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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第7局 捨神くん物語(2015年5月6日水曜)
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65手目 ピアノ、将棋、そして友だち

 アハッ、というわけで、一日デートだよ。

 大会の翌日に誘ったのは、性急だったかな……でも、しょうがないよね。鉄は熱いうちに打てって言うし、ここが勝負所。もうすぐ団体戦が始まったら、土日でも遊べなくなるから。

 それにしても、飛瀬(とびせ)さんとふたりきりは、やっぱり緊張。お店は、ちょっと洒落た喫茶店にしてみたんだけど……飛瀬さんなら、こういうシックな感じのほうがいいよね? 箕辺(みのべ)くんに相談すればよかったかな。

 僕はそんなことを考えつつ、適当な話題を練った。名人戦は明日だから……。

捨神(すてがみ)くんって、ピアノも弾けるんだよね……?」

 先に、飛瀬さんが口を開いた。

 ちょっと意外。いつも、僕のほうから話しかけるんだけど。

「うん、そうだよ」

「ネットで検索したら、大量に写真が出てきた……」

「アハハ、恥ずかしいな」

 コンクールの写真だね。この時代、プライバシーもなにもあったもんじゃないや。

「それで、ひとつ気になったんだけど……」

「寝癖がついてたかな?」

「捨神くんって、兄弟がいるの……?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ああ、マズいね、この話題は。

「どうしてそう思ったの?」

捨神(すてがみ)(はじめ)っていう、そっくりなひとがいたから……」

「アハハ……ハァ……見ちゃったんだね?」

「国家機密だった……?」

「僕みたいな高校生じゃ、国家機密にならないよ」

 とりあえず苦笑いで誤摩化し……は効かないよね。

 飛瀬さんは、じっと僕を見つめてきた。

「……あれは、僕だよ」

「名前がふたつあるの……? ペンネーム……?」

「改名したんだよ。小中学生の頃しかなかったでしょ、その名前」

「地球人って、改名するの……?」

「んー、話すと長くなるかな……」

 どうしようかな……どうせ隠しても、しょうがないことなんだけどね。

 市内の昔なじみは、みんな知ってることだし。

 僕は飛瀬さんのことを愛してる。隠し事はよくないと思う。

「ちょっと長くなるけど、僕の話、聞いてもらえるかな?」

「うん……捨神くんの話なら……」

 そうは言ったものの、なかなか決心がつかない。勇気を振り絞る。

「あれはね、10年まえのことなんだけど……」

 

  ○

   。

    .


 当時、僕は7歳。普通なら、近所の小学校に入学する時期だった。

 でも、僕は養護学校……正確に言うと、病弱特別支援学校っていうところに通っていたんだ。虚弱体質ってことでね。実際、僕は先天性白皮症(アルビノ)。肌とか髪とかが真っ白なのは、そのせいだよ。

 ただ、それはあくまでも建前だったんだ。本当の理由は、僕が、H県の有力者の庶子だったからなんだよ……あ、庶子って言うのはね、愛人の子だよ。僕の母さんは、その男の愛人で、僕を生んでしまった。だから、養護学校に厄介払いされたってわけ。その男の名前は、ここでは言わないよ。口にするのも汚らわしいからね。捨神って姓じゃないことだけは、付け加えておこうか。捨神は、僕の母さんの姓。

 でね、そういうことは子供でも分かるんだよ……なんとなく……父親の顔は一度も見たことがなかったし、母さんもたまにしか会いに来ない。おかしいよね。周りの子は、たくさん家族がいるのに。だから、僕は自分だけなんだか違うって、薄々気づいていた。そして、周りも気づくんだ。捨神一は(そう、これが僕の当時の名前だよ)、なんだか変だって。

