56手目 休憩時間
【第4ラウンド】
インコンパチブル vs お花と愉快な仲間たち
Common Sense Girls vs 象棋小姐
将棋の女王様 vs Outsiders
うわーん、2敗目を喫しちゃった。ショック。優勝の可能性が消えた。
「えへへぇ、拾わせてもらったのですぅ」
桐野さんは、うれしそうに上半身をくねくねさせた。
「香子殿には、悪いことをしたな。だが、これも世の定め」
世の定めというか、単に棋力負けだわ。
っていうかさあ、30秒将棋で神崎さんと当たるとか、ひどくない?
《第4ラウンドについて、ご案内します。女子は最終ラウンドとなるため、ここで15分の休憩を挟みます。開始時刻は、15時15分からとなります。男子は予定通りにおこないますので、着席して準備を始めてください》
あら、ここで休憩が入るんだ。
トイレでバタバタする必要もなかったわね。
「お腹が空いてきたのですぅ」
「お昼、食べなかったの?」
「おやつの時間なのですぅ」
まあ、私も甘いものは食べたいと思う……別腹だし……。
「さきほどから気になっているのだが、あそこ連中は、なにをしているのだ?」
神崎さんはそう言って、会場の入り口付近を指差した。
ひとだかりができている。
「あ、なんだか甘いものの予感がするのですぅ。砂糖にたかるアリさんですぅ」
桐野さんは、ふらふらと入り口のほうへ向かった。
私も気になるから、あとをついていく。
ひと混みをかきわけるまえから、どこかで聞き慣れた声が聞こえてきた。
「か、カードは使えニャいです」
「なら、これで支払おう」
「い、1万円は、おつりが……」
「ハハハ、つりは要らない。とっておきたまえ。将棋普及への支援金だ」
「ニャ、ニャんとッ!?」
この特徴的な語尾は……私たちが最前列に出ると、案の定、猫山さんの姿があった。あいかわらずのメイド服で、八一の宣伝をしているようだ。
でも、私の目を引いたのは、猫山さんじゃなかった。彼女のまえに立っている、金ボタンのついた濃紺の服の少年。同じ色の半ズボンに靴下で、エナメルの高級そうな靴を履いていた。髪型は、おかっぱ。目は、自信と高貴さに満ちあふれている。
男子よね? ちょっとだけ背が低いけど……だれ? 着席の指示が出てるのに。
少年は1万円札を猫山さんに押しつけて、ロールケーキを受け取った。
そして、こちらのほうへ視線を向けた。
「ああ、そこにいるのは、桐野さんじゃないか」
「こんにちはなのですぅ」
ん? 知り合い? またこのパターンか。
私はこっそり、神崎さんのそでを引いた。
「なんだ?」
「あの男の子、だれ?」
「なに? 知らぬのか?」
だから、知ってて当然みたいな反応やめてくださいな。
「そして、そのとなりにいるのは、神崎さんと裏見さんだな」
ふえ……? 私のこと、知ってる?
「囃子原殿、ご機嫌うるわしく」
「こ、こんにちは」
私は、とまどいながらも挨拶した。どこかで会ったっけ? 思い出せない。
「裏見さんのほうは、初対面か。自己紹介しよう。僕の名前は、囃子原礼音」
……………………
……………………
…………………
………………
え? それだけ? 学年とか出身校とか、いろいろ言いなさいよ。
「おや、通じなかったか。これは失礼した。囃子原グループは、知っているかな?」
はやしばらぐるーぷ? 知らな……ん、ちょっと待って……。
「三威、満菱、隅友、安多と並ぶ、五大財閥のひとつよね?」
「そのとおり。戦後、GHQによって解体された十六大財閥のひとつだ。その系列会社を再結集して作ったのが、囃子原グループ。僕の祖父が会長を務める、企業連合体だよ」
祖父? ……え、ああッ! ってことはッ!
「も、もしかして、囃子原グループの御曹司ってこと……?」
「まあ、そういうことだ。よろしく頼む」
うそーん……なんでそんなお金持ちが、ここにいるの?
お忍び旅行とか?
「今日はぁ、どうしたんですかぁ? ピクニックですかぁ?」
桐野さんが、私の疑問を代弁してくれた。
「ハハハ、スポンサーとして、挨拶にね」
げッ……ジャビスコも傘下ってことか……すごい……。
「というのは建前で、今年は日日杯がある。その下見だ」
あ、ふーん、なるほど、吉備さんが言ってたわね。
今日は、他県の偵察がいるかもしれないって……あれ? ってことは……。
「あの……囃子原くんって……どこかの県代表?」
私は、おそるおそる尋ねた。
「うむ、O山県の県代表だ」
うっそッ!? 私がびっくりしてると、人混みから、ひとりの少女が現れた。
時代劇に出てくる、女武芸者みたいな髪型で、なぜかスーツを着ていた。
ぎろりと、私をにらんでくる。
「礼音様、この裏見という女、さきほどから非礼が目にあまります」
ちょ、なに言ってんのよ、喧嘩売ってるわけ?
