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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
幕間 春の団体戦オーダー会議(2015年5月7日木曜)
90/683

78手目 団体戦オーダー会議(他校)

「貧しい家の遺産相続と掛けまして、伊織(いおり)ちゃんの胸と解きばッ!?」

 い、いきなり殴られた。

「ないものは揉めませんってかぁ? ……死ねッ!」

「伊織さん、笑魅(えみ)さん、藤花(ふじはな)の生徒が、下品な話をしてはいけませんよ」

「たしかに、伊織ちゃんの胸は品がないですね」

「んなわけねーだろッ!」

「はい、そこまで。1年生は、静粛にね」

 金子(かねこ)部長が介入して、事態はことなきを得たんだな、これが。

 ああ、それにしても伊織ちゃん、本気で殴るんだから、もう。痛い。

「オーダー会議、始めるよ。それじゃ、エリーちゃん、よろしくぅ」

「Was!? Frauカネコは、なにも考えて来てませんの?」

「うん、だって分かんないもん」

 こりゃすげぇや。部長も何もあったもんじゃない。

「Das ist eine falsche Auswahl……分かりましたわ」

 ポーン先輩は、みんなにプリントを配った。えらい。

 

 大将 副将 三将 四将  五将 六将 七将  八将 九将

 横溝 高崎 大村 春日川 金子 林家 ポーン 鞘谷 杉本


 強い。

「笑魅さん、笑魅さん」

 琴音ちゃんが、私の肩を突ついた。

「なんでがすか?」

「オーダーを読み上げてください」

 あ、すんません。私は琴音ちゃんに、オーダーを言って聞かせた。

「なるほど……10人出せないのですか?」

「Hmm……わたくしの世代が、ふたりしかおりませんの」

「そうですか。では、仕方がありません。いくつか提案があります」

 琴音ちゃんは、視覚障害者用のステッキを、両手で持ち直した。

「なんでもおっしゃってください」

「笑魅さんを、九将にしませんか?」

「え? 私を? なぜに?」

「笑魅さんは、ときどき持病の鬱で、来ないときがあります。端で欠席は構いませんが、中央で休まれると困りますので」

 ちょ、ま。

「たった2回だけですよ。なんで欠席魔みたいな扱いなんですか」

 さすがに怒りますよ、これは。

「たった2回じゃねーよ。団体戦は3年間で6回しかないんだぞ」

 伊織ちゃん、そいつを言っちゃおしまいだ。

「それはganz problematischですわ。九将に致しましょう」

「待ってください。ほんとにいいんですか? いいんですか? ぐれますよ?」

「よくない理由を言えよ」

 ぐぅ……伊織ちゃんめ……あ、琴音(ことね)ちゃんか、言い出しっぺは。

「イジメですよ、これは」

杉本(すぎもと)先輩と笑魅さんを単純に交換すると、偏りができます。上にずらしてください」

 だーッ、無視された。

「Frauカスガカワのおっしゃる通りに致しますわ。こうですわね」


 大将 副将 三将 四将  五将 六将 七将  八将 九将

 横溝 高崎 大村 春日川 金子 ポーン 鞘谷 杉本 林家


「笑魅さん、読み上げてください」

「あーあー、聞こえなーい」

「伊織さん、お願いします」

「いいぜ、まず大将から……」

 おのれぇ、春日川(かすがかわ)琴音(ことね)高崎(たかさき)伊織(いおり)、許すまじ。

「来たら全部出してくださいよ」

「大丈夫ですわ。Frauハヤシヤの実力なら、全試合出場です」

 えっへん。どうですか、この信頼感。

「Frauカスガカワ、ほかには、なにか?」

横溝(よこみぞ)先輩は、現状で6番手と考えてよろしいのですか?」

「Genau!! そう考えていただいて結構です」

「となると、レギュラーは伊織さん、私、ポーン先輩、鞘谷(さやたに)先輩、笑魅さんですか。横溝先輩の位置が、ややもったいないような」

「そうか? 6番手は、どこに置いても補欠だろ?」

 と伊織ちゃん。

「補欠も位置は重要です。ずらすときは、なるべく強い人でずらしたいもの。つまり、横溝先輩でずらせるのが最善。このオーダーの場合、横溝先輩でずらすのは、彼女が1番席という限定的な局面でしか現れません。いっそのこと、真ん中に置いてみては?」

「えー、私と交換するの? 私、絶対に勝てないよ」

 この部長はなんなんですか? リコールしたほうがいいんじゃないですか?

