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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第8局 熱血!春の団体戦(1日目・2015年5月10日日曜)
96/682

84手目 2回戦 林家〔藤花〕vs五見〔駒北〕(1)

※ここからは五見いつみくん視点です。

 と、すこしひねってみたものの。

五見(いつみ)くん、大丈夫なんっスか?」

「はずれたら、即死ですね」

 僕の返しに、大場(おおば)先輩はきょどった。

「ダメじゃないっスかッ! 話が違うっス!」

「落ち着いてください。オーダーの読み合いに絶対勝てる方法なんてないんですよ」

 人事を尽くして天命を待つ。将棋の基本だ。

「でも(すみ)ちゃん……」

「2回戦を始めます。オーダーを交換してください」

 箕辺(みのべ)会長の指示で、僕らは対局テーブルに向かった。

 相手方のショートボブは金子(かねこ)先輩かな。

 僕らのほうからは、小島(こじま)部長が出た。

「よろしくお願いします。藤花(ふじはな)からでいいですよ」

「よろしくお願いします。それじゃあ……」

 金子先輩はオーダー表をひらいた。さすがにちょっとだけ緊張するね。

 自分の仕掛けた策が発動するかどうかは、やはり気になる。

「藤花女学園、1番席、大将、林家(はやしや)さん」

駒桜(こまざくら)(きた)高校、1番席、大将、五見」

 ここは既定路線。ずらしようがない。

「2番席、五将、春日川(かすがかわ)さん」

 ギャラリーのなかから、ほぉという声が漏れた。

「2番席、三将、小島(こじま)

「3番席、七将、ポーンさん」

「3番席、四将、池田(いけだ)

「4番席、八将、鞘谷(さやたに)さん」

「4番席、五将、津山(つやま)

「5番席、九将、杉本(すぎもと)さん」

「5番席、十将、大場」


挿絵(By みてみん)


 交換を終えた両陣営は、それぞれ集まった。

「やったっス! 五見くんの読みがどんぴしゃっスよ!」

「とはいえ、これで4:6くらいですけどね。うちが4ですよ」

 要するに、津山vs鞘谷が4:6ということだ。

 津山vs春日川(2:8)、津山vsポーン(3:7)よりはマシ。しょうがない。

「相手の金子ってひとは、オーダーをみても表情を変えませんでしたね。あんまり分かってないのかもしれません。ブレインは、春日川さんでしょう」

「五見くん、絶対負けたらダメっスよ。その時点で、試合終了っス」

「物事に絶対はありませんよ。大場先輩こそ、気をつけてください」

 僕たちは、それぞれ対局席に向かった。

 僕は1番席だから、すぐそば。林家さんが現れた。

「あ、出ましたね、眼鏡野郎」

「林家さん、今日は来たんだね。てっきり休んでるかと思ったよ」

 お互いにジャブを繰り出す。将棋と全然関係ないけど。

 林家さんは席につくと、すぐに駒を並べ始めた。林家さんは、猫背とかいうレベルじゃなくて、テーブルに寄りかかるように座るから、めんどくさい。

「振り駒をお願いします」

「それじゃ、私が……あッ」

 僕はサッと歩を5枚集めて、ぽいっと振った。歩が2枚。

「駒桜北、偶数先」

「なにやってんですか? レディファーストですよ、レディファースト」

「どこにレディがいるの? 2番席? 3番席?」

 林家さんは、顔を真っ赤にして両手をバタバタさせた。

笑魅(えみ)さん、振り駒はどうなったのですか? 奇数先で、いいのですか?」

 2番席の春日川さんが、すこし大きな声で尋ねた。

「ぐぅ……藤花、奇数先ですよ、はいはい」

 振り駒も最善。4番席の津山先輩が先手だ。

 後手番の僕がどうするかっていう話になった。

「対局準備の終わっていないところはありますか? ……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 僕は、チェスクロを押した。

「よろしくマンモス」

 初手は7六歩。

 さて、林家さんは居飛車党だから、2手目でどうするか、重要だ。

 僕は10秒ほど考えて、8四歩と突いた。

「ほぉ、矢倉のお誘いですか。受けて立ちますよ。6八銀」

 3四歩、6六歩、6二銀、5六歩、5四歩。


挿絵(By みてみん)


