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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第6局 ジャビスコこども将棋祭り☆午後の部(2015年5月5日火曜)
72/681

60手目 高校生男子の部A4回戦 魚住vs古谷(1)

※ここからは、魚住うおずみくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 やあ、黒潮(くろしお)魚住(うおずみ)太郎(たろう)だよ。よろしく。

 おいらたちが首位のまま、ついに4回戦なわけだけど……。

「すまん、連敗した。今日は調子が悪い」

 御城(ごじょう)のあんちゃんは、本のページをめくりつつ謝った。

 ほんとに反省してるのかな。

「アハッ、チームは勝ってるからいいよ」

 捨神(すてがみ)のあんちゃんは、いつものポーカースマイル。

「それにしても、あんちゃんたち、なんでマジメに優勝狙ってるの?」

 連絡があったときから、ずっと気になってるんだよね。

 そろそろ教えてくれても、いいんじゃないかな。裏があるでしょ、これ。

「もちろん、将棋を楽しむためだよ」

 と捨神のあんちゃん。

「将棋を楽しむなら、べつにこの面子じゃなくてもよくない?」

「パソコンが欲しかったから」

「捨神のあんちゃんのマンション、最新のラップトップがあったよね?」

「アハハ、パソコンは2台あってもいいよ」

 嘘くさいなあ。

 捨神のあんちゃんのお父さんって、H県だと有名なひとらしいんだ。ただ、捨神っていう名前の有名人は、おいら、知らないんだけどね。うわさだと……あんまりうわさで話すのはよくないかな。ただ、うわさだと、姓が違うんじゃないかって……。

 おっと、邪推は止めておこうか。

「おいらのほうが年下だからって、隠し事はダメだと思うね」

「じつはな、俺と捨神のデートなんだ」

「アハッ、御城くんは、なにを言ってるのかな?」

「デート目当てなのは、ほんとうだろう」

 御城のあんちゃんの返しに、捨神のあんちゃんはわずかに顔を赤らめた。

「え? ほんとなの? 捨神のあんちゃん、ついに彼女できた?」

「うーん、御城くん、それ言っちゃダメだよ……」

 捨神のあんちゃんは、真っ白な頬を染めて、両手で顔をおおった。

 ほんとなんだ……捨神のあんちゃん、これだけイケメンなのに彼女いないから、御城のあんちゃんと同類疑惑が出てたのに……いやあ、おいらもびっくり。と同時に、おめでたい。これで、捨神のあんちゃんの変人具合も治るよ、きっと。

「どこのだれなの? 天堂(てんどう)?」

「ナイショ」

「あそこにいる、おとなしそうな女だぞ」

 ば、暴露しちゃっていいのかな、御城のあんちゃん。

 あとでどうなっても知らないよ。

 おいらは棚からぼたもちってことで、どれどれ。

「……ん、結構、かわいいね」

「アハッ、そうでしょ」

 捨神のあんちゃん、急に上機嫌。

 ただ、おいらの好みじゃないかな。すごくおとなしそうだし。

 おいらは、はきはきした子がいいなあ。

「あそこまでかわいいと、彼氏持ちなんじゃないの? そのへんは大丈夫?」

 寝取りはよくないよ。刺されるから。

「それがね、だれも手を出してないんだよ」

「言い寄ってるとか、狙ってる男子くらいはいるでしょ、さすがに?」

「いないよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 それはそれで、マズいんじゃないかな……事故物件の予感がする……。

 そういえば、駒桜(こまざくら)には、駒込(こまごめ)歩美(あゆみ)って先輩がいたなあ。あれも相当な地雷物件だった気がする。歩夢(あゆむ)くんには悪いけど。

「どのあたりがいいんだ?」

 御城のあんちゃんは、ずけずけと尋ねた。

「稀にみる淑女なんだよ」

 さすがは捨神のあんちゃん、目のつけどころが違いすぎる。

「淑女ね……ちらっとしゃべっただけだから、よく分からんな」

「あれ? 御城のあんちゃん、話したことあるの?」

「ああ、アタリーでたまたま会った」

 そりゃまた、奇遇だね。ストーカーかな?

