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不死川先輩は生きてますか

作者: しじみ

「不死川先輩、生きてますか」


 恐る恐る口にした言葉に、返事はなかった。

 あるはずもない。屋上に立ち尽くし、姿が見えなくなってしまった彼を心配したところで状況は変わらない。ただ彼の行動の結果に、死以外の何があるというのか、あるとすればそれは少女の願望の世界にしか存在しないだろうということは、少女自身にもはっきりわかっていることだった。


 不死川先輩は学園の屋上から飛び降りてしまった。

 それは三年ごとに訪れる伝統であり、因習であり、呪いだった。三年ごとに学園の三年生女子が屋上から飛び降りる――不死川先輩は外見上男性ではあったが、少女の身代わりとなって呪いをその身に受けた。

 結果は、戦後七十年代から続く繰り返しと同じだ。

 不死川先輩もまた屋上から飛び降りる魔性に逆らえなかった。


 不死川先輩は死なない。

 それでも、地上二十メートルから地面へ叩きつけられる衝撃に、耐えられる人体を持つ人間もまた、存在しないのだ。



* * *


 少女Aの机には赤いペンキでバツ印が書かれていた。

 それはもう大きく、机の天板の対角線をなぞるように目一杯大きく、見逃しようのないほど堂々と書かれていた。自分の帰った後席替えが秘密裏に行われたこともないようだし、そもそも自分の机ではないかもしれないと中身を確かめてみたところ、残念ながら少女Aの机だった。


 いじめか、という推測がまず成り立った。

 つまりは嫌がらせであって、これから将来に向けて清く正しく勉学にはげもうというにあたって、その道具である机が汚されているというのは、集中力を損なう。さらに嫌な気分にさせようというその悪意がさらに集中力を損なう。いじめの原因は少女Aに心当たりはなかったが、いじめというものが本人に心当たりがなくても始まるものだということは全世界共通だ。


 けれどもどうやらいじめではないようだった。

 少女Aの希望的観測などでなく、友人は心配してくれたし、ラクガキを消そうというクラスメイトの協力も実にスムーズなものだった。そこに嘲笑も罪悪感もまるで見受けられなかった。幸いにして運のいいことに、いじめではない。大体突然バツ印を机に書くことから始まるいじめというのも、妙な話だ。無視、陰口、当番の押し付け――そんなものからいじめは始まる。

 これはいじめではない。

 けれどもそれならば、何だというのだろうか。


「ねえ、もしかして……」


 心当たりのあるらしいクラスメイトが一人いた。耳聡く聞きつけた少女Aはそのクラスメイトに目配せしたが、彼女はさっと目を伏せてしまう。ぜひとも聞き出したいところだったものの、無理に聞き出してはそれこそいじめに発展しかねない。

 少女Aの心配はいじめかどうかで、いじめでないならどうでもよかった。机のペンキがはがれる様子はなくても、机を交換することですぐ元通りの学校生活が訪れる。


 やがて先生が朝の教室にやってきた。現代文の担当でありこのクラスの担任である彼女は、机のバツ印を見て顔色を変えた。

 いじめの発生を心配したのならどんなによかったか。厄介事が生じて疎ましく感じたり、いじめいじめられる関係に眉をひそめたりしたのなら、まだしも普通のことだった。少女Aが気の毒になるほど、担任教師は顔色を悪くして――ほとんどまっすぐ少女Aの前まできた。


「Aさん、すぐ保健室に。親御さんには、私から連絡を入れます」


「先生? 私は何ともありませんけれど」


「いいから。今日のところは帰りなさい。公欠にしますから」


 全国大会レベルの部活動や、忌引きでもなければ、公欠は認められない。

 よほど特別な場合でもなければ認められないということだが、今この状況がその特別な状況だと担任教師は認めたらしい。けれど、机のラクガキされた程度の状況が、それほど特別とは思わない。ひどいいじめが起こっていると勘違いでもされているのだろうか。


「先生、別にいじめとかではないですよ」


「わかっています。いいから、保健室に行きましょう」


 半ば強引に、担任教師は少女Aの手を引いて、保健室へと連れていく。その普通でない様子は注目を集めたが、少女Aが手を振りほどいて抵抗すれば余計に注目を集める。朝の授業が始まる前に、少女Aは保健室を訪れた。


