81手目 1回戦 新巻〔清心〕vs高崎〔藤花〕(1)
※ここからは新巻くん視点です。
いえーい、兎丸、観てるーッ?
「バカ虎、さっきからなんでうしろのほう気にしてるんだ?」
高崎伊織こと、通称いおりんは、駒を並べながら俺に話しかけてきた。
こいつ、ほんとデカいよなあ。うらやましい。さすがは藤女バスケ部のエース。
「兎丸が俺のこと応援してないかな、と思ってさ」
「あっそう」
「自分から質問してきて、その反応はないだろッ!」
「対局開始前に、なんで虎向の応援するんだよ? 暇人か?」
そ、それもそうか。兎丸も頑張ってるだろうし、俺も頑張るぞ。
俺は最後の香車を並べ終えて、チェスクロの動きを確認した。
大丈夫っぽいな。
「そういえば、いおりん、また身長伸びたんじゃないか?」
「おまえが縮んでるんだろ」
「ちゃんと伸びてるぞ。今年の春に170センチを突破した」
「あっそう」
だからその反応やめろって。
「対局準備が整い次第、振り駒をしてください」
俺たちは、一斉に1番席を見やった。
「林家さんが振っていいよ」
田中先輩が譲ると、笑魅はあっさりと了承した。
「いいでがすよ」
おまえ、譲り返せよ。俺でも分かるぞ、それくらいのマナー。
「さてさて、なにが出るかな、なにが出るかな……ほい」
俺といおりんは、首を長くして覗き込んだ。見えない。
「藤花、奇数先」
「清心、偶数先」
おっと、俺が先手。
「チッ、後手かよ」
いおりんは、軽く舌打ちした。
「アマならそんなに関係ないだろ」
「メンタルの問題だよ、メンタル」
「え? いおりんにメンタルってあるのか?」
「おまえ喧嘩売ってるだろ?」
俺たちがごちゃごちゃやり合っていると、箕辺会長の声が聞こえた。
「対局準備の整っていないところはありますか?」
あるわけないぜ。
「ありませんね。では、始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺たちは一礼して、いおりんがチェスクロを押した。
「7六歩ッ!」
俺は角道を開けて、ボタンをポチリ。
「初めての5人制だ。腕が鳴るぜ」
いおりんは指をポキポキ鳴らしてから、8四歩。
こいつ、俺が振り飛車党だと分かってて、挑発してるな。受けて立つぞ。
「1六歩ッ!」
「藤井システム調か? 3四歩」
6六歩、4二玉、6八飛、3二玉、4八玉、1四歩、3八玉。
「ノーマル四間かよ……8五歩」
「6五歩」
「なんだそれッ!?」
いおりんは、大きく目を見開いて絶叫した。うるさいぞ。
「旧式角交換型振り飛車だッ!」
「江戸時代の将棋かよッ! ナメてんな、おまえッ!」
「温故知新って言うんだよ。知らないのか?」
「なにが温故だ。おまえの場合はワンコだろ。兎丸の飼い犬のくせによぉ」
だれが飼い犬だ。失礼過ぎるだろ、この女。
「俺は兎丸の友だちだ。ペットじゃないぞ。そもそも、虎はネコ科だ」
俺が指摘すると、いおりんは「はあ?」という顔をした。
「虎が猫の仲間なわけないだろ」
こいつ、マジ脳筋だな。小学生でも知ってるぞ、こんなの。
「虎もライオンも豹も、全部ネコ科だッ!」
「嘘吐け。どうやったら猫が虎になるんだよ。虎がニャーニャー鳴くのか?」
「逆だッ! ペットの猫のほうがあとなんだよッ!」
「すみませぇん、2番席、ちょっと静かにしてくれませんかねぇ?」
ぐッ、笑魅に注意された。
「はいはい、この話題はやめやめ、6二銀」
チッ、気付いたか。6二銀が遅いから、うっかり角交換ならペースを掴めたのに。
こうなると、俺のほうは8八角成、同銀のあと、4五角の狙いがうるさい。
「7八金」
とりあえず受けておくぜ。
5二金右、2八玉。ここで、いおりんは小考。
「……8四飛」
浮いてきた。歩の交換もさせてくれないのか。ケチだなあ。
3八銀と美濃に組んで、様子をみる。
「6筋押さえられてるんだよな……舟囲いから、ぼちぼちやるか。5四歩」
「ここで角交換だッ! 2二角成ッ!」
うっかり同玉としろ。
「同銀」
ですよね。さすがに序盤で王手飛車は掛けさせてくれないか。
8八銀、5三銀、7七銀。
いおりんは、こめかみを人差し指で掻いた。
「これ、先手の言い分はなんなんだ? なにもないだろ」
「角を手持ちにして、駒組みを制約するんだ」
「ふぅん、どうやって制約するつもりなんだよ。7四歩」
うーん、攻めてきそうだな。
俺は後頭部の髪留めを外して、束ね直す。
こうすると、なんかいいアイデアを思いつくことが多い。多分。
髪留めを口にくわえたまま長考。
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………………
これ、7五歩から反発できないか?
