61手目 高校生男子の部A4回戦 魚住vs古谷(2)
パシリ
さーて、本命がきたね。7四歩は利かないから……。
「5一歩成」
まずは、成り捨てる。
「なるほどね、堅さを頼みにした、駒損覚悟の攻めなんだ」
さすがは兎丸くん、読みが速い。でも、おいらは行くよ。
同角、5五銀、同銀、同角。
さあ、ここで同金なら、同飛で2枚換え。しかも角当たりの先手。
「これは取れないね……6七銀」
「と言っても、魚住くんなら、読み筋かな」
兎丸くんは、慎重にチェスクロを押した。
もちろん、読み筋。
「5七飛」
6五桂、6七飛、5五金。角銀交換。
おいらは、取った銀を持ち駒に加えずに、ぱしりと盤上に打ち直した。
「ん、そこに打つの?」
これには、兎丸くんもすこし表情を険しくした。
2枚穴熊だからね、絡むよ、そりゃ。
ピッ
おっと、兎丸くんが30秒将棋になった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
7六角、9七飛、7三角。この覗きも確かに痛いんだけど、ここで6七銀。
角を殺す。おいらも30秒将棋。
4六金には、同金としないで、7六銀、4七金、6五銀、3八金、同金、8六飛、5四角で、なんとかならないかな。うーん、ダメかな。4六金、7六銀、3七金、同金、4五桂も気になる。これがあるなら、4六金、同金のほうが安全な可能性も……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
ん? 5六歩? これは……桂馬の活用か。
盛り返せる気がする。おいらは、勢いよく7六銀とした。
同歩、7五角、5四飛、4一銀不成、3一金。
「穴熊攻略の常套手段ッ! 同角成ッ!」
角より金の法則。
「同銀」
「3二金」
兎の巣穴は目前だ。
「飛車角が、自陣に利いてないわけか」
兎丸くんは、やれやれと言った感じだ。
おたがいに30秒将棋のなか、真剣に読みふける。
「負けました」
「ありがとうございました」
お、御城のあんちゃん、連敗で本気出してきたね。1勝。
兎丸くんは、2番席に期待していなかったのか、表情を変えなかった。
「とりあえず、受けるよ。2二銀打」
3一金、同銀、4三銀。
「2枚の攻めは繋がらない。5三飛」
3二銀引不成、同銀、同銀成、2二金、同成銀、同玉。
よしッ! 兎が出てきたッ!
おいらは5四歩と打つ。同飛なら4三銀で決まりだ。
「いったん撤退するね。同金」
5六金と、歩を払って……ここからが難しい。
おいらの囲いは無傷だけど、ほんとに金銀だけで繋がるかどうか。
「負けました」
「ありがとうございました」
捨神のあんちゃんが勝ち名乗りッ! 2−0!
「さあ、おいらたちの勝ちだよ、兎丸くん。諦めてちょーだいな」
兎丸くんは、今度も1番席のほうを気にせずに、さっきと同じ笑い方をした。
「ハハハ、いやだなあ、それじゃあ、魚住くんたちの優勝が確定しちゃうだろう」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3一銀」
ぐッ……受けてきた。さすがに、チーム負けじゃ動揺してくれないか。
「実はね、昴くんに言われたんだ。君たちが3−0なら、優勝が決まる。2−1なら、まだ昴くんたちにも芽がある、ってね。だったら、お祭りモードで行かせてもらうよ。最終ラウンドまで、おあずけにしようか」
昴ぅ! また余計なことをッ!
「さあ、魚住くん、2枚でどうやって攻めるの?」
「よ、4一金」
「単調だね……4二銀打」
「7四銀」
攻め駒を攻める。困ったときには格言。
「それは、ここが急所、8四角」
美濃の一番イヤなところを覗かれた。
「けど、6五金ッ!」
同金、5四歩、同飛、6五銀。飛車に当てながら位置変えだ。
「これで、おいらの陣地には成れないよ」
「成る必要なし。3九角打」
これは取れない。取ったら同角成、同玉、5九飛成で大惨事だ。
「2七玉」
2八金、1六玉。重たいんじゃないかな?
兎丸くんの手も止まった。寄せ間違えた?
「これで決まってるかな……5五飛」
銀に当ててきた。おいらは、6四銀と縦に逃げる。
「4八角行成」
「ッ!?」
飛車を逃げな……あッ! 5五銀は、4九馬が詰めろかッ!
