58手目 高校生女子の部A4回戦 正力vs吉備
※ここからは、吉備さん視点です。
さてさて、1回戦負けから、まさかの決勝卓。意外な展開になりました。3回戦で裏見さんのところに勝てたのは、大きかったですね。首の皮一枚というやつです。私は南海さんにリベンジされてしまいましたが……まあ、いいでしょう。
あ、自己紹介が遅れました。吉備丸子です。
本榧市出身、県立本榧高校3年生。尊敬する棋士は……木村一基プロですかね。将棋は受けなんですよ、受け。外交においては被動者たるべしと、小村壽太郎も言ってます。
「吉備先輩、よろしくお願いします」
3番席のお相手は、正力さんですか。
神崎さんの勘が、クリーンヒットしたみたいです。
「よろしくお願いします」
眼鏡を拭きまして……。
「すみません、チェスクロは、もうちょっとこっち側に置いてもらえませんか?」
「どうぞ」
腕が届かないんですよね。もっと高い椅子が欲しいです。
《振り駒をしてください》
私としては、先手後手、どちらでも構いません。
「……歩が1枚、お花と愉快な仲間たち、偶数先ですぅ」
「インコンパチブル、奇数先ッ!」
後手になりましたか……正力さん相手なら、横歩の可能性が高いですね。
《対局準備のととのっていないところはありますか? ……では、始めてください》
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
チェスクロをポチっと。
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。
まあ、予想通りですね。
2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。
「2六飛」
「ほぉ……縦歩取りですか。これまた、どういう心境で?」
「吉備先輩なら、横歩はかなり研究してると思ったので」
んー、それはあまり感心しませんね。研究外しは、消極的な作戦。決勝卓で慎重になりすぎな印象を受けます。インコンパチブルのほうは、ひとりでも勝てば優勝ですし、安全策を取りたがるのも分かるのですが。
それに、受験勉強をほっぽらかして横歩の研究はさすがにしませんよ。
策士、策におぼれる、というやつです。
「8五飛と引きます」
7七桂(即当てですか)、8二飛、9六歩、6二銀、7五歩。
ふむふむ、できるだけ攻めの姿勢をみせるわけですか。これも、私対策ですね。受け将棋の本領を発揮させないように、空中戦に持ち込む、と。
しかし、受け将棋というのは、ガチガチに固めることにあらず。空中戦でも受けられるということを、ご覧にいれましょう。
「4一玉」
まずは囲います。
8五歩、4二銀、4八玉、3一玉、3八玉、6四歩、6八銀、6三銀。
「7六飛」
おどしをかけてきましたね。でも、すぐには開戦できません。
陣形整備です。
「1四歩」
きちんと端を突いておきまして……。
5六歩(受けませんでしたか)、3三角、5七銀、4四歩、3六歩。
「なかなか、危ないところを突いてきますね」
「そうでしょうか?」
金銀が出遅れているので、圧迫できそうです。
「4五歩」
なるべく、窮屈にさせましょう。
2八玉、4三銀、3八銀、1五歩。
「吉備先輩が、攻めに出ている……?」
いえいえ、攻めてるんじゃないですよ。
攻めを誘発してるんです。
先手は、動かないとじり貧になりますから。
「……7九角」
動くならそこですか。
「4四銀と受けます」
4八銀、5二金、3七銀左、4三金右、2六銀。
2五銀に2四歩と打てない狙いですか。打つと同角でムダです。
「4二角」
引いて受けます。
「3七桂」
「2四歩」
一目、後手のほうがバランス取れてますよね?