「どんな感じの子だった?」

「ほんとにちらっとしゃべっただけだ……が、捨神に気があるんじゃないのか?」

 御城のあんちゃんがそう言うと、捨神のあんちゃんはまた赤くなった。

「そ、そんなことないよ……」

「気がないのに、将棋大会で優勝したらデートするとか、言うか?」

 あッ!

「なんだ、おいらを呼んだの、そのためなの?」

「捨神は、な。俺は純粋にパソコンが欲しい」

 あのさぁ……いや、おいらもパソコン欲しいけど……。

「どのあたりが淑女なの? っていうか、ポイントそれだけ?」

「ほかにも、いっぱいあるよ」

「例えば?」

 根掘り葉掘り聞いちゃうよ。

「見た目は日本人だけど、異文化情緒に溢れてるところとか」

 あ、帰国子女なんだね。淑女だから、イギリス? 偏見かな?

「それでいて、地元の風習を積極的に取り入れる謙虚さ」

 そこはポイント高いかな。文化衝突は、よくないよ。

「この前まで、ファーストフードのお肉は、工場で作られると思ってたんだって」

 うわあ、世間知らず。どこかのお嬢様かもしれない。

 よくみると、完璧にアジア人っていう顔じゃないね。色が白いし。

「でさ、僕は訊いたんだよ。なんでそう思ったのかって。そしたらさ、彼女の星では動物を食肉に加工しちゃダメなんだってさ。むかしは、シャートフ名産のヒトツメヤギを輸出してたらしいんだけど、100年前に、宇宙条約で禁止されたらしいよ」

 ??? え?

《第4ラウンドについて、ご案内します。女子は最終ラウンドとなるため、ここで15分の休憩を挟みます。開始時刻は、15時15分からとなります。男子は予定通りにおこないますので、着席して準備を始めてください》

 おっと、アナウンスが入ったね。

 おいらたちは、恋愛話を打ち切った。

「ここで勝てば、一気に優勝へ近づく。3−0で終わらせよう」

 御城のあんちゃんは啖呵をきって、対局テーブルへと移動した。

 んー、捨神のあんちゃんと御城のあんちゃんは、ほぼ勝ち確として、おいらのところだけ怪しいんだよね……なんせ相手が……。

「あ、魚住くん、こんにちは」

 この兎丸(うさまる)くんだもんね。オイラ、微妙に苦手。

「3年生の大会以来かな、魚住くんとは」

 兎丸くんは、いつものさわやかスマイルで、おいらを迎えてくれた。

「そうだね。よろしく」

 さっそく、駒を並べる。

「兎丸くん、わざわざ制服なんだ」

 おいらなんか、短パンに袖無しシャツと、サンダルだよ。身軽が一番。

「楽だからね。迷わなくていいし」

「そういや、虎向(こなた)くんは? Bのほう?」

「虎向は、サッカー観戦に行っちゃったんだよね。あとで合流する予定」

 ああ、そういえば、サッカーも市内でやってたね。

 同じ振り飛車党として、親近感あったから、残念。

 ま、どうせ、「兎丸と組めないなら降りる!」とかなんとか。

《振り駒をしてください》

 1番席で、捨神のあんちゃんが振った。

「81Boys、奇数先」

「1年生、偶数先」

 おいらが先手か……普通にいこうか。

 正直ね、兎丸くんが市代表に1回しかなれてないのは、捨神のあんちゃんがいるからなんだよ。駒桜の男子は、結構損してると思うね。ほかの市に引っ越したら、春も秋も市代表になれた面子が、2、3人はいる。

 その証拠に、おいらが去年のH県中学竜王戦で優勝したときの相手、兎丸くんだからね。捨神と御城のあんちゃんが高校に抜けたから、新鮮な面子だったよ。

《対局準備のととのっていないところはありますか?》

 ないっしょ。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 7六歩、と。3四歩、6六歩、8四歩、6八飛、6二銀。

 

挿絵(By みてみん)


 なんの変哲もない対抗形。

 おいらは、捨神のあんちゃんと違って、角交換型はしない。

 3八銀、5四歩、7八銀、4二玉、1六歩、3二玉、1五歩。

「去年の決勝と、同じ出だしだね」

 兎丸くんは、5二金右と指しながら、そうつぶやいた。

「だいたいこんな感じだったかな」

 正確には覚えてないけど、先後も一緒だった。6七銀。

「だいたいじゃなくて、まったく一緒だよ」

 5三銀。

「あれ? そうだっけ?」

 おいらが顔をあげると、ひどく無表情な兎丸くんがいた。

「……もしかして、あのときの決勝、根に持ってる?」

 おいらが尋ねると、兎丸くんは両肘をテーブルについて、手を組んだ。そして、そのうえに、華奢なあごを乗せて、にっこりと笑った。

「根に持ってないよ」

 嘘だぁ!

