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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
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7手目 お遍路さんは友だちを待っている

 翌朝、私は早めに起きて朝食を済ませた。他人の家だからちょっと迷惑にならないかなと思ったけど、桂太けいたの家族も朝は早かった。おじいちゃんの弟が漁師だから、朝の4時頃には、みんな起き出しているのだ。カルチャーショック。

「いやあ、今日は潮風が気持ちいいね」

 桂太は自転車を漕ぎながら、青み掛かった太平洋を一瞥した。

 私もそちらに視線を伸ばす。6時になったばかりの海は、ほんとうに綺麗だ。朝日が海面を照らして、白銀の波が押し寄せてくる。昨日と同じ横浪半島からの眺めは、すこしばかり違ったものに思えた。

「あ、そこを右ね」

 私たちはドラゴンビーチを通り過ぎて、有名な高校の校舎にさしかかったところで、右に折れた。すると大きな池がみえて、それに沿って自転車を走らせる。だんだん山が迫ってきたら、ようやく駐車場に到着した。

「これが独鈷とっこう山だよ」

 見上げると、青々と茂った山がそびえ立っている。頂上付近にお寺があるらしく、そこまで石段がずっと続いていた。百段は優に越えているだろうか。

「ここからなら、太平洋が一望できるよ」

 そう、私は太平洋を見に来たのだ。桂太は、今更という感じだったけど、無理を頼んでここまで連れてきてもらった。K知市観光は、午後に回してある。

 私たちは自転車をとめてから、意を決して石段をのぼった。まずは三重の塔がみえて、さらに山門が控えている。それをくぐると、本堂があらわれた。途中で、菅笠すげがさ金剛杖こんごうづえを手にした白衣の中年男性とすれちがう。

「あれは、なに? お坊さん?」

 私の質問に、桂太は呆れ返った。

「違うよ。お遍路へんろさんだよ」

「おへんろさん? ……ああ、八十八ヶ所巡りのこと?」

 ほかになにがあるのかと、桂太は尋ねた。

 そういう言い方をしなくてもいいと思うんだけど。従姉妹に優しくない。

 それに、お遍路さんをみたのは、これが初めてだった。

青龍せいりゅう寺は、三十六番札所なのさ」

 なるほど。ということは、なかなか霊験あらたかなようだ。

 当初の目的とは違うけど、私はお参りして行くことにした。手洗い所で手を洗い、口をすすぐ。桂太に教えてもらったように、本堂で手を合わせておいた。桂太の話だと、本格的に八十八ヶ所巡りをするときは、もっと複雑な手続きになるらしい。さすがにそれはできないけれど、気分だけは味わえたかな、多分。

「じゃ、太平洋を見ましょ」

 私が見晴らしのよい南側へ出ようとしたとき、ひとりのお遍路さんが目にとまった。目にとまったというのは、そのひとに得体の知れないものを感じたからだ。オーラとでも言えばよいのだろうか。ちょっと近づきにくい雰囲気が、遠距離からでも伝わってくる。

 その少女は……そう、少女なのだ。初めは見間違えかと思った。ショートカットで、特になにもお洒落をしていない。普段からお洒落をしていないのかは、分からない。お遍路さんの格好をしているからだ。目に意志があって、口もとが引き締まっている。身長は高からず低からずで、女子高生の平均くらい。小顔だった。少女は杖を突きながら私のそばを通り過ぎ、そのまま手洗い所で手を洗い始めた。

「女の子もしてるのね」

 私の独り言を、桂太は聞いていなかったらしい。スマホをいじっていた。

「あちゃあ……マズったな……」

「どうしたの?」

「M中の友だちと、遊ぶ約束してたの忘れてた」

 どうやら、ダブルブッキングしてしまったようだ。

「ごめん、姉ちゃん、2時間ほど離れてても、いいかな?」

「えぇ? ここで2時間も待つの?」

「お昼まえに、自宅で集合っていうのは?」

 ようするに、自分で帰れってことか。まったく。

「ま、いいわよ。道は覚えたし」

「ごめんね、午後はちゃんとK知市を案内するから」

 桂太はそう言って山門を出ると、石段を降りて行った。

 私は憮然とする。でも、それは一瞬で、毎日毎日桂太と顔を合わせていたから、こういうのもいいかな、と思った。ずっと子守りされる必要がある年齢でもない。それに、お遍路さんの通り道なら、治安も悪くないはずだ。