しまった……途中下車の成りをうっかりした……。
「兎丸くんの王様は詰まない……おいらの負けだよ」
「ありがとうございました」
……………………
……………………
…………………
………………
チームは勝ったけど、この負けは痛い。
兎の巣穴かと思ったら、狼だったパターン。
「最後、おいらの攻めが完全に切れちゃったね。ムリ攻めだった?」
「どうかな。他の駒も絡めたら、行けそうだった気がするよ」
「2五桂とできないから、絡みようがないんだよね」
2五桂は、4六金〜4七金が王手になるから、無視できなくなる。
もうちょっと早く桂馬を入手できていれば、2五桂打ちがあったのに。
「6三歩とひねらずに、5五銀、同銀、同角は?」
おいらたちは、局面を中盤までもどした。
「いや、これはおいらがダメだよ。5七歩、同飛、6五桂で」
「5九飛、7七桂成、5四銀で? 駒割りは、本譜の角銀交換が、角金交換になっただけだから、損してないよね。こっちは角の位置が変だから、むしろ5五同銀と一回取って、同角に6七銀じゃないかな? 6筋に歩を打っていないから、本譜からは離れるけど」
「5七歩、同飛、6五桂、5九飛、5四銀に7六角がない?」
「それは6三銀成がそっぽにみえて、実はそうでもないと思うよ……魚住くん、駒持ってないよね?」
兎丸くんは、おいらの手元をじろじろと眺めた。
やっぱり根に持ってるじゃないかッ!
「持ってないよ……でもさ、5五銀、同銀、同角、6七銀以下の変化は、兎丸くんも歩切れになってないし、あんまり飛び込みたくないかなあ。6七銀、5七飛、6五桂、6七飛、5五金以下、おいらはどうすればいいのさ?」
【参考図】
「うーん……5二銀と打てないんだね。じゃあ、4一銀〜5二銀成?」
4一銀、3一金、5二銀成、6四角……4三銀と打っても、なにもなさそう。
「4一銀、3一金、5二銀成、6四角、5六歩、4六金?」
「そこで単純に同金とするか、それとも5五銀と止めるのかな」
兎丸くんとおいらは、駒を動かさずに、頭のなかで考えた。
んー……5五銀、4七金には、同飛で次に4四飛の飛び出しがある。
単に4六同金とするよりも、こっちのほうが良さげ。
「5五銀以下を選択したほうが、よかったかな」
「まあ、むずかしいよね。途中の変化も多そうだし」
時間の使いどころを間違えたかな、おいら。
兎丸くん相手だと、どうしても後半寄りに時間を残したくなっていけない。
「おーい、魚住、そっちはどうなった?」
げッ、御城のあんちゃん。
「ご、ごめん、負けた」
「そうか。じゃあ2−1だな」
御城のあんちゃんは、あいかわらずあっさりとしていた。
「ほかは、どうなってるの?」
「分からん。が、昴のところが3−0でも、優勝の芽は残ってるぞ」
そっか、だったらオッケーだね。
ただ、3−0しそう……相手が、駒桜の3年生チーム……。
昴くんは、順当に勝つだろうし、通くんは、もうだれにも止められないし、3番席にいる大文字のあんちゃんが負けるくらいしか、2−1になるパターンが見当たらない。
「プレアデスが3−0だったら、うちの優勝条件は?」
「2−1だ。『先に連勝が止まったチームの負け』だからな」
なるほど、じゃあ、プレアデスが2−1でも、条件は変わらずか。
おいらと御城のあんちゃんが話しているうちに、なんと昴くんがやってきた。
うわさをすれば影だね。
「御城先輩、そちらは、どうなりましたか?」
「2−1だ」
「僕たちも2−1です。最終ラウンドで、決着をつけましょう」
こういうところが、昴くんの強みだよね。KYとも言うけど。
あとで掲示されるのに、わざわざライバルチームに訊くなんてさ。
そして、昴くんは、さらにKYな質問を重ねた。
「ところで、先輩、どうしてチームを優勝経験者で固めたんですか?」
「ん、ああ、俺の家のパソコン、調子が悪くてな」
おっと、御城のあんちゃん、捨神のあんちゃんをかばう。
「……ほんとうに、それだけですか?」
「ああ、それだけだぞ。なんで疑問に思う?」
「いそがしい捨神先輩が参加してるのは、なんか変だな、と」
昴くん、いい勘してるねえ。カードゲームで鍛えてるのかな?
