表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第7局 捨神くん物語(2015年5月6日水曜)
80/682

68手目 捨神くん、公式戦に挑む(2)

「7三銀」


挿絵(By みてみん)


 棒銀だね。僕はちょっと考えてから、9八香。これも手待ち。

 このあたりは、全部箕辺(みのべ)くんたちのマネだよ。

 擁護学校に将棋の本なんてなかったし、買いに行くお小遣いもなかったからね。

 8四銀、7八飛、7五歩、6八角、7二飛、5七角、7六歩、同銀。

「6五歩」

 僕は6七金と手堅く受けた。

 御城(ごじょう)くんは6六歩、同金、6五歩、6七金に7三銀。

「7七桂」

「そっか……定跡はだいたい知ってるのか……」

 御城くんは本を閉じて、マジメに考え始めた。

 今思うと、新顔で舐められてたのかもね。本人に確認したことはないけど。

「……6四銀右」


挿絵(By みてみん)


 棒銀って、あれだけ指されてるのに、毎回形が変わるんだよ。不思議だね。

 僕は7五歩と収めた。御城くんは8二飛と寄る。

 ここはチャンスじゃないかな、と思って、僕は少し考えた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ……ピッ

 時計の音が鳴って、僕はちらりとそっちをみた。

 29、28、27と、時間がどんどん減っていく。

 これが一手30秒だなと、御城くんの説明を思い出した。

「……6五桂」


挿絵(By みてみん)


「ここで跳ねるのか」

「変だった?」

「いや……そういうわけでもない……」

 御城くんは、うーんとうなって、右肘をテーブルのうえに乗せた。

 10秒ほど考えて、桂馬を取らずに6二銀と逃げてくれた。

 僕は6六歩と角道を止めてから、8六歩、同歩、同飛、8七歩、8二飛。

「4五歩」

「それは……4六角が狙いだな」

 見破られてる。でも、僕は返事をしなかった。

「さて、どうしたもんか……」

 御城くんは、残り3分のうち1分を使って、5五歩と突いた。

 同歩なら、6三銀、4六角、5五銀みたいな感じだよね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)

 

 というわけで、僕は無視して4六角。

 御城くんは6三銀と立って、6四の銀にひもをつけた。

 ここで僕は悩んだ。動かせる駒が、ほとんどない。

 

 ピッ

 

 時計が鳴った。振り返ると、残り4秒。

 僕はすばやく7七飛と指して、ボタンを押した。

「切れないのか。初心者のわりに、慣れるのが速いんだな」

 御城くんは、褒めてるのか褒めてないのか、よく分からないコメントをした。

 僕はそれどころじゃなくて、勘で指した7七飛の成否を圧倒的に気にしていた。

「手待ちしてくれるなら、ちょうどいい。5四銀だ」


挿絵(By みてみん)


「……圧迫されちゃったかな」

「さあな」

 4五銀よりも先に攻めないといけない。4五の歩を守る手はないからね。

 

 ピッ

 

 僕は黙って、7四歩と伸ばした。

 御城くんは、おやッという表情を浮かべた。

「……そっか、それがあったか」

 7四歩の狙いは、4五銀なら7三歩成、同桂、同桂成、同銀、5五角だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)

 

 これなら4五銀が空振りになる。

「しまったな、手を変えないと……」

 ピッ。ここで御城くんも30秒将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 結局、4五銀だった。どうやら、方向転換が利かなかったらしい。

「30秒ぎりぎりで指すなんて、すごいね」

 僕は素直に感心した。御城くんはマジメに局面を読んでいて、返事はなかった。

 とりあえず7三歩成、同桂、同桂成、同銀、5五角。

 御城くんは大きくため息をついて、前髪をかきあげてから、同角と取った。

 同歩、5七歩と、イヤな垂らしを決めてくる。

 6五銀、7六歩(8七飛成の準備)、同飛、7四歩。ここで、妙案が浮かんだ。

「4四歩」


挿絵(By みてみん)