 普通の出だし。ここまではOK。

 4八銀、4二銀、5八金右、3二金、7八金。

 林家さんは、金を上がり終えてから、パシリとチェスクロを押した。

高村(たかむら)光太郎(こうたろう)と掛けまして、五見くんと解きます」

「解かなくていいよ。4一玉」

「ひとがネタを振ってるのに、無視しますかね、普通」

 6九玉、7四歩、6七金右、5二金、7七銀、3三銀。

 矢倉の序盤だからいいけど、横歩なんかだと怒られるよ、林家さん。

「で、その心は?」

「ドウテイで有名です」

 林家さんは、ひとりでけらけら笑っていた。

 噺家が自分のネタに笑っちゃダメだった気が。っていうか、僕は童貞じゃないし。

「あ、また無視しましたね?」

「どう反応すればいいの?」

「これだから眼鏡野郎はおもしろくないんですよ。伊織(いおり)ちゃんのほうがマシです」

「どうマシなの?」

「伊織ちゃんは、ボケ倒してくれますから。このまえも……いてッ!」

 林家さんは、頭を押さえた。

「おっと、わりぃ、(ひじ)が当たった」

 見上げると、ギャラリーの高崎(たかさき)さんがニヤついていた。

 味方に攻撃を喰らうとか、日頃の行いだね。

「いたたた……暴力反対……7九角」

 林家さんのほうで勝手に時間を減らしてくれたし、まあ、いいや。

 3一角、3六歩、4四歩、3七銀、6四角、6八角、4三金右、7九玉。


挿絵(By みてみん)


 ほんとになにもしてこない。定跡通りだ。

 3一玉、8八玉、2二玉。

 とりあえず入城。

 4六銀、5三銀、3七桂、7三角、1六歩、1四歩、2六歩。

 ちょっと古風にやってみようかな。プロ間では、後手にすごい手が発見されたみたいだけど、ああいうのは、林家さんも研究してそうだ。ハマらないようにしないと。

 2四銀、3八飛、9四歩、1八香。

「なんだか、古い形になったような気がするでがす」

「だね、古いよ。数年前あたりの進行かな」

「やっぱり古いものは、いいですからねぇ。落語も古典が最高です」

 こういうところで、林家さんって、よく分からない。

 僕も古典は好きだけど、林家さんに言われると違和感がある。

「8五歩」

 僕が飛車先を伸ばすと、林家さんは9九の香に手を伸ばした。

 あ、これは。

「9八香」


挿絵(By みてみん)


 穴熊かぁ。

「林家さんって、穴熊大好きだよね」

「お外は危ないですから。おうちのなかが一番」

 9九は王様のおうちじゃないけどね。

「4二銀」

「9九玉」

 林家さんは、王様をクマらせた。そして、右側に視線を移す。攻めてくる気か。

 僕は受けに回らないといけない。とりあえず6四角、6五歩、7三角の交換を入れて、林家さんの出方を窺った。ここまでは飛ばしていた彼女も、さすがに長考。

「……2五桂」

「3三桂」

「早いですね。後悔することになりますよ。1五歩」


挿絵(By みてみん)


 交換してこなかったか。この反応を訊きたかったんだよ。

 1五同歩、3五歩かな。端をいじるには、歩の数が足りない。

 3五歩、同歩、5五歩、同歩、3五銀、同銀、同角は性急。先手の攻めが続かない。むしろ最後の同銀に1五香と走って、同香、3五角と出るのが、ありそうだ。次に1三角成がみえるから、1筋を受けないといけない。3三桂成から攻められて、僕が潰れ模様。

 まあ、そう簡単には潰させないよ。

 1五香を無視して、2五桂を読む。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)


 これが本命。同歩なら1筋への圧力が減る。

 林家さんとしては、2五桂に1一香成と突っ込んで来そうだ。同玉は、もちろんない。3七歩と止めて、1八飛、1七歩と完全封鎖しよう。

 残り時間が18分を切ったところで、僕は1五同歩とした。

「3五歩」

 同歩、5五歩、同歩、3五銀、同銀、1五香。

「それは取らないよ。2五桂」

「そんなの読み筋でがす。1一香成」

 3七歩、1八飛、1七歩、2八飛。

「1六桂」


挿絵(By みてみん)


