60手目 高校生男子の部A4回戦 魚住vs古谷(1)
※ここからは、魚住くん視点です。
やあ、黒潮の魚住太郎だよ。よろしく。
おいらたちが首位のまま、ついに4回戦なわけだけど……。
「すまん、連敗した。今日は調子が悪い」
御城のあんちゃんは、本のページをめくりつつ謝った。
ほんとに反省してるのかな。
「アハッ、チームは勝ってるからいいよ」
捨神のあんちゃんは、いつものポーカースマイル。
「それにしても、あんちゃんたち、なんでマジメに優勝狙ってるの?」
連絡があったときから、ずっと気になってるんだよね。
そろそろ教えてくれても、いいんじゃないかな。裏があるでしょ、これ。
「もちろん、将棋を楽しむためだよ」
と捨神のあんちゃん。
「将棋を楽しむなら、べつにこの面子じゃなくてもよくない?」
「パソコンが欲しかったから」
「捨神のあんちゃんのマンション、最新のラップトップがあったよね?」
「アハハ、パソコンは2台あってもいいよ」
嘘くさいなあ。
捨神のあんちゃんのお父さんって、H県だと有名なひとらしいんだ。ただ、捨神っていう名前の有名人は、おいら、知らないんだけどね。うわさだと……あんまりうわさで話すのはよくないかな。ただ、うわさだと、姓が違うんじゃないかって……。
おっと、邪推は止めておこうか。
「おいらのほうが年下だからって、隠し事はダメだと思うね」
「じつはな、俺と捨神のデートなんだ」
「アハッ、御城くんは、なにを言ってるのかな?」
「デート目当てなのは、ほんとうだろう」
御城のあんちゃんの返しに、捨神のあんちゃんはわずかに顔を赤らめた。
「え? ほんとなの? 捨神のあんちゃん、ついに彼女できた?」
「うーん、御城くん、それ言っちゃダメだよ……」
捨神のあんちゃんは、真っ白な頬を染めて、両手で顔をおおった。
ほんとなんだ……捨神のあんちゃん、これだけイケメンなのに彼女いないから、御城のあんちゃんと同類疑惑が出てたのに……いやあ、おいらもびっくり。と同時に、おめでたい。これで、捨神のあんちゃんの変人具合も治るよ、きっと。
「どこのだれなの? 天堂?」
「ナイショ」
「あそこにいる、おとなしそうな女だぞ」
ば、暴露しちゃっていいのかな、御城のあんちゃん。
あとでどうなっても知らないよ。
おいらは棚からぼたもちってことで、どれどれ。
「……ん、結構、かわいいね」
「アハッ、そうでしょ」
捨神のあんちゃん、急に上機嫌。
ただ、おいらの好みじゃないかな。すごくおとなしそうだし。
おいらは、はきはきした子がいいなあ。
「あそこまでかわいいと、彼氏持ちなんじゃないの? そのへんは大丈夫?」
寝取りはよくないよ。刺されるから。
「それがね、だれも手を出してないんだよ」
「言い寄ってるとか、狙ってる男子くらいはいるでしょ、さすがに?」
「いないよ」
……………………
……………………
…………………
………………
それはそれで、マズいんじゃないかな……事故物件の予感がする……。
そういえば、駒桜には、駒込歩美って先輩がいたなあ。あれも相当な地雷物件だった気がする。歩夢くんには悪いけど。
「どのあたりがいいんだ?」
御城のあんちゃんは、ずけずけと尋ねた。
「稀にみる淑女なんだよ」
さすがは捨神のあんちゃん、目のつけどころが違いすぎる。
「淑女ね……ちらっとしゃべっただけだから、よく分からんな」
「あれ? 御城のあんちゃん、話したことあるの?」
「ああ、アタリーでたまたま会った」
そりゃまた、奇遇だね。ストーカーかな?
「どんな感じの子だった?」
「ほんとにちらっとしゃべっただけだ……が、捨神に気があるんじゃないのか?」
御城のあんちゃんがそう言うと、捨神のあんちゃんはまた赤くなった。
「そ、そんなことないよ……」
「気がないのに、将棋大会で優勝したらデートするとか、言うか?」
あッ!
