64手目 打ち上げ
※ここからは、箕辺くん視点です。
というわけで、打ち上げだ。
H市内のレストランを借り切って、食べ放題。
さすがは囃子原グループ、太っ腹。
俺は、あとから合流した遊子と一緒に、食べ物をみつくろっていた。
「箕辺くん、そこの餃子がおいしそうだね」
「そうだな、取ってやろうか」
「うぅん、自分でできるよ」
おっと、あんまり人目の多いところで、べたべたしないほうがいいな。
俺は思い直して、すこし距離をとった。すぐそばには、知り合いがたくさんいる。
「最後は、惜しかったね」
と佐伯。
「そうだな、あと1勝だったんだが……」
結局、3位になってしまった。
終盤、1−2、1−2じゃなくて、2−1、0−3だったら2位だったんだが……しかたがないか。こういうのも、団体戦の醍醐味だからな。
「えへへ、お兄ちゃんたち、だらしないなあ。こっちは優勝したのに」
妹は、からかように俺をひじで小突いてきた。
我が妹ながら、立派だと思う。
「薫が優勝してくれると、俺も鼻が高いぞ」
「ちょうどパソコン古くなってたし、これも親孝行だよね」
「ああ、これで母さんも……」
そんな話をしていると、ふいに着物姿の女性が現れた。
あたまにかんざし、いかにも年増っぽい雰囲気……友愛塾の志摩だ。
他市だから直接的な交流はないけど、彼女の名前は知っていた。裏見先輩たちの県大会の会場で、見かけたこともある。
志摩は、俺たちに目で挨拶して、すぐ遊子に向き直った。
「遊子ちゃん、やっぱ来てたんやあ」
「……こんばんは、礼子ちゃん」
ん? 下の名前? 知り合いなのか? ……どこで知り合ったんだ?
遊子は、学生棋界だと、あんまり顔が広くないはずなんだが……。
志摩については、なぞなところが多くて、俺もあんまり詳しくは知らなかった。不良の元締めだってうわさもあるんだが……いや、ただのうわさだぞ。見かけが極道の女に出てきそうだから、そう思われてるだけだろう。友愛塾高校だって、べつに不良のたまり場じゃない。進学校だ。
「今日は、どないしたん? 会場では、みかけへんかったけど」
志摩は、ゆったりとした口調で、遊子にそう尋ねた。
「同じ市のひとが出てるから、会いに来たんだよ」
「会いに? わざわざH市まで? ……なんか、男の匂いがするわあ」
ぎくり。この女、鼻が利くな。
「礼子ちゃんは、どうだったの? 勝てた?」
志摩は、おおげさな身振りで、くびを左右に振った。
「全然あかん。最下位やもん。うちなんか全敗や」
「そうなんだ。残念だったね」
「ま、景品目当てでもなかったし、ええんやけどね……ところで……」
志摩は、妖艶な笑みにもどった。
「来週のパーティー、うちの当番なんやけど、遊子ちゃんも顔出しいな」
「あ、その話は、またあとでね」
遊子は、一方的に会話を打ち切った。
親しいのか、親しくないのか、さっぱり分からない。
「せやね……また」
志摩は去り際に、こちらをちら見して、ほかのグループへと消えた。
「志摩と知り合いなのか?」
俺は、どうしても気になって尋ねた。
遊子は、ぎょうざをよそいながら、首を縦に振った。
「うん、知り合いだよ」
「そうか……」
なんか、いろいろ訊きたいことはあるんだが……やめておこう。プライバシーだもんな。うるさい男と思われたくないし、俺は遊子を信頼している。
「明日、どこか遊びに行かないか?」
俺が小声で尋ねると、遊子はシーッという仕草をした。
「それも、あとでね」
「あ、うん……わるい……」
○
。
.
「よし、ここで解散だな」
バスを降りた俺は、他のメンバーにそう告げた。
佐伯、ふたば、捨神、飛瀬、遊子。いつもの面子。
妹は、内木たちと一緒に、先に帰っていた。中学生だもんな。
「それじゃ、次は団体戦だね、おやすみ」
捨神はそう言って、飛瀬と一緒に帰って行った。なんだか、いい感じになってるよなあ。グループデートまで仕込んで、応援した甲斐があった。
「僕は反対側だから。なにかあったら、またメールで」
佐伯も、夜道の向こう側に消えた。
俺、ふたば、遊子だけになる。さて、遊子とふたりきりで帰るわけには……いかない。ふたばとは、家が近いからな。ここで分かれたら不審に思われる。というか、遊子がどこに住んでるのか、俺も知らないんだよな。
「私は、いつものお迎えが来てるから、ここで……」
「ちょっと待ってねぇ」
遊子の言葉を、ふたばが遮った。
俺たちは、ふたばの顔をみやる。街頭に照らされてて、なんだか怖かった。
「どうしたのかな?」
遊子は、ちょっと落とした声で、訊き返した。
「ちょうど3人になったねぇ。これを待ってたんだよぉ」
3人になるのを待ってた? 幹事会の相談か?
