表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第7局 捨神くん物語(2015年5月6日水曜)
86/682

74手目 捨神くん、大いにぐれる

 お葬式の当日は、小雨の降る肌寒い朝だった。

 僕は学校の制服を着て、箕辺(みのべ)くんの家にむかった。

「お悔やみ申し上げます」

 ひとの列が長かったから、僕はそそくさと会場に押し流された。

 受付のところでは、箕辺くんのお母さんと、もうひとりおばあさんがいた。多分、箕辺くんのお父さんのお母さんかな。一度だけ、見たことがあるような気がした。

 学生将棋の面々も、辻姉(つじねえ)を筆頭にそこそこ来ていた。

「まさか駒桜(こまざくら)市で、こんな事件が起こるなんてね」

 辻姉は、ちょっと押さえ気味の声で、そうつぶやいた。

「え、姉さん、どういうこと? 病気じゃないの?」

 弟の(つじ)先輩は、隠れていないほうの目を見開いた。

「刺されたらしいわよ」

「辻姉、そういう話をする場所じゃなかろうが」

 大柄な学ランの高校生が、辻姉をたしなめた。

 あとで知ったけど、駒桜(こまざくら)市立(いちりつ)秋山(あきやま)さんだったみたいだね。

「あら、ごめんなさい」

 話は、当たりさわりのない方向へ移ろいだ。

 そんななかで、僕は頭が混乱していた。刺された? だれに?

 そういうのは、漫画か小説のなかの出来事だと思っていたから、ショックだった。

「よぉ、捨神(すてがみ)

