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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第7局 捨神くん物語(2015年5月6日水曜)
82/682

70手目 捨神くん、師匠とぶつかる(2)

 3八飛、6五歩、同歩、同銀、6六歩、5四銀。

 3筋から攻められるのは分かっていた。先に6筋で歩を交換しておく。

「3五歩」


挿絵(By みてみん)


 予想通り。これは取らない。

「4四角」

「1五角」

 角出。そんなに怖くないと思った。成られることもない。

 4一飛、3四歩、1四歩、5九角。これで追い返せるからね。

「3五歩」

 さらに3筋も止めておく。僕はチェスクロを押して、ひと段落したと思った。

「8六角」


挿絵(By みてみん)


「そっち……?」

 僕はちょっとおどろいた。

「こっちよ」

 これも狙いがよく分からない。角がうろちょろしてるだけにみえた。

「……6二金寄」

 これで防げる。手損かもしれないけど、小学生にとっては大差ない。

 4六歩、同歩、同銀。ん、これは……僕はすこし考えた。

「罠……?」

「さあ、どうかしら」

 どう考えても、6六角が利きそうだ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)

 

 さすがに6六同金、4六飛の交換はないと思った。後手有利だ。

 5七銀、同角成、同金、4九飛成も同じ。

 

 ピッ

 

 ここで僕の持ち時間がなくなった。30秒将棋。


 ピッ


「6六角」

 僕は26秒で素早く指した。

「4五歩」

 やっぱりそっちか。これはさっき読んでおいた。

 8四角と撤退して、3五飛、3二歩、7五歩、7四歩、7七角、1三香、2二角成。


挿絵(By みてみん)


 僕のほうが不利かな?

 香車を取られることだけは回避したけど、先手に馬ができてしまった。

「1五角からの狙いは実現したわね」

 ウソだと思った。そんなまえから読めるはずがないってね。

 4三銀、4四歩、同銀、6五飛。さらにスライドされる。

 そろそろなんとかしないと。僕は若干焦った。


 ピッ

 

「3三銀」


挿絵(By みてみん)


 ギャラリーがざわつく。

「ふーん……いい手、知ってるわね……」

 同歩成、4六飛、6三歩。ここであゆみ先輩の持ち時間がなくなった。

 7二金寄、6二銀、6一歩。手筋でなんとか止める。

 7一銀成、同金、3七桂、3三桂、1三馬、4八飛成。

「これは駒込(こまごめ)のほうがトロくなったんじゃないか?」

「シーッ、(けん)ちゃん静かに」

「5七馬」

 ギャラリーの評判にもかかわらず、あゆみ先輩は悠々と馬を引いた。

 3七龍、8六香、7五角、同飛。え? 飛車を切った?

 僕は手拍子で同歩としかけて、手を引っ込めた。

 あゆみ先輩は、黙って僕の指し手を待っている。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 そっか、同歩は8三香成だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神(すてがみ)くんの脳内イメージです。)

 

 同銀と取れない。取ったら5五角が王手龍。

 しまった、この手が見えてなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「5七龍ッ!」

 僕は猛スピードで馬を(はじ)いて、チェスクロを押した。

 ゼロになった? ……なってない。1で止まっていた。

 けど、べつの問題が生じた。

「んー、それって、指したことになるの?」

 盤上には、龍に(はじ)かれて吹っ飛んだ馬が転がっていた。

 そう、馬を持ち駒へ移動させる時間がなかったんだ。

「あ……えっと……」

「ま、いいわ、最後に勝つのはわたしよ。同金」

 なんだか助かった。7五歩、7二歩、同金、4二飛、7一銀打。


挿絵(By みてみん)


 これは小康状態になったんじゃないかな。

 苦しいのには変わりないけど、さっきより希望が持てる。

 7四金、7六桂、5五角、7三銀打、8三香成、同銀、7三金、同桂、7四歩。

 7筋〜8筋の攻防戦。端が絡んでないから、攻めにくいはずだ。

 同銀、8四銀、8二金打、7三銀成、同金右、8四桂、8二銀打、7二桂成、同金。

「んー、やっぱり堅いわね……3二飛成」


挿絵(By みてみん)


 きた。攻めあぐねての方針転換だ。僕が桂得になっている。

「7三香」

 7筋を完全に遮断しておく。これで鉄壁。

「攻めてくるかと思ったら、違うのね。3三角成」

 ここで攻める。

 8八桂成、同金、7六桂。

「こっちも攻めるわよ。8四桂」

 8三銀引、7二桂成、同銀引、8四桂、8三銀打、7二桂成、同銀引。

 あゆみ先輩は、自陣に手をもどした。

「7八金」

「4八飛」

 即座に飛車を下ろす。先手は3二飛成としたせいで、この筋が生じていた。

「補強しまーす。5八金打」

「4九飛成」

「5九金打」


挿絵(By みてみん)


