82手目 1回戦 新巻〔清心〕vs高崎〔藤花〕(2)
龍の引き位置が分からない以上、ここで悩めないな。対応を訊こう。
「行くぜッ! 8一飛成ッ!」
7七飛成、4六角、同角、同歩。
「一気には決められないか……7四龍」
いおりんは、龍を撤退させた。
こっちが即座に潰れることはなくなった。続きを考える。角の打ち場所……ないな。攻め駒が足りないなら、9一龍と拾うか。そこで……後手は5五角か? 龍香両取り。逃げるなら……6一龍は、敵陣に近づき過ぎだ。歩が欲しい。9三龍としよう。9三龍、9九角成、5三銀、7三歩……いや、6三歩か? 同じことかもしれない。6三歩なら、5二銀不成、同金、9二龍、7二歩、8一龍。
そこまで考えて、俺は首を振った。パターンが多すぎる。こんな一直線の読み、当たるわけがない。もっと幅広く読まないと……って言っても、時間がないんだよなあ。とりあえず9一龍、5五角、9三龍、9九角成は確定だろうから、そこでいくつか想定しておこう。第一候補は、さっき考えた5三銀。第二候補は……4五桂か? 4五桂……4四銀とは、受けてくれないよな。4四に銀を打ったら、後手は切れ模様だ。それに、第一候補の進行でも、先手陣はほとんど手つかず。7九金が、ナイスな働きをしている。
全体的に、俺のほうが、いいのかな。
「9一龍」
俺の指し手に対して、いおりんは、ふんと鼻を鳴らした。
「5五角は、怖くないってことか」
怖いけど、行く。それが俺の棋風だ。
いおりんはしばらく考えて、5五角。俺はすぐに9三龍とした。
この時点で、持ち時間は俺が9分、いおりんが13分。
中盤で考え過ぎたけど、すこしだけ差が縮まった。
「んー、9三龍ねぇ……9三龍……」
さすがに7三龍とか、訳の分かんないぶつけはしてこないだろ。
9九角成、5三……ん、待てよ。5三銀って、できないじゃないか。8四銀がある。
龍を横に逃げられないから、9一龍、5三金で銀損。なんてこった。
じゃあ、4五桂で決まりだな。9九角成、4五桂、4四銀……ここに使うのは、もったいないか。4五桂、7三歩、5三銀、5一金引……これがあるなら、5三銀のところで、5三香、4二金寄、5二銀、同金寄、同香成、同金、9一龍。
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
これ、詰めろだよな? 4一角、4二玉、5二角成、同玉、5三金。うん。それに、5一に合い駒しても……あ、そっか、7三歩が良くないのか。9九角成、4五桂、6三歩、5三香、4二金寄、5二銀、同金寄、同香成、同金、9一龍、7一歩。
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
こっちのほうが、ありそうだな。イヤな変化だ。
そもそも、5三香〜5二銀が、駒損の攻めなんだよなあ。
パシリ
おっと、指したか。
はうッ!? 全然違うじゃないかッ!
な、なんで、そんなところに角を?
……………………
……………………
…………………
………………
あッ! 分かったッ! 5七角成が金龍両取りかッ!
しかも4七に打つ金がないッ! くそぉ、ハメられたッ!
「バカ虎、顔色が悪いぞ」
「うるさい、ちょっと静かにしろ」
致命傷じゃないだろ、さすがに。これで致命傷なら、いおりんはもっと早く指してるはずだ。俺に適当な受けがあるから、長考したに違いない。メタ読み。
……………………
……………………
…………………
………………
閃いたッ! 4七角だッ!
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
これで5七角成とする暇がないだろ、多分。
俺は終盤に時間を残すため、4七角に賭けることにした。
「4七角ッ! これで、どうだッ!」
「チッ……6五歩」
いおりんは、やっぱ気付いたか、と言った感じで、角打ちを受けた。
ってことは、いおりんは俺よりも先に、この順に気付いてたわけか。
とりあえず、5七の地点を受ける。
「6八金だ。堅くするぞ」
「じゃ、オレもな。3三銀」
5三銀、8二銀、9六龍(これが角当たりだから銀損にならない)、5五角、5二銀不成、同金、9二龍、4二金、5六金、7三角、4六歩。
一気に進んだ。俺のほうが、得したんじゃないか。いおりんは、攻めがないだろ。
「どうすっかなぁ……」
いおりんは盤面を睨んで、それから桂馬を手にした。
どこに打つ気だ?
