まっすぐ・ゆっくり・おもく
やれと言われた通りに打ったジャブを全て弾くと、瑞希はまっすぐ、ゆっくり踏み込んできた。
そのまま両掌を正面に押し出すポーズがいかがわしくて、僕は思わずツッコんだ。
「何、これ?」
「直・遅・重の型、『押』(おう)!」
もったいぶった答えに漢字を充てると、こんなところだろう。
さっきのジャブは「真っ直ぐ・速く・軽く」という動作だろうから。
「それで?」
疲れてるんだから、早く解放してほしかった。
そう促したつもりだったのだが、瑞希は僕の前に立ちはだかるなり、腰を落とした。
「やってみて」
「僕が?」
そう聞いてはみたが、やらないと後でうるさいだろうなと思った。
「つべこべ言わずに押す!」
今でも充分うるさい。
しかたないか。
「はいはい」
言われるままに両手を押し出してやると、瑞希は肘から先を横たえて受け止めた。
あれ……?
腕は細いのに、石の壁でも押すような感触があった。
突き飛ばすといけないので少しずつ力を入れてみたが、瑞希はびくともしない。
僕がどれだけ力んでも動かないということは、同じ力で小柄な瑞希が押し返しているのだ。
ウソだろ……僕、こんなに力弱いの?
そう思ったとき、身体がふっと軽くなった。
気力と体力が限界に来たのだ。
部活でどれだけ筋トレやっても、こればっかりはどうにもならない。
ああ、妹の前で……。
貧弱な身体を悟られまいともう一息踏ん張ったところで、足が滑った。
瑞希が押し返す力で、背中から転倒する。
勢い余って、瑞希も前につんのめった。
危ない……!
畳の上に転がったが、小さな身体は何とか受け止めた。
Tシャツの向こうに、のしかかってきた柔らかい感触がある。
温かいな、と思ったとき、僕の胸に顔を押し当てた瑞希と目が合った。
母さんによく似た顔をしばし見つめていると、瑞希は真っ赤になって跳ね起きる。
「何すんのよバカ!」
「……ごめん」
謝らなければならないようないわれはないのだが。
とりあえず起き上がると、メガネが斜めにずれる。
直してみると、肩をすくめた瑞希が睨んでいた。