「金子先輩は副将、伊織さんが1番席固定でも、かなり頑張れると思うのですが」

「お、いいぜ。頑張ってやるよ」

「ちょっと待ったッ!」

 ここは出しゃばりますよ。

「笑魅さん、どうしました?」

「それなら、私が大将はどうですか? 同じ端だったりしますよ?」

 この端、ゆずるべからずってか。

「なるほど……それは、いい考えかもしれません。ポーン先輩、いかがですか?」

「よろしくてよ。しかしながら、FrauヨコミゾとFrauカネコをいかがいたしましょう」

「こんなんどうですか」

 私は、プリントに修正版を書き込んだ。


 大将 副将 三将 四将 五将  六将 七将  八将 九将

 林家 金子 高崎 大村 春日川 横溝 ポーン 鞘谷 杉本


「良さそうだな。オレは1番席から3番席まで動ける」

 いや、私は全部出るから。伊織ちゃんの1番席ねーから。

 だいたい、伊織ちゃんのほうが私より弱いのに。

「じゃ、決まりでいいかな?」

 金子先輩は、まとめに入った。

「ところで、ほんとに優勝確定みたいな流れなの?」

「優勝確定とは言ってませんわ。優勝が高確率で狙えるという意味です」

「エリーちゃんがそう言うなら、そうかな」

「Frauカネコも、きちんと準備してくんだまし」

 なんなんですかね、その日本語は。この外人、ときどきおかしい。

「では、みなさん、優勝できるように、がんばりませう」


  ○

   。

    .


「はーい、オーダー会議するから、みんな着席してぇ」

 将棋もやめてねぇ。小学生じゃないんだからねぇ。

獅子戸(ししど)くん、曲田(まがた)くん、そこ中断してもらえないかなぁ」

 ちょっと不良っぽい、髪の毛が若干爆発してるのが、獅子戸くん。

 こっちの根暗そうなのが、曲田くん。耳が髪の毛で隠れてる。

 ふたりとも1年生だよぉ。どっちも苦手なんだよねぇ。

「今、いいとこなんで」

 獅子戸くんは金を自陣に張りながら、そう答えた。

「やめないと、ひどいことになるよぉ」

「どうなるんですか?」

「獅子戸くんにオマタ(さわ)られたって言いふらすからねぇ」

「いつ(さわ)ったんですかッ!?」

 男の娘に歯向かう奴は、死あるのみだよぉ。

 ボクはねぇ、機嫌が悪いんだよぉ。遊子(ゆうこ)ちゃんのせいでねぇ。

「分かりました。やめればいいんでしょ、やめれば」

「それじゃ、オーダー案を発表するから、みんな意見出してくださぁい」

 ボクは、黒板にオーダー表を貼った。

 

 大将 副将 三将 四将  五将 六将 七将 八将 九将 十将

 糸川 曲田 松本 獅子戸 蔵持 佐藤 葛城 横田 辻  飯島

 

「もういいんじゃないですか、これで」

天野(あまの)先生に、獅子戸くんがお尻(さわ)ったって言っとくねぇ」

「だからなんでそうなるんですかッ!?」

 マジメに考えないからだよぉ。それくらい分かってねぇ。

「男子じゃ、うちがぶっちぎりなんですよ。なにが不満なんです」

「いや、獅子戸くん、そうとも言えないよ。戦力の層ではうちが一番厚いけど、負ける可能性がある相手は、いくらでもいるからね」

 そうだよぉ、曲田くんが正しいよぉ。結構危ないんだからねぇ。

「例えば?」

「まず、藤女(ふじじょ)。ここは層の厚さがほぼ同じ。それから、清心(せいしん)佐伯(さえき)さん、兎丸(うさまる)くん、虎向(こなた)くんの3本柱で、うちが2−3で負ける可能性は大いにある。天堂(てんどう)だってそうだよ。捨神(すてがみ)さんと(かえで)さんがいて、うちが反則負けでもしようものなら、即2−3」