「3五桂」
そこか……えーと、5八角、5五歩、4五金、4四歩……あれ、金が死ぬのか。
じゃあ、3六角、5五歩、4五金、4四歩、5四金として、これは死なない……いや、死ぬか。4七銀、同角、同桂成、同銀、5四龍で、金を抜かれてしまう。
うぅ、こんな手があるのか。歩越し金はつらいなあ。
角を逃げてダメなら、逃げないで金をぶつけるか。6五金、4七桂成、7四金、3八成桂、同金、7九角、5八金、4六角、6一飛……こんな変な展開には、ならないな。
俺は、チェスクロを確認した。いよいよ、残り3分。
「6五金だッ! これで勝負ッ!」
4七桂成、7四金、4八銀。
また外れた。
4八銀って、なんだ? 同金、同成桂狙いか? そんなのしないぞ。
俺は7三金と取りかけて、サッと手を引っ込めた。
いおりんは口の端を歪めて、舌打ちした。
詰めろじゃないか、これッ! 3九角、同金、同銀不成、同玉、4八金、2八玉、3八金で、詰んでる。端が痛すぎる。
危ない。頓死するところだった。頓死したら、兎丸に申し訳が立たないぞ。
「3九香ッ! これで受け切るッ!」
かかってこい。
「4九銀不成は、続かないんだよな……4六角と逃げとくか」
いおりんは、角を逃げた。
「それ、いいのか?」
「悪いんなら、咎めてみろよ」
「……」
なんか、あるのか? 4七銀が、もろ見えるんだが。
これで、角金両取り状態になる。4九銀不成が厳しいのか? 4六銀、4八角……これが詰めろか。受け駒が、かなり微妙だ。ただ、3八桂でも、一応受かってるっぽい。
ってことは、4九銀不成じゃなくて、4九銀成だな。これなら、4六銀に4八角の時点で詰めろ。3八桂じゃ受からないから、3八飛。そこで4七金。
これは、俺が悪いっていうか、敗勢。んー、4七銀はダメなのか。残念。
かと言って、現状を放置するわけにもいかないんだよな。4九銀成〜4八成銀が詰めろなわけだし、それよりも速い攻めがない。
……………………
……………………
…………………
………………ピッ
うわ、秒読みになった。
俺は59秒まで、あれこれ考える。
「4五飛だッ! 4五飛ッ! 4筋を受けるぞッ!」
「げッ、そんなのあるのか」
やった。いおりんも読んでない手だ。時間を使え。
……………………
……………………
…………………
………………ピッ
いいぞ。5分ほどあった持ち時間の差も、とうとうゼロになった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4九銀成ッ!」
同銀、3五角打、3六銀、4四歩、4六飛、同角、4七銀。
どうだッ! 完璧に清算したぞッ! 安全になった。
「かぁ、こいつはマズいな。予定外だ」
いおりんはそう言いながら、9一歩と受けた。さすがに2枚飛車はダメだ。4六銀、9二歩の交換はできない。俺は、9六龍と撤退した。
5五角、8五龍、5九飛、7六角、6七歩。
「甘いぞッ! 5五龍だッ!」
取れないだろ。取ったら王手放置。
「こっちだって迫れるんだよッ! 4九飛成ッ!」
5四角、2二玉、6五角打(これが絶対厳しい)、3一金。
ここでちょっぴりクールダウン。
さすがに後手玉は詰めろじゃないのか。次で、詰めろ掛かるか?
掛からないなら、受ける必要があるな。こっちは4八銀で詰めろが掛かる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
受ける。
「5九龍」
ぐぅ、さっきから考えてるんだが、詰めろが掛からない。
チェスクロは、無慈悲に時間を刻む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2五桂ッ!」
「よっしゃッ! 4八銀ッ! 詰めろだッ!」
いおりんは、颯爽と銀を打った。
「それは悪手だぞッ! 4九歩で止まるッ!」
3九銀不成、同玉、5三香。
こ、こんな手があるのか。2一角成で行けるか?
2一角成、同金、同角成、同玉……俺の王様は詰めろ。
すぐに3三桂成はムリだが……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2一角成ッ!」
同金、同角成、同玉かーらーのーッ!
「4八銀ッ!」
一回受ければ、なんてことはないはず。
金の位置が絶妙で、3六桂からの龍抜きもない。
いおりんは、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「……5五香」
そっちか。
3三桂成、同金、5九銀、6八歩成。
ここで6一飛か? 3一桂……いや、3一飛の受けだな。
6一飛、3一飛、2五桂、6一飛、3三桂成……7二飛? これが堅いか?
