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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第8局 熱血!春の団体戦(1日目・2015年5月10日日曜)
97/682

85手目 2回戦 林家〔藤花〕vs五見〔駒北〕(2)

「3三銀ねぇ……さすがに受けましたか……」

 林家(はやしや)さんは、だんだん寡黙になってきた。

 マジメに読んでる証拠だ。感心、感心。

「……」

「……」

 おたがいに寡黙なボードゲームって、めずらしいよね。そうでもない?

 六連(むつむら)くんのカードゲームバトルを観戦しときは、呪文とか唱えててにぎやかだった。

 あ、もちろん「ずっとオレのタ○ン!」とかは言ってないよ。

「どうやっても攻め駒が足りませんね……2五歩」


挿絵(By みてみん)


 桂馬を取ってきた。

 これは予想通り。

 8六歩、同銀(同歩とは取りにくい)、3八飛、6八金引。

「8八歩」

 さあ、どうする。

「自宅警備のオプションに、荷物の受け取りはないんですけどねぇ」

「じゃあ、無視するか同金と取れば?」

 それなら僕の勝ち。

 林家さんは、ほっぺたをぷくりと膨らませた。

「この歩打ちは、高くつきますよ。同玉」

 僕は黙って、5六歩と伸ばした。


挿絵(By みてみん)


 さあ、問題の局面だ。3三香成と突っ込んでくるかな?

 同金直で飛車の横利きを通して……5五桂とか? 僕も存外に危険だ。同金直が、見た目に反してよくない? 同金寄、5三銀、5七銀、5二銀打、同飛、同銀成、同玉の展開は、僕が勝ってると思うんだけどね。5三銀に5一香と受けてもいいわけだし。

 この展開がイヤなら、林家さんは先に5五桂と打ってくるかも。これは4三に金がいるから、逃げるなら4二金引。でも、3三香成、同金上は、さっきの展開と比べると、0手で桂馬を打てたことになる。僕が損だ。

 3三香成とせずにいきなり5五桂のパターンなら、すぐ5七銀としよう。

 

 パシリ

 

 おっと、指してきた。


挿絵(By みてみん)


 はいはい、5五桂ね。

「5七銀」

「ノータイムで指すとか、腹立ちますよ」

 そんなの知らないよ。林家さんの選択肢が少な過ぎるのが悪い。

 これは、思ったよりも局面の幅が狭そうだ。優劣がついている可能性も。

「受ければいいんでしょ、受ければ。6九歩」

 ふーん、受けるんだ。

 ここで4二金引としても、意味ないしなあ。6八銀成、同歩、5七歩成……まったくつながってないや。6八銀成、同歩……これは角を参戦させないと、勝ち目がないね。

 幸いなことに、角は6五歩の一発で世に出る。

 

挿絵(By みてみん)

 

 (※図は五見(いつみ)くんの脳内イメージです。)


 しかも桂当たり。4三桂成、5五角と一回王手して、7七銀打の受けに……待てよ。これは、先手玉を堅くしてるだけか。さすがに4三同金として、3三香成、同金……いや、2三馬もあるな。2三馬〜5六馬の狙いだ。

「なかなかしぶといね、その陣形」

「年季が違うんですよ、年季が」

 同年齢なんだけど。自宅を警備してる年季が違うのかな?

 閑話休題。5二玉の逃げに、5六馬と引きつけられると寄らない。先手は、7八金+6八歩のかたちがいい。6九銀とか引っ掛けられればいいんだけど、銀がないんだよね。8六に落ちてることは落ちてる。さすがにまだムリか。

 6八銀成を保留してみよう。ああして、こうして。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「ふひひひ、困ってますね?」

「うん、困ってる」

「ウ○コ待ってるんですか? 変態ですね」

 もうダメだ。相手にするのはやめよう。

 5五角の出が、勇み足かな。4三桂成を単に同金と取ろう。2三馬、5二玉、3三香成とされたところで、同金、同馬、5五角と出て、勝てるかな? 金銀を渡し過ぎか。金銀7枚は、僕の負けとしたもんだけど、6八の金と8六銀は質駒。さらに、5五角の出には7七銀打と受けるだろうから、これも質駒。合計3枚。3三にいる馬も、ぼんやりしていて怖くない。この進行は、選ぶ価値がありそうだ。

「6五歩」

 僕は角道を開けた。

「いやらしい」

 なんとでも、どうぞ。

 4三桂成、同金、2三馬、5二玉、3三香成、同金、同馬。

「5五角」


挿絵(By みてみん)