ここは、御城先輩のごまかしテクニックを拝見させてもらうよ。
「捨神はな、ピアノのレッスンが突然キャンセルになって、暇だから参加してる」
「締め切りは1週間前でしたよ? 飛び入りはできませんよね? 1週間以上前に予定が空いたら、普通はべつの調整の仕方をすると思うんですが」
「捨神の性格を考えてみろ。1週間前にスケジュールが空いて、ほいほい他から声がかかると思うか? 実際、俺たちはギリギリで応募してるぞ。疑うなら運営に訊け」
御城のあんちゃん、さらりとひどいこと言ってるね。
昴くんは、疑問が解けたのか、それとも裏がとれないと思ったのか、追及をやめた。
「そうですか……いずれにせよ、最終戦、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ、お手柔らかにな」
昴くんは、そのまま自分のチームへ帰って行った。セーフ。
おいらは、兎丸くんのほうへ向き直った。
「ごめん、雑談してた」
「いいよ、続きを読んでたから」
おいらも続きを……あ、待ってよ。兎丸くんは、駒桜市だったね。
「ねえ、兎丸くん、ひとつ質問しても、いいかな?」
「え? 僕の許可が要るの? 感想戦なのに?」
「将棋の話じゃないんだよね」
兎丸くんは、かるく首をひねってから、こくりとうなずいた。
「あのさ、あそこにいる、おとなしそうな女子、知ってる?」
おいらは、御城のあんちゃんに教えてもらった子を指差した。
兎丸くんはそちらに視線をむけて、なんだ、というような顔をした。
「ああ、飛瀬先輩ね。彼女が、どうかしたの?」
「駒桜のひと?」
「そうだよ」
やっぱりね。捨神のあんちゃんのことだから、同市内だと思ったよ。
「あのひと、中学のときは、見かけなかったけど?」
「僕もよく知らない。高校から引っ越してきたってうわさだよ」
ああ、そういう……うわさ? うわさってなに?
引っ越してきたかどうかなんて、うわさじゃないと思うんだけどなあ。
「どこから引っ越してきたの?」
「宇宙」
うちゅう……知らないな。国内かな? 国外かな?
多分、後者だね。帰国子女みたいな言い方だったし。
「あ、ひとつだけ忠告しとくけど、狙わないほうがいいよ」
「いや、おいら、狙ってるわけじゃ……」
「さらわれて血を抜かれるかもね。あるいは、標本にされるとか」
うわぁ……ヤンデレ? ヤンデレなの?
捨神のあんちゃん、ヤバいよ……事故物件だよ……。
《開始から70分が経過しました。これより、5分切れ負けになります》
あ、そろそろ終了だね。
おいらたちは、おたがいに顔を見合わせた。
「最終ラウンドもあるし、感想戦は、ここまでかな」
「そうだね。ちょっとおいらが冴えなかったよ。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
場所:ジャビスコこども将棋祭り 高校生男子の部Aクラス 4回戦
先手:魚住 太郎
後手:古谷 兎丸
戦型:先手四間飛車vs後手居飛車穴熊
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲6八飛 △6二銀
▲3八銀 △5四歩 ▲7八銀 △4二玉 ▲1六歩 △3二玉
▲1五歩 △5二金右 ▲6七銀 △5三銀 ▲5八金左 △8五歩
▲7七角 △3三角 ▲4六歩 △2二玉 ▲3六歩 △4四歩
▲3七桂 △4三金 ▲6五歩 △3二金 ▲6六銀 △7四歩
▲4八玉 △1二香 ▲3九玉 △1一玉 ▲4七金 △2二銀
▲5六歩 △4二角 ▲2八玉 △9四歩 ▲9六歩 △7三桂
▲2六歩 △6四歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲6五歩 △5三銀
▲7五歩 △8四飛 ▲5五歩 △6四歩 ▲同 歩 △同 銀
▲5四歩 △8六歩 ▲同 歩 △5四金 ▲5八飛 △5五歩
▲6三歩 △6一歩 ▲5二歩 △7五歩 ▲5一歩成 △同 角
▲5五銀 △同 銀 ▲同 角 △6七銀 ▲5七飛 △6五桂
▲6七飛 △5五金 ▲5二銀 △7六角 ▲9七飛 △7三角
▲6七銀 △5六歩 ▲7六銀 △同 歩 ▲7五角 △5四飛
▲4一銀不成△3一金 ▲同角成 △同 銀 ▲3二金 △2二銀打
▲3一金 △同 銀 ▲4三銀 △5三飛 ▲3二銀引不成△同 銀
▲同銀成 △2二金 ▲同成銀 △同 玉 ▲5四歩 △同 金
▲5六金 △3一銀 ▲4一金 △4二銀打 ▲7四銀 △8四角
▲6五金 △同 金 ▲5四歩 △同 飛 ▲6五銀 △3九角打
▲2七玉 △2八金 ▲1六玉 △5五飛 ▲6四銀 △4八角上成
まで120手で古谷の勝ち