個人的に、正力さんの2六銀の構想は疑問です。
「8六飛」
「8三歩」
全部受けますよ。
「うッ……手がない……」
さあ、どうしますか。
「……2七銀」
それは、私の眼鏡が光ります。
「7四歩」
4九の金が浮いてます。今がチャンス。
7四同歩、同銀。
ここで正力さんは、口もとに手をあてて、首をひねりました。
「これは受かってるような……」
「受かってると思うなら、どうぞ」
「……5七角」
なるほど、それで受かってるようにみえますね。
しかし、外観と実質は違うのですよ。
「4六歩」
まずは、ここを一本入れます。同歩なら、7二飛、4五歩、3三銀、4六角、7五銀、8九飛、7六歩、6五桂、5四歩。同角なら、7五銀、8九飛、7六歩、6五桂、5四歩。
4五歩の位を大きいとみるか、後手の飛車を回らせないのが得策とみるか、正力さんの形勢判断次第ですね。
……ピッ。正力さんが30秒将棋です。
10秒……20秒……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
そちらですか。正力さんっぽいと言えば、ぽいですね。
7五銀、8九飛、7六歩、6五桂、5四歩。
「7四歩」
おっと、回らせてくれますか。
先手も桂馬を助けないといけませんし、妥当です。
「7二飛」
7三歩成、同桂、同桂成、同飛、3八金。
私も30秒将棋になりました。
最後の3八金は……なんとなく、誘いの隙にみえますね。
注意しましょう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6五桂」
6八角、7七歩成、同金。
ん? なんですか、これは?
7七桂成、同角、7六銀がモロに……あ、9五角ですね。
7二飛、7九飛、9四歩、7三歩、5二飛、7六飛、9五歩……これでも指せそうではありますが……7七の金をすぐに取る必要もありませんし……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2五歩」
「!?」
先手の左辺は、飛車角金が悪形ですからね。玉頭を乱しましょう。
「これは……?」
「取ってみれば分かりますよ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
当たり前ですが、取りましたね。
「3三桂」
「……ッ!」
さあ、銀が死にましたよ。
「でもこれはチャンス……7四歩」
同飛、2四桂、2五桂、3二桂成、同玉、2五桂。
「当然に受けますよ。2四歩」
7六歩、同銀、同金、同飛、5二銀。
「もう1枚受けます。5三金打」
4三銀成、同金、5二金、7八飛成、4二金、同金、2四角。
うっかりじゃありませんよ。この角出を待ってました。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2三金」
「受けてくれるなら、いい勝負ですッ! 7九飛ッ!」
「いえ、これもう終わってます」
3 七 銀
「銀捨て? 2六にスペースがあるから詰ま……ッ!?」
ええ、詰まないですね。
同玉、4五桂、2六玉、2四金で、詰めろ飛車取りにはなりますが。
「しまった……てっきり受けただけかと……」
守りつつ攻める。これぞ受けの神髄です。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
同玉。チーム戦ですから、最後まで指しますか。
4五桂、2六玉、2四金、7八飛、3五銀打、同歩、同銀。
「……負けました」
「ありがとうございました」
ふぅ……ひさしぶりに、いい受け将棋を指せた気がします。
第4ラウンドで、勘がもどってきたんでしょうか。
正力さんは、さすがに意気消沈といった感じです。
「……ちょっと、私が冴えなかったですね」
「2六銀が、前のめりだったのでは?」
「そうですね……普通に2七銀〜3八金だったかもしれません」
【参考図】
「なるほど、後手は、5四歩〜4二角のような感じですか」
「ただ、この形でも、私の王様は窮屈。端を素直に受けておいたほうが、よかったかもしれません。あそこは、ちょっとだけ悩んだんですけど……この金銀の形で1六歩と突いていれば、かなりゆとりがあるので」
「しかし、その一手の代償を、どこで支払うかですね。私のほうは、もっと早く5四歩が入るので、さらに先攻できたかもしれません」
本譜とは、まったく違った将棋になりそうです。