 曲田くんの説明を聞き終えた獅子戸くんは、ふんと鼻を鳴らした。

「あくまでも、仮定の話だろ。兎丸はともかく、虎向はなんとかなるぜ」

「とかなんとか言って、きみと虎向くんは、結構いい勝負だよね」

「ぐッ……それはだな……」

 はい、論破されたねぇ。獅子戸くん、二の矢が継げず。

「あいつはテンションが変だから、やりにくいんだよッ!」

「そんなの言い訳にならないよ。プロだって、いろいろ癖があるのに」

 曲田くんの言う通りだよぉ。空咳とは離席とか、いろいろねぇ。

「ともかく、葛城(かつらぎ)先輩の案だから、全面的に信頼しますよ、俺は」

 あ、今度はすり寄ってきたねぇ。

「僕は、ちょっと意見があります。1番席が僕で、いいんですか?」

「曲田くんは、なにか不安があるのかなぁ?」

「不安というか、これ、補欠が入ったら、僕か(つじ)先輩がアウトですよね?」

「そういうわけでもないよぉ。獅子戸くんがアウトかなぁ」

「え? それ意味あるんですか?」

 獅子戸くんが割り込んできた。

「なんで意味がないのぉ?」

「一番強い補欠って、松本(まつもと)先輩ですよね? 俺の隣なんですけど」

 あッ……そうだったねぇ……。

 松本くんと獅子戸くんを入れ替えたんじゃ、順番に変化がないよぉ。

「えへへぇ、ごめんごめん。それじゃあ、糸川(いとかわ)くんと換えるねぇ」

「待ってください。譲二(じょうじ)くんの意見は正しいですけど、大将松本さんは、選択肢が少な過ぎませんか? 松本さん→僕の順か、僕→譲二くんの二択くらいですよね?」

「うーん、1番席をずらすときは、確実に狩りたいんだよねぇ」

 1番席の当て馬対決で負けるのは、バカバカしいからねぇ。

「そうですか。それなら松本さんですね」

「いやいや、確実に狩るんなら、俺のほうがいいんじゃないか?」

 おっと、ここで獅子戸くんの人柱宣言。

 自分の立ち位置が分かってるのは、印象いいよぉ。

「だったら、譲二くんと僕で交代する?」

 曲田くんは、修正案を出した。


 大将 副将  三将 四将 五将 六将 七将 八将 九将 十将

 糸川 獅子戸 松本 曲田 蔵持 佐藤 葛城 横田 辻  飯島


 これは……一考の余地があるねぇ。

「気になるのは、1番席と2番席が、ほぼ固定ってことかなぁ」

「俺、松本先輩、曲田って並びもあるんじゃないですか?」

「僕がスナイプするときは、そうなるね」

 そうそう、曲田くんは、殺し屋の異名を取る、スナイパーだからねぇ。

 事前に対戦相手が分かってたら、かなりの高確率で勝ってくれるんだよぉ。

「つっても、初日は意味ないぜ。せいぜい2日目だろ、狙い撃ちできるのは」

「2日目で2戦、十分だよ」

 うーん……悩むねぇ。

 ボクはしばらく考えてから、決断を下した。

「よし、これでいくよぉ」

「え? いいんですか? ……僕は構いませんが」

「上のほうは、獅子戸くんと曲田くんに任せるよぉ。下はボクと辻先輩に任せてねぇ」

 とにかく、清心が要注意だねぇ。あっちは、どんなオーダーかなぁ?


  ○

   。

    .


 さあ、オーダー会議の時間だよ。

「佐伯先輩、よろしくお願いしますッ!」

 虎向くんは、いつも元気だね。

「じゃあ、発表するね」


 大将 副将 三将 四将 五将 六将 七将 八将 九将

 田中 中川 新巻 森屋 原田 佐伯 山崎 古谷 古久根


 こんな感じだけど、どうかな。

「強弱ペアですか。オーソドックスですね」

 古谷(ふるや)くんは、あごに手を当てて、ふんふんと首を縦に振った。

 あでやかなショートボブが軽く揺れた。

「トリッキーに行こうかとも思ったけど、王道が意外と通用しそうなんだよね」

「俺と兎丸、それに佐伯先輩が毎回勝てば、全勝優勝ですよ」

 虎向くんは、頭のうえで両手を叩いた。小躍りしている。

 まだ始まってもいないのに。

「というわけで、これでいいんじゃないですか」

「虎向くんは、なにも注文がないの?」

「兎丸の隣なら、なにも言うことはありません」

 ダメだよ。そんな危ないこと言っちゃ。

「あのさ、ひとつだけいいかな?」

「はい、先輩、なんでしょうか?」

「部内恋愛は禁止だって、先月言ったよね」

「はい」

「ちゃんと理解してる?」

「理解してるもなにも、女子いないじゃないですか……あ、入る予定なんですか?」

「そういう予定はないよ」

「だったら、意味ないじゃないですか、このルール」

 うーん、なんだろう、このモヤモヤは。

「佐伯主将、僕からひとつ質問があります」

 兎丸くんが手を挙げた。

「なんだい?」

「これって、僕が端で全勝しないといけないオーダーですよね?」

「うん、そうだよ」

 たまに4番席かもしれない。古久根(こくね)くんを出して。

「主将は、端が弱いと見てるんですか? それとも、強いと見てるんですか?」

「むずかしい質問だね……僕の予想では、端は3年生が多いと思う」

「どうしてですか?」

「受験シーズンで来ない可能性があるから。真ん中には置けないよね」

 僕の回答に、兎丸くんは満足したみたいだ。

「となると、僕が当たりそうなのは、市立(いちりつ)裏見(うらみ)先輩、藤女の横溝先輩と鞘谷先輩、升風(ますかぜ)蔵持(くらもち)先輩と辻先輩、駒北(こまきた)津山(つやま)先輩……このあたりですか」