俺が疑問に思っていると、また遊子が尋ねた。
「なにを待ってたのかな?」
「たっちゃんと遊子ちゃん、付き合ってるよねぇ?」
……………………
……………………
…………………
………………
「ふ、ふたば、なにを言って……」
「あ、うん、やっぱり気づいてたんだね」
遊子の返しに、俺は驚いて振り返った。
ナイショのはずなのに、あっさりと暴露されたからだ。
「そうだよぉ、気づいてたよぉ」
「打ち上げのとき、私を見る目が尋常じゃなかったんだよね……で、それだけ?」
「遊子ちゃんさぁ、アタリーでボクをハブったよねぇ?」
……………………
……………………
…………………
………………
ヤバい。
「ふ、ふたば、あれはだな……捨神の……」
「なに、呼ばれなかったの怒ってるの?」
「当たり前でしょぉ! なんでボクだけ声もかけられてないのぉ!?」
怒髪天。俺は、この場をおさめにかかる。
「ふたば、聞いてくれ、あれは俺が悪いんだ。捨神の……」
「辰吉くんは、悪くないよ。こんなの、ただのいちゃもんだから」
遊子が、俺の弁明をさえぎった。
「ふえぇ……『辰吉くん』だって……普段は名字で呼んでるのに……やっぱり猫かぶってたんだねぇ。これではっきりしたよぉ」
「あのときは、ペアチケットしかなかったんだよ。不可抗力」
「ペアチケットなら、ボクとたっちゃんの組み合わせでいいでしょぉ!」
ふたばの主張に、遊子は冷たい目線をむけた。
「え? どういう意味、それ? 葛城くんって、ゲイなの?」
「そういう意味じゃないよぉ! ボクとたっちゃんでごまかせるでしょぉ!」
「彼女の私が、なんで葛城くんに譲らないといけないの? おかしいよね?」
「そんなの入るときだけの問題でしょぉ!」
「入るとき? 葛城くんが辰吉くんと入ったら、私はだれと入るの? っていうかさ、葛城くんが女装なんかしてるから、誘えなくなるんだよ。葛城くんが男の格好してたら、大場さんとペアで入れたのにね」
「ボクは男の娘だから、男だよぉ!」
「あのさ……それ、本気で言ってる? 男の娘って、そもそもなに?」
「そんなの見れば分かるでしょぉ!」
「ふぅん、そんなの自慢して、なにがしたいの?」
ふたばの顔が、真っ赤になった。
俺は仲裁に入ろうとしたが、ふたりは俺を無視した。
「遊子ちゃんに、服装をとやかく言われたくないよぉ! そのピ○チュウフード、似合ってると思ってるのぉ!? 小学生未満のファッションセンスだよぉ!」
「辰吉くんは『カワイイ』って言ってくれるし、葛城くんの評価はどうでもいいよ」
「そんなのお世辞に決まってるでしょぉ! 絶対、変だと思ってるよぉ!」
遊子は、俺に向き直った。
「カワイイよね?」
「え、あ、うん……」
俺がうなずくと、遊子は満足そうにふたばをみた。
「ほらね」
「いま、詰まってたでしょぉ! 彼氏に自分のファッションセンス押し付けて、カワイイって言わせるとか、自己中過ぎるよねぇ?」
「じゃあさ、葛城くんは、辰吉くんのそばにいて、迷惑かけてないと思ってるのかな? うちの女子のあいだで、葛城くんと辰吉くんができてるんじゃないかってうわさなんだけど」
そんな話、初耳だぞッ!?
