美少女忍者の苦難
目の前の古い姿見に、白い下着姿の、あたしの身体が映ってる。
身体……小さいかな。
胸……ないけど、今は。
でも、肌は白い。
母さんみたいに。
……こんなことしてる場合じゃなかった。
脱ぎ捨てたセーラー服の隠しポケットから、鍼や流星錘を取り出して下着の中に隠す。
吉祥蓮の忍者なら、布切れ一枚あれば最低限の暗器は隠せるのだ。
さらに、あたしはどう見てもはるかに身長の高いマネキンから制服を剥がして着こんだ。
当然、ブラウスもブレザーもぶかぶか。
スカートに至っては、ずるずるに長い。
仕方ないか。
あたしは、脱ぎ捨てたセーラー服を上半身に詰め込んだ。
自分の姿を鏡に映してみる。
……なに、これ。
つい笑ってしまった。
そこには、ぼってりと太った、ずんぐりむっくりの女子高生が佇んでいたのだ。
さて、講堂に戻らなくちゃ。
まずは、と。
壁際に、木箱が積まれている。
その真上には、通気口らしき網目があった。
あたしは歩み寄ろうとした。
転びそうになる。
自分の長いスカートにつまずいたのだ。
あたしは木箱の山にのたのたとに歩み寄る。
足をかけ、手でよじ登りはじめた。
そのてっぺんには、排気ダクトにはめ込まれた金属製の格子がある。
その端に、下着の中から取り出した鍼を差し込んだ。
吉祥蓮秘伝の術で鍛えられた鍼だ。
ちょっとやそっとの力では折れない。
鍼は、少し力を込めただけで折れもせずに格子を外した。
開いた穴から排気ダクトに入り込む。
ぶくぶくに服を着込んだ身体がやっと入るダクトだ。
頭から潜り込んで、なんとか格子を引き上げた。
排気ダクトに沿って寝そべった姿勢で、入ってきた穴にに蓋をする。
ちょっと見ただけでは、外されたことが分からなくなるようにするためだ。
腹這いになって、鍼を掴んだ手を前に出してじりじりと。
古い石垣の穴に潜む蛇は、きっとこんな感じなのだろう。
溜まった埃が、ときどき口に入る。
咽せながらも、講堂の出口を目指した。
更なる問題が起こったのは、その時だった。。
なにぶん古いダクトだ。
管の継ぎ目が歪んでささくれ立っている。
服を着込んでるから怪我はなかったけど、生地は引っかかりやすくなる。
急に、くしゃみが出た。
埃のせいだけではなかった。
腰から下が、寒い。
いつの間にか、ぶかぶかのスカートが脱げていたのだった。
せっかく進んだダクトを後戻りする。
置き去りになったスカートを、靴下をはいた足の先で掴んだ。
姿勢としては、かなりきつい。
それでも再び、講堂まで這うことになった。
どのくらい時間が経っただろうか。
前の方に、無数の小さな光の柱が見えた。
排気ダクトの出口から、外の光が差し込んでいるのだ。
全力で這っていく。
いきなり、ものすごい鐘の音が聞こえてきた。
午後の始業チャイムが、ダクト内に反響しているのだ。
耳を塞ぎたいけど、手が動かせない。
目を固く閉じて、じっと耐えていると音は収まった。
鍼を格子の端に突き立てる。
ちょっと力を入れれば、格子は音を立てて床に落ちるはずだ。
でも、誰もいないから、それは気にしなくていい。
その時、下から人のざわめく声がした。
宣誓式のために、高等部の生徒が入ってきたのだ。
……絶体絶命。
格子をこじ開けることは、なんでもない。
よくよく見れば、この真下は講堂の隅らしく、誰もいない。
でも、それは落ちた格子が生徒の頭に当たる心配だけはないということに過ぎない。
金属製の格子が床に落ちれば、いかにけたたましい音がすることだろうか。
当然、生徒たちの視線が集中する。
そこへ天井から真っ逆さまに降ってくる女子生徒。
腰には下着一枚。
膨れ上がった上半身。
足の先にはスカートを掴んで……。
目立つ。
あまりに目立つ。
っていうか、タダのさらしものだ。
たかが生徒手帳一冊のために、その代償は大きすぎる。
鍼を握る手が、微かに震えた。
作戦、失敗。
狭い排気ダクトを足から先に這って戻るしかない。
敗北感に、あたしの小さな(そういう意味でじゃない)胸は痛んだ。