「そうだね。自信はありそう?」

「んー、善処します」

 ダメだよ。そういう日本的な返事は。

「兎丸くんは、全勝がノルマだよ」

「そう言っていただけるなら、全勝できるように頑張ります」

 その爽やかスマイルの背後には、自信あり、ってことかな。

 新歓のときの第一印象とは違って、なかなか読みにくい性格みたいだ。

「頼んだよ。それでね、どれだけ勝てるかは、僕と虎向くんに掛かってると思うんだ」

「ですよねッ! 3人で全勝しましょうッ! 全勝賞×3!」

「言うのは簡単だけど、相当むずかしいよ。捨神(すてがみ)くんに当たったらアウトだし」

「佐伯先輩は、捨神先輩に勝ったんですよね?」

「うん、一回だけね。そのあとが続かない」

 実力差は、やっぱりあると思う。捨神くんのほうが上だ。

「それに、天堂(てんどう)不破(ふわ)さんも入って、ここが地雷になってる」

 不破さんの名前を出すと、兎丸くんも虎向くんも、笑顔を消した。

(かえで)はなぁ……うーん……なんとかなるんじゃないですか?」

 と虎向くん。内心は不安そうだ。

「楓さんが5番席だと、僕も自信がないです。端に来ると思いますか?」

「不破さんが端は、結構あると思う。捨神くんが真ん中でね。そのときはずらせばいいだけだし、当て馬対決なら、天堂よりもうちのほうが有利だよ」

「そうですね。初戦なら出たとこ勝負、2戦目以降ならオーダーで対処しましょう」

 用心に越したことはないけど、対応は簡単そうだ。

「やっぱ升風ですよ、邪魔なのは」

 虎向くんは、ぐっとこぶしを握った。邪魔とか言っちゃダメだよ。

「升風は層が厚くて、全然読めないんだよね。藤花もよく分からない」

「ポーンさんに教えてもらったらどうですか?」

 虎向くんは、にやにやしながら尋ねた。

「え? ポーンさんに? ……教えてくれるわけないよ」

「そこを、ちらちらっと裏口から口説いて」

 裏口? 藤花女学園に裏口があるのかな? まあ、裏門は普通にありそうだ。

 でも、それとオーダーとのあいだに、どういう関係があるのかな。なにもないよ。

「ダメですか?」

「ダメっていうか、どういう意味なの?」

「主将、虎向はほっといていいですよ」

「なんでそんな冷たいんだよッ!」

 虎向くん、しょんぼり。でも、ほんとに意味が分からないからね。

 ジャパニーズジョークだったのかな。

「えーと、要するに、異議なしでいいのかな?」

「僕たちは、特にありません。田中(たなか)先輩と古久根部長は、どうなんですか?」

「そのふたりとは、事前に相談したよ。3人で作ったオーダーだから」

「俺も異議なしですッ!」

 そっか、じゃあ、主要メンバーは全員同意ってことだね。もうちょっと揉めるかと思ったら、全然そんなことはなかった。

「試合は三日後。みんなで頑張ろうね」


  ○

   。

    .


「師匠」

「……」

「師匠?」

「……」

「捨神師匠、息してます?」

 ん、不破さんが呼んでるね。

 僕は、コンクリートの地面から起き上がって、となりを見た。

「どうしたの? なにか用?」

「今日は名人戦なのに、携帯で観てないんですか?」

「アハッ、ちょっと考えごとがあってね」

 屋上の風が心地いい。飛瀬(とびせ)さんのことを考えるには、ぴったりのシチュエーション。

「ところで、オーダー作らなくていいんですか?」

 ああ、オーダーね。もうすぐ団体戦だ。

「オーダーは、当日作るよ」

「と、当日でいいんですか?」

「登録するときにできてればいいんでしょ」

 不破さんは腕組みをして、うーんとうなった。

「いや、まあ、そうですけど……あたしたち、優勝できそうなんですか?」

「アハッ、全然」

 不破さんは、チェッと舌打ちした。口の中で、スティック付きの飴玉を回す。

「だろうと思いましたよ。将棋サークルとか言いつつ、マトモなのいないですし」

 でもさ、あとひとりでいいんだよ。あとひとりいれば、僕と不破さんが全勝で、いきなり優勝の芽が出てくる。今年は上位が接戦だろうし、男子のなかで1位は、意外とありえそうだった。3人目が3勝してくれればいい。