「なんだ、おいらを呼んだの、そのためなの?」
「捨神は、な。俺は純粋にパソコンが欲しい」
あのさぁ……いや、おいらもパソコン欲しいけど……。
「どのあたりが淑女なの? っていうか、ポイントそれだけ?」
「ほかにも、いっぱいあるよ」
「例えば?」
根掘り葉掘り聞いちゃうよ。
「見た目は日本人だけど、異文化情緒に溢れてるところとか」
あ、帰国子女なんだね。淑女だから、イギリス? 偏見かな?
「それでいて、地元の風習を積極的に取り入れる謙虚さ」
そこはポイント高いかな。文化衝突は、よくないよ。
「この前まで、ファーストフードのお肉は、工場で作られると思ってたんだって」
うわあ、世間知らず。どこかのお嬢様かもしれない。
よくみると、完璧にアジア人っていう顔じゃないね。色が白いし。
「でさ、僕は訊いたんだよ。なんでそう思ったのかって。そしたらさ、彼女の星では動物を食肉に加工しちゃダメなんだってさ。むかしは、シャートフ名産のヒトツメヤギを輸出してたらしいんだけど、100年前に、宇宙条約で禁止されたらしいよ」
??? え?
《第4ラウンドについて、ご案内します。女子は最終ラウンドとなるため、ここで15分の休憩を挟みます。開始時刻は、15時15分からとなります。男子は予定通りにおこないますので、着席して準備を始めてください》
おっと、アナウンスが入ったね。
おいらたちは、恋愛話を打ち切った。
「ここで勝てば、一気に優勝へ近づく。3−0で終わらせよう」
御城のあんちゃんは啖呵をきって、対局テーブルへと移動した。
んー、捨神のあんちゃんと御城のあんちゃんは、ほぼ勝ち確として、おいらのところだけ怪しいんだよね……なんせ相手が……。
「あ、魚住くん、こんにちは」
この兎丸くんだもんね。オイラ、微妙に苦手。
「3年生の大会以来かな、魚住くんとは」
兎丸くんは、いつものさわやかスマイルで、おいらを迎えてくれた。
「そうだね。よろしく」
さっそく、駒を並べる。
「兎丸くん、わざわざ制服なんだ」
おいらなんか、短パンに袖無しシャツと、サンダルだよ。身軽が一番。
「楽だからね。迷わなくていいし」
「そういや、虎向くんは? Bのほう?」
「虎向は、サッカー観戦に行っちゃったんだよね。あとで合流する予定」
ああ、そういえば、サッカーも市内でやってたね。
同じ振り飛車党として、親近感あったから、残念。
ま、どうせ、「兎丸と組めないなら降りる!」とかなんとか。
《振り駒をしてください》
1番席で、捨神のあんちゃんが振った。
「81Boys、奇数先」
「1年生、偶数先」
おいらが先手か……普通にいこうか。
正直ね、兎丸くんが市代表に1回しかなれてないのは、捨神のあんちゃんがいるからなんだよ。駒桜の男子は、結構損してると思うね。ほかの市に引っ越したら、春も秋も市代表になれた面子が、2、3人はいる。
その証拠に、おいらが去年のH県中学竜王戦で優勝したときの相手、兎丸くんだからね。捨神と御城のあんちゃんが高校に抜けたから、新鮮な面子だったよ。
《対局準備のととのっていないところはありますか?》
ないっしょ。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
7六歩、と。3四歩、6六歩、8四歩、6八飛、6二銀。
なんの変哲もない対抗形。
おいらは、捨神のあんちゃんと違って、角交換型はしない。
3八銀、5四歩、7八銀、4二玉、1六歩、3二玉、1五歩。
「去年の決勝と、同じ出だしだね」
兎丸くんは、5二金右と指しながら、そうつぶやいた。
「だいたいこんな感じだったかな」
正確には覚えてないけど、先後も一緒だった。6七銀。
「だいたいじゃなくて、まったく一緒だよ」
5三銀。
「あれ? そうだっけ?」
おいらが顔をあげると、ひどく無表情な兎丸くんがいた。
「……もしかして、あのときの決勝、根に持ってる?」
おいらが尋ねると、兎丸くんは両肘をテーブルについて、手を組んだ。そして、そのうえに、華奢なあごを乗せて、にっこりと笑った。
「根に持ってないよ」
嘘だぁ!
