美少女忍者の静観
そんなわけで、あたしのお兄ちゃん静観生活が始まった。
成り行きに干渉しないで、事態の推移を見守るのだ。
手遅れになる前に悪い癖を止めないと、被害は当事者だけでなく、あたしたちにも及ぶ。
図書館の窓から見た高等部の教室で、お兄ちゃんをうっとりさせていた黒髪の少女。
それを発見した翌日、つまり水曜日の朝から、あたしは隠密行動を起こしていた。
その日も、お兄ちゃんはやっぱり朝が早かった。
7時前に起きて身支度を始めるのが、部屋の壁越しにも分かった。
あたしがぬくぬくしたベッドの中でもぞもぞやってるうちに母さんは起き出したみたいだ。
下の階から、ハムエッグの匂いがしてくる。
あたしも起きようかなと思ったけど、一緒に朝ごはんを食べるわけにはいかないのだ、この場合。
……と言い訳して、きっちり二度寝を決め込む。
で、がばっと跳ね起きて時計見て、慌てて制服に着替えて朝ごはんを食べにいくと、母さんが呆れたような笑い顔で、弁当箱の包みを指さした。
早く起きた割に、やっぱり忘れていった、お兄ちゃんの弁当だ。
あたしは朝ごはんもそこそこに、眠い目をこすりながら、お兄ちゃんを追って家を出た。
早い話が、尾行だ。
ほとんどの小学生は、まだ登校しない時間帯だった。
部活の早朝練習に行く近所の中高生も、一人か二人しかいない。
あたしは今、誰からも見られていないということだ。
だから、隠れる必要もない。
つまり、この日ばかりは疾走する必要がないってことだ。
……こんな朝は何年ぶりだろうか。
お兄ちゃんが倫堂学園の中等部入ってからだから……3年ぶり?
なぜか給食がなくて、弁当持参の私立中学に昼食忘れていくからこういうことになるんだけど。
あたしが。
そりゃ、いつもこのペースで起きて登校すれば済むかも知れない。
でも、あのバカ兄貴のためにそこまでしてやる義理はない。
女の子の睡眠はむしろ、バカな少年の空腹を犠牲にするだけの価値があるのだ。
もっとも、そんなことを母さんに言ったらこっぴどく叱られる。
どんな男にもそんな思いをさせないのが、吉祥蓮だからだ。
だから、あたしはこんな格好までして恋するお兄ちゃんを尾行する。
二度と、バカな振られ方をしないように。
ダメならダメで、最初から関わらせないように。
それも、バレないように誘導しなければならない。
だからあたしは、やむなく一大決心をしたのだ。
私服に黄色い帽子、赤いランドセル。
半年前までの、小学生スタイル……。