「4六歩の対応も、よく分かりませんでした。同歩のほうが良かったですか?」
「そこは、なんとも言えないですね。正力さんの同角も、一局だと思います。個人的には、4六歩、同歩、7二飛、4五歩、3三銀、4六角、7五銀、8九飛、7六歩、6五桂、5四歩で、飛車の位置が重要かと思ったのですが、本譜でも寄ってますからね。このあたりは、私の大局観も微妙でした」
「そこで7三歩と打ったら、桂交換に応じていただけますか?」
「んー、そこまで読んでませんね……」
すこし、局面をもどしますか。
「難しいですね、第一感の同桂、同桂成、同飛には、4四桂の反撃があります」
2二金は形が悪いうえに、5二桂成を防げないので、私のほうがマズそうです。
「かと言って、7一飛も、あんまりやりたくありませんね。8四歩、同歩、8三歩、6五歩と取っても、8二歩成、6一飛、7二歩成、6三飛。これは自信なしです。7一飛に代えて8二飛の寄りには、じっと9五歩と伸ばして、6五歩、7二歩成、同飛、9一角成ですか」
「では、同桂の一択で?」
「ただ、後者は、9一角成以下、8六銀、8一馬、7四飛で、そのままさばければ、私のほうも十分に勝負形です。4九の金が浮いてる分、私はこっちを選択しますね」
「それで一局ですか……納得しました。ところで最後、粘る順はありましたか?」
また局面を変えまして……。
「この局面は、もうムリじゃないでしょうか。私が間違えて、2四角に8九龍と取るくらいしかないように思いますね。そこで正力さんが4五桂と打って、同銀、3三金、2一玉、2二歩、1二玉、1三角成の頓死筋はありますか」
意外と毒饅頭が落ちてますね。
「いっそのこと、7九に金を打とうかと思ったんですが」
「それは同龍、同金、4九飛と打って……」
「丸子ちゃん、お疲れさまなのですぅ」
あ、桐野さんが来ましたね。
っていうか、決勝卓だけあって、ギャラリーが集まってましたか。
気づきませんでした。
「桐野さんは、もう終わったんですか?」
「終わりましたぁ」
「結果は?」
「勝ちましたぁ」
ということは、3−0条件のうち、2−0までクリアですか。
これは、だいぶ光がみえてきましたね。
「これが投了図ですかぁ?」
「いえ、このあと、2四角、2三金、7九飛、3七銀と進んでます」
「お局さまによる、新入社員イジメのような局面なのですぅ」
桐野さんは、なにを言ってるんですかね。
「私はそんなに性格悪くありませんよ。ねえ、ギャラリーのみなさん?」
……………………
……………………
…………………
………………
な、なんで、だれも賛同してくれないんですか。まったく。
と、こんなことしてる場合じゃありません。
「正力さん、となりを応援に行っても、いいですか?」
「もちろんです」
「では、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
場所:ジャビスコこども将棋祭り 高校生女子の部Aクラス 4回戦
先手:正力 安奈
後手:吉備 丸子
戦型:縦歩取り
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲2六飛 △8五飛 ▲7七桂 △8二飛
▲9六歩 △6二銀 ▲7五歩 △4一玉 ▲8五歩 △4二銀
▲4八玉 △3一玉 ▲3八玉 △6四歩 ▲6八銀 △6三銀
▲7六飛 △1四歩 ▲5六歩 △3三角 ▲5七銀 △4四歩
▲3六歩 △4五歩 ▲2八玉 △4三銀 ▲3八銀 △1五歩
▲7九角 △4四銀 ▲4八銀 △5二金 ▲3七銀左 △4三金右
▲2六銀 △4二角 ▲3七桂 △2四歩 ▲8六飛 △8三歩
▲2七銀 △7四歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲5七角 △4六歩
▲同 角 △7五銀 ▲8九飛 △7六歩 ▲6五桂 △5四歩
▲7四歩 △7二飛 ▲7三歩成 △同 桂 ▲同桂成 △同 飛
▲3八金 △6五桂 ▲6八角 △7七歩成 ▲同 金 △2五歩
▲同 銀 △3三桂 ▲7四歩 △同 飛 ▲2四桂 △2五桂
▲3二桂成 △同 玉 ▲2五桂 △2四歩 ▲7六歩 △同 銀
▲同 金 △同 飛 ▲5二銀 △5三金打 ▲4三銀成 △同 金
▲5二金 △7八飛成 ▲4二金 △同 金 ▲2四角 △2三金
▲7九飛 △3七銀 ▲同 玉 △4五桂 ▲2六玉 △2四金
▲7八飛 △3五銀打 ▲同 歩 △同 銀
まで112手で吉備の勝ち