 彼らは僕を避ける。だから、僕も彼らを避ける。半年も経たないうちに、僕は養護学校のなかで孤立することになった。虐められてたかって? ……ノーコメントかな。

 こうなると、遊びの場でも僕はひとりぼっちになった。遊具やおもちゃも、僕だけ一緒に遊べない。だけど、そんななかで、だれも手をつけないものがひとつあった。

 飛瀬さん、なんだと思う? ……将棋盤? アハハ、ごめん、違うよ。僕はまだ、将棋を全然知らなかったからね。

 ピアノなんだ。もちろん、グランドピアノみたいな、大きなものじゃないよ。アメリカの『ピーナッツ』っていう漫画で、シュローダーくんが弾いてるような小さなピアノ。教室の片隅に、それだけが残っていた。だから僕は、みんなが外で遊んでいるあいだ、その鍵盤を叩いていたんだ。楽譜なんて読めないからね。全部、音楽の時間の耳コピだよ。これが難しくてね。鍵盤の数が違うからムリなんだけど、頑張っていろいろ真似してみた。半年くらい経ったら、校歌なんかもきちんと弾けるようになった。

 そして、あの夏休みがきたんだ。2年生の夏休み。みんな実家に帰るなか、寮で暮らしていた僕は、学校に残った。変な話だよね。実家が市内にあるのに。まあ、帰りたいとも思わなかったけどさ。それで、校舎はクーラーが切られてるものだから、ピアノを校庭の木陰に持ち出して、そこで練習してたんだ。きらきらと、木漏れ日が鍵盤のうえに舞って、僕はお気に入りの曲を順番に演奏した。

 ベートーヴェンのソナチネ(もちろん、当時は曲名なんか知らなかったけど)を弾き終えたところで、急に拍手が起こった。

 びっくりして振り向くと、つんつん頭の少年が立っていた。

「おまえ、すごいな」

 少年は、開口一番、そんなことを言った。

「……きみ、だれ?」

「俺は、箕辺(みのべ)っていうんだ。辰吉(たつきち)でいいぞ」

 いいぞ、って言われてもね。僕は警戒して距離を取った。

「ここで、なにしてるの? うちの学校の生徒?」

 辰吉くんは、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「友だちに会いに来たのに、寮にだれもいないんだ」

 辰吉くんは、その友だちの名前を告げた。

「ああ……彼なら、おうちに帰ったよ」

「やっぱそうか……」

 辰吉くんは、がっくりと肩を落とした。

「で、それだけ?」

「ん? まあ、それだけ……あ、おまえの名前は?」

「なんできみに名前を教えないといけないの?」

 僕に拒否されたのが意外だったのか、辰吉くんはかなり戸惑っていた。

「ご、ごめんな、邪魔して」

「邪魔してると思うなら、早くあっちへ行ってね」

 辰吉くんは、すぐにその場を去った。途中で、一度だけ僕のほうを振り返った。

 僕は無視して、またピアノを弾き始めた……とまあ、これが箕辺くんとの初めての出会いなわけさ。将棋もなにも関係なかったんだよ、ほんとに。

 それで、次の日も、僕は同じ場所でピアノを弾いていた。2、3時間弾いたところで、お昼になった。僕は寮で食事を済ませて、またピアノのところへ戻ったんだ。でも、眠くなっちゃったから、木の下でうつらうつらしてた。

 浅い夢を見始めた頃に、いきなり声をかけられた。

「おーい」

 昨日の少年の声だった。

 僕がまぶたを上げると、確かに辰吉くん。隣に女の子がいた。

「やっぱりいたな」

「また来たの? 彼ならまだ帰って来てないよ」

「今日は、おまえに会いに来たんだ……と、こっちはふたばな」

 辰吉くんは、連れの女の子を紹介した。

「こんにちはぁ、ボクは葛城(かつらぎ)ふたばだよぉ」

 一人称がボクだなんて、変わってるな、と思った。

 だって、ほんとに女の子だと思ってたからね、そのあともしばらく。

「で、なにしに来たの?」

「ふたばに、ピアノを聞かせてやってくれ」

 僕は、ハァ?と思ったね。なんなんだろうって。

「イヤだよ」

「え……なんでだ?」

「なんでいいと思うの? 友だちでもないのに」

「今から友だちになればいいだろう?」

 僕はびっくりしたよ。だって、そんなことを言ってくれた子は、今までにいなかったから。なんというか……うれしいのとは、ちょっと違った……面食らうとか、そういうほうがぴったりかもしれない。