途中の2五桂で4二銀、6一飛、3三銀成、7二飛……持ち駒以外に変化なし。
要するに、飛車を打っても飛車合いから取られる、と。だったら、飛車を下ろさずに、そのまま2五桂だ。2五桂、5九と、6一飛、3一飛、3三桂成……ん? 5九とって、もしかして詰めろか? 詰めろだったら、3三桂成入らないぞ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「えーいッ! 信じる者は救われるッ! 2五桂ッ!」
「こいつは勝負形だッ! 5九とッ!」
6一飛、3一飛、3三桂成。
頼む。詰まないでくれ。
いおりんは前傾姿勢になって、考え込む。
飛車を3一に使わせたから、4九とに同玉で大丈夫なはずだ。
ちなみに、9四角で王手飛車だけど、後手は既に詰めろだから問題なし。
「ぐッ……詰まねぇ……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4九とッ!」
俺はキュッと駒を滑らせて、同玉。
いおりんは、もう一度考え込んだ。詰まないものは、詰まない。
「……5八金」
金捨て? ……思い出王手か? でも、王手は、さっきしたよな。
俺は頓死がないか確認して、同玉。
「5七香成」
「王手ラッシュか? 同玉だぞ」
「2四角」
「ッ!?」
成桂抜きか。一瞬、どきりとしたけど、さすがにムリがある。
「4六歩」
「4五桂」
ん? 3三角じゃないのか? ……ああ、6筋に逃げたら、6一飛のつもりか。
なるほど、これなら飛車と成桂を両方抜いて、後手が相当盛り返す。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
俺は、スッと王様を引いた。5八玉だ。
「5七銀」
どっちに引く? 5九か? 4九か?
俺は前髪を触りながら、慎重に比較した。
「……4九玉」
俺は4九を選択した。
「3三角」
いやあ、さすが、いおりん。寄せるのが大変だ。
「6二飛成」
安全策で、詰めろを掛けた(1三桂、同香、1二金まで)。
さっきの局面で5九玉と逃げたら、ここで9五角の王手龍がある。
「どこに打つのがいいんだろうな……2二桂」
「4五歩」
冷静に桂馬を払っておく。金銀を渡さなければ、勝ち。
「同歩」
ここにきて、9九角成がまた復活するのか。イヤになる。
「とはいえ……2六香」
香車を打たれたいおりんは、大きくため息を吐いた。
「2四歩」
2三金は部分必至だろうけど、5八銀成、同玉、1四角で、また抜かれる。
「2三銀」
「ほどけない必至か……負けました」
「ありがとうございました」
ふぅ、なんとか勝った。安堵した俺は、後ろ髪を束ね直す。
そのあいだ、いおりんは拳で額を軽く叩いていた。
「……どこが悪かった?」
俺は髪留めを結びながら、じっと局面を思い起こす。
「……4八銀と詰めろをかけたところで、6八歩成は?」
「4八銀の詰めろ……ああ、あそこか」
俺たちは、局面をもどした。
ふたりとも無言になった。
しばらく読みを入れて、いおりんが口をひらいた。
「これこそ、ダメなんじゃないか? 2一角成からで」
「同金、同角成、同玉、3三桂成、同金……2五桂?」
「いや、オレのほうは飛車がないから、5一龍って先に入るんじゃないか?」
「なにで受ける? 金か? 銀か?」
「金だな。これ、虎向は次に4八角って打たれたら、詰めろだろ?」
たしかに、詰めろだ。そこで4九歩と打っても、詰めろが解除されないパターン。
「3一金に、あらかじめ4九歩だな」
「5八とが間に合うなら、話は早いんだが……」
そう言いながら、いおりんは5八とと寄った。
ここでまた小考。
「やっぱダメだな。4九とが詰めろじゃない。虎向は2五桂〜3三桂成が詰めろ」
「逆側から攻めるのは、どうだ? 5八とのところで、1七角とか」
「ぶっこむのか? あとに引けなくなるぞ?」
「どのみち、いおりんのほうはジリ貧だろ」
いおりんは、うーんとうなってから、1七角と突っ込んだ。
怖いなあ。
「同歩、同歩成、同香、同香成、同桂、1六桂、1八玉で詰まない」
と俺。
「待て、3一の金を銀に交換するぞ」