 さあ、王手だ。

「……7七銀打」

 がっちり受けてきた。当然だよね。単に7七銀は、8三香で死ぬ。

「6八銀成」

「同歩」

「6六桂」

 これが急所。一見、7九金でなんともなさそうだけど、それには6七金がある。同歩は王手放置。かと言って、取らなければ次に7七金。

「うッ……7九金打」

 そうそう、それしかないよね。7九銀だと、清算後に6八の地点が1枚足りない。

 この段階で、残り時間はおたがいに1分。

 中盤の難解なところで、かなり時間を使ってしまった。ここからは殴り合いだ。

 7八桂成、同金。

「6七金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ちょっとびっくりな手だけど、同歩でも同金でも5七歩成。

「は? そんなの絶対成立してないですよ」

 6七同金、5七歩成。ここで林家さんは、ちょっと迷った。1分将棋になる。

「同金……7七角成……」

 え? 林家さん、なんか勘違いしてない? 同金だと死ぬよ。6八飛成でね。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3四馬ッ!」

 王手で堅めてきた。さすがに5七同金が即死なのは気付いたか。

「6三玉」

 ここで林家さんは、もう一度59秒まで考えた。

「……7一銀」


挿絵(By みてみん)


 いやらしい手だ。飛車を切れと催促している。切ったら僕の王様は危険地帯に。

「それでも切るッ! 8六飛ッ!」

 あとは詰むかどうかの勝負。

 林家さんは、ノータイムで同歩

 僕は59秒まで考えてから、7七角成と切った。

「ほぉ……切るんですか……」

 同桂、7九銀。

「え? 詰んでるんですか?」

 へぇ、林家さんがそう言ってくれるなんて、僕の信用もまんざらでもないのかな。

 取らずに8七玉なら、8八金、9六玉、9五銀、8五玉、8四香まで。並べ詰み。なぜか王様が7四の歩を支えているという、おどろきの展開になる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ど、同玉」

「3九飛成」


挿絵(By みてみん)


「単に飛車成り……あッ!」

 気付いたかな? 6九桂合なら、8九金、7八玉(同玉は6九龍、8八玉、7八金、8七玉、8九龍、9六玉、9五歩、8五玉、8三香、8四合駒、7三桂までぴったり)、6七とと捨てて、同玉(同馬は8八金打の一手詰み)、6六銀、5六玉、5五金まで。6七とに同歩と取るのも、4八龍、7八合駒、8八金打まで。すべて詰みだ。

「そ、そんな……単成りに負けるなんて……」

「さあ、おそとに出る時間だよ」

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 一礼して終わり。

 ふぅ……とりあえず、個人の責務は果たせたかな。

「7一銀がポカでしたね……まだしも7八金でした……」

「それだと、ちょっと長引くかな。6七と、同金、6六香とかで」

 6七とに同馬なら、完封模様。

「どこで間違えましたかねぇ」

 林家さんは、のんびりと尋ねた。

「1三から馬が退いたらダメなんじゃないの?」

 あれが動いてくれたおかげで、5七と6八の地点がスカスカになった。

「ですかねぇ」

 ふたりで局面をもどす。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「もうジリ覚悟で5七同金、同歩成、同馬とかやるんですかね?」

「それは5五角、7七銀打、6六桂が痛打じゃない?」

「同銀、同角、同馬、同歩は、歩がまえに出て来て勝ち目なし……」

「要するに、6五歩と突き出せた時点で、僕がよかったのかな」

 対局中は、全然そうは思わなかった。

 やっぱり指してるときは悲観的になるんだよ、うん。プロもそう言ってる。

「これで負けなら、5六歩と突き出されたときに5八歩でしたね」


挿絵(By みてみん)


 なるほど、受けか。

「まあ、これも6五歩だね」

「5五桂が打てなくなる代償に、なんとかなってません?」

「5五桂が打てないだけじゃなくて、6三銀も打てないよ?」

「なんででがすか?」

「6三銀、5五角のとき、7七に打つ銀がないでしょ」

 林家さんは、テーブルに突っ伏した。

「確かに」

 意外と一直線だったのかな。林家さんの攻めがムリ攻めだったか。

「3三銀と僕が受けたときに、同香成の順しかないんじゃない?」

 僕たちは、さらにそこまでもどした。


挿絵(By みてみん)


「ここで同金寄、6三銀なら、ギリギリ入るよ」

「打ってもあんまり意味ない気がするんですけどねぇ」

 林家さんはそう言いながら、6三銀と打った。

「僕は8六歩かな」

「ぐぅ厳しい」

 飛車先だからね。しょうがない。

「同銀、3八飛、6八金引、5六歩……」


挿絵(By みてみん)