「腐女子のうわさ話なんて、どうでもいいよぉ」
「迷惑をかけてるっていう事実は変わらないよね?」
今度は、ふたばが俺に向き直った。うるうるした瞳で、俺を見つめてくる。
「ふえぇ……迷惑じゃないよねぇ……?」
「あ、ああ、迷惑じゃないぞ」
ふたばは、勝ち誇ったように、遊子の顔をみた。
「ほらねぇ」
「いま、どもってたよね。絶対に本心じゃないよ」
「本心だよぉ! ボクはねぇ、遊子ちゃんなんかより、ずっと付き合いが長いんだよぉ! 幼稚園のころから知ってるんだからねぇ! ポッと出の遊子ちゃんとは違うんだよぉ!」
「友だち付き合いでしょ? 私たちは男女の付き合いだもん。もっと深いよ」
「へぇ、どう深いのかなぁ?」
「キスしたことあるもん」
それを聞いたふたばは、にやりと笑った。
「残念でしたぁ。たっちゃんのファーストキスは、ボクなんだよぉ」
あ、ふたば、それは……。
「はいはい、嘘だね」
「ほんとだよぉ。たっちゃんに確認してみてねぇ」
遊子が、すごい形相で俺をにらんできた。
「嘘だよね?」
「いや……あの……」
「嘘だよね?」
「幼稚園のお遊戯会で……したことある」
「えへへぇ、ボクが白雪姫で、たっちゃんが王子様だったんだよぉ」
遊子は、バカにしたようなため息を漏らした。
「なんだ、お遊戯会か」
「お遊戯会でも、ファーストキスはファーストキスだからねぇ」
「なんでそんな自慢するの? やっぱりゲイなんでしょ?」
「違うって言ってるでしょぉ!」
「べつにどっちでもいいけど、ストーカー行為はやめてね。見苦しいよ」
「ストーカーじゃないよぉ、たっちゃんの目を覚まさせてあげるんだよぉ」
「目を覚ますのは、葛城くんのほうでしょ。私が正式な彼女だって認めてね」
「遊子ちゃんさぁ、たっちゃんのほかに、男がいるよねぇ?」
沈黙。俺は、わけがわからなくなる。
「……なに言ってるの? 嫉妬で、あたまがおかしくなっちゃったのかな?」
「シラを切ってもムダだよぉ。遊子ちゃん、たっちゃんと付き合ってるわりには、みんなに内緒にしてるよねぇ。なんでかなぁ?」
「葛城くんみたいなのがいるからだよ」
「最初から付き合ってるなんて知ってたら、こんなことになってないよぉ。でさぁ、遊子ちゃんって、たっちゃんのこと、あんまり構ってないよねぇ。今日も、将棋を指してるときはいなくて、打ち上げだけ来てるしさぁ。昼間は、なにしてたのかなぁ?」
「昼間は、用事があったんだよ」
「彼氏より大事な用事って、なぁにぃ?」
「なんでプライベートについて話さないといけないの?」
「言えない用事なんだねぇ……ほかの男と一緒にいたんでしょぉ?」
遊子の手が、上着の内側に伸びた。
「ふえッ!? な、なにする気ぃ!?」
遊子は、ふたばを睨んだまま、ゆっくりと手をひっこめた。
「い、いま、ナイフを取り出そうとしてたでしょぉ?」
「……してないよ」
「したよぉ! 見て、この目ぇ! 殺し屋の目だよぉ!」
遊子は、ふたばに背中をむけて、俺の袖を引っ張った。
「さ、行こ」
「あ、逃げる気だねぇ。腹黒二股女ぁ!」
「はいはい、ブーメランだよ、腹黒女装さん」
「ふたりとも、いいかげんにしろッ!」
俺は、ついに大声を出した。
ふたりとも、びくりとする。だが、ひよらない。ここはハッキリ言うぞ。
「なんでこんなことになってるんだ。ふたば、今まで話さなかったことは謝るが、遊子は俺の彼女だ。告白したのも俺のほうからだし、真剣に愛してる。その遊子を二股呼ばわりするのはやめてくれ」
「……」
「それから、遊子、おまえも、ふたばのことを悪くいうのはよしてくれ。ふたばは俺の大事な友だちで、ふたばがどんな格好してようが、それはふたばの自由だ。違うか?」
「……」
うぅ、なんか泣けてきた。ほんとにつらい。
こんなことで、ふたりを叱りたくなかった。
「ふえぇ……たっちゃん、騙されてるよぉ……絶対に二股……」
「遊子の悪口を言うなッ! 俺も怒るぞッ!」
思わず怒鳴ってしまった。ふたばは、涙を浮かべる。
「ボクのこと、信用してくれないんだねぇ! たっちゃんのバカぁ!」
ふたばは、俺に背をむけると、そのまま駆け去ってしまった。
俺は引き止めようとしたが、遊子に袖をつかまれた。
「ほっとこうね」
「遊子、おまえも、俺がさっき言ったことをよく考えてくれ」
俺が念押しすると、遊子は悲しそうな表情を浮かべた。
「ふぅん……辰吉くんは、私に味方してくれないんだ……」
「味方するとかしないとかの問題じゃないだろ。俺はただ……」
「いいよ、べつに。私が侮辱されても、とめてくれなかったし」
遊子はそう言って、きびすを返した。
「ゆ、遊子、途中まで送って……」
「ひとりで帰るから。バイバイ」
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……………………
…………………
………………
遊子の姿は、宵闇のむこうがわに消えた。
俺はただひとり、呆然とその場に立ち尽くしていた。