「たまたま肘の角度で歩が隠れてて、枚数を間違うとか、よくあるよね」

「いや、あれはね、おいら、ほんとにうっかりで……」

「魚住くん、そろそろ指したほうがいいんじゃないかな。時間がもったいないよ」

 あ、はい。

 5八金左、8五歩、7七角。


挿絵(By みてみん)


 これは……兎丸くんの【絶対許さないリスト】入りしちゃったかな。あるって有名なんだよね、おいら、知ってるよ。でもさあ、ほんとに過失なんだよ、あれは。

「藤井システム調だけど、潜らせてもらうね」

 兎丸くんは、3三角。穴熊は望むところだよ。

 4六歩、2二玉、3六歩、4四歩、3七桂、4三金、6五歩、3二金。

 後手は、かなり有名な形になった。

 6六銀、7四歩、4八玉、1二香、3九玉、1一玉、4七金。


挿絵(By みてみん)


 システムからの強襲は諦めようか。

 2二銀、5六歩、4二角、2八玉、9四歩。税金を払ってきたね。

 兎からでも、おいらは税金取っちゃうよ、9六歩。

「そろそろ飽和かな……7三桂」

「2六歩」

「6四歩」

 やっぱり仕掛けてきたね。ここは、ちょっと考えようか。同歩、同銀は確定として、そこで6五歩、5三銀、7五歩の反撃。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は魚住くんの脳内イメージです。)

 

 取ったら同銀でいいけど、もちろん取ってくるわけがない。8四飛と浮いてくる。そこで7四歩、同飛、7五歩、8四飛は、形が面白くないんだよね。方針転換して……5五歩あたりから絡もうか。おいら、この形は指し慣れてるし、だいたい行けると感じるね。

「6四同歩」

 同銀、6五歩、5三銀、7五歩、8四飛、5五歩。

 おいらがチェスクロを押すと、ここで兎丸くんが小考。

「……6四歩」

 めんどいの来たね。同歩、同銀、6五歩は、8六歩、同歩、7五銀、同歩、6四歩、7六歩が速くて、おいらの不利。こっちもスピード勝負。同歩、同銀として……。

 

「5四歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 6筋は開けたまま。

 兎丸くんは、8六歩、同歩を入れてから、5四金と歩を払った。

「さすがに7五銀とは突っ込んでくれないんだね」

「飛車成られちゃうからね」

 6筋に3枚利きじゃ、ここを攻めるのはムリ。争点を変える。

「5八飛」

「5五歩」

 ここで爆弾を投下。6三歩。


挿絵(By みてみん)


 これで痺れてくれないかな。

 兎丸くんは、両腕を足に乗せた。やや前傾姿勢で、小刻みに揺れつつ読み進める。

 おいらも続きを読むよ。

「……これは、悩ましいね」

 兎丸くんは、おいらの手をそう評価した。怖いなあ。

「素直に受けるね」

 兎丸くんは、持ち駒の歩をしなやかに拾い上げて、6一歩と打った。

 うーん……素直なのが、一番困るんだよね。さすがに暴発はしてくれないか。

 とはいえ、おいらも無策じゃないよ。追撃手段は用意してあるのさ。

「5二歩」


挿絵(By みてみん)


 これで、どうかな。

 もう受ける手がないから、兎丸くんは動くしかない。後手の穴熊は2枚だし、おいらのほうが堅い。しかも、まだ歩が1枚ある。兎丸くんは持ち駒なし。

「それは、ムリ攻めじゃないかな……」

 兎丸くんはあごに手をあてて、くびをひねった。

 おいらも、そこまで自信のある変化じゃないんだけどさ。

 でも、15分30秒なら、すこしムリ気味に動いてみる価値がある。

「指し手には、指し手で答えてくれないとダメだよ」

 おいらの反論に、兎丸くんはにっこりと笑った。

「そうだね、じゃあ、お言葉に甘えて……」

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