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少年忍者のささやかな逆襲

 はい、と元気よく答えた俺は、質問に転じた。聞く方が答えるよりも簡単なのだ。損得が絡む交渉のときは、相手を質問攻めにして黙らせるという手もある。

 鳩摩羅衆秘術でいえば、「弩弓連戦無窮談判術」がこれにあたる。

「どんな稽古をなさってるんですか?」

 菅藤冬彦は、ちょっと考えてから咳払い一つして、いささか気負ったように勿体ぶった口調で答えた。

「台本から読み取った劇作家という詩人の言葉を、老人にも子供にも、男にも女にもなってみせること」

 つまり、作者の意図したとおりの人間を立ち居振る舞いからもの言いまで、全部を再現して見せるってことだ。

 もっとも、俺が最初に菅藤冬彦をおちょくるのに使った「老若男女変幻自在木霊術」は、声までも真似てみせられるが。

 雨は少しずつ弱まってきたが、まだしばらく傘の要りそうな勢いだった。さらに話を聞き出さないと、間が持たない。それは、相手の注意を自分の細かいところに向けさせる恐れもあるということだ。忍者としては、あまりよろしくない。

 ここはひとつ、おだてるに限る。

「まだあるんでしょう?」 

 菅藤冬彦は嬉しそうに、高等部の演劇部で学んだらしいテクニックをとうとうと述べ立てた。

「自分じゃない、現実にもいない人の気持ちを、今、ここにいる自分のものであるかのように見せること」

 鳩摩羅衆秘術「彼我有為鏡面転変術」だ。相手の心理を読み、共感しているかのように思わせて油断させることができるが、今、使っているのがまさにそれだ。

 菅藤冬彦は役者のテクニックに夢中だ。俺も思いっきり興味を持ってみせるに限る。

 とはいえ、しゃべり過ぎたことに気付く程度の羞恥心は持っているようだった。慌てて顔の前で手を振ってごまかす。 

「言ってるほどにはできないけどね」

 おっと、ここは持ち上げるところだ。

「いや、ぜひ見せてくださいよ」

 その気はなくても、相手のプライドをくすぐるのがコツだ。

 俺の一言はど真ん中だったのか、菅藤冬彦は有頂天になった。

「じゃあ、文化祭においでよ」

 誘われなくても行くつもりだった。この手のイベントには、何かしら金儲けのチャンスがあるものだ。

「いつ、どこに行けばいいんですか?」

 当然、菅藤瑞希も見に来るはずだ。自分の兄の舞台をどんな顔で見ているか、拝んでやるのも面白い。

「今週の日曜日。ステージ発表の最後だよ。中等部にもプログラムは配られるはずだから」

 実を言うと、もう今朝の内に配られて手元にあった。予定が分かっていて聞いたのは、「お兄様のお誘い」だってことが肝心だったからだ。こうすれば仮に妹の方が俺を会場で見つけたとしても、怒るに怒れない。その矛先が向くのは菅藤冬彦だ。気の毒だが、そこはこらえてもらおう。兄妹なら、命にかかわるようなことにはなるまい。

 そんなことを考えていると、その兄の方がまた余計なことに興味を持った。

「帰り道、こっちでいいの?」

 敢えてこっちから傘を差し出してるんだから、気にしなければいいのだ。人がいいにも限度ってものがある。だいたい、忍者が自分の家をそう簡単に教えてたまるか。

 ……待てよ。

 菅藤瑞希の家がどこか、知っておくのも悪くない。あくまでも、情報収集だ。情報収集。

 ……て、何だろ、この変な感覚。

 俺は急に胸がずくずくいいだしたのをこらえて、ちょっと咳払いしながら答えた。

「ちょうど、ええ、道が、ええ、同じなので」

 どっちかっていうと、学校を挟んで正反対の方角だったりする。この雨の中、登校するときの倍以上の道のりを歩いて帰るのはめんどくさい。

 そこへ、菅藤冬彦が願ってもないことを申し出てくれた。

「夕食は?」

 チャアアアアンス!

 え、菅藤瑞希んとこで夕食お呼ばれ?

 自分の懐を痛めずにメシ代を浮かせるのは、鳩摩羅衆として基本中の基本だ。

 だが、そんなこととは違う何かで俺は割と舞い上がっていた。

 俺はとっさに口から出まかせを言った。

「両親がしばらく出張で」

 大ウソだ。鳩摩羅衆に両親などいはしない。ある一定の年齢になると母親の元から引き離され、見ず知らずの男たちの集団で育てられるのだ。さらに13歳になると、ひとり暮らしを強いられる。学費や生活費はある程度面倒見てもらえるが、どこから出ているのかはよく分からない。

 俺の場合、鳩摩羅衆の仲間たちが上手に立ち回って学費無償の特待生扱いになっているが、自由になるのは最低限のメシ代だけだ。

 そんな俺に、菅藤冬彦は喜んでいいのか落胆していいのか分からない誘いをかけた。

「じゃあ、夕食は僕と」

 ……おごってもらえるわけだ。

 人の金で夕飯が食える!

 ウスターソースの焼ける香ばしい匂いにそっちを見れば、目の前にはお好み焼き屋がある。

 鳩摩羅衆としては最高の成果だが、菅藤宅に上がり込み、妹の瑞希と同じテーブルにつけないのはちょっと期待外れだった。

 菅藤瑞希か、おごってもらって外食か。

 ……ふ、決まってるじゃないか。

「ごちそうさまです!」

 俺は後輩として精一杯の愛想を振りまいて、菅藤冬彦と店の暖簾をくぐった。

 威勢のいいおいちゃんの声が出迎える。

「へいらっしゃい!」

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