「ッ!」

「さあ、どう攻める?」

 僕は手を止めた。金4枚+馬なんて、堅過ぎる。

 

 ピッ

 

「1九龍」

 とりあえず龍を逃がした。

 あゆみ先輩は7四歩で、ふたたび攻勢に出た。同香、5五馬。

 馬を消すチャンスだ。僕は7三角と打った。

「あせったわね、6四銀」


挿絵(By みてみん)


「……あッ」

 しまった。めちゃくちゃ単純な手なのに見落としていた。

 

 ピッ

 

「ど、同角」

 同馬、2九龍(角銀交換しただけになってしまった)、5五角。

「8八歩」

 手裏剣を飛ばす。同金なら、同桂成、同玉、7六歩が詰めろ。

 同玉のところで同角は、こっちのプレッシャーが緩和される。

 あゆみ先輩はあごに手をあてて、しばらく考えた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8二馬」


挿絵(By みてみん)


「え?」

 まったく読んでない手がきた。

 いや、読んでたけど、これはないと思っていた。

 だって、同銀、7二龍に、8九歩成、同玉、7七桂、同金、5九龍じゃないか。

 

 ピッ

 

 僕は同銀と取った。あゆみ先輩はノータイムで7二龍。

「8九歩成」

「同玉」

「7七桂」

 その手をみたあゆみ先輩は、「んー」と間延びした声を出した。

「これを見落としてない? 同角があるわよ」


挿絵(By みてみん)


「え……あ……」

 僕は、固まってしまった。

 

 ポカだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 プッと、タイマーの切れる音がした。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「8一銀とか粘らないの?」

 あゆみ先輩が口をひらいた。僕は、呆然としていた。

 すると、額にチョップを食らった。

「きちんと投了しなさい」

「……負けました」

「ありがとうございました」

 あゆみ先輩は一礼してから、手持ちの銀でテーブルをパシリと叩いた。

「8一銀で、むずかしいと思うわよ。8三桂、同銀、5五角、8二香、8三龍なら、もう一回7七桂と打って、同角、8三香があるわよね?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これは失敗でしょ」

「……そうですね」

「まあ、こんなことしなくても、8一銀に7四龍で勝ちかしら」

 あゆみ先輩は、ひとりで感想戦を続けた。

《準々決勝は、10分後に始めます。それまで休憩してください》

 あゆみ先輩は、ああでもないこうでもないと言いながら、盤面を勝手に動かした。

「んー、やっぱりわたしの勝ちね」

 持ち駒を全部もどして、あゆみ先輩は一礼した。

「ありがとうございました」

「……ありがとうございました」

 僕が席を立つと、箕辺(みのべ)くんと葛城(かつらぎ)くんが声をかけてきた。

「捨神、おつかれさん」

「おつかれさまぁ。惜しかったねぇ」

 惜しかったのかな。一局で2回負けたような気がする。

 なんだか、ポッカリと胸に穴が開いたような気分だった。

「僕……負けたんだよね……」

「え、あ……ああ、そうだな」

 箕辺くんは、ちょっと気まずそうな顔をした。そして、僕は泣き始めた。

「ど、どうしたんだ? 将棋に負けただけだろ」

「そうだよぉ」

 その言葉が、ひどく心に刺さった。

 なぜなのか、その理由は当時の僕には分からなかった。

「そうがっかりするなよ。100人以上いてベスト16なら、たいしたもんだぞ」

「絶対に名前覚えてもらえるよぉ」

 駒桜(こまざくら)のブースにもどってからも、僕はめそめそしていた。

 

