少年忍者暗躍
やれやれ。
白堂獣志郎サマを邪険に扱うからだ。
俺の話を聞かなかったということは、講堂裏の倉庫から出られなくなっている恐れが強い。
講堂裏の非常階段を急いで駆け降りると、高等部棟の辺りの空気が変わった。
これが鳩摩羅衆秘法「天文地理縦横無尽察気術」だ。
むわり、と大勢の人間が一斉に動く気配がある。
まるで蜃気楼のように、校舎周りの山肌を覆う緑が揺れた。
たぶん、午後の「宣誓式」のために全校生徒が動き出したのだ。
……まずい。
菅藤瑞希のことだ。
きっと今頃、倉庫の中で立ち往生している。
他流派の忍術を軽々しく使おうとするからだ。
あの「地獄極楽通行自在鍵」、いっぺん開けたカギには二度と使えないのに。
人の話は最後まで聞くもんだ。
さて、あの倉庫から出ようと思ったら、天井の排気ダクトを使うしかない。
たぶん、吉祥蓮の忍者なら自分で入り込めるだろう。
問題は、どうやって講堂に入り込むかだ。
誰も入ってこないうちならいいが、そうでなければアウト。
自分の姿をさらさない限り、兄貴に手帳は渡せまい。
まず、俺ができることは高等部の生徒を足止めすることだ。
非常階段を、音もなく一気に駆け降りる。
向かったのは、高等部の建物だ。
1階の渡り廊下に立って、ガヤガヤという声に耳を澄ます。
狙いは、1年生だ。
たぶん、担任に引率されている。
上級生ならいざ知らず、入学式当日の1年生は緊張で黙り込んでいるものだ。
聞こえるのは、担任の声だけということになる。
「おい、慌てなくていいからな」
……いた!
渡り廊下は2階にも3階にもあるが、このクラスを先頭に、1階に来る。
俺は、出入り口の奥にある、まだ誰もいない廊下に向かって囁いた。
「すみません、先生、いったん上の渡り廊下からお願いします」
我ながら、見事な若手女教師の声色だった。
これこそ、鳩摩羅衆秘法「老若男女変幻自在木霊術(ろうにゃくなんにょへんげんじざいこだまじゅつ)」だ。
年齢、性別構わず、どこからでも空耳を聞かせることができる。
担任教師の声が聞こえた。
「じゃあ、この階段上がれよ」
階段を上る足音が聞こえてきたところで、俺はその場を離れて講堂へ向かった。
1クラスでもルートを間違えれば、全校生徒の移動に混乱をきたすだろう。
これで、時間を稼ぐことができる。
そのとき、後ろから校舎内で大騒ぎする声が聞こえてきた。
「先生、ここ、2年生の……」
「え、じゃ、さっきの誰が……」
「後ろ、つかえてるんですけど」
「ほら、他の1年生、ついてきちゃったじゃないですか」
「戻れ、戻れ! まちがい!」




