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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第8局 熱血!春の団体戦(1日目・2015年5月10日日曜)
92/683

80手目 1回戦 鞘谷〔藤花〕vs古谷〔清心〕(2)

挿絵(By みてみん)


 取るのはない。取っても9八歩で無意味。

 有力なのは、8五桂、9七歩成の攻め合い。

 8五桂に8四歩と殺しにいくのは、8二角の返しがあるからダメだ。というわけで、8五桂、9七歩成、同香、同香成を第一候補と考えたい。そのとき、7三歩、同桂、同桂成の交換から、同銀、9二飛の成香抜きがあるんだよね。これをどうするか……。

 僕が考えるなか、鞘谷(さやたに)先輩の残り時間は5分を切った。

「8五桂」

 予定通りの進行というわけか。僕は両腕をまた十字に組んで、考え始めた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 9二飛からの成香抜きは、そこまで痛くないかな。むしろ、龍を撤退させて、そのあいだに反対側を攻めよう。例えば、8二歩、9七飛成に3六香と打って、3七香(3七桂なら同香成、同金、4五桂。3七桂打なら同香成、同桂、3六歩と追撃できそうだ)、同香成……同金かな。同銀は中央が薄すぎる。そこで、4五桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷(ふるや)くんの脳内イメージです。)

 

 僕が視野に入れないといけないのは、この局面だ。3八金なら、もう一度3六香で、3七香、同香成、同桂、同桂成、同金、4五桂、3八金、3六香。ぐるぐる回っているように見えるけど、今度は2九に桂がいないから、3七香、同香成、同金、同桂成、同銀の総交換に3九飛と打って僕が有利。7筋〜9筋方面への脱出は、5四の角が利いている。

 僕は9七歩成と成り込んだ。

「ゴリ押しか……同香」

 同香成、7三歩、同桂、同桂成、同銀に、鞘谷先輩は駒音高く飛車を打ち込んだ。

「9二飛ッ!」

 僕は音を立てずに、8二歩と受けておく。

「これで小康状態かしら。9七飛成」

「3六香」


挿絵(By みてみん)


 僕が香車を打つと、鞘谷先輩は怪訝そうな顔をした。

「そこ? 駒が集まってるところに打つの?」

()(がたち)ですからね。ほぐしてあげますよ」

 鞘谷先輩は、時間がもったいないと思ったのか、すぐに3七香と受けた。

 時間の使い方としては、間違っていない。僕も同香成とする。

「同金」

「4五桂」

「3八……」

 鞘谷先輩の手が止まった。

「あれ……金を引けない……?」

 どうやらカラクリに気付いたらしい。金の上下を繰り返したら、僕の利になる。

「ルール上は引けますよ」

 僕はちょっとだけ軽口を叩いて、水筒を開けた。

 アイスコーヒーをごくり。暖かい季節になってきて、これがまた美味しいんだ。


 ピッ

 

 鞘谷先輩、時間がなくなったね。僕はまだ5分残している。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4六金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 へぇ、ひねってきた。

 僕は水筒の蓋を閉めて、ふたたび考える。

 3八飛と打つスペースはできた。10秒将棋なら、ノータームで打ちたくなる。ただ、3八飛、3九香、2八飛成、3四歩と伸ばすのが気になるし、3八飛って、3九角〜4九玉で死ぬ可能性もあるんだよね。3九角に2六香としても、2七香で、また死ぬ。まあ、さすがにしないだろうけど。

 うーん、なにか一石二鳥な手があれば……ああ、あった、あった、3七歩だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)

 

 一見、軽い。でも、狙いは厳しい。おそらく鞘谷さんは、5六香なんかで、角を狙ってくると思う。6五角と逃げたら、4五金だ。時間がないときは、垂涎ものの手順。これを撒き餌にしておこう。

「3七歩」

 さあ、鞘谷先輩は1分将棋。この罠を読み切る時間はないはず。

「歩? ここで歩?」

 案の定、鞘谷先輩は混乱していた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5六香」

「3八歩成」

 僕は、角を逃げずに歩を成った。

「え? 逃げないの?」

 鞘谷先輩は、手拍子で5四香。いや、手拍子でもないか。狙いは、もともとそう。

 ここで僕は、最後の時間を使う。寄せを考えておこう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 うん、だいたいできた。

 

 ピッ

 

 ちょうどいい。僕も1分将棋だ。59秒まで考えて、4八と。鞘谷先輩は同玉。


挿絵(By みてみん)


 よし、これで7筋からの脱出はなくなった。

 5四歩、9一龍、7一香、9四角。鞘谷先輩は、ガンガン攻めてくる。棋風だ。

「3七歩」

 僕は再度歩打ち。これが猛烈に厳しい。3八飛、5九玉、5七桂成で、ほぼ終了。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「よ、4五金ッ!」

