告白します
「告白します」
彼女は口元に笑みを浮かべ、ゆっくりとした動作で言葉を紡いだ。彼女の言葉は、麻薬のようにじわりと脳内へ広がり、細胞を破壊していく。
あぁ、幻覚が見えるようだ。
彼女の細い指が、そっと俺の頬に触れた。
どうして俺は、こんなところにいるんだっけ。こんな、ここは……そうだ、彼女に呼び出されて、それでなんだっけ。
もうなんだっていいか。
彼女は、不思議な人だ。
才色兼備で誰にでも優しくて、彼女のそばを通ると常にいい香りがした。しかし彼女は、クラスの人気者というわけではなかった。彼女の持つ独特な空気が、他人を寄せ付けなかったのだ。
しかし、当の本人はそんな周囲の気持ちを知ってか知らずか、よく人に話しかけていた。しかしながらその結果は目に見えており、話しかけられた方は目を丸くしてひと言ふた言彼女に返事をすると、すぐに彼女の前から姿を消した。話し相手に逃げられた彼女は、それでもその鉄壁の笑みを崩さず、またねと透き通る声で呟き、天皇家のような仕草で上品に手を振った。
彼女は変わっている。
時折、教室に姿がないと思ったら、中庭の隅の芝生の上で昼寝をしていることがある。授業が始まっても戻らない彼女を呼びに行くのは、なぜか俺の役目だ。俺は先生に目で行けと合図されると、静かに席を立って彼女を迎えに行った。みんな知っているから、何も言わない。俺も、面倒だとは思わないので、特に何か文句を言うわけでもなく、ただ真っ直ぐに彼女の元へと歩を進めた。
彼女は、俺がすぐ近くまで来ると、ゆっくりまぶたを開く。そして俺の顔をまじまじと見つめ、また微笑むのだ。彼女は、まるで寝たふりをしていたのではないかと思うほど、俺が側まで来ると必ず目を覚ます。声もかけず、手も触れていないのに、彼女はおもむろに体を起こす。
おはよう。
俺が言うと、彼女は立ち上がりおはようと返す。俺がおはようと言わない限り、彼女は微笑んだままひと言も話さず立ち上がろうともしない。ただ俺のひと言を待ち続ける。じっと、試すような笑みを俺に向けながら。
俺は、彼女の独特な空気が割と好きだった。だから、彼女と言葉をかわすのも、彼女に見つめられるのも平気だった。
気に、入られたのだろうか。
ふと顔を上げると、振り返って俺を見つめる彼女と目があった。彼女は楽しげに微笑んで視線を俺から外す。彼女は、あるいは俺が気付くまで、ずっと俺のことを見ていたのかもしれない。本当に楽しそうに、彼女は微笑んでいた。
そんなんだから、急に家のポストに、彼女名義の手紙が入っていてもなんら不思議はない。手紙には、時間と場所、そして待ってるというひと言。俺は出かける準備をして、歩き出した。いつものように、眠っている彼女を起こしに行くような足取りで。
すれ違ったご近所さんが、ちらちらとこちらを見ていた。無理もないだろう。祝日、しかもこんな夕方に制服を着て、しかし荷物は財布と定期券という最低限の格好で歩いているのだ。部活に行くといっても、無理がありすぎる。さしずめ部活から帰って、着替えもせずにコンビニにでも行くのだろう。そう、思われたに違いない。しかし俺は、学校へ向かっていた。
祝日の学校、静まり返った校舎内。陽は盛大に傾き、間も無く姿が見えなくなるだろう。運動部も、もう活動を終え帰宅したようだ。そんな中、俺は廊下を歩いていた。目的の場所へ行くために、呼ばれたからというその単純な理由だけ持って。
着いた。教室だ。それも、俺のクラスの教室。つまりは彼女のクラスの教室。
取手に手をかけ、いつものように開く。立て付けの悪い扉が何やら音を立てながら、懸命に俺の力に応える。
瞬間、視界に飛び込む夕陽の輝き。目が眩んだ。慣れるまでに十数秒を要した。徐々に輪郭を持ち始めた世界に、黒い影。彼女だと確信する。彼女はこちらを見て、たぶん微笑んでいた。教室の真ん中、淑やかに佇む彼女は、右手でこっちへおいでと俺を招く。断る理由もない。俺は教室へ踏み込んだ。
彼女と、少し距離をおいて立ち止まる。黒い影だった彼女の顔がはっきりする。やはり彼女だった。そしてやはり、意味深な笑みをその口元に浮かべていた。
来てくれたんだね。
彼女が言った。無視する理由もないしと俺は答える。彼女は満足そうに大きく頷いた。
じゃあ、要件を伝えます。
次の言葉に、俺は少し驚いた。彼女のこんな行為に、意味なんてない。俺を呼び出したのも何かの気まぐれだと思っていたからだ。彼女は、俺の反応を見てくすりと笑った。
何もかも、彼女の予定通りに進んでいるのだろう。
彼女が動く。スカートの裾が揺れる。そのまま、彼女は一回転した。彼女の血色の良い小さな唇が僅かに振動する。
「告白します」
ごめんなさい、ちょっと前に提出した課題です。最近書けなさすぎて中継ぎで投稿します。
書けないなりに課題なので必死に書きました。お題はワンシーンで告白の中身とセリフを入れて、必ず二人以上で掛け合いをすることだったのですが、私が個人的に先生に「告白します」で終わる小説にしたいと頼みましたら、「春風さんは書ける人だから大丈夫よ。好きにやって」とおっしゃってくださったのでこんな感じに仕上がりました。書ける人という謎認定プレッシャー……。
そんなわけで、告白の中身は皆さんの想像にお任せするとして、最近色んなタイプの小説が書きたくて仕方ないです。(あれ、さっき書けないって言ってなかったかな。)
これで年納めとは、なんだか物足りない。よければ長編や他の短編もお読みください。
それでは、また。
2016年12月27日火曜日 春風 優華