 ちょっと制服を着くずした少年が、僕に声をかけてきた。

「あ、菅原(すがわら)先輩、おはようございます」

「おまえも来てたんだな……まあ、当たり前か」

 さすがの菅原先輩も、すこし落ち込んでるみたいだった。

 僕は、この先輩に対して、ちょっと怖い印象を持っていた。不良で有名だったからね。師匠や他の3年生は普通に付き合っていたけど、その感覚を共有できていなかった。

「ところで、秋の個人戦は出なかったんだな。忙しかったのか?」

「はい、ピアノの練習があって……」

「ピアノね……将棋をやめたわけじゃないんだろ?」

 僕は、なんとも答えようがなかった。

「ん? その様子だと、もしかしてやめたのか?」

「いえ、箕辺くんたちとは指してます」

「そっか、そりゃよかった」

 菅原先輩は安堵のため息をついて、両手をポケットに突っ込んだ。

「まあ、出てくれなくて助かったぜ。おかげで俺の優勝だったからな」

「あ、おめでとうございます。でも、菅原先輩って、もとから強いですよね」

千駄(せんだ)とおまえのほうが強いな」

 菅原先輩は、あっさりと自分が弱いことを認めた。

「ま、喧嘩ならどっちも一発か」

 菅原先輩は、ポケットから左手を取り出して、僕の額に人差し指を押し当てた。

「喧嘩は……ちょっと……」

「菅原くん、また後輩にちょっかいかけてるのかい?」

 前髪のピンと立った、キザっぽい少年が現れた。

「んなわけねぇだろ。いちゃもんつける気か?」

 菅原先輩がメンチを切ったのに、相手は平然と櫛をとりだして、前髪をととのえた。

「僕の質問がいちゃもんなら、きみの捨神くんに対する質問もいちゃもんだろうね」

「おまえ、ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ」

「はい、そこまでだよ、菅原くん、幸田(こうだ)くん」

 もうひとり、眼鏡の先輩が割り込んだ。駒桜市中学将棋連盟の会長、千駄先輩だった。

「後輩の親族の葬儀で、くだらない喧嘩をしてる場合じゃないだろう」

「んなこと言ってもよ……こういうのは苦手なんだよな」

 菅原先輩は、めんどくさそうに答えた。お葬式がどうでもいいというよりは、お葬式の雰囲気がイヤなようにみえた。ああ見えて、結構センチメンタルだからね、菅原先輩は。

 とりあえず、その場は収まって、僕たちは焼香をあげてから、会場を出た。帰り道、僕は箕辺くんに呼び止められた。とても悲しげな顔をしてたけど、僕に笑ってみせた。

「捨神……このまえは、途中で帰って悪かったな。準優勝おめでとう」

「え……その……」

 なんて答えればいいんだろうか。まさか、謝られるとは思わなかった。

「僕のほうこそ……帰るのが遅くならなかった?」

「いや……どのみち間に合わなかったと思う」

 しんと、あたりが静かになった。

 遠くで、帰りの学生たちの声と足音だけが聞こえた。

 会場にぶら下げられた提灯に、ひらひらと虫たちが集まり、怪しげに舞っていた。

「僕は最初から父さんがいないけど……箕辺くんのお父さんはかっこよかったよ」

 僕がそう言うと、箕辺くんは一瞬、言葉に詰まった。

 この台詞は、正しかったんだろうか?

 安易に自分の境遇と重ねてしまったのかもしれない。しかも、事実誤認で。

「サンキュ……そう言ってくれると、うれしい」

(かおる)ちゃんは?」

「薫なら、奥で休んでる。泣き疲れたんだろう」

 僕たちは、話すことがなくなった。夜風が吹き抜けた。

「……明日、学校に来る?」

「当たり前だろ。明日は平日だ」

 僕たちはうなずき合って、それからさよならを言った。

 箕辺くんのお父さんが死んだことは、一大事件だったけど、やっぱり世の常で、次第に風化していった……いや、この表現は、正確じゃないね。だれも、そこに敢えて触れようとしなかった、って言うほうが正しいね。うん。

 そして、冬休みの直前、僕は決定的な事実を知ることになった。

「え……父さんが生きてる……?」

「そうよ、あなたの父さんは生きてるわ」

 僕は、めちゃくちゃ困惑した。アパートの一室が、ぐるぐる回ってるみたいだった。

「ど、どういうこと? もしかして、ずっと病院に入ってるとか?」

「違うわよ。ちょっと事情があって、一緒に住めなかっただけ」

「事情って、なに? まさか刑務所?」

「海外にいたのよ。3人じゃ住めないから、お母さんは日本に残ったの」

「外国人なの? 僕の肌が白くて眼が赤いのって、そのせい?」

 僕は、カラコンの事実を、箕辺くんと葛城くんにも話したことはなかった。

「違うわよ。日本人よ」

「じゃあ、なんで僕は他の日本人と違うの?」

 母さんは、すごく答えにくそうにしていた。

「あなたは、めずらしい病気なのよ」

「え? 病気なの? 死んじゃうの?」

「心配しなくていいわ。ちょっと色素が薄いだけよ」

「……ふーん」

 僕は、なんとなく納得した。納得しようと思い込んだのかもしれない。

 それに、とても嬉しいことがあった。父さんは生きてるんだ。

「で、父さんは帰って来るんだよね? 僕に教えたってことは、そうだよね?」

「そうね、もしかしたら、一緒に住めるかもしれないわ」

「もしかしたら? ……なんで? 喧嘩してるの?」

「帰って来れるかどうか、まだ分からないからよ」

 僕はその夜、布団のなかで、父さんが帰って来ますようにとお祈りした。

 だけど、その途端、箕辺くんのお父さんの面影が、ちらりと浮かんだ。

 昔、僕には父さんがいなくて、箕辺くんにはいた。かっこいいお父さんが。でも、箕辺くんのお父さんは、死んでしまった。逆に、僕の父さんは帰って来るかもしれない。これでいいんだろうか? いいに決まっている。そのはずだ。箕辺くんのお父さんが死んだことと、僕の父さんが帰ってくることとのあいだには、なんの関係もない。

