だよね」

「そうだよ」

平然と真凛が答える。

「時々ディザスガーが味方になる話があって、評判いいんだよ。憎めないキャラも多くて」

「災害、テロの主犯が味方になるって、政府としてそれどうなの」

黒木は真凛が答えられるはずのない質問を思わず口に出した。

「あくまでディザスガーは負のエネルギーを得てるだけで、主犯じゃないの。

それに負のエネルギーが過剰だとディザスガーの力が暴走するから、火消しに回る訳」

「ふうん、ちょっと見てみないとわからなそうだね」

戦隊ものに疎い黒木には毒にも薬にもならぬ答えしか出なかった。

「うん、絶対見てね。これパンフレットだから」

真凛はクッキーの紙袋にあらかじめ入れておいたパンフレットを取り出した。

一度は凍ったそれは、丁寧なルビや大きな見出しのアクションシーンの写真で埋められた明らかに子供向けの内容だが、最後に『内閣官房直轄 特殊能力救難隊』と書かれている。

 そして、エメピンクの紹介欄がかわいくマークされ、『これ私!』と書いてある。

「わかった、観るよ。絶対」

黒木は真凛の熱意に押し切られた。


 「ところで、お母さん、どうしたの」

真凛が、少し戸惑いながら尋ねる。

「日中インターフォンならしても、誰も出てこなくて……」

だから、ドアノブにクッキーを下げておいたのか。

「痴呆、と合併症の鬱だね。認識力の低下と、それに伴う——」

「おおよそは解ったよ、ごめんなさい。そんなこと聞くつもりじゃなくて」

本当は、オヤジの失踪が原因だ、とは言わないことにした。

そもそも黒木は家庭の事情をそこまでペラペラと話すタイプでもない。

「でも、それなら私すこし役に立てるかも。お母さんはどこに」

黒木は真凛の言いたいことを理解した。

真凛を母親が寝ている部屋へと連れていく。


 生きながらにして、死人の様な状態の母と対面する。

母は無言で、しかし顔には苦しみを讃えている。

毎日、黒木はこの顔を見るが、それ以上のことはしない。

自分をこうまで追い込んだ夫をかばい続けた母を、黒木は理解できないからだ。

「お久しぶりです、おばさん」

真凛が介護ベットの脇にある椅子に腰かける。

当然母からのレスポンスはない、が真凛は母の頭へ手を伸ばす。

僅かだが、顔つきが和らいだ気がした。

 「ありがとう、真凛ちゃん」

黒木は、どこか空虚な感謝の言葉を述べた。


 真凛は父の部屋で寝ることになった。

その段取りが決まって、ようやくまたスケベ心が頭をもたげた。

黒木は『仕事の悩み』と偽って、真凛の能力を求めた。

 「何をそんなに悩んでるの」

真凛は不思議そうに尋ねる。

 「いや、ほら、いろいろ仕事が特殊だから」

黒木は下手なウソで誤魔化した。

「ふぅん。お兄ちゃんのエッチ―」

真凛は悪戯っぽく笑う。

「いや、そんな、まさか」

我ながらバレバレだな、これは。

「それじゃ、おやすみ」

真凛はそういうと、直ぐに部屋へとひきこもった。

 黒木は除夜の鐘以上に煩悩を消し去る御業のお陰で、いつも以上に安眠した。


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