私がにらみ返すと、少女の腰で、なにかがキラリと光った。
黒い鞘から、白銀の刃がみえる……って、銃刀法違反! 銃刀法違反!
「剣、おちつけ。なにを興奮している?」
「将棋指しを名乗りながら、礼音様を存じ上げないとは、失礼千万」
知るかっちゅーねん。
私は忍者の神崎さんに助けを求めつつ、あくまでもにらみ返した。
「そんなの、どうでもよくね? つーか、礼音、そのロールケーキくれよ」
剣と呼ばれた少女の反対側から、また別の少女が現れた。
一見ショートヘアにみえるけど、後ろ髪をふたつの角みたいにたばねて、それがあたまのてっぺんにひょっこり突き出ている。アイシャドウがきつくて、いかにも感じの悪そうな女の子だった。
「なんだ、鬼首、食べたいのか?」
「ああ、腹減ったからな」
「なら、いくらでも食べるといい」
囃子原くんは、物騒な名前の少女に、ロールケーキを手渡した。
少女は、包装をはいで、素手でぱくり。汚い。
「これ、うめぇな」
「1万円渡してある。おかわりしたければしろ」
「やったぜ」
おにこうべ(?)さんがパクついている横で、桐野さんは「ほえぇ」と声をあげた。
「お花も食べたいのですぅ……」
そのひとことに気づいたのか、おにこうべさんは顔をあげた。
「ん……お花じゃねぇか」
「おひさしぶりですぅ」
「食いたいのか?」
「食べたいと思いまぁす」
「じゃあ、分けてやるぞ」
おにこうべさんは、のこりのロールケーキをふたつに割った。
指がクリームでべとべとなんですが……テーブルマナー……。
「ありがとうございまぁす。ぱくぱく」
「お花、おまえちゃんと、春の個人戦で勝ってるんだろうなぁ? え?」
「勝ってまぁす」
「よーしよしよし、全国でかわいがってやるからなあ」
「あざみちゃんは、勝ったんですかぁ?」
桐野さんの質問に、おにこうべさんは大笑いした。
「剣のバカが頓死しやがるからよぉ、楽勝だったぜ」
おにこうべんさんの台詞に、剣さんは不快そうな顔をした。
「あれは油断しただけだ。秋は殺す。首を洗って待っていろ」
殺人ダメ、絶対。
「おお、言っとけ、言っとけ……おい、猫耳ヘアの姉ちゃん、おかわり」
おにこうべさんは、おわかりをもらいに行った。
囃子原くんは、のこされた桐野さんに話しかける。
「それにしても、こんなところで桐野さんにお会いできるとは、光栄だ」
「将棋指しは引かれ合うのですぅ」
「たしかに……そこにもふたり、高名な将棋指しが隠れているからな」
囃子原くんは、ちらりと野次馬に目をやった。
全員の視線が、そちらに集中する。
「松陰、バレているぞ」
「輝子さま、これではバレないほうがおかしいです」
「そうか、松陰はかしこいな」
観念したように、ふたりの少女が出てきた。ひとりは、長身で、ロングヘアー。眼鏡をかけている。キャリアウーマンみたいなひと。服装のセンスがイマイチかな……グレーのコートにベージュのシャツ、グレーのズボン。どうみても色の組み合わせが変。
もうひとりは、中背の猫背で、前髪ぱっつんなセミロングヘアー。いかにも知的そうな感じのひと。なぜか、ちゃんちゃんこをまとっていた。風邪気味? あと、左手に扇子を持っている。
「囃子原礼音、ひさしぶりだな」
眼鏡をかけているほうの少女があいさつした。
「ああ、ひさしぶりだ……ほかの防長ファイブは、どうした?」
ぼうちょうふぁいぶ? ……また変な名前がでてきた。
「キャシーと亜季は、日米親善デーに行った。萌は、課題が忙しいらしい」
「なるほど、それでわざわざ、リーダーと参謀がお出ましというわけか。年長者に負担をかけるとは、Y県も連携が取れていないのではないか? ん?」
「H県を偵察するのに、わざわざ5人集まる必要がないというだけだ」
は? H県のほうが圧倒的に都会なんですが。
今の会話を聞いたかぎりでは、このふたり、Y口県の代表かなにかみたいね。
「あと来てないのは、S根県とT取県なのですぅ」
山陰は、さすがに来て……。
「わらわなら、ここにおるぞえ」
ふわぁ、また変なのが現れた。
白い着物に真っ赤な袴。巫女さん姿の美女……だけど、雰囲気がものすごく異様。ロングの髪は、蛇みたいにぐにゃぐにゃとカーブを描いていた。今にも動いて、ひとに襲いかかりそうな勢いだ。しかも、床につきかけているほど長い。
「美伽ちゃんもいたのですぅ」
「桐野氏、おひさしぶりじゃ……囃子原氏もな」
「ハハハ、出雲さんもいたのか。となると、来ていないのは、T取県の……」
「待ったーッ!」
突然の大声に、私たちはキョロキョロする。
「あ、うえなのですぅ」
桐野さんのコメントに、みんな天井をあおいだ。