「ここで2五歩ともどしたら、結局6五歩ですか?」

「だね。もう2五の桂馬は諦めたら?」

 林家さんは、クリスマスケーキでも見るみたいに、桂馬を眺めた。

「ぶぅ」

「ぶぅ、じゃないよ。すぐに7四銀成とかじゃないの?」

「7四銀成とか、8八歩一発でお外に出ないといけなくて、やってられませんよ」

 出ろよ。出れば分かるさ。

 8八歩、同玉、8四香、7三成銀、同桂と進めてみる。


挿絵(By みてみん)


 あ、これはちょっとマズい気がする。

 林家さんもチャンスとみたのか、7四角と打ってきた。

「けけけ、これでどうですか?」

「んー、痛いね……王様を逃げても受けても、8三銀ってわけか」

「ってほどでもないんですけどね。4二玉、8三銀、8一飛が成香に当たるんで、なにもできないんですよ。以下、1二成香、8六香、同歩、6五桂くらいでこまっちんぐ」

 それも、そうか。

「じゃ、最初から僕が勝ってたってことだね」

「はぁ?」

 冗談だよ。まったく、すぐ本気にするんだから。

「こんなことなら、5七歩成に同金と取って、9九で討ち死にすればよかったです」

 そ、それはどうなのかな……チーム戦なんだし……。

「もっと協調性を出さないとダメだよ」

「ツレがアレなんですよ? 協調できるわけ……いてッ」

 あ、高崎(たかさき)さんのエルボー。

「いたたた……暴力反対……」

「どのツレがアレなんだよ? っていうか、アレってなんだよ?」

「アレっていうのは、遠くを指す指示代名詞ですよ。伊織ちゃんは近くにいたでしょ」

 林家さんの意味不明な弁解に、高崎さんはハハハと笑った。

「そうだな、わりぃ」

 高崎さん、ちょっと運動のし過ぎなんじゃないかな。心配になってくる。

「つーか、なに負けてんだよ?」

「はーい、1回戦で負けた人、挙手してくださーい」

「ぐッ……」

 はい、高崎さんの負け。

「そんなことより、ほかはどうなってるんですか? 勝ってるんですか?」

 と林家さん。高崎さんは、急にマジメな顔になった。

「んー、5番席はとっくに負けてるな。鞘谷(さやたに)先輩次第なんじゃないか?」

「じゃあ、負けたら鞘谷先輩が戦犯ですね。間違いない」

「あのなぁ……先輩にそういう態度とっていいと思ってるのか? おまえが戦犯だ」

 ふたりは、なぜか負ける前提で話を始めた。

 それが一番失礼だと思うよ、うん。

場所:2015年度春季団体戦 2回戦

先手:林家 笑魅

後手:五見 誠

戦型:矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金

▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩 ▲6七金右 △5二金

▲7七銀 △3三銀 ▲7九角 △3一角 ▲3六歩 △4四歩

▲3七銀 △6四角 ▲6八角 △4三金右 ▲7九玉 △3一玉

▲8八玉 △2二玉 ▲4六銀 △5三銀 ▲3七桂 △7三角

▲1六歩 △1四歩 ▲2六歩 △2四銀 ▲3八飛 △9四歩

▲1八香 △8五歩 ▲9八香 △4二銀 ▲9九玉 △6四角

▲6五歩 △7三角 ▲2五桂 △3三桂 ▲1五歩 △同 歩

▲3五歩 △同 歩 ▲5五歩 △同 歩 ▲3五銀 △同 銀

▲1五香 △2五桂 ▲1一香成 △3七歩 ▲1八飛 △1七歩

▲2八飛 △1六桂 ▲3五角 △2八桂成 ▲1四歩 △3一玉

▲1三角成 △4一玉 ▲6四歩 △同 歩 ▲3六香 △3三銀

▲2五歩 △8六歩 ▲同 銀 △3八飛 ▲6八金引 △8八歩

▲同 玉 △5六歩 ▲5五桂 △5七銀 ▲6九歩 △6五歩

▲4三桂成 △同 金 ▲2三馬 △5二玉 ▲3三香成 △同 金

▲同 馬 △5五角 ▲7七銀打 △6八銀成 ▲同 歩 △6六桂

▲7九金打 △7八桂成 ▲同 金 △6七金 ▲同 金 △5七歩成

▲3四馬 △6三玉 ▲7一銀 △8六飛 ▲同 歩 △7七角成

▲同 桂 △7九銀 ▲同 玉 △3九飛成


まで118手で五見の勝ち

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