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前編『豪雨と爆弾』

 梅雨には少し早い、ゲリラ豪雨が人のいない東京を洗い流す。

黒木は土砂降りの中を傘もささず帰路を急ぐ。

 何せ黒木は朝からツイていなかった、御用聞きに言った方々が全て外出中。

更に射撃訓練で弾詰まりの対処を間違え赤沢に腕立てとスクワット300回を命じられた。



 あぁ、家がもうすぐだ、直ぐに風呂に入って疲れを癒そう。

黒木は玄関の扉に手を伸ばす、がすぐにそれを引っ込め、後ずさりする。

 ドアのノブに、『黒木さんへ』と書かれた白い紙袋が掛かっていた。

黒木はとっさに一週間前の赤沢による防犯講習を思い出していた。

 爆発物が飛んできたときの対処、車両爆弾が爆発した時は遥か上空に吹き上げられた物で致命傷を負う可能性があること、そして小包爆弾による暗殺、破壊工作。

 黒木は家を後に、買い物にでも行くかのように立ち去る。



 爆発物に対する防衛策を学んだだけだから、アレが本当に爆弾かどうかはわからない。

可能性は三つ。一つ、本当に爆弾。二つ、知り合いからの届け物。三つ、赤沢の犯行。

二つ目の可能性はないだろう、日勤の黒木宅へ直接届け物をする知り合いは居ない。

そもそも東京に人が殆どいないのだから、その可能性は更に低くなる。

 一番疑わしいのは三つ目だ、これは赤沢の抜き打ちテスト

赤沢は時々、実戦形式で座学が実践できるかテストする、不合格ならシバキが待ってる。

 一つ目の本物の爆弾説は無きしも在らずだ、特能省幹部の自宅が爆破された事件がある。

だが、黒木レベルを狙う理由は解らない。

 しかし、アレが爆弾だった場合、屋内にいる母親が心配だ。



 いずれにしても応援を呼ばなくてはいけない。

どの部署を呼ぶか一瞬迷ったが、都庁警備の石川に連絡した。

特能省の部隊を呼んでも良いが、爆弾テロは本来任務の範疇ではない。

強盗に襲われた自衛官が警察に通報せず、部隊の人間を呼ぶようなものだ。

 それに都庁から家はすぐそばだし、彼らは爆弾処理用のカプセルも装備している。

そもそもこれが赤沢の試験ならこの通報をした時点で合格通知が来るだろう。



 <もしもし、黒木です。自宅に不審な小包が届いています。爆弾の可能性も。>

平静を装い、周囲を警戒しながら小声で話す。

片手は通話している相談室手帳、もう一方は拳銃を握る。

<こちら石川、了解。今向かう、周りに不審者は居ないか>

当たりを見回す、普段と変わりない死んだ家並み、ではない。

隣の大神家に明かりがついている。

大神家は大疎開で四国へ行った、黒木にとって妹分みたいな馴染みの真凛と共に。

<無人の筈の隣家に明かりがついてます>

大神家の死角に入るように、一軒家の塀に張り付く。

 <了解、俺達先遣は着いた。処理班はあと五分かかる>



 塀から顔を突き出すと、銃を構え警戒しながら前進する警視庁銃対隊員五名が見える。

濃紺の防弾服が、夜のゲリラ豪雨により真っ黒に見える。

隊員は黒木の顔を見て咄嗟に銃口を向ける。

黒木は一瞬ひやりとした、銃を向けられるのは本当にいい気分はない。

が、彼は顔を出してるのが黒木だと気が付き、銃口をずらし駆け寄る。

「保護対象を発見」

彼はレシーバーに向かって静かにつぶやく。

 「黒木颯斗さんですね。銃器対策部隊、分隊長の早瀬です」

早瀬以外の隊員は黒木を背にして円陣を組む。黒木は頷いて返した。

 「本件は黒木さんの殺害、もしくは拉致が目的の可能性があります」

特能省職員は時々そういう目にあう可能性がある。

 「従って、周囲に犯人が潜んでる可能性があります。今所轄を含め包囲を開始しています」

予想外に話が大ごとになってきた、がそれ位は覚悟していた。

 「室内に母がいるんです、病で動けません」

黒木は手短に最大の不安要素を説明した、人が見たら冷淡と言うだろう。

だが、助けてくださいなどと感情的に願っても無駄な事を黒木は知っている。

 「了解しました、安心してください」

分隊長は隊員二名に黒木宅へ裏口から侵入し、老母の安否を確認するよう命じた。


 