「たまたま肘の角度で歩が隠れてて、枚数を間違うとか、よくあるよね」
「いや、あれはね、おいら、ほんとにうっかりで……」
「魚住くん、そろそろ指したほうがいいんじゃないかな。時間がもったいないよ」
あ、はい。
5八金左、8五歩、7七角。
これは……兎丸くんの【絶対許さないリスト】入りしちゃったかな。あるって有名なんだよね、おいら、知ってるよ。でもさあ、ほんとに過失なんだよ、あれは。
「藤井システム調だけど、潜らせてもらうね」
兎丸くんは、3三角。穴熊は望むところだよ。
4六歩、2二玉、3六歩、4四歩、3七桂、4三金、6五歩、3二金。
後手は、かなり有名な形になった。
6六銀、7四歩、4八玉、1二香、3九玉、1一玉、4七金。
システムからの強襲は諦めようか。
2二銀、5六歩、4二角、2八玉、9四歩。税金を払ってきたね。
兎からでも、おいらは税金取っちゃうよ、9六歩。
「そろそろ飽和かな……7三桂」
「2六歩」
「6四歩」
やっぱり仕掛けてきたね。ここは、ちょっと考えようか。同歩、同銀は確定として、そこで6五歩、5三銀、7五歩の反撃。
(※図は魚住くんの脳内イメージです。)
取ったら同銀でいいけど、もちろん取ってくるわけがない。8四飛と浮いてくる。そこで7四歩、同飛、7五歩、8四飛は、形が面白くないんだよね。方針転換して……5五歩あたりから絡もうか。おいら、この形は指し慣れてるし、だいたい行けると感じるね。
「6四同歩」
同銀、6五歩、5三銀、7五歩、8四飛、5五歩。
おいらがチェスクロを押すと、ここで兎丸くんが小考。
「……6四歩」
めんどいの来たね。同歩、同銀、6五歩は、8六歩、同歩、7五銀、同歩、6四歩、7六歩が速くて、おいらの不利。こっちもスピード勝負。同歩、同銀として……。
「5四歩ッ!」
6筋は開けたまま。
兎丸くんは、8六歩、同歩を入れてから、5四金と歩を払った。
「さすがに7五銀とは突っ込んでくれないんだね」
「飛車成られちゃうからね」
6筋に3枚利きじゃ、ここを攻めるのはムリ。争点を変える。
「5八飛」
「5五歩」
ここで爆弾を投下。6三歩。
これで痺れてくれないかな。
兎丸くんは、両腕を足に乗せた。やや前傾姿勢で、小刻みに揺れつつ読み進める。
おいらも続きを読むよ。
「……これは、悩ましいね」
兎丸くんは、おいらの手をそう評価した。怖いなあ。
「素直に受けるね」
兎丸くんは、持ち駒の歩をしなやかに拾い上げて、6一歩と打った。
うーん……素直なのが、一番困るんだよね。さすがに暴発はしてくれないか。
とはいえ、おいらも無策じゃないよ。追撃手段は用意してあるのさ。
「5二歩」
これで、どうかな。
もう受ける手がないから、兎丸くんは動くしかない。後手の穴熊は2枚だし、おいらのほうが堅い。しかも、まだ歩が1枚ある。兎丸くんは持ち駒なし。
「それは、ムリ攻めじゃないかな……」
兎丸くんはあごに手をあてて、くびをひねった。
おいらも、そこまで自信のある変化じゃないんだけどさ。
でも、15分30秒なら、すこしムリ気味に動いてみる価値がある。
「指し手には、指し手で答えてくれないとダメだよ」
おいらの反論に、兎丸くんはにっこりと笑った。
「そうだね、じゃあ、お言葉に甘えて……」