 とはいえ、そのひとりがいないから、どうしようもない。

「だれか、いいひと知らない?」

「あちこち探りは入れてるんですが、ダメですね」

「そっか……多喜(たき)くんが来るのを、待つしかないね」

「ですね」

 天堂の強みは、3年生になっても、大学受験があんまり関係ないことだ。

 今回だって、3年生の先輩は全員出てくれる。来年も、僕は両方出るつもりだった。

 そのとき多喜くんがいてくれたら、優勝がはっきりみえてくる。

「ひとつ質問していいですか?」

「ん、なんだい?」

 最近の、矢倉先手不利の流れについてかな?

 それとも、横歩の最新形かな?

「師匠、女ができませんでした?」

「えッ……な、なにを言ってるの?」

「なんか、女の匂いがするんですよね、最近」

 僕は、自分のそでを嗅いだ。

 飛瀬さんの匂いがする? ……しないよね。残念だな。

「あ、今の仕草、やっぱりいるんですね?」

「い、いないよ」

「またまた、師匠、おめでとうございます。どこのどいつですか? その幸せ者は?」

「だから違うって」

「あとで大師匠に報告しときます。泣いて喜びますよ」

 え、なんで、ちょっと待って、不破さん、誤解じゃないけどマズいよ。

 っていうか、歩美(あゆみ)師匠が恋愛話で泣いて喜ぶわけないでしょ。

「『そう』って言われて、終わりだと思うよ」

「あ……ですね」


  ○

   。

    .


 プルルル

 

 なんっスか、こんな夜中に。(すみ)ちゃん、もう寝てるっス。

 

 プルルル プルルル

 

 分かったっスよ。出るっス。

「もしもし、角ちゃんです」

《こんばんは、大場(おおば)先輩ですか?》

「だから角ちゃんだって言ってるっス」

 この声は、五見(いつみ)くんっスね。

「夜中の10時過ぎに電話とか、なに考えてるんっスか?」

《それはこっちの台詞ですよ。オーダーは、いつ決めるんですか?》

「オーダーは、じゃんけんで決めるっス」

《は?》

 は?じゃないっス。

「いくら考えても最下位のパターンしかないから、もう心が折れたっス」

《なに言ってるんですか? 諦めたら、そこで試合終了ですよ》

 バスケ部の顧問みたいなこと言ってもダメっス。

「ムリなものはムリっス」

《そんなにやる気がないなら、リコールしますよ》

「やれるもんならやってみるっス」

 男女差別なんっスよ。なんで角ちゃんの勝ち星換算してくれないんっスか。

「じゃ、おやすみっス」

《ちょ……》

 スイッチを切って、お布団に入り直すっス。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 起きちゃったから、MINEを確認しとくっス。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ、優太(ゆうた)くんから来てたっスね。15分前っスか。



 すみちゃん 。o O(どうしたんっスか? なんかあったっスか?)



 返信くるっスかね。あんま期待でき……あ、きたっス。



 ユウタ 。o O(すみません、夜中に)


 すみちゃん 。o O(急用っスか? 宿題が分からないとかっスか?)


 ユウタ 。o O(急用じゃないんですが……最近、ちょっとスランプで)


 すみちゃん 。o O(スランプは、だれにでもあるっス。気にしちゃダメっス)



 羽生(はぶ)名人にだって、スランプはあるんっスよ。



 ユウタ 。o O(次の日曜日、団体戦なんです。僕、レギュラーで……)


 すみちゃん 。o O(角ちゃんも、団体戦っス)


 ユウタ 。o O(あ! そうなんですか! お互いに頑張りましょう!)


 すみちゃん 。o O(そうっス。その勢いっス。ユウタくんなら、全勝できるっス)


 ユウタ 。o O(すこし気が楽になりました。ふたりで全勝しましょう^^)



 ふぅ、寝る前に心が癒されたっス。

 それじゃ……あ、全勝するには、オーダー考えないといけないっスね。

 チームの勝ちが絶望的でも、個人の全勝賞は狙えるっス。

 早速、電話を掛けるっス。フリック、フリック。

《はい、もしもし》

「五見くん、今からオーダー会議っス」

《は?》

 は?じゃないっス。諦めたら、そこで試合終了っスよ。レッツ全勝賞。

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