たった二文字が言えない
初々しいのは題名だけ。題名だけなんです.....。
「唐突だけど、人って生きているだけで罪な生き物だと思うんだ」
「確かに唐突ね」と返してからそう思う理由を問う。
「人って、生きているだけで自然を壊すし、生き物を殺すし、食いつぶされる側の地球からしたらとんでもない悪人なんじゃないかな」
つまりはさ、と言葉が続く。
「俺たち人間は生まれながらにして罪人、ということなんだよね」
こんな変な理論を恥ずかしげもなく、かつ真顔で話してくるのは『魔王』。
もちろん、本物の魔王ではない。いわゆるあだ名、というやつだ。
本名は比良坂 遠夜。
名前を聞いた時、ぱっと黄泉比良坂を思い出した私を許してほしい。
ついでに、魔王っていうより冥府の役人っぽいなとか思って笑ってしまったのも許してくれると有難い。
反応がこわいので本人には絶対に言わないけれど。
彼は、大体無表情、対応が冷たいどころか極寒、そのうえ周囲に無関心。
と、言われている。
それ故、『魔王』なのだとか。
実際に話してみると、そうでもないように思うのだが、そう思うのは私だけなのだろうか。
まず他の人たちは会話をしようとしないから、それ以前の問題だろうけど。
ただ、見た目だけは良いので、それ目当てに近付く女子も少なくはない。
大体はばっさり切り捨てられて終わるのだけど。
そんなことを一年の時から繰り返しているうち、今では彼に近づく女子(ついでに男子も)はほとんどいなくなった。
彼に話しかける女子はいつしか『勇者』と呼ばれるようになったほど。
そんな彼と知り合ったのは、今年。高校二年生になってからだ。
とは言っても、別に運命の出会いをしたわけでもなく、単に席が隣だったというだけである。
それから一ヶ月ほどが経ち、何気ない会話をしているうちに、何故かよく話すようになっていた。
「その話からいくと、比良坂君も、私も罪人ってわけね」
そして、社会という監獄に入れられている囚人でもある、と。
そう言うと、比良坂君は「ふむ」と目を閉じた。
「上手いことを言うね」
「嬉しくないけど、どーも」
ところで、授業終わりの今、私たちは2年3組の教室の中にいる。もちろんこの教室は自分たちの教室だ。
なぜ、教室内に残っているのか。
私もききたい。
誰か教えてくれないだろうか。
なぜ私は日直や委員会の仕事があるわけでもないのに、教室に残って比良坂君と話をしているのだろう。
しかもこれがほぼ毎日続いているのである。
仕方がないからその度に何か暇つぶしを用意するようになってしまった。
ある時は本を、ある時は宿題を、またある時はスケッチブックを。
今日は裁縫だ。
チクチクと針を進めながら比良坂君の話を聞く。
「確かに、学校なんてまさに監獄だよね」
「私たちが囚人で、先生たちが看守?」
「その中で囚人の有力者がいたりとか、カーストが決まってくるんだろうな」
「嫌な人間社会ね」
比良坂君の言葉に答え、「ところでそれは何?」と彼の手元に目をやる。
そこには、数枚のプリントが置かれており、どうやら比良坂君はそれに何かを書き込んでいるようだ。
実はずっと気になっていた。
彼は左利きで、私は彼の斜め左隣りに座っているため、そのプリントに書かれている文字がちょうど見えないのである。
比良坂君は私の問いに少し腕を上げて、一番下にあったプリントを取り、差し出してきた。
「成績が良くないから、先生がこれでも解いて点数稼げ、って」
「え、比良坂君って成績悪いの?」
思わず聞き返すと、彼は静かに目をこちらに寄越した。
「顔が良かったら勉強出来ないといけないの?」
「顔が良いとは言ってない」
「でも、結局は見た目の判断だろう」
雰囲気も見た目に含めるならね、と彼に返す。
てっきり、良くある完璧人間パターンだと思っていたのだ。いかにもなんでも出来ます、みたいな空気を全身に纏っているから。
「まぁ、いいんだけど。......君は勉強って、面倒だと思わない?」
「思わない、と言ったら嘘になるけれど、私は大学を目指しているから頑張らないといけないもの」
「大学に行くんだね」
まぁ、そうだけど、と言うと彼は目を手元のプリントに戻し、「でもさ」と呟いた。
「皆は何のために大学に行くのかな」
「夢を叶えるためじゃないの?」
「なぜ、その夢を叶えたいと思うのかな」
「知らないよ。個人で違うものでしょう? そんなことは」
しつこいわ、と苛立たしげに言うが、彼は涼しい顔のまま、話を変えようとはしない。
「なら、君は?」
「私? ......私は......安定していて給料の良い職に就きたいって思ってる」
「それは、誰のため?」
何気なく、けれど鋭く切りかかるかのような言葉に、私は返す言葉を失う。
誰の、ため?