 ちょっとひねった手。同歩なら7一角と置く。

 8七の地点を放置する手が意外だったのか、御城くんは動きが止まった。

「飛成りを許すのか?」

 御城くんはすぐに飛車を成ろうとして、手を引っ込めた。

 読み直しているようだ。でも、30秒しかない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8七飛成!」

「7七飛」

 飛車龍交換を迫る。

 もちろん御城くんは拒否して、8九龍。僕は7九歩と止めた。

「とりあえず、こうだな。5八歩成」

 同金、4六桂。


挿絵(By みてみん)


 厳しいね。5七歩〜5八歩成で、形をかなり崩されてしまった。


 ピッ

 

「6八金引」

 僕は6八金寄と逃げないで、飛車の横利きを通した。

 5八桂成、同金。手順に右へ寄せていく。

「うまいな……9八龍」

「7八飛」

 もう一度、飛車龍交換を迫った。

「……交換するしかないか。同龍だ」

 どうやら、諦めて交換してくれたらしい。

 同歩、9九飛、4九桂、5七歩。

「4三歩成」


挿絵(By みてみん)


 打った甲斐があった。待望の歩成りだ。

 同金右、4四歩。

 御城くんは悩む。攻め合うか、それとも受けの手を指すか。

「5八歩成、4三歩成、同金……大丈夫か」

 御城くんは、すこしだけ思考を漏らして、5八歩成と踏み込んできた。

 4三歩成、同金に、僕は25秒考えて、3九金と打った。

「ん? なんだそれは? ここで受けるのか?」

「守らないと負けちゃうから……」

 3九の地点が空いてると、4九とが詰めろなんだよね。

「それじゃ、桂馬はもらうぞ」

 4九と、同銀、4八歩打。

「4四歩」


挿絵(By みてみん)


「今度は受けないのか? ……あッ!」

 御城くんは、3九金以下の意味に気づいたようだった。

 そう、3九に駒がいると、4九歩成が詰めろじゃない。

「まさか……逆転した……?」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同金ッ!」

 5三角、4二香、5四桂、同銀、同銀。攻守が逆転した。

 3五桂と打ち返してきたけど、これには4四角成、同香、2五金と催促する。

「4七角」

「5二飛」


挿絵(By みてみん)


 また僕が攻勢。4一玉の逃げに4三銀成として、後手はほぼ必至状態。

「詰ますしかないか……」

 御城くんは、僕の王様を詰ましにかかった。

 3八金、1七玉、2七桂成、同玉、3七金、同玉、3六角成、同玉、4五角。

 王手ラッシュだ。

「……4七玉」

 これで詰まない感触があった。9七飛成には7七桂と打てるのが大きい。

 僕は、時間切れだけに気をつける。

 3六金、5八玉、4九飛成、同金。

 

挿絵(By みてみん)


「ダメだ……詰まない……」

 御城くんは、あまり表情を変えなかったけど、悔しそうだった。

 右手で持ち駒を並べ直した。

「負けました」

「ありがとうございました」

 僕たちは一礼して、対局は終わった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 気まずい沈黙。

「2五金って、必要だったか? いきなり5二飛でも負けかと思ったんだが」

 御城くんが口を開いて、感想戦が始まった。


挿絵(By みてみん)


「……4二に駒を打っても、助からない気がするんだよな」

「4二金は詰むよね?」

 僕は疑問を呈した。

「ああ、金は詰む。同飛成、同玉、4三金、5一玉、5二金打。簡単だ」

「角はどうかな?」

「4二角、同飛成、同玉……4三銀打、3三玉、4二角、2二玉、3一角成、1二玉で詰まないんじゃないか? 1枚足りない。香車でもあればな」

「僕のほうは、さすがに詰めろになってるよね?」

「2七桂成、同玉、3五桂で、簡単に詰むな」

 以下、2六玉、2七飛、3六玉、4六金みたいな感じだね。

「べつの詰み筋はないか? 例えば……4三金とかな」

「ちょっと重い気がするけどね」

 僕はそう言いながら、4三に金を置いた。

「うーん……詰まないが、俺の負けだ」

「そうだね。2二玉、4二飛成、1三玉、2二角、2四玉、4四角成とか」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これで、後手玉は2五銀からの詰めろ。