「3八飛」

「……5九玉」

「6五桂です」


挿絵(By みてみん)


 逆から桂馬を追加した。

 これが7七の地点を押さえていて、6六角の受けも詰んでしまう。

「しまった……完全に寄っちゃった……」

 鞘谷先輩は、がっくりと肩を落とした。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 とりあえず1回戦はノルマ達成。他が気になる。

 僕は1番席から4番席までを窺ってみた。まだ指しているということしか分からない。

「最後、3七歩に同桂、同桂成、同玉で、清算したほうがよかった?」

 鞘谷先輩は、早速、感想戦を始めた。

 僕も駒を戻した。


挿絵(By みてみん)


「これは、3九飛と即打ちします」

「3八桂、2六銀、4八玉……1九飛成?」

「2六銀のところで4九銀が詰めろですよ」

 鞘谷先輩は、あ、そっか、とつぶやいた。

「金がないから、もう受からないわね」

「ええ、2七角なら2六香とかありますし、先手は攻めに移れません」

 鞘谷先輩は、うーんとうなって、局面を進めた。

「3七歩のところでは、受けなしなのかしら? 5三桂とか、詰めろになってない?」


挿絵(By みてみん)


「いえ、それは詰めろじゃないです」

「3八飛、5九玉、5七桂成、6一角成よね?」

「そこで5三玉と、桂馬を払いながら上部脱出して勝ちです」

 鞘谷先輩は、うんうんとうなずいた。

「やっぱりダメなのね。対局中も、全然足りない気がしたわ」

 鞘谷先輩は、それからすこし考え込んだ。

 多分、勝負所を探っているのだろう。

「3七歩に対して、受けたほうがよかった?」

「1回目ですか? 2回目ですか?」

「……1回目のほうかしら。2回目は、どうしようもないみたい」

 僕らは、局面をもどした。


挿絵(By みてみん)


「どう受けます?」

「3九香ね。これなら、3四歩の伸ばしもみえるし」

 僕は黙って、3八香と置き返した。あまり深くは考えていない。

「ゴリ押しかぁ……」

 鞘谷先輩は、右手の甲で(ひたい)をたたいた。

「6六桂って打つわね」

 僕は10秒ほど考えて、3九香成とした。

「角を逃げないの? 私が香車を使ってるから、余裕はあるわよ?」

「逃げ場所がないです。6五角には5五金ですし」

「そっか……じゃあ、5四桂」

「ここで3八歩成として、僕が勝ってる気がします」

兎丸(うさまる)くんの玉って、そんなに堅いの?」

「堅いというか、バランスですかね。先輩の攻め駒に対しては、バランスが取れてます」

 5四にいるのが桂馬じゃなくて香車だと、かなり怖い。5三香成がある。だから、本譜でも5四香には手抜かずに取っておいた。5四桂は、そうでもないはずだ。

「先手には、具体的な手がないと思います」

「3九銀として、一回緩めようかしら」


挿絵(By みてみん)


 僕はノータイムで銀を取りかけて、手を引っ込めた。

「取らないの?」

「ちょっと悩みますね。5七桂成、同玉、5九飛、5八歩、5四歩もあるような」

「……たしかに、ありそう。でも、5四歩に3八銀じゃない?」

「ああ、ですね。これじゃ、意味がないです。先に3九とです」

 鞘谷先輩は4五金と上がって、僕は7六桂。

「結局、これが詰めろなのね」

「ええ、これ一発で、だいたい寄っちゃうんですよね、先手は」

「桂馬を抜く手順もないし、私の負けか」

 鞘谷先輩は、諦めたようにため息を吐いた。

「全体的に、ちょっと冴えなかったわ」

「いえいえ、そんなことないですよ。内容は濃かったです」

 僕たちは挨拶を終えて、席を立った。

 横歩の短手数将棋だったから、他は終わっていないところが多い。

 とりあえず、佐伯(さえき)主将の対局を観に行く。


【先手:佐伯(さえき)宗三(むねみつ) 後手:エリザベート・ポーン】

挿絵(By みてみん)


 これまた、変な将棋になっている。

 駒桜(こまざくら)市で変な棋譜が出たら、佐伯主将だっていうのが専らの評判。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6八金ですわッ!」

 同玉、5七成銀、同玉、7九角。


挿絵(By みてみん)


 これは……佐伯主将が残してるっぽい。

 ポーンさんの攻めは、切れ模様だ。

 佐伯主将は6八銀と冷静に受けて、8八角成に5三桂成。後手玉にプレッシャー。

「Hmm……指し手が……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 ポーン先輩は、6六馬と切った。

 同玉、6四飛、6五銀、同飛、同玉。

「8五飛ッ!」

「さすがにそれは切れ筋かな。6六玉だよ」

 6五銀、7七玉。


挿絵(By みてみん)