誰のためって、それは、もちろん。
その先の言葉が出てこない。
そんな私を見て、比良坂君は得意げな声音で「ほら」と言った。
「そうして考えると、この人間社会そのものが監獄に見えてくるだろう?」
「なんでそういう思考回路に持っていきたがるのよ」
はぁ、とわざとらしいため息を吐いてみても彼の口は止まらない。
課題のプリントは面倒臭くなったのか、全てを「知りません」と答えてあった。
これは明日、怒られるに違いない。
「一度、考えたことがあるんだ」
「何を」
「男女の恋愛感情について」
「話が飛ぶな」
私の突っ込みに彼は「そうでもないと思うけど」と返す。
「なぜ、人は恋をするのだろうか。君は考えたことがある?」
「あるわけない」
恋をしたことが無いのに考えるわけがないでしょう、と呆れ顔をすれば、彼はシャーペンを机に置いてこっちに向き直ってきた。
対する私は手を休めない。
小学生の頃は、「人の目を見てお話しなさい」とよく言われたものだが、その通りに話してくれる人などほとんど出会ったことがない。私もそんなふうに話しはしないし。
けれど比良坂君は気にせず話を続ける。
「俺はね、すべてが定められた事のように思うんだ」
「......どういうこと?」
そこでようやく顔を上げると、比良坂君と目が合った。
「何と言えばいいのかな。義務化されている? なんか、こう、子作り工場みたいな感じかな」
パッと頭に思い浮かんだのは、ベルトコンベアーを等間隔に流れていく赤ちゃんたち。
なるほど。これはホラーだ。
「人間って、本能的に子孫を残そうとするよね」
「えぇ、まぁ、そうらしいけど」
「つまり、子孫を残すために最低限必要な男女がブッキングされている、みたいな」
「あぁ」
言いたいことは何となく分かった気がする。
けど、理解するのと納得するのはまた別の話だ。彼の言葉は__
「それは感情抜きにしての話でしょう? つまり、恋愛感情は義務的なものではないと思うのだけど」
人間の感情すら操られていると言うならば、また別の話になるけれどね。
私の言葉に、比良坂君は「ふむ」と顎に手を当てた。
「ない、とは言いきれないんじゃないかな」
「これはあくまで感情論なのだけど、私は、そうは思いたくないわ」
「かの有名な哲学者も、考えるからこそ自分があると言っているしね。確かに、その通りだ」
「まぁ、結論は、そんなことどうでもいいってことになるんだけど」
ここまで熱く語っておいてそんなことを言う比良坂君に、ならばなぜこんな話をしたのか、と問う。
すると彼は、「分からない?」と返してくる。
「分からないですけど何か」
「いや、男が女にこんな話を振った時点でもうお察しかな、ってそう思ったんだけど」
「意味が分からないわ」
「男心が分からないね、君は」
「女だもの。男だって、女心なんて分からないでしょうに」
どこか馬鹿にされたような気がしてムッとすると、数秒経ってから比良坂君が「俺はね」と口を開いた。
「義務化ではない恋愛を知りたいんだ」
「へー」
「つまり、これって、結構な愛の告白の言葉だと思うんだけど」
「直接言ってくれないと女には伝わらないから。察せとか無理な話だから」
比良坂君は、小さくため息を吐いた。
「男はさ、大体言葉より行動で表す生き物なんだよ」
「女は、口に出して言ってほしい生き物なの」
少し、二人の間に沈黙が流れる。
「男は、照れ屋なんだよ。みんなシャイボーイ」
「真顔でシャイボーイとか言ってる人に言われても説得力ない」
「肝心なことは口に出来ない生き物なんだよ」
そんなの知らないし、と返せば、彼はふいに針を持っていない方の私の手を取った。
そのまま、流れるような仕草で、指先にキスをして、私の顔を見上げる。
__熱っぽい目。
それが彼のすべてを、代弁しているかのようだ。
何も言えずにいると、上目遣いの比良坂君の瞳の中に映る、真っ赤な顔をした自分と目が合う。
彼は「ほらね」と得意げな笑みを口元に浮かべた。
「__十分伝わっただろう?」