……げげ、なに、あのひと。カウボーイの格好してる。
「真打ちは、最後に登場するってねッ! とりゃーッ!」
カウボーイ少女は、2階の欄干から飛び降りて、ドシンと着地した。
……………………
……………………
…………………
………………
そして、動かなくなった。
「大丈夫ですかぁ?」
「足……足、ジーンってなった……」
オニコウベさんは、
「バカじゃね? 今の、へたしたら折れてたぞ」
とあきれ気味。
カウボーイ少女はひざをさすったあと、スッと立ち上がった。
腰からリボルバーを抜いて(さすがにモデルガンよね?)、カウボーイハットを銃口で押し上げ、気取ったウィンクを決めた。
「ジャジャーン☆ 砂丘のガンマン、T取県の救世主、ジェーン・梨元、見参☆」
うわぁ……ノーコメント。
どん引きする私を尻目に、桐野さんはうれしそうにはしゃいだ。
「真沙子ちゃん、こんにちはですぅ」
「真沙子氏も来ておったか。T取市からは遠かろうて」
「そうなの、高速バスで片道4時間」
しかもジェーンって偽名なんかい。
出雲さんはほかの県代表をじろじろ観察して、
「中国五県の女子代表がそろいぶみとはな」
とつぶやいた。
ナシモトさんはリボルバーをまたクルクルさせながら、
「ねぇねぇ、この際だから、日日杯のまえに、決着つけちゃわない?」
とのたまった。
囃子原くんは笑った。
「ハハハ、おもしろい。剣、鬼首、指すことを許可するぞ」
「かしこまりました」
「は? なんで指さなきゃなんねーんだよ、めんどくせぇ」
対照的なふたり。剣さんは、
「あざみ、おまえは出なくていい。私がひとりで片をつける」
と言って、腰の刀に手をやった。
「ああ、勝手にしろや。負けたらカンチョーしてやるよ」
「ふえぇ、みんなかっこいいのですぅ、サインくださぁい」
ひとりだけ、状況を把握できてないひとがいますね、はい。
H島県の代表は、桐野さん、あなたでしょ。
私が内心突っ込んでいると、代表者たちの視線は、Y口県代表にそそがれた。
「毛利氏は、どうするのじゃ? 指すのかえ?」
出雲さんに尋ねられたのは、眼鏡のひとだった。毛利さんっていうみたい。
毛利さんが首をたてに振りかけた瞬間、ぱちりと扇子を鳴らす音がした。
ちゃんちゃんこを着た例の女性が、あいだに割って入ったのだ。
「お待ちください、輝子さま、これは罠です」
「なに? 罠なのか?」
「輝子さまのみ受験勉強で棋力が落ちているところを狙った罠です」
ん? 毛利さんは3年生? それで偵察にくるとか、暇人ですね。
私も、ひとのこと言えないけど。
「松陰、いくらおまえの進言でも、今のは聞き捨てならないぞ」
「この松陰の、腹蔵なき直言でございます」
松陰さんのおおげさな啖呵に、毛利さんは考えこんだ。
「……松陰、私はおまえを信頼している。ここは降りよう」
「ありがとうございます」
「あーッ! Y口県が逃ーげーたーッ! 敵前逃亡ッ!」
煽りまくるT取県。
毛利さんは、ナシモトさんににらみを利かせた。
「真沙子、きさま……」
バサリ
ふたたび扇子の音が鳴った。
ちゃんちゃんこさんは、押し開いた扇子で、ぐるりと他の面子に圧力をかけた。
「それほどまでに戦いたいなら、まずはこの松陰亮子がお相手いたします」
「えーッ? 亮子ちゃん、県大会で優勝したことないじゃん」
ナシモトさんは、銃口をくちびるに当てて、挑発するように片目を閉じた。
「あなたがたには、その程度で十分、ということです」
煽りがえし入りました。
ナシモトさんは両肩をすくめて、出雲さんに目配せした。
出雲さんは、両手を巫女服の袖口にしまって、ふんと鼻を鳴らした。
「負けて当然、勝てば、わらわたちの恥……げに小賢しき女じゃのぉ……」
「うむ、松陰はかしこいぞ。赤点常習犯の私でも分かる」
も、毛利さん、さっきから抜けてる発言が多いと思ったら、そういうことか。
ちゃんちゃんこさんの脅しが利いたのか、あたりの勝負熱は急に冷め始めた。
「手みやげに、賞金首のひとつくらいと思ったけど、残念」
ナシモトさんは、モデルガンをくるくる回して、ホルスターにしまった。
「っていうかぁ、お花はこれから決勝ラウンドなのですぅ」
そうよ、なんでだれもそれを指摘しないかな。呆れ。
「どうやら、お流れのようだ。四国勢も来ていないし、8月までの楽しみとしよう」
結局、囃子原くんが場をおさめた。
《これより、女子の最終ラウンドをおこないます。各チームは新しい席順を提出してから、着席してください》
ほら、アナウンスきた。
囃子原くんは、やや残念そうな、それでいて、さわやかな笑顔