 いや、あの紙袋が本当に爆弾か、悪意あるものであるならば目立ちすぎる。

本命は別かもしれない。それにそこまで考えているのなら、母はもう……

 ここまで肉親も危険な目にあっているのに黒木はどこか達観していた。

認知症が進み、我が子の事すら認識できぬ母はもう既に『過去の人』なのかもしれない。

 「いえ、そこまでは結構です。むしろ裏口にも爆発物があるのでは」

なんとか平静を保ち、分隊長を引き留めた。

 「確かに、そうですね。ただ偵察の必要はあります。裏口で待機、不審物発見の場合報告」

分隊長はそう命令をし直すと、直ちに二人の隊員が中腰で塀から飛び出た。

彼らはすぐに雨の降る夜に同化し、観えなくなった。



 同時に石川と十人近い隊員が黒木のもとへ駆けつけた。

「大捕り物だ。一帯は所轄も投入して包囲中」

石川は普段赤沢や植山に見せる砕けた表情とは真逆の気迫のある形相だった。

 「包囲はほぼ完了。爆発物処理と同時にSATが例の空き家に突入する」

「空家が罠の可能性は」

黒木は赤沢の講習のせいで全てが罠に見える。

 「SATには透視能力者が居る。それで見分ける」



 通りで複数台の大型車両の停まる音がした。

その方を見ると、大楯から銃口を突き出す縦隊とそれに守られた大きな卵がこっちへ来る。

あの卵は液体窒素が詰まっており、爆弾を凍結させ、万が一爆発しても被害を防ぐ寸法だ。

その卵の後ろには緑色の防爆服を着たオペレーターがついている。

 そしてさらにその後ろに防弾服を身にまとった一軍がいる。あれがSATか。



 一行は黒木のいる塀を通りすぎ、黒木の家の前に到着した。

大楯を持った隊員は主に大神宅を警戒しつつ、周辺に目を配る。

 防弾服のオペレーターがマニピュレーターを機用に操作する。

卵型の防爆カプセルがぱっくりと開き、中から白いガスが漏れ出る。

 SATの隊員は大神家を取り囲んでいる、恐らく窓という窓に張り付いているはずだ。



 ややあってSATが豪雨の中、静かに色めき立つ。

 SATの隊員が一人、石川に駆け寄ってくる。

「屋内に自動小銃一丁と人間が一人いるとのことです、豪雨の影響で詳細は不明」

この情報が特殊能力の透視の賜物か。

一呼吸おいて彼は続ける。

「ただし爆発物等は見当たらず、爆発物処理と同時に玄関を爆破、突入します」

そして黒木へ目をやり、

「ご母堂はご無事です、透視で確認しました。黒木邸の捜査は大神邸の後に行います」

心底ほっとして力が抜ける。

水たまりにもかかわらず、地面にへたりこんだ。

 「了解、こちらは周辺への警戒に当たる」

石川がそう告げるとSATの隊員は大神家へとかけていく。



 「いよいよだぞ」

石川が黒木宅を見やる。

 爆発物処理オペレーターが操るマニュピレーターが紙袋を掴み上げた。

マニュピレーターは機械とは思えぬなめらかな動きで紙袋を、カプセルに収める。

 静かにカプセルが閉じられる。

同時に大神宅で炸裂音が響いた、ドアブリーチャーが起爆したのだ。

 大神宅のドアからSAT隊員が殺到する。

何回か炸裂音が響いた、フラッシュバンだ。

 やがてSAT隊員がバスタオルにくるまった若い半裸の女を連れてくる。

テロリストという職業は皮肉なことにジェンダーフリーだ、こういうこともある……

 ちがう、あの顔は見覚えがある。

昔と比べ、少々色っぽくなり、それが雨に濡れた髪で余計に掻き立てられてはいる。

が、絶対に彼女だ。



 黒木は石川の制止を振り切り彼女の元へ駆けつける

「真凛ちゃん! 」

彼女こそ、大神家の正当なる住人であり、黒木の妹分にあたる幼馴染、大神真凛。

 全身濡れた彼女の若々しい肢体は煽情的で、黒木はすこし目を逸らす。

「おにい……黒木さん! お久しぶりです、なんなんですかこれ」

真凛は意外にもこうした状況に慣れている様だった。

表情こそ恥じらってはいるが、しっかり両手を頭の後ろに組んでいる。

背中に突き付けられた銃口も気にしていない様子だった。

 「いや、ドアに不審物があって、真凛ちゃんちに明かりがついてて、テロリストが居るのかと」

「えぇー、不審物って! あれ手作りのクッキーだったのに! ひどーい」

 豪雨で洗い流されながら戸惑うSAT、銃対を無視して、黒木と真凛の旧交だけが温まる。


 「貴様は大神真凛、そうだな、そこに跪け」

SATの取り調べ役と思われる隊員が話を本筋に戻そうとする。

 「はい、私は大神真凛です」

真凛は体に巻き付けたバスタオルがはだけないよう気を付けながら、膝まづく。

一般人なら竦みそうなドスの効いた尋問にも平然と答える。

 ギリギリ恥部を隠している程度の真凛に黒木はジャケットを渡そうとすると、別の隊員に止められた。

「本人だとしても、まだテロリストではないと決まった訳は在りません」