 先手は馬が利いてるから、詰まなくなっている。

「じゃあ、素直に桂合いか」

 御城くんは、合い駒を桂馬に変えた。

 普通、安い駒から検討するんだけど、今回は桂馬が重要なんだよね。2七桂成〜3五桂のおかわりをしないといけないから。

「桂馬を手放してくれたら、僕のほうは詰めろが掛からないかもね」

「ただ、そっちはどう攻めるんだ? 4三金か?」

 僕は、4三金以下の変化を読んだ。4三金、2二玉、4二飛成、1三玉。

「ここで3八銀じゃダメかな?」

 とりあえず銀を逃げておく。2七にも利いて一石二鳥だ。

「ああ、それがあるか……どうやっても俺の負けだな」

「これで勝ちなら、2五金は弱気だったね」

「いいんじゃないか、そっちのほうが安全だしな」

 僕たちが夢中になっていると、御城くんの背後に人影が現れた。

 その人影は、彼の両肩をがっしりと掴んだ。

 これには、冷静な御城くんもさすがにびっくりしたらしい。

「だ、だれだッ!?」

 そこには、ツインテールの、ちょっとイジワルそうなお姉さんが立っていた。

 睫毛が長くて、念入りに手入れしているっぽかった。顎が細くて、目鼻立ちがはっきりしている。モデルさんとまではいかないけど、なかなか綺麗なひとだ。

(さとる)くん、勝ったかな?」

 お姉さんは、いきなりそう尋ねた。

 質問というよりは、むしろ確認っぽい口調だった。

「いえ……負けました」

「え? マジで?」

 お姉さんは、あからさまに驚いていた。

 そして、僕を見た。

「きみ、だれ?」

捨神(すてがみ)です」

「すてがみ? 変わった名前だね」

 お姉さんは、僕の名札をチェックした。

 僕も、お姉さんの名札をチェックする。

 

 筒井 順子(中1)

 

 と書かれていた。

「ふーん、捨神って書くんだ」

「お姉さんの名前は、なんて読むんですか?」

 僕が質問すると、お姉さんは両手をパーにして、べろべろばーみたいな格好をした。

「おっとっと、この筒井(つつい)様を知らないとは、もぐりだねぇ」

 またよく分からない単語が飛び出した。

「私こそ、なにを隠そう、H県最強の将棋少女、筒井(つつい)順子(じゅんこ)様よ」

「最強は萬屋(よろずや)お姉さんだと思うんですけど」

 御城くんのひとことに、筒井さんはポカリと頭を小突いた。

「あんたも分かってないわね。世代交代ってやつよ、世代交代」

「世代交代なら、三和(みわ)お姉さんのほうが……いてッ」

 御城くんは、またポカリとやられた。

 そうだ、飛瀬(とびせ)さんは高校になって引っ越してきたから、ちょっと説明が必要だね。この筒井さんは、べつにおかしなひとじゃなくて、ほんとに強いんだよ。紫水館(しすいかん)三姉妹(さんしまい)って聞いたことないかな? あ、ない? 紫水館三姉妹っていうのは、紫水館高校歴代ベスト3の女流でね、索間(さくま)さん、萬屋さん、筒井さんのこと。世代はバラバラ。