「……一回だけだよ」

 箕辺くんは、ふたばちゃんと嬉しそうに、そばの芝生に座った。

 僕はなにを弾こうか迷ったけど、さっき練習している曲に決めた。

 目を閉じて、なるべく気が散らないようにする……つもりだったんだけど、さすがにムリがあった。だって、生まれて初めて観客がいるんだもの。手が震えるようなことはなかったけど、どこかぎこちなくなってしまった。

 とりあえず弾き終えると、箕辺くんとふたばちゃんは拍手してくれた。

「ふえぇ……すごい……」

「だろ? 天才ってやつだぞ、きっと」

 お世辞は、あんまりうれしくなかった。

 自分ではうまく弾けなかったことが分かってるからね。

「じゃ、弾いたから、あっち行ってよ」

「となりで遊んでてもいいか?」

「……ダメ」

 僕はふたりを遠ざけて、練習を続けた。

 ふたりはちょっと離れたところへ移動して、なにやらワイワイやっていた。

 おままごとかな、とも思った。

「おーい!」

 また呼ばれた。僕は、イラッとした。せっかく乗ってきたところだったのに。

「うるさいよ」

「おやつ食べないか?」

 はじめは断ったけど、あんまりしつこいんで、僕はピアノを離れた。

 練習にならないからね。箕辺くんは、駄菓子を僕にくれた。

 初めて食べたけど、変わった味だと思った。

 でも、それよりも変わったものが、僕の目のまえにあった。

「……それ、なに?」

 木の板のうえに、よく分からない形のものがいっぱい転がっていた。

「これか? これはな、将棋って言うんだ」

「しょうぎ? ……積木かな?」

「んー、なんていうんだろうな……」

「ボードゲームっていうんだよぉ」

 僕は、ボードゲーム自体知らなかったから、よく分からなかった。

「で、なにをどうするの? 眺めてるだけ?」

「これは詰め将棋って言うパズルなんだ」

 箕辺くんは、僕にルールを説明してくれた。

 どうやら、【王将】という難しい漢字が書かれた駒を動けなくすればいいらしい。

「そっちとこっちで、順番に動かすんだね」

「そうだ。王様は、前後左右ななめ、1コだけ動ける」

「こっちの駒は?」

「これは、びゅーっと前後左右に動ける」

「こっちは?」

 僕は、だいたいの駒の動きを覚えた。

「……」

「むずかしいだろ?」

「学校でやる算数より難しいよぉ」

「……分かったかな」

 ふたりは一瞬、なにを言われたのか理解できないみたいだった。

「なにが分かったんだ?」

「答えが」

 箕辺くんは、信じられないと言った雰囲気。

「ほんとぉ?」

 ふたばちゃんも、疑っているようだった。

「こうしてこうじゃない?」

 僕は、ぎこちなく駒を動かした。

「どう?」

「……合ってる気がする」

 箕辺くんは、芝生のうえに放ったらかされていた本を拾って、ページをめくった。

「……合ってる」

「だよね」

 箕辺くんは、僕の肩をいきなりつかんだ。今度は僕がびっくりした。

「おまえ、すごいな! 将棋の才能もあるぞ!」

「……べつにあってもしょうがないかな」

「ピアノだけより、ピアノと将棋のほうがいいだろ!」

 よく分からない理屈で、箕辺くんは僕の肩をバシバシ叩いた。

「よーし、じゃあ、次の問題な」

「僕はもどるよ」

 僕が立ち上がると、箕辺くんはすそを引っ張った。

「もうひとつくらい、いいだろ? な?」

「……もうひとつだけね」

 これが、僕と将棋との、初めての出会いだった。


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