お気持ちは察しますが、と付け加え隊員は黒木の耳元でそっと囁いた。

 「何故、家に自動小銃がある。なんだこれは……これは最新型の……え……」

取り調べ役が困惑してる、こんなものが流出した前例は無いと困惑しているのがわかる。。

 「これは貸与品であり、常時携帯するよう命じられています。問題は無いはずですが」

バスタオルがはがれ、乳房が半分覘いても平然とした真凛が告げる。

 SATの取り調べ役と黒木が顔を見合わせた。

貸与品、つまり親方日の丸の同業者か。

黒木は体に触れぬよう恐る恐るバスタオルを巻いてやる。


 「失礼ですが、所属はどちらで」

聴取役は警戒を緩めることなく、しかし語気は丁寧に尋ねる。

 「内閣官房長官直轄部隊 特殊能力救難隊 キュキュウピンク」

 え、内閣官房の特殊部隊に真凛ちゃんが所属している? 

そもそもキュウキュウピンクってなんなんだ。


 「え、君が救難戦隊エメレンジャーのキュウキュウピンク? 」

取り調べ役の隊員は思わず態度を崩した。

「えー、今確認するから、それまでこのまま待機」

バツが悪そうに隊員はそう言い放った。


 それから二分も経たないうちに内閣官房から本人確認の連絡がきた。

同時に室内から身分証も見つかり、大神真凛への拘束は解かれた。

 


 「ご不安とお恥ずかしい目に合わせてしましまして、大変申し訳ございませんでした」

遥か上にそびえるお役所の中の頂点に所属する職員へSATの隊長出向いてが頭を下げた。

恐らく、警視庁、警察庁からも内閣官房へ謝罪が行くだろう。

 「いえ、恥ずかしかったのは確かですけど。このご時世にドアにものを置いたり、転居届出してなかったり……悪いのは私です」

黒木のジャージを着た真凛が謝罪をあわてて制する。

大神家は豪雨の中の突入もあって家の中はびしょびしょだった。

そのため、黒木宅で謝罪やら今後の話が進むこととなった。

 「破壊した玄関、汚してしまった廊下などは勿論私どもで」

副長格と思われる男が更に付け加える。

どうやったって、勝ち目の無い役所相手に、突っ込んだのだ。

少しでも心象をよくしたいのだろう。

 「ドアだけはお願いします。それ以外の結構です、どうせ掃除するつもりだったので」

確かに、長年放置されていた大神宅は埃まみれだった。

 「いえ、是非私どもに」

押し問答が続いた結果、非番の隊員が掃除を、真凛がサインを渡す事でおちついた。


 「なんなんですか、エメレンジャーって」

黒木は撤収作業に当たっていた、取り調べ役の隊員に尋ねた。

 「今放送中の戦隊ものです、息子がもう大好きでして」

その戦隊ものがどうして内閣官房と繋がるのか。

 「エメレンジャーは特殊能力救難隊の子供向け広報番組だったんですよ、初めは」

父親である、この隊員も一緒になってみているのであろう。語気が熱を帯びている。

「特殊能力救難隊って確か災害、テロ、NBCR攻撃等に特殊能力で対応する部隊ですよね」

黒木はおぼろげな知識から質問を導き出す。

 「そうです。それに戦隊もの風のストーリをつけてて、結構面白いんですこれが」

 キュウキュウピンクのサインを手に入れた彼は、息子に自慢できると嬉しそうだった。

『お掃除クリアリング有難うSATの皆さま キュウキュウピンクより』

茶目っ気のある皮肉と感謝の言葉が掛かれた色紙を、どうにか雨に濡らすまいと必死に抱えて彼は帰っていった。


 結局黒木の通報から一時間半も立たぬうちにSAT、銃対全員が撤収していった。

彼らの殆どは『この雨の中呼び出しやがって』と怨めしい顔で黒木を睨んだ。

残りは『ありがたいものをみせてもらった』か『サインをもらって』喜んでる連中だ。

 真凛はドアが壊された大神宅に戻らず、黒木宅にとまることとなった。


土砂降りにうたれ過ぎたせいで、黒木と真凛はシャワーを浴びてから話すことにした。

話したい事、聞きたいことは余りにも多かった。

 黒木は真凛がシャワーを浴びている間、リビングでぼーっとしていた。

目の前には液体窒素でガチガチに凍ったクッキーの袋が置いてある。


 真凛がシャワーを浴びる音が聞こえる。

さっきまで半裸の真凛を見ていたが、周りを取り囲むSAT、爆弾処理班で

いやらしいことなんて一つも思い浮かばなかったのに、今更それが脳を支配する。

 バカ、真凛は妹みたいなもんなんだぞ、それに彼氏だっているだろう。

黒木は自分に言い聞かせる。

 だが、幼げな顔立ちながら色気のある唇が雨でぬれ艶を放ち、

タオルがはだけて露わになった適度にふくよかな乳房、

隠し切れなかった健康的な太腿の持つ魅力に黒木は抗えない。


 これから真凛と一つ屋根の下、何事もなく済ませる自信が黒木にはない。

こんな葛藤を抱くなんて、アンラッキースケベだ。

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