 ちなみに、3人とも高校県代表になってるから、実力は折り紙付きさ。

 まあ、当時は、そんなこと全然知らなかったけどね。

「三和っちはナンバー2、あたしがナンバー1、分かる?」

「筒井お姉さんは、勝ったんですか?」

 御城くんの質問に、筒井さんはキャハハと笑った。

「当たり前じゃん。あたしが負けるはずないしぃ」

 ずいぶん自信家なんだな、と感じた。

「それにしても、悟くんが負けるなんて、どうせ本でも読んでたんでしょ?」

「いえ……実力負けでした」

 そうかな、と僕は思った。途中まで彼が本を読んでいたのは事実だから。

「えぇ、ほんとぉ?」

 筒井さんは、変な抑揚で、僕をじろじろと眺めた。

「あ、いえ、まぐれだと思います」

「ほら、捨神くんもそう言ってるじゃない」

 御城くんは、特に反論しなかった。

「それじゃ、またあとでね。今日は三和っちの命日になるから、よろしくぅ」

 筒井さんは、不謹慎なことを言い残して、その場を去った。

「今の人、知り合い?」

「同じ市に住んでる」

「どこ?」

「F市だ」

 地理に疎くて、どこかなのか、よく分からなかった。

「それって、この近く?」

「ん? 違うぞ、H市の一番東だ」

 御城くんは、知らないのかという感じで、僕を見つめ返した。

 当たり前だよね。H県で2番目に大きい都市なのに。

「おまえ、ほんとに変わってるな。ま、いい、最後に詰みだけ確認しとこう」

 僕たちが感想戦を再開しかけたところで、アナウンスが入った。

《次の対局は10分後に始まります。それまで休憩してください》

 御城くんは、駒を持つ手を止めた。

「おまえも休憩したいだろ?」

「……うん」

「じゃあ、感想戦はここまででいいな。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

場所:本榧市創立50周年記念こども将棋祭り 小学生の部 1回戦

先手:捨神 一

後手:御城 悟

戦型:先手四間飛車vs後手棒銀


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲6八飛 △6二銀

▲7八銀 △5四歩 ▲4八玉 △4二玉 ▲3八玉 △8五歩

▲7七角 △3二玉 ▲2八玉 △5二金右 ▲6七銀 △1四歩

▲1六歩 △4二銀 ▲3八銀 △7四歩 ▲5八金左 △5三銀左

▲5六歩 △4二金上 ▲9六歩 △6四歩 ▲4六歩 △7三銀

▲9八香 △8四銀 ▲7八飛 △7五歩 ▲6八角 △7二飛

▲5七角 △7六歩 ▲同 銀 △6五歩 ▲6七金 △6六歩

▲同 金 △6五歩 ▲6七金 △7三銀 ▲7七桂 △6四銀右

▲7五歩 △8二飛 ▲6五桂 △6二銀 ▲6六歩 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8二飛 ▲4五歩 △5五歩

▲4六角 △6三銀 ▲7七飛 △5四銀 ▲7四歩 △4五銀

▲7三歩成 △同 桂 ▲同桂成 △同 銀 ▲5五角 △同 角

▲同 歩 △5七歩 ▲6五銀 △7六歩 ▲同 飛 △7四歩

▲4四歩 △8七飛成 ▲7七飛 △8九龍 ▲7九歩 △5八歩成

▲同 金 △4六桂 ▲6八金引 △5八桂成 ▲同 金 △9八龍

▲7八飛 △同 龍 ▲同 歩 △9九飛 ▲4九桂 △5七歩

▲4三歩成 △同金右 ▲4四歩 △5八歩成 ▲4三歩成 △同 金

▲3九金 △4九と ▲同 銀 △4八歩 ▲4四歩 △同 金

▲5三角 △4二香 ▲5四桂 △同 銀 ▲同 銀 △3五桂

▲4四角成 △同 香 ▲2五金 △4七角 ▲5二飛 △4一玉

▲4三銀成 △3八金 ▲1七玉 △2七桂成 ▲同 玉 △3七金

▲同 玉 △3六角成 ▲同 玉 △4五角 ▲4七玉 △3六金

▲5八玉 △4九飛成 ▲同 金


まで135手で捨神の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