一見して美少女の母さんは何でもお見通し
うつむき加減に話すお兄ちゃんは、若干照れ臭そうだった。にやけながら頭を掻いて、あたしから目をそらす。
頭いいくせに長い長い、そしてクドイことも果てしないノロケ話が延々と続いた後、やっとこさたどり着いた結論はコレだった。
「……私、好きよ! そういう努力……!」
ここまで引っ張って、結局オチはそれだった。時間と労力のムダを一気に感じたあたしはどっと疲れて、深い溜息をついた。
もういやだ。
個人レッスンでもなんでも勝手にやって。
やる気をなくしてカウチに軽く腰かけたあたしは、こう言うのがやっとだった。
「努力が好きっていうのと、お兄ちゃんが好きっていうのは違うと思うけどな」
こんなことも分かんないほど、お兄ちゃんは葛城亜矢に参っているらしい。
あ~あ、この先ど~しよ……。
世話が焼けるんだから、お兄ちゃん!
何か、だんだん腹が腹が立ってきた。
どうしてかは、よく分かんない。
頭いいんだか悪いんだかよく分かんない兄貴のバカさ加減は今に始まったことじゃないから、そういうんじゃない。
葛城亜矢が絡んでるのが、どうもイラッとくる。
自分でもモヤモヤしてどうにもならなくなって、お兄ちゃんの様子を見ると、あたしの顔色をうかがってる。
男でしょ!
……ああ、父さん、ちょっとでもいいからお兄ちゃんにカッコよさを分けてやって!
堂々として自信たっぷりだった父さんのことを思い出すと、よけいに気持ちが荒れてきた。
ダメだ、このままじゃケンカ売っちゃう!
そういうとき、一方的に傷つくのはお兄ちゃんのほうだ。
助けて、誰か助けて。
父さん!
……もういない。
母さん!
……まだ帰ってこない
玉三郎!
……何でコイツ?
心の中で助けを求めたけど、結局、あたしのことはあたしで何とかするしかない。
……落ち着け、菅藤瑞希。
……お前は、吉祥蓮の忍者。
自分にそう言い聞かせたときだった。
「ただいま!」
玄関から女の子の声がして、あたしは我に返った。
誰かが訪ねてきたみたいに聞こえるけど、違う。
母さんだった。
お兄ちゃんの顔がパッと明るくなって、玄関の方を向く。
……ちょっと? さっきまでビビり入ってたのは何?
そう思うと怒りが身体の中から抜けて、あたしはすっきりとお兄ちゃんに宣言することができた。
「ご飯食べてから特訓だからね、覚悟しといてよ!」
でも、お兄ちゃんは夕食からもう、気持ちを引き締める羽目になった。
秋ナスの肉味噌炒めやシイタケのすり身揚げが並ぶテーブルで、お兄ちゃんは眼の前に置かれたお茶漬けにきょとんとしていた。
母さんは、年頃の女の子みたいに悪戯っぽく笑う。
「ご飯食べてきたんでしょ?」
お兄ちゃんは照れくさそうに頭を掻く。
だけど、あたしは思わず額に手を当てて顔を隠した。
……やっちゃった。
母さんには、バレバレだ。
お好み焼き屋でお兄ちゃんと玉三郎にまとめてキレたのがいけなかった。あれが 吉祥蓮のネットワークで、母さんの耳に入ったんだろう。
目立っちゃいけないのに。
人に覚えられちゃいけないのに。
忍術の基本じゃない!
初歩的なミスだった。こういうときは、後で母さんの説教が待っている。基本的には笑顔だけど、目は笑ってない。そこがかえって、めちゃくちゃ怖いのだった。
でも、母さんの情報源が吉祥蓮じゃないのはすぐに分かった。
「玉三郎くんが宜しくって」
意外な展開だった。
……何で?
……何であいつが?
そう思う間に、お兄ちゃんが反応した。
「白堂君?」
さらに、テーブルに身を乗り出すようにして聞いた。
「どこで会ったの?」
「スーパー出たとこで」
母さんはこともなげに答えたけど、そのやりとりのせいで、あたしのリアクションは一瞬遅れた。 「獣志郎じゃなくて?」
母さんは、可愛く小首をかしげた。
……やられた。
鳩摩羅衆との接触は隠していたのに、自分で情報を明かしてしまったのだ。
やっぱり、母さんには敵わない。
でも、隠し事は責められなかった。仮にそうなるとしたら、後で2人っきりになったときだ。
今の母さんはただ、ふふ、と笑うだけだった。
「面白い友達ね、魂の名前があるなんて」
「へえ」
お兄ちゃんは驚いたけど、あたしもそんなのがあるなんて初めて聞いた。
「そんなのがあるんだ、白堂君」
魂の名前がどうこうっていうんじゃなくて、玉三郎がそんなの持ってることが意外だったらしい。
結局、あたしが無知を思い知らされたわけなんだけど、それはそれで面白くなかった。
「中二なだけよ」
あたしはぼやきながら、里芋の煮っ転がしをほおばった。
おいしい。
母さんの得意料理だ。
もう一個、と思ったけど、箸がはたと止まった。
……ちょっと待って。
何かおかしい。
玉三郎って呼ぶと、あたしとはケンカになる。
それなのに、何でお兄ちゃんが本名知ってるの?
答えは一つしかない。
「お兄ちゃんには玉三郎って?」
返事はなかったけど、代わりにこくんとうなずく。あたしはそれをまともに見られず、目をそらす。
可愛かったからじゃない。
あのバカのにやけ顔が、かなりリアルに頭の中に蘇ったのだ。
とことん勘違いした、あの偉そうな態度と共に。
「獣志郎と呼べって、何が……」
怒りを抑えてグルグル唸るあたしに向かって、母さんは眼を細める。
「いいお友達ね」
「誰が!」
あんな奴! あんな奴! あんな奴!
毎朝毎朝、お兄ちゃんに弁当届ける邪魔ばっかりして!
……そりゃ、忘れるお兄ちゃんがバカなんだけど。
葛城亜矢のこと調べようとするの邪魔して。
……そりゃ、絶対無理な人を好きになるお兄ちゃんがマヌケなんだけど。
人のやることに余計な手出しして!
……そりゃ、完璧じゃないかもしれないけど、あたし。
でも!
あたしは黙って、夕食を口に運んだ。
何だか、頬が熱い。食べても食べても、味が分かんない。
イラつく! イラつく! イラつく!
それもこれも、全部あのバカのせいだ。
あ、お兄ちゃんじゃなくて。
玉三郎! 絶対許さないから! あんたなんか、大っ嫌い!