 とにかく飛車を攻める。

「あ、イジメですね、これは」

「うん、飛車イジメだよ」

「性格の悪さがにじみ出てますよ」

 僕が無視すると、林家さんは拗ねて続きを読み始めた。

 拗ねるくらいなら、そういう突っ込みをしなければいいと思うんだ。

 僕に突っ込み返しする義務はないから。相方じゃないんだし。

「……」

「……」

 これ、飛車を捨ててくるかもしれない。その場合は、3五角か。

 端は破られるけど、まあ大丈夫だろう。

「……3五角」

 やっぱり捨ててきた。僕は慎重に読む。

 2八桂成……1四歩だろうな。先に6四歩を入れる筋が、微妙にあるか。ただ、手順の問題な気がする。あまり気にする必要はない。2八桂成、1四歩、3一玉と逃げて、1三角成にまた4一玉と逃げる。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)

 

 ここで林家さんが、どうするか。一目、6四歩か。

 放置はできないから、同歩か同角。同角は6六香が気になる。7三角ともどって、6三香成が痛い。左右挟撃。だから、同歩。これに6三銀が利くようだと、僕が悪い。ただ、この形で6三銀が利くとは思えない。6三銀、8六歩、同銀、3八飛。この飛車打ちが、7八の金を狙ってるから、林家さんはなにかしないといけない。穴熊の弱点だ。

 なにをしてくるかな? ……6八金引が第一感か。そこで8八歩と打って、同玉と引きずり出してから、5六歩と伸ばす。狙いは、5七銀の放り込み。馬が動いてくれれば、6八銀成が詰めろになる。僕の勝ち。まあ、動かないだろうけど。

 この展開は、6三銀が完全に空ぶってる。林家さんなら、気付くはずだ。

 となると、6四歩、同歩に、べつのことをしてきそうだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 3六香か。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)

 

 これは3八飛に3二香成と先行できるから、こっちが一手遅い。ただ、その遅さが致命傷でなければ、これも3八飛でいい。そのあたりの速度計算が問題だ。

 3八飛、3二香成、同玉、2一香成は詰めろ……ではない。それなら1回受けるね。6八金引、8六歩、同銀、8八歩、同玉、5六歩。ここで2一成香だと? 5七銀に3一金と重たく打って、3三玉なら2二銀、3四玉、5七金、同歩成、3五銀、4五玉……逃げられるな……いや、待てよ。5七歩成に同馬と引く手もあるな。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)

 

 ギリギリか。僕のほうが余している気はする。4五玉と突っ込んで、4六馬、5四玉の逃げに、2五歩と桂馬を回収されるのが、どこまで痛いか。僕のほうは、8三香と足すくらいで、敵陣に迫れそうだ。

 それに、最初の3一金に同銀、同馬も気になる。そこで3三玉と上に逃げれば、馬が守りに利いていないから、さっさと入玉できるんじゃないだろうか。

 すこし考え直そう。まず3二香成、同玉、6八金引まではいいとして、8六歩、同銀、8八歩、同玉、5六歩に、2一成桂、5七銀、2二成桂と、素直に行ってみよう。これは3三玉と逃げられないから(逃げたら2三馬の一手詰み)、4一玉、6三銀と置いて、6八銀成には同金と冷静に対処。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)

 

 5七歩成で勝ててるなら、いいんだけどね。

 5七歩成、同馬……うーん……これは僕が悪いかもしれない。

 ということは、3二香成を甘受できないってことか。

「五見くん、ずいぶんと考えますね」

「大事なところだから」

 とはいえ、これ以上時間を使うのは、終盤に影響が出る。残り10分だ。

「2八桂成」

 僕は、飛車を取った。

「1四歩。攻めますよ」

 3一玉、1三角成、4一玉、6四歩、同歩、3六香。

「3三銀」


挿絵(By みてみん)


 この受けが吉と出るか凶と出るか、結末を見に行こうか。

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