「どうしましたか? 貧血?」


 保健室に来ると、養護教諭が朝からの来客に疑問を投げかける。

 貧血が起きていそうなのは、担任教師のほうだ。まだ顔色がひどく悪く、連れてこられた側の少女Aは健康体のつもりだった。


「この子を、見ておいてあげてください。私は親御さんに連絡して迎えにきてもらいます」


「先生、大丈夫ですか? 連絡は私がしますので少し座られたほうが」


「いいえ。先生、三年目の三年生です。七十年からの伝統なんです」


 わけのわからないことを口走る担任教師に、少女Aは困惑してしまう。少女Aの学年は確かに三年生だが、あえて三年目とつけられることや、七十年からの伝統であることも、まるで意味不明だ。

 意味不明なのに、養護教諭は納得したようだった。担任教師の動揺が伝染したように表情をこわばらせ、深くうなずく。


「わかりました。急いでください先生。この生徒のことは任せて」


「はい、お願いします」


 少女Aの納得を置いてけぼりに、状況は勝手に進行する。

 担任教師はすぐ保健室を去って、養護教諭は少女Aに座るか寝るよううながした。


「Aさん、まずは体を楽な状態に。大丈夫、心配ないから」


「あの、先生。大丈夫も、心配も何も、私は何ともないんですけど」


「そうね。あなたは大丈夫。わけがわからないでしょうけど、今はとりあえず、体を休めなさい」


 少女Aの睡眠は、昨日夜更かししたせいで足りていない。眠れること自体はありがたかったが、状況が見えないことで素直に従う気にもなれない。担任教師の言動も気になって仕方がなかった。イスには座らせてもらったが、眠りはせずに、養護教諭に質問をした。


「さっき先生が言ってた、三年目の三年生、って、どういうことなんですか」


「あなたは、何も知らないのね」


 深く沈んだ養護教諭の口調に、少女Aの心に不安が生じる。

 担任教師の反応も普通ではなかった。机にバツ印が書かれたこと自体は小さなことだ。問題はバツ印が意味するもの――決して牧歌的なものでないことはわかりきっていた。何か危ない、不安にならざるを得ないような何かが、あのバツ印にはこめられている。


「三年生から自殺未遂が出てから、また三年が経ったの。そしてあなたは三年生」


「それが、何だって言うんですか。三年生なんて、あと三百人いますよ」


「その生徒も机にバツ印が書かれて、一日と持たなかったの」


「は――?」


「あなたもきっと自殺しようとしてしまう。だから今、こうしてるの」


「何言ってるんですか。たかが机にラクガキされたくらいで自殺とか、それは受験勉強は大変ですけど日々充実してて私幸せですよ」


「そうじゃない。そうじゃないの。そんなことはまったく関係がないの。不幸だろうか幸福だろうが、あなたは机にバツ印を書かれてしまった。それは呪いであって合図。決まってしまった運命、なのよ」


「ばかばかしい。今時、なんて下らない話をしてるんですか。先生がた、本気でそんなこと信じてるんですか。やめてください、私受験生なんですよ。授業をサボるわけにはいきません」


 立ち上がろうとする少女Aを、養護教諭は肩を上から押さえて留めた。いさめるにしてはあまりに力強く、断固として行かせないつもりらしかった。そこまで必死になるのは、彼女が呪いを信じているせいだろう。

 生徒を自殺の呪いから救うべく、この場に押しとどめている。


「命と受験、どっちが大切なの?」


 鬼気迫る表情に、少女Aはすっかり抵抗する気が失せてしまった。呪いを信じたわけでなく、養護教諭が呪いを信じているのだと確信しただけだ。養護教諭からしてみれば、少女Aは呪いを信じないバカな生徒で、自殺してしまいかねないと心配でたまらないのだ。下手な抵抗は、養護教諭に強引な手段を取らせてしまう。