 私はとりあえず、太平洋をみるため、南側のほうへ回ってみた。すると、島ひとつない広大な海がみえて、なんとも爽快な気分になる。海風も心地いい。背後からは、さきほどの少女だろうか、読経の声が聞こえてくる。神秘的だ。私は適当な石に腰を下ろした。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ヴィー ヴィー

 俗世を離れた気分でいると、文明の利器が鳴った。スマホのメールだ。

 桂太に違いないと思って、私は発信者を確認する。

「……松平まつだいら?」

 こんな時間に、なにかしら。メールをひらくと、今日中でいいから、電話をして欲しいという内容だった。ちょっとドキリとしたけど、姫野ひめのさんの名前がある。どうやら、姫野さんからの言づてらしい。

 私は早速、掛け直してみることにした。

 

 プルル プルル

 

《もしもし》


 なんとも眠たそうな声が返ってきた。二度寝してたわね。


「松平? 裏見うらみだけど、メール読んだわよ」

《ん? 起こしちまったか?》

「とっくに起きてたわよ」


 私は、四国にいることを伝えた。松平は「ありゃ」っと言う返事。


「来週には戻るわよ」

《来週だと間に合わないんだよなあ》

「もしかして、急用?」

《いや、そういうわけじゃないんだが……姫野先輩から、招待されてな》


 会話が通じないので、私は詳細を尋ねた。

 

《姫野先輩が、将棋の集まりでK戸に行くらしいんだ。駒桜こまざくらの顔役で、例年は千駄せんだ先輩と傍目はため先輩が同伴してるんだが、千駄先輩は模試とかぶっててダメなんだと。傍目先輩も、都合が悪い。公平を期して、直近の県大会出場校から男女ペアで出すことになった》

「男女ペアって……あんたは県大会出てないでしょ」


 それを言うなと、松平はしょげくれた。

 

《とにかく、俺と裏見が指名なんだ》

「将棋の集まりって、なにをするのよ?」

《姫野さんの知り合い同士で、毎年やってるらしい。身内の懇親会だな》


 姫野さんの知り合い……セレブっぽそう。


「何日?」

《25日の月曜日だ。K戸で一泊させてもらえる。費用は気にしなくていいぞ》

「25日……あ、ちょうど淡路経由で帰る日だわ」

《マジか? じゃあ、そのままK戸へ来いよ。現地で合流すればいい》


 K知からK戸への直行便って、あったかしら。

 私はスケジュールをよく調べてから行くと伝えた。

 

《そっか……了解。いい返事を待ってるぜ》

「善処するわ」


 私は通話を切った。スマホを握りしめたまま、太平洋をみやる。

 どうしましょう。お母さんたちには、四国から直通で帰ると言ってある。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? 私は視線を感じて、横を振り向いた。

 さっきすれ違ったお遍路さん姿の少女が、じっとこちらを見つめている。

「あの……なにか?」

「失礼しました。一之宮いちのみやさんのお知り合いかと思いましたので」

 いちのみや? ……全然知らない名前だ。私は、素直にそう答えた。

「左様ですか……お名前をうかがっても、よろしいでしょうか?」

 んー、あんまり教えたくないなあ。お遍路さんに偏見があるわけじゃないけど、十代後半でやっているところをみると、なかなか信心深いひとだと思う。

 まあ、メールやMINEのアドレスを訊いてるわけじゃないから、いっか。

「裏見です」

「裏側に見る、ですか?」

 私は、そうだと答えた。

 すると、相手の少女は菅笠をはずして、礼儀正しく頭をさげた。

「拙僧は、大谷おおたにひよこと申します」

 せっそう? ……今、拙僧って言った?