「5七玉の頓死もなさいませんのね……投了です」

「ありがとうございました」


 これで2勝目。さすがは佐伯主将だ。危なっかしく勝っている。

「どこが悪かったのですかしら?」

 ポーン先輩は、感想戦を始めた。

「4五銀が甘かったんじゃないかな?」

 ふたりは、局面をもどした。


挿絵(By みてみん)


 ふぅん、これもよく分からない局面だ。

「2八角はあったんじゃない?」

「4九飛で切れてませんこと?」

「3八銀で切れてないと思うよ」

 なるほど、重たいようで、先手は金銀が壁だから、いきなり危なくなる。

「ですわね。すこし悲観し過ぎましたかしら」

「6六飛と逃げたら、どうするんですか? 香車を取るんですか?」

 僕は、うしろから尋ねた。佐伯主将とポーン先輩は、同時に顔をあげた。

「ああ、兎丸くん、終わってたんだね」

「はい」

 ここで勝敗を訊かないのは、佐伯主将なりのマナーかな。

「兎丸くんは、6六飛に1九角成とするの?」

「いえ、どっちかな、と思って。1九角成、3一角みたいな展開が見えますよね」

「3一角って成立してる? 5二飛で?」

「そこで6五桂と跳ねませんか? 6四香と打ち返しても、5三桂成が詰めろですから、どうしようもないですよね」

「……だね。だから、6六飛には、1九角成とはしないかな」

「ただ、1九角成以外も、全部同じような……4七桂成も、詰めろではないです」

 金があれば、詰むんだよね。5八金で一発。

「そっか、じゃあ、本譜の4五銀が、最善だったのかな」

 佐伯主将は、盤面から顔をあげた。

「ごめんね、ポーンさん、さっき変なこと言っちゃって」

「そ、そんなことはありませんわ」

 ポーンさんは、ちょっと頬を染めた。うーん、この伝わらなさ具合。

「ということは、4五銀で金を回収する本譜が最善……もっとまえで僕がいいのかな」

「桂馬を跳ねたところで、対応を間違えた気が致しますわ」

 ふたりは、さらに局面をもどした。


挿絵(By みてみん)


 へぇ、なんだか、後手も頑張れそうだ。先手は相当怖い形をしている。

「ここは、そこそこ自信がありましたわ」

「うん、僕もここは、ちょっとね。手が広かったから」

「本譜は、どうなったんですか?」

 僕は、ふたりに尋ねた。

「本譜は、4七馬、5八角、5六馬、5三桂成だよ」

 と佐伯主将。

「馬の動きが、損してる感じですね」

「しかしながら、5八角と打たせないと、また3一角などがありますので」

 とポーン先輩。

 なるほど、そういう考えか。一理ある。

「ちょっとトリッキーですが、4八歩で焦らせるとかは?」

「えーと……詰めろをいきなり掛けるの? 6八銀で?」

「そこで5八銀、7九玉、4七馬と寄って、5三桂成、同金、3一角……ダメですね」

「うん、さすがに左に逃げられるから、後手が一方的に危なくなってるよ」

 まあ、対局者のほうが、深く読んでるってことか。当たり前。

 僕は、しばらくのあいだ、ふたりの感想戦を見守った。

 すると突然、会場に大声が響き渡った。

「よっしゃッ!」

 あ、この声は。

場所:2015年度春季団体戦 1回戦

先手:鞘谷 涼子

後手:古谷 兎丸

戦型:横歩取り8四飛型


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △8四飛

▲2六飛 △2二銀 ▲8七歩 △5二玉 ▲5八玉 △7二銀

▲3八金 △9四歩 ▲4八銀 △9五歩 ▲7五歩 △7四歩

▲7六飛 △7五歩 ▲同 飛 △2四飛 ▲2八歩 △8四飛

▲3六歩 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲3三角成 △同 桂

▲8七歩 △8四飛 ▲3五歩 △2三銀 ▲7四歩 △7三歩

▲7七桂 △7四歩 ▲7六飛 △5四角 ▲2六飛 △2五歩

▲8六飛 △同 飛 ▲同 歩 △9六歩 ▲8五桂 △9七歩成

▲同 香 △同香成 ▲7三歩 △同 桂 ▲同桂成 △同 銀

▲9二飛 △8二歩 ▲9七飛成 △3六香 ▲3七香 △同香成

▲同 金 △4五桂 ▲4六金 △3七歩 ▲5六香 △3八歩成

▲5四香 △4八と ▲同 玉 △5四歩 ▲9一龍 △7一香

▲9四角 △3七歩 ▲4五金 △3八飛 ▲5九玉 △6五桂


まで90手で古谷の勝ち

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