 たかが一日、学校を休むだけだ。少女Aは自分にそのように言い聞かせて、大人しくしておいた。


 やがて本当に母親が迎えに来て、少女Aは帰宅することとなった。送り迎えの車の中で、少女Aは母親に愚痴をこぼした。


「ほんと参るよ。呪いとか自殺未遂とかさあ。そんなわけないのに」


 母親もてっきり異常な教師たちに調子を合わせていただけだと、少女Aは勘違いをしていた。


「あんた、何言ってるの」


 母は真剣そのものといった表情で、ハンドルを強く握っている。


「悪趣味ならイタズラならどんなにいいか。いい、帰ったら手を縛るのよ。しばらくは、ベッドから動いちゃだめ。布も噛むようにしてなさい」


「ちょっと、お母さん」


「死なせない、死なせないわよ」


 母までおかしくなってしまっていることに、少女Aは軽い絶望感を覚えた。

 机のラクガキ一つで、どうしてこうまで深刻ぶれるのか。


「お母さん、おかしいよ。だって机にラクガキされただけだよ。そんな私メンタル弱くないってば」


「そういう問題じゃないの。ごめんね、やっぱりあの学校、やめておけばよかった」


「意味わかんない、朝からずっと、わかんないことばっかり!」


 つい少女Aは叫んでしまって、これでは周囲のおかしな大人と同じだと反省する。深呼吸して冷静さを取り戻してから、母との会話を続けた。


「呪いってどういうこと? あたしがバツ印を書かれただけで呪われたってこと?」


「学校の創立当初からね、そういう話があるらしいの」


「三年目の三年生ってやつ?」


「誰かに聞いたのね。その通りよ。三年ごとに、机にバツ印を書かれた三年生の誰か一人が、飛び降り自殺をする。それが五十年間続いてるそうよ」


「私、そんな話知らない」


「当たり前でしょ。学校が消したがってる話だったし、前回は命だけは助かったらしいから」


「お母さん、知ってたの。ねえ」


「あんたが入学してから、知り合いのお母さんから聞かされたのよ。不安にならないよう、ずっと黙ってたけど、まさかあんたがなるなんて」


「バカじゃないの、そうよ、誰かの嫌がらせよ。そんな呪いの話があることを利用してさ、私の勉強を邪魔したかった誰かがいただけ」


「お願いだから、お母さんを困らせないで」


 泣きそうな母の声に、少女Aはもう何も言えなくなる。

 家に着くまで無言で、呪いについてずっと考えていた。


 学園で連綿と続く、五十年の呪い。

 それは三年ごとに三年生の誰かに降りかかり、机にバツ印が書かれた生徒が、呪いのターゲットになるというもの。呪われた生徒は、一日ともたずに自殺をしてしまうそうだ。

 嘘や迷信などではないことは、大人たちの真剣さから明らかだ。

 まさか少女Aを騙すための演技とはとても考えられない。


 呪いは、本当にある。

 少なくともそう信じるに足る状況は、はっきりと存在した。


 けれども少女Aには、危機感というものがなかった。

 家に帰りつくと、母には両手を縛られた上、ベッドと足を繋げられる。さらに念のためと、布を噛ませられまでした。


 テレビやパソコン、スマホは使えたが、それにしても暇だ。

 テレビを消して無音になった部屋で、母のものらしい話し声が聞こえてきた。

 ひたすら、はい、はい、と相槌を暗い声音で打つ母親というものは、ひどく恐ろしく感じるものだった。


「自殺するなんて、ねえ……」


 少女Aは自分が縛られている状況を笑いながら、布団の布を切り裂いた。手ではとても切り裂けないので歯を使う。獣のようにうなりながらでしかできなかったが、無事必要なだけの細長い布を得ることができた。


「ほんと、呪いとかバカみたい」


 切り裂いた布を首に巻きつけ、ベッドのパイプと結んだ。あとは力の限り布を引けば、首は絞まる。不安な状況を笑い飛ばすべく、少女Aは笑おうとしてみた。しかし声が出ない。

