5秒で分かる『ロミオとジュリエット』
実を言うと、『ロミオとジュリエット』がどういう話かよく知らない。
あたしの顔にそう書いてあったのか、母さんは順を追って説明を始めた。
「ウィリアム・シェイクスピアはね」
何でこんなことに詳しいんだろう、母さんは。
我がことながら、恐るべし。
吉祥蓮。
「16世紀のイギリスで活躍した劇作家なの」
なんか細かい話になりそうだと思ったが、黙って聞いておく。
いつもデレデレしてるお兄ちゃんは知らないけど、母さんは、キレると結構、怖い。
「『ハムレット』『マクベス』『リア王』『オセロー』の四大悲劇で有名ね」
あの。
ろみおとじゅりえっとは……。
「まず、ハムレットだけど」
「あの、母さん……」
たまらなくなって、口を挟んだ。
タイミングが難しい。
「何?」
結構、イラッと答えられて身体がすくむ。
一呼吸置いてから本題に入る。
「ロミオとジュリエット」
ああ、と母さんも我に返ったようだった。
危ないなあ……。
吉祥蓮の中でも割と経験を積んだ忍者のはずなんだけど。
母さんは咳払い一つして、話を本題に戻す。
「まず、身分は高いけど仲の悪い親たちがいてね」
子どもがいるわけね、とあたしは先読みして相槌を打った。
この話、早く終わってほしい。
「その息子と娘が恋に落ちるの」
話は長くなりそうだった。
加えて、あまり面白くなさそうだ。
ちょっとでも早く終わらせたい。
親が許さないわけね、と、前もって展開を補足する。
「で、二人が周りの大人を散々振り回して」
あ、やっと端折ってくれた。
でも、そこはそれで……。
「具体的に言わないとわかんない」
リクエストしたが、母さんは話を押し切った。
「その挙句に知り合って3日ぐらい後に自殺してしまうっていう話」
一言でオチがつく。
「……5秒で分かる『ロミオとジュリエット』ね……」
あれ?
そもそも何の話だっけ?
まあ、いいか。
話終わったんだし。
「ジョン修道士は、ロレンス神父の弟子なの」
そっち?
その話まだ続くの?
そもそも、誰?
ロレンス神父、誰?
あたしが混乱しているのを知ってか知らずか、母さんはシェイクスピアトークを続ける。
「ロレンス神父はロミオを分かってるただ一人の大人」
ああ、そこでやっとタイトルに話がもどってきた。
ちょっと興味があって、あたしは口を挟んでみた。
「ロミオってどんな奴?」
「やんちゃな子」
即答だった。
ちょっと天井を仰いで考えてみる。
……どっかの誰かみたい。
毎朝、登校中に現れてはひと悶着起こす、あいつ。
さっきのエイジ君……に似てるところもある……かな、うん。
だけど。
そこは口には出さない。
そうだと思い出して母さんの顔を見ると。にっこり笑っている。
あたしが話を聞くのを待ってたみたい。
まずい。
居住まいを正すと、咳払いと共に『ロミオとジュリエット』の講釈が再開された。
「やんちゃなもんだから、友達の斬った張ったの喧嘩に巻き込まれるの」
これが、現代なら夕方のニュースでちょっと流れるかもしれない。
「で、ジュリエットの従弟を殺害したため、追われる身になるの」
夜のニュースと次の朝刊、追加。
「で、ジュリエットは両親から望まない結婚を強いられる」
へえ……と思った。
なんかこう、お約束で燃える展開。
でも、ほら、なんか違わない?
そうだ!
根本的なこと忘れてない?
「ジョン修道士は?」
もともと、お兄ちゃんが貰った役の話じゃなかったっけ?
話、それてる。
母さんは、ちょっとむっとした。
「これ説明しないと話がつながらないの」
「ごめんなさい」
前置きに素直に謝る。
母さんは上機嫌で流暢に話しを続けた。
「2人を救うため、ロレンス神父が知恵を出す」
その計画は、次の通り。
1、予めロミオに手紙を送って示し合わせておく。
2、ジュリエットを薬で仮死状態にする。
3、自殺したように見せかけ、関係者の手で納骨堂に葬らせる。
4、ロミオに救出させ、逃亡させる。
以上。
そこで、あたしはツッコんだ。
分からないことは放っておけない性質だから。
「ジョン修道士の話よね?」
「くどい」
「ごめんなさい」
一言で質問を遮られて、素直に謝る。
母さんはそこで一息ついて、再び笑顔に戻った。
「この計画を記したロミオへの手紙を預かったのが、ジョン修道士」
「やっと出てきた」
ついぼやいてしまったが、一気に話し続ける母さんは特に咎めなかった。
井戸端会議もこんな感じかもしれない。
さて、その、やっと登場したジョン修道士だけど。
どうやら、ロレンス神父は弟子に恵まれなかったらしい。
道は間違える、道案内の人選は誤る、とうとう手紙は届かなかった。
結局、ロミオはジュリエットの自殺を他の人から聞く。
納骨堂へ駆けつけ、後を追うロミオ。
目を覚ましたジュリエットも、ロミオの亡骸を発見して命を断つ。
それを見つけた双方の両親、一族郎党まとめて無益な争いを反省するというわけだが……。
長い話を、あたしは一言で締めくくった。
「出番ない割に面倒くさい奴なわけね」
「そうね」
母さんも苦笑いして同意した。
そりゃそうだ。
ジョン修道士を説明するだけで、『ロミオとジュリエット』のあらすじ全部、クドクドここまで説明しなくてはならないんだから。