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
同歩、6六銀……7六歩、7五銀、8二飛、6四歩。銀交換が確定。
途中で、変化の余地はない気がする。7五銀が飛車に当たってるから、4四角や5五角と反撃する暇がない。よし、いけそうだ。
俺はパチンと髪留めを鳴らして、それから7五歩と突いた。
「いきなり反発するのか? おまえ、せっかちだな」
「さあ、どう受ける?」
「受けるもなにも、取るしかないだろ」
と言いつつ、いおりんは若干考えた。
「銀交換まではいきそうか……ま、いいや。同歩」
6六銀、7六歩、7五銀、8二飛、6四歩、同歩、同銀、同銀、同飛。
いおりんは、ゆっくりと角を持ち上げた。
「これで、どうするんだ? 5五角」
飛車香両取り。見落としじゃないぞ。
「6一飛成ッ! 俺のほうが速いッ!」
「6二飛」
いおりんは、サッと飛車を横に振った。
「あッ……しまった」
「角を成る一択だと思ったか? 甘いぜ」
いおりんは両腕を組んで、豪快に笑った。
くそぉ、うっかりした。
俺は気を取り直して考える。6二同龍、同金、8二飛……と打てないのか。7一飛、9九角成……いや、ここで6九飛か? 8一飛成、8九飛成、7九歩、3六桂、1八玉、1五歩……どうしようもないな。同歩、同香、1七歩は7八龍が詰めろ。
どうやら、飛車を打たれるとマズいっぽい。6九に打たせないためには……7九金くらいしかないのか?
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
5八銀や5八角もあるけど……攻め駒が足りなくなる。7九金、9九角成、8二飛、6一歩、8一飛成、7七歩成……あ、ここで6六角があるな。放置なら7七角だ。ただ、放置せずに7八とや6八とみたいな、すり込みが怖い。7八と、9九角、7九と、8八角打、4四香(単に3三銀は4五桂)、7九角で駒得……でも、形がなあ……。
俺は慎重に考えた。最後の7九角に対しては、4八金、同金、6九飛の技がある。これは俺の負け。だから……7七歩成に9五角か?
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
損に見えて、7八と、6二角成、同歩で、5三になにか放り込めないか? 例えば、5三桂……4二金くらいで切れるか。5三銀は? 5三銀、7九と、4一龍は、さすがに俺の勝ちだろ。4一龍、3三玉、4五桂、2四玉……うん、勝ってる。
じゃあ、5三銀には絶対受けてくるな。5一香、6二銀成、7九と、5一成銀、同金、同龍として……ああ、斜め駒がないから、4二銀があるのか。5二龍、7八飛は、さすがに俺の負け。
もしかして、すでに俺が悪いのか? そんなことはないと言ってくれッ!
俺は残り時間を確認した。俺が12分、いおりんが17分。差がついた。
「えーい、6二同龍だッ!」
「当たり前の一手に、ちんたら考えてんじゃねぇよ。同金」
7九金、7七歩成。
ん? 7七歩成?
「角を成らないのか?」
「8二に打たれるだろ。なに罠掛けようとしてるんだ?」
そ、そうなのか? 8二飛って、俺の読みだと、そこまで痛くないんだが……あれだけ時間を使って読み筋外されるとか、ひどいな。
俺は、読み直し始めた。
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えーと、これって悪手じゃないか? 9五角で、どうするんだ? 9五角、5二金寄、7七角、同角成、同桂……絶対おかしいだろ、後手。
俺は角をつまんで、そのまま9五に打ち付けた。
いおりんは特に顔色も変えず、5二金寄。俺は首を傾げつつ、7七角とした。
同角成、同桂。ここで、いおりんの手が止まる。
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9五角は、うっかりじゃないみたいだな。だったら、俺の読み間違いで、なんか後手に嫌な順があったとか? ……考えてもしょうがないか。
「何回読んでも、これしかないな。1五歩だ、1五歩」
そこかよ……全然読みが噛み合ないぞ。
同歩はお手伝いだから……今度こそ8二飛か。結局、打てるじゃないか。8二飛、1六歩の取り込みに1八歩と受けて、俺の陣地は飛車を打つ場所がない、と。
「8二飛」
「1六歩」
「1八歩」
いおりんは、持ち駒の飛車に指を伸ばした。
どうする気だ? 飛車を打つ場所ないぞ?
「7六飛」
「中段に打つのか? 歩で止まるじゃんか」
「どこに打とうが、オレの勝手だろ」
そんなの分かってるって。べつにルール違反だとは言ってない。
ただ、意図が分からないだけだ。7八歩で、どう考えても止まる。そのあと飛車をどうする気なのか、さっぱり見えてこない。
いおりん、バスケのし過ぎで、大局観がおかしくなったんじゃないか。
「……7八歩」
「7三角」
ヤバい……なんだこれ……?
8一飛成で、後手は桂馬がな……あッ。
ようやく俺は、7六飛の狙いに気付いた。8一飛成に7七飛成だ。これが詰めろ。7七同歩とする暇がない。3六桂、3九玉、2八銀で詰んでしまう。
俺は、ちょっと焦った。端を詰められた時点で、俺の負けか?
軌道修正できないと、戦犯確定。俺は、必死に考えた。
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8一飛成、7七飛成、4六角だな。
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
これしかない気がする。同角……同歩の一手か。7七歩は詰む。同歩……龍をどこに逃げる? いおりんの性格からして、5七龍もありそうな……7五角と打ち返すのは、5五龍と引かれたときの対処に困る。8四から打つか? 8四角、5五龍……こう引くくらいなら、最初から7四か7五に引きそうだな。角を打てないように。
なんだか、曖昧模糊とした中盤戦になりそうだ。野生の勘が必要。
頑張れ、俺ッ!