 当たり前だ。

 声は喉を通して発せられる。

 首を絞めていて、どうして声が出せるだろう。


 そんな当たり前のことに気づけない自分が余計おかしくなって、けれどもやっぱり声は出せない少女Aなのであった。



「何してるの!」


 金切り声で母が少女Aの部屋に飛び込んできた。

 母は少女Aの手を思い切り殴って、布から手を離させた。必死な母がおかしくて、喉が絞まらなくなった少女Aは下品に大きく口を開けて笑う。


「あはっ、あはっ、あはっ、あはっ!」


「ごめんね、ごめんね、ごめんね……」


 母に謝られながら抱きしめられてようやく、少女Aは正気に戻る。

 自分が今、何をしようとしていたか。

 自分の首を絞めて、自殺をしようとしていた。何の悲壮感もなく息をするように自殺をしかけていたのだ。


 これが、呪い――。


 気づけば母は吹き飛んでいて、壁に叩きつけられていた。


「お母さん!」


 体の自由は、ろくに残されていなかった。

 少女Aは拘束を引きちぎり、歩いて家を出る。靴は履かないままに外を出歩き、首を巡らせて高い場所を見つける。


 古びた雑居ビル――そこが飛び降りるに格好の場所だった。


 非常階段を上って、雑居ビルの屋上を目指す。さびつききった鉄格子の扉の鍵は、少し揺するだけで壊れてしまった。足取りは軽快に、少女Aは屋上を目指し続けた。

 どんなに少女Aの意思が足を止めることを望んでも、呪いは働き続ける。


「助けて、誰か――」


 叫ぼうとすれば、喋る自由も『呪い』に奪われた。


 少女Aは次の手段に、スマホを選んだ。ポケットに入れたままだったのを取り出して、アプリを通して、知り合い全員に助けを求める。


『助けて』

『お願い』

『呪いで体が勝手に動かされてるの』

『赤レンガの雑居ビルにいる』


 気づいてくれて返事をくれる知り合いは数人いたが、どれだけの意味があっただろう。知り合いのすべてが今は学校にいて、距離は十キロは離れている。仮に今すぐ駆けつけてくれようとしてもらったところで、到着する頃には少女Aは地面で死体となっている。


 それでも、助けを求めずにはいられなかった。


 ただ黙って状況を受け入れるのなら、終わりだ。


 返ってくるメッセージは心配や、少女Aを落ち着かせようとするものが大半だ。


 しかしその中で、陸上部の後輩から妙なメッセージが返ってきていた。


『不死川先輩を呼んでください』


 不死川先輩?


『本当に困っているなら、こう言うだけで先輩は来てくれます』


『不死川先輩は生きてますか』


 うっかり口にしてしまいそうな、単純な言葉だ。

 助かる可能性があるなら何であってもすがりたい。


 少女Aは口を開き喋ろうとするが、動かない。


 すでに屋上にまでやってきてしまっていた。飛び降りるまで、三分といらない。それでも教えてもらった呪文にすがり続けた。呪文を口にできないかと頭の中で何度も繰り返した。


――不死川先輩は生きてますか


「――ああ」


 少女Aが落下防止の柵に手をかけた瞬間、彼は現れた。


「ボクを呼んだのは君かな、お嬢さん」


 柵の上に器用に立つ、真っ黒の学生服を着た色白の男子高校生。

 薄い笑みを浮かべた彼は、柵から飛び降りて少女Aと同じ場所に立つ。


「そう、ボクが不死川だよ。人はボクを不死川先輩と呼ぶからね」


 不死川先輩は少女Aと顔をつきあわせると、するりと口付けをした。


 もともと体を動かせない少女Aはされるがままだ。舌を入れられ、口内をなぶられても、まるで抵抗ができない。驚くやら戸惑うやら怒るやら――とにかく混乱、恐慌状態に陥る。


 不死川先輩の舌が抜かれ、彼が一歩下がった瞬間、少女Aは叫んだ。


「いきなり何をするんですか! ――あ」


 叫べる、喋れる。

 先ほどまであれほど喋ることができなかったのに、もう喋れるようになった。つまり呪いから解放されて助かった、ということだと少女Aは判断した。口付け一つで、助けられてしまったのだ。


「共感呪術の一種だよ。すりあう、触れ合うだけで共感し、その身の災厄は移り離れる。また唾液というのも魔除けに関して世界中で意味があり、呪力を持つ――まあ、早い話が、きみからボクに呪いを移したのさ」