「その場合は、1六桂、1八玉、2八金で詰むのか……1七香成に同玉だな」
1一香、1六歩、3五角、2六香、2五桂、2八玉、1六香。
「あれ、危なくなってるな」
「危なくなってるっていうか、これはオレの勝ちだろ。下手したら詰むぞ?」
詰むか? 1八歩……1八歩で詰まないよな。ただ、1七歩が詰めろか。
いおりんは椅子を傾けて、前髪をうしろに撫でつけた。
「チェッ、これなら勝ちまであったか。こうすりゃ良かったな」
俺のほうが悪かったのか? 自信がなくなってきた。
「中盤の分かれは、どう思ってた?」
「悪くはないと思ってた。オレのほうが指しにくい気はしたんだが……」
「どのあたりで?」
「7九金に、9九角成って行けなかったときだな」
ああ、あれか。あれは、俺も疑問に思ったところだ。
「9九角成の、なにがダメなんだ?」
俺たちは、その周辺も検討することにした。
「8二飛がなぁ」
と、いおりん。
「6一歩で? 俺は8一飛成の予定」
俺のコメントに、いおりんは眉をひそめた。
「マジか? 6三歩、5二金寄、5三銀は?」
俺は、いおりんの指摘した順を、脳内将棋盤で並べた。
「……そっか、最悪千日手コースか」
「だろ? 絶対ないぜ」
対局中、なんで気付かなかったんだろうな。思考のエアポケットに入ってた。
「よし、本譜が最善だな。9九角成がないなら、若干、俺ペースか」
「あんま認めたくないんだけどなぁ。あんな角交換型振り飛車があるかよ」
「いおりんが6二銀さっさと上がらないのが悪いんだぞ」
そこまで言って、俺はギャラリーが集まっていることに気付いた。
兎丸もいる。やった。
「兎丸、観てくれてたか?」
「うん、観てたよ。伊織さんが『よっしゃッ!』とか言ってるし、ヒヤヒヤしてた」
「チームは?」
「3−2で、僕らの勝ち」
俺は、思わずガッツポーズ。いおりんは、天を仰いだ。
「マジかよ……」
「ってことは、ここが決勝卓だな。兎丸、褒めてくれ」
「はいはい、いい子、いい子」
俺は、頭を撫でてもらった。
「やっぱり飼われてるじゃないか」
いおりんは、呆れたように言った。
違うぞッ! 俺はペットじゃないッ! 新巻虎向だッ!
場所:2015年度春季団体戦 1回戦
先手:新巻 虎向
後手:高崎 伊織
戦型:旧式角交換型振り飛車
▲7六歩 △8四歩 ▲1六歩 △3四歩 ▲6六歩 △4二玉
▲6八飛 △3二玉 ▲4八玉 △1四歩 ▲3八玉 △8五歩
▲6五歩 △6二銀 ▲7八金 △5二金右 ▲2八玉 △8四飛
▲3八銀 △5四歩 ▲2二角成 △同 銀 ▲8八銀 △5三銀
▲7七銀 △7四歩 ▲7五歩 △同 歩 ▲6六銀 △7六歩
▲7五銀 △8二飛 ▲6四歩 △同 歩 ▲同 銀 △同 銀
▲同 飛 △5五角 ▲6一飛成 △6二飛 ▲同 龍 △同 金
▲7九金 △7七歩成 ▲9五角 △5二金寄 ▲7七角 △同角成
▲同 桂 △1五歩 ▲8二飛 △1六歩 ▲1八歩 △7六飛
▲7八歩 △7三角 ▲8一飛成 △7七飛成 ▲4六角 △同 角
▲同 歩 △7四龍 ▲9一龍 △5五角 ▲9三龍 △4六角
▲4七角 △6五歩 ▲6八金 △3三銀 ▲5三銀 △8二銀
▲9六龍 △5五角 ▲5二銀不成△同 金 ▲9二龍 △4二金
▲5六金 △7三角 ▲4六歩 △3五桂 ▲6五金 △4七桂成
▲7四金 △4八銀 ▲3九香 △4六角 ▲4五飛 △4九銀成
▲同 銀 △3五角打 ▲3六銀 △4四歩 ▲4六飛 △同 角
▲4七銀 △9一歩 ▲9六龍 △5五角 ▲8五龍 △5九飛
▲7六角 △6七歩 ▲5五龍 △4九飛成 ▲5四角 △2二玉
▲6五角打 △3一金 ▲3八銀 △5九龍 ▲2五桂 △4八銀
▲4九歩 △3九銀不成▲同 玉 △5三香 ▲2一角成 △同 金
▲同角成 △同 玉 ▲4八銀 △5五香 ▲3三桂成 △同 金
▲5九銀 △6八歩成 ▲2五桂 △5九と ▲6一飛 △3一飛
▲3三桂成 △4九と ▲同 玉 △5八金 ▲同 玉 △5七香成
▲同 玉 △2四角 ▲4六歩 △4五桂 ▲5八玉 △5七銀
▲4九玉 △3三角 ▲6二飛成 △2二桂 ▲4五歩 △同 歩
▲2六香 △2四歩 ▲2三銀
まで153手で新巻の勝ち




