吉祥蓮疾走の秘密
この鳩摩羅衆の体術も侮れないのだ。
あたしは家の角で塀を直角に曲がる。
玉三郎は向かいの塀から、路地を軽く飛び越える。
あたしのすぐ後ろに付いて走っていたかと思うと、塀を蹴って目の前に現れた。
塀の上を走ってるあたしの頭上で宙返りを打てるくらいだから、跳躍力も並大抵じゃない。
と言っても、すぐ脇の四車線ある公道から見ている者はないけど。
学校に向かう、ランドセルや白い鞄の児童生徒。
徒歩通勤中のサラリーマン。
車道を制限速度10キロちょいオーバーで行き交うドライバー。
みんな自分で精一杯。
忙しくて、塀の上の曲芸なんか見ている暇がないのだ。
だけど、甘い!
玉三郎が再び塀の上に降り立ったとき、あたしはすでに歩道を駆けている。
道行く人々は縦横斜め、不規則に並んでいる。
しかも、歩くスピードは様々。
小学生に至っては、まっすぐ歩けというほうが無理。
その間を、あたしは一気に駆け抜ける。
NFLアメフト選手の150ヤード独走に負けないくらいのフットワークで。
もちろん、ここまで来ると人の視線は避けられない。
だけど。
見られても、相手が覚えていなければ、全く問題ない。
あたしのフットワークは、人の間をすり抜ける瞬間にだけ発揮される。
すれ違った相手は、ごく当たり前の女子中学生の歩く姿しか見えてはいないのだ。
早い話、ひとりひとりの記憶には、ふつうに歩いてるあたしの残像しかない。