 不死川先輩はスマホを取り出すと、どこかしらへと電話をかけた。


「呪いを移しただけ、というなら、不死川先輩が死んじゃうじゃないですか」


「ボクは死なないよ」


 電話を終えた不死川先輩はすました顔で笑う。


「それがボクの存在証明だからね」


 要領を得ない、わけのわからない話だ。煙に巻かれたような気持ちになる少女Aだったが、優先すべきは他にある。


「わ、私は助かりましたけれど、不死川先輩はどうするんですか。死なないって、先輩は一体、何者なんですか、何ができるんですか」


「ボクはボク、不死川先輩だよ。それで何ができるかと言えば……」


 不死川先輩が柵をよじ登ろうとしている。


「オカルトを解決できる。それもボクの存在証明だからね」


 呪いにかかったということは、不死川先輩も自殺をしてしまう。

 それではだめだ。

 少女Aは自分が助かったこと自体は喜ばしい。けれどもそのせいで誰かを死なせてしまうのは、あまりに罪悪感があった。

 せめて呪いに抵抗するべく、柵をよじ登ろうとする不死川先輩に飛びつき、よじ登れないようにする。


「おおっと、うれしい抱擁だけれど、やめたほうがいい」


 直後、少女Aは見えない力で弾き飛ばされてしまった。おそらく母の身に起きたのと同じ現象だ。自殺を止めようと関われば、呪いの力で痛い目を見せられる。


「まあ、そこで大人しく見ているといい。大人しくしているしかないだろうけど」


 事実、少女Aは横向きに倒れた体勢から動くことができなかった。

 まるで上から重石で押さえつけられているかのようだった。起き上がることもできず、倒れたまま不死川先輩の自殺の過程を見ていることしかできない。



「不死川先輩は、大丈夫なんですよね!」


「何がだい?」


「不死川先輩は、普通の人間じゃないんですよね。飛び降りたりしませんよね!」


「はあ」


 ため息とともに不死川先輩は柵の向こう側へ降りた。


 まだ屋上にいる。あと一歩で飛び降りてしまえるとはいえ、まだ彼は飛び降りていない。飛び降りる前に呪いを解く――それが彼にはきっと可能なのだと、少女Aは信じた。


「あいにくボクは普通の人間とさして変わらない体だよ。トラックにはねられて無事でいられるような超人じゃないし……呪いの解き方というのもわからないなあ。もうちょっと時間が欲しかったよね」


「けど不死川先輩は、突然現れたじゃないですか!」


 だから不死川先輩はこの世の存在ではない。この世の存在でないなら、この世の物理法則に従うとは限らない。

 ディープキスなどをかましてくれたわけだがそれはともかく。

 不死川先輩は、普通ではない。


「それがボクの存在証明だからね。けど、それ以上じゃない。ボクは一般的男子高校生と変わらぬ体だよ。刺されれば死ぬし毒を飲んでも死ぬし窒息しても死ぬ」


「じゃあ、それじゃあ、だったら、不死川先輩が――」


 死んでしまう。


 振り返り、にっ、と笑う不死川先輩。


「心配いらないよ」


 少女Aが心配したとおり、不死川先輩は地上二十メートルから飛び降りた。



「不死川先輩」



 そして恐る恐る、もう一度少女Aは呪文を口にする。



「生きてますか」


 もちろん返事はない。

 少女Aは自分が助かったことがうれしい一方で、喜びきれない気持ちだった。不死川先輩がこの世の存在でないことが明らかとはいえ、自分の身代わりとなって飛び降り、死んでしまっただろう事実。

 とても手放しで喜べない。


「きみ、何してるの?」


 背後から聞き覚えのある声がして、少女Aはばっと振り返った。


 不死川先輩が平然と、屋上の扉の前に立っていたのだ。


「不死川先輩……?」


「いかにもボクは不死川先輩だよ」


「死んだはずじゃ、ないんですか」


「勝手に人を殺すなよ。事前に連絡しておいて、救命マットを用意してもらって、飛び降りたボクをキャッチしてもらっただけさ」


「そんな、ことで……?」


「そんなことで、だよ。飛び降りるという行為は動かせないけれど、自殺という結果は変えられる。少なくとも死は回避できるというのは、三年前に実証済みだ」


 不死川先輩は、オカルトを解決するという。


「これにて解決、というわけだね。飛び降りは果たされたわけなんだから。ボクはもう行くけど、オカルトで困ったらいつでも呼んでくれていいよ。それがボクの、存在証明だから」


 不死川先輩はそううそぶいて、屋上を立ち去った。


 少女Aが非常階段を降りて地上に戻った時、なるほど確かに消防の車があって、消防士たちがいて、救命マットを片付けているところだった。


 不死川先輩が電話してから飛び降りるまで五分もなかったはずだが、それでも間に合い、生存という結果が得られた。


 あっという間の出来事だった。


 本当にいたのか、という気にさえなってくる。

 だからつい、少女Aは帰り道の途中で、口にする。


「不死川先輩は、生きていますか」


 もちろん、不死川先輩は現れなかった。




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