「あぁ、まっしろしろすけさんなのですぅ」

 どこかで聞いた声がした。

 振り返ると、お(はな)さんがいた。ずいぶんと上機嫌だった。

「泣いちゃダメなのですぅ。いい子いい子してあげまぁす」

 お花さんは、僕の頭を撫でてくれた。かえって恥ずかしくなった。

「男が将棋に負けたくらいで、めそめそするな」

 ポニーテールさんと眼鏡さんもいた。どうやら、いつも3人行動らしい。

神崎(かんざき)さんは、勝っても負けても、しゃっきりしてますね」

「当然だ。忍者は泣いたりせぬ」

「また忍者ごっこですか」

 眼鏡さんはそう言って、駒桜のブースに視線を走らせた。

「……姫野(ひめの)さんは、いないみたいですね」

「きっとお花を摘んでるのですぅ。あ、お花は詰んでませぇん」

「あまりにも分かりにくいジョークなんですが……」

 3人は、僕のとなりでわいわいやっていた。

 僕もいいかげんに、気分が落ち着いてきた。箕辺くんに話しかける。

「これから、どうするの?」

「そうだな……べつに将棋はしなくてもいいんだが……」

 でも将棋以外は、僕、よく分からないんだよね。ピアノは持って来てないし。

「駒桜は、まだ3人残ってるよぉ。これは観戦したほうがいいよぉ」

 と葛城くん。

《これから準々決勝を始めます。着席してくださーい》

 ぞろぞろと、こどもたちが移動し始めた。

「これって、勝手に観ていいの?」

「いいよぉ、タダだよぉ」

「あ、お花の試合を見てくださぁい」

 お花さんが、いきなり割り込んできた。

「ちょっと、桐野(きりの)さん、マズいですよ、相手は駒桜なんですから」

「べつに構わぬだろう。お花どのが周囲を気にするとは思えぬ」

「えへへぇ」

《桐野さーん、桐野花さーん、着席してくださーい》

 名前を呼ばれたお花さんは、ふえぇと言って対局テーブルに向かった。

「そっか、姫野先輩の相手なんだな。あそこを観よう」

「そうしよぉ」

 僕たちは、お花さん、ポニーテールさん、眼鏡さんたちのあとを追った。

 テーブルの周りには、かなりのひとが集まっていた。なんとか場所を取る。

 僕たちが立ったのはお花さんのうしろで、向かいが駒桜の選手だった。

 女のひとだった。凄く大人びた綺麗なひとで、まるで中学生にみえた。

 おしとやかなロングヘアーとは対照的に、目つきは鋭い。なんだか怖かった。

《それでは、振り駒をしてくださーい》

「桐野さん、どうぞ」

 駒桜の少女は、お花さんに振り駒をゆずった。

「振り振りするのですぅ」

 お花さんは歩を集めて、カシャカシャとのんびりかき混ぜた。

「ふーり、ふーり、ぽーい」

 歩が3枚。

「お花の先手なのですぅ。チェスクロはこっちでいいですかぁ?」

「そちらでお願いします」

 対局テーブルの周りだけ、だんだん静かになる。

《準備の整っていないところはありませんね?》

 返事なし。

《それでは、始めてくださーい》

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまぁす」

 お花さんは、7筋の歩に指を添えた。

「姫野お姉様と指せて、お花はとってもうれしいですぅ」

「それは、どう反応すればよろしいのですかしら?」

 相手の少女は、感動したそぶりもなく、そう答えた。

「えへへぇ、指し手で反応してくれればいいのですぅ。7六歩ぅ」

場所:本榧市創立50周年記念こども将棋祭り 小学生の部 4回戦

先手:駒込 歩美

後手:捨神 一

戦型:相穴熊


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二飛

▲5六歩 △3二銀 ▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △4三銀

▲5八金右 △5四銀 ▲2五歩 △3三角 ▲6六歩 △4五歩

▲5七銀 △7二玉 ▲7七角 △8二玉 ▲8八玉 △5二金左

▲6七金 △9二香 ▲9八香 △9一玉 ▲9九玉 △8二銀

▲8八銀 △7一金 ▲7九金 △6四歩 ▲3六歩 △6二金寄

▲5九角 △7二金寄 ▲2六角 △4三飛 ▲3八飛 △6五歩

▲同 歩 △同 銀 ▲6六歩 △5四銀 ▲3五歩 △4四角

▲1五角 △4一飛 ▲3四歩 △1四歩 ▲5九角 △3五歩

▲8六角 △6二金寄 ▲4六歩 △同 歩 ▲同 銀 △6六角

▲4五歩 △8四角 ▲3五飛 △3二歩 ▲7五歩 △7四歩

▲7七角 △1三香 ▲2二角成 △4三銀 ▲4四歩 △同 銀

▲6五飛 △3三銀 ▲同歩成 △4六飛 ▲6三歩 △7二金寄

▲6二銀 △6一歩 ▲7一銀成 △同 金 ▲3七桂 △3三桂

▲1三馬 △4八飛成 ▲5七馬 △3七龍 ▲8六香 △7五角

▲同 飛 △5七龍 ▲同 金 △7五歩 ▲7二歩 △同 金

▲4二飛 △7一銀打 ▲7四金 △7六桂 ▲5五角 △7三銀打

▲8三香成 △同 銀 ▲7三金 △同 桂 ▲7四歩 △同 銀

▲8四銀 △8二金打 ▲7三銀成 △同金右 ▲8四桂 △8二銀打

▲7二桂成 △同 金 ▲3二飛成 △7三香 ▲3三角成 △8八桂成

▲同 金 △7六桂 ▲8四桂 △8三銀引 ▲7二桂成 △同銀引

▲8四桂 △8三銀打 ▲7二桂成 △同銀引 ▲7八金 △4八飛

▲5八金打 △4九飛成 ▲5九金打 △1九龍 ▲7四歩 △同 香

▲5五馬 △7三角 ▲6四銀 △同 角 ▲同 馬 △2九龍

▲5五角 △8八歩 ▲8二馬 △同 銀 ▲7二龍 △8九歩成

▲同 玉 △7七桂 ▲同 角


まで153手で駒込の勝ち

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