「拙僧の名に、なにか?」

「あ、いえ……かわいらしい名前だな、と」

 大谷さんは、うっすらと口もとをほころばせた。

「ありがとうございます。変わった名前だと言われることが多いので」

 変わっているとは思う。漢字は分からないけど、ヒヨコっていうのはめずらしい。

 っていうか、お遍路さんの格好と全然合っていない。

「大谷さんは、高校生?」

「はい、高校2年生です」

 なんだ、同学年じゃない。私はそのことを伝えた。

 すると、大谷さんは両手を合わせて、私を拝んだ。

今生こんじょうでお会いできたのも、なにかの縁と存じます」

「あ……はい……」

 どう反応すればいいのか、さっぱり分からない。

「お、大谷さんは、この近くに住んでるの?」

「いえ、拙僧はT島から来ました」

「え? T島から? ひとりで?」

 大谷さんは、首を縦に振った。

「夏休みを使い、ささやかながら弘法大師の足跡そくせきをたどっています」

 えぇ……夏休みをお遍路に費やす女子高生……。

 いや、バカにしてるわけじゃないんだけど……なんかいろいろ斜め上……。

「じゃあ、八十八ヶ所、全部めぐってるの?」

「残念ながら、それは無理です。大人でも四十日近くかかりますので。夏休みの宿題をしなければなりませんし、それ以外でも、様々な予定があります」

 びっくりした。そりゃそうよね。

「三十七、三十八番の札所までは遠いので、今夏はここで打ち切りです」

「あ、ここがゴールなんだ。T島へは、徒歩で帰るの?」

「いいえ、旧友と会って、遊びながら帰ろうと思っています」

 よかった。ちゃんと遊ぶ子なんだ。うんうん、高校生は遊ばないとダメよ。

 それにしても、この子の旧友って、どんなひとなのかしら。

「お友だちは、K知のひと?」

「いえ、H島です」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え? H島?

「私と一緒なんだ……」

「裏見さんも、H島出身なのですか?」

 私は、口が滑ってしまった手前、白状せざるをえなかった。

「そうですか。では、裏見さんのお知り合いかもしれませんね」

 いやあ、どうでしょう。一人称が拙僧の子と親しい知り合いなんて、いないと思う。

 一方、大谷さんは、その友人と会えるのが楽しみなのか、えらく饒舌だった。

「物心ついた頃から遊んでいて、ひぃちゃん、しぃちゃんと呼ぶ仲です」

 さいですか。これまたイメージと凄いギャップがある。

「ここで待ち合わせているのですが……まだいらっしゃらないようですね」

「え? ここで? 駅とかじゃないの?」

「交通機関は使わないと言っていました」

 いや、交通機関を使わないで、どうやってK知まで来るのよ。ありえ……。

「待たせたな」

 近くの木が揺れて、頭上から人影が降ってきた。私は悲鳴をあげる。

神崎かんざきしのぶ、見参」

 白いTシャツに紺のジーンズを履いた神崎さんは、決めのポーズを取る。

「しぃちゃん、遅かったですね」

「うむ、瀬戸内海を泳いだまではよかったが、夜の山越えに難儀してな」

 人間じゃない! このひと、人間じゃない!

「して、裏見殿は、なぜここにいるのだ。ひぃちゃんとは顔見知りか」

 私は、違うと答えた。

「そうか……なにやら話をしているようにみえたが」

「たまたま出会っただけよ」

「やはり、しぃちゃんの知り合いでしたか。将棋指しは引かれ合うものですよ」

 それ、どう考えてもオカルトでしょ。

「然り……ひさしぶりの顔合わせだ。一局、参るとしよう」

 神崎さんはそう言って、腕時計を私に投げ渡した。あやうく落としかける。

「な、なに、これ?」

 神崎さんは、私の質問を無視した。大谷さんと向かい合う。

「一手三十秒だ」

「望むところです」

 こ、このシチュエーションは、まさかッ!?

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