 それなのに、僕は心の片隅で、なぜか罪悪感を覚えてしまった。次の日、箕辺くんと顔を合わせたとき、眼をそらしてしまったほどだ。

「お、どうした? 捨神、なんかいいことあったのか?」

「ん……なんでもないよ」

 僕がそう答えると、箕辺くんはしたり顔になった。

「ははん、さては彼女ができたな。だれだ、相手は?」

「ち、違うよ、なんでそうなるの?」

「隠さなくてもいいぞ。おまえ、週1でラブレターもらってるらしいじゃないか」

「もらってないよ。だれがそんな噂してるの?」

 もらってたのは事実だけど、週1じゃないよ。ほんとだよ。

 全部断ってたしね。ほんとだよ。飛瀬(とびせ)さん、疑ってないよね?

「うらやましいな。気になる子も、いるんじゃないのか?」

 僕はこの話題を早く打ち切りたかったから、断固としていないと答えた。

 ほんとは、何人か……あ、なんでもない。なんでもないよ。

 春休みになっても、父さんは帰ってこなかった。やっぱりダメなのかな。僕は、写真を見せて欲しいとしつこくねだったけど、ダメだった。ないって言うんだ。どうして、ないんだろうね。おかしいよね、さすがに。なんだか変な気がしてきた。

 生きてるなんて言って、実は死んでるんじゃないだろうか?

 あるいは……離婚してる? 内心、この可能性が一番高いと思っていた。

 ただ、再婚するんじゃないかな、という期待もあった。だって、再婚しないなら、僕にあんなこと言う必要がないもんね。その期待が半分くらいで、もう半分は、父さんがとても怖いひとなんじゃないかな、っていう不安。離婚だとしたら、なにか不和があったとしか考えられない。暴力? お酒?

「父さんって、怖い人?」

「いいえ、怖くはないわよ」

 母さんは、あっさりと迷いなく答えた。だから、僕も安心した。

「いつ帰ってくるの? それとも……帰ってこないのかな?」

「もうすこし待っててちょうだい」

 そのときの母さんの口調に、僕はドキリとした。

 なにか、凄まじいものを感じた。

「う、うん……いい子で待ってるよ」


 春休みが明けようとした頃、ついに父さんはやってきた。

 思いも寄らない形でね。

「ねぇ、いつになったら結婚してくれるの?」

「まだ時期じゃない。マスコミがうるさいからな」

「マスコミ、マスコミって……ほんとは結婚する気がないんでしょ?」

「その気はある。あの子の才能なら、私が引き取ってもいい。だからこそこうして、あの子には先行投資している。ピアノの才能は本物だ。私の知人が請け合ってくれた」

「認知してくれるわけ?」

「……それはムリだ……私の社会的地位にかかわる。きみの連れ子にしてもらいたい」

「あなた、それで私が納得すると思ってるの? あの女は死んだのよ?」

「私の妻だぞ。そういう言い方はやめて欲しい」

「散々不倫しておいて、今さら聖人ぶってもしょうがないじゃない」

「きみこそ、私に妻があることは知っていたはずだがね」

 目の前でなにが起きているのか、わけがわからなかった……わかりたくなかった。本当にたまたまだったんだよ。母さんが、なぜかおめかししてどこかに出かけるから、あ、これは父さんに会いに行くんじゃないかって思ったんだ。不幸なくらいに冴えてた。ホテルかどこかで密会すればいいのにね。そうすれば僕が知ることも……たらればか。

「あまり連絡は取らないようにして欲しい」

「どうして? 未来の奥様なのに?」

「私の立場を分かって欲しい。政治家というのは……ん」

 父さんは、僕に気づいた。僕は全速力で、その場から逃げ出した。

 家に帰ったのは、次の日だった。母さんは、なにも言わなかった。

 まあ、気まずいよね。それからだよ。僕が本格的にグレ始めたのは。


「捨神……ちょっと話があるんだが」

 昼休み、僕が学校の屋上で寝ていると、箕辺くんが現れた。

「ん、なんだい?」

「捨神、最近になって、授業サボってるよな?」

「うん、サボってるよ……で?」

「で、じゃないだろ。4月からそんなことしてたら、出席が足りなくなるぞ?」

「だから?」

「おい……ほんと、どうしたんだ? なにかあったのか?」

「うん、あったよ」

「なにがあったんだ?」

 僕は、わざとらしく笑った。

「アハハ、それは言えないよ」

「俺とおまえの仲だろ? ふたばも、めちゃくちゃ心配してる」

「そう……じゃあ、頼みがあるんだけど」

「なんだ? やっぱりなんかあったのか? イジメられてるのか?」

「全然。そうじゃなくてさ、将棋部に入れてよ。箕辺くん、主将だよね、たしか」

 僕のお願いに、箕辺くんは眉をひそめた。

「将棋……? 将棋が指せないから授業をさぼってるわけじゃないだろ?」

「吹奏楽部がくだらないから、辞めようと思ってるんだよね」

 箕辺くんは、二度びっくりした。

 まあ、くだらないよね。あんな男の後援で頑張ってたなんてさ。校長先生が僕にいきなり目をつけてきたのも、裏でなんかあったんだろうね。寄附とか。師匠の言う通りだったよ。もう吹奏楽部にいる理由はなかった。

「なあ……ほんとになにがあったのか言ってくれ。力になるぞ」

「気持ちはありがたいけど、箕辺くんじゃムリだよ」

「高校生に絡まれてるとかか? 菅原先輩に頼めば解決するぞ」

 僕は、のらりくらりとかわして、箕辺くんに入部を認めさせた。結局、僕のお願いを聞けば、すこしは態度がよくなるかな、と思ったんだろうね。箕辺くんらしいよ。

 それで、春の個人戦には復帰することになった。会場は、うちの中学の体育館。

「す、捨神、なんだその格好?」

「え? 変かな?」

「制服を着て来ないとダメだろ」

 僕は、レインコートにズボンという格好で会場にやって来ていた。

「そんな規約ないでしょ。僕はこれがいいんだよ」

 大会が始まった。僕は、あっさり優勝したよ。

 決勝は兎丸(うさまる)くんとだった。今年の春と一緒。

 帰り道、僕は賞状を持って、箕辺くんと葛城(かつらぎ)くんに挟まれていた。

「すごかったねぇ」

 と葛城くん。

「アハハ、師匠の世代が抜けたら、こんなもんだよ」

「そういう言い方はよくないぞ」

「箕辺くんは、僕が強いって認めてくれないの?」

「それとこれとは話が別だろ」

「どう別なの? 県代表になれるかもって、箕辺くんも言ってくれたよね?」

 箕辺くんは、返答に詰まった。

「嫌みで言ってるわけじゃないよ。あれは嬉しかったからね。今回は、本気で県代表を狙いに行くからさ。期待しててよ。応援にきてくれるんだよね?」

「あ、ああ……もちろんだ……」

 それで、僕の母さんは7月に……え? 県大会はどうなったかって?

 優勝したよ。めちゃくちゃ頑張ったからね。必死だった。あれだけ大口叩いて、箕辺くんたちのまえで負けるわけにはいかなかった。見栄だよ、あんなの。決勝で詰みを発見したときは、吐きそうなくらいだった。

 ただ、なにもいい思い出が残らなかった。おまけに体調も悪くなった。どうしてそんなことになるのか、自己分析しても、全然明らかにならなかった。本榧(ほんがや)の将棋祭りで負けたときも、こんな感じだった。あのときは、将棋に負けたから、悔しくて心理的に参っただけだと思っていた。でも、今回は優勝したんだ。それなのに、なぜ? 僕は悩みに悩んで、とうとう考えることを放棄した。全国大会はあっさり負けてしまった。

 そして、ついに母さんが結婚することが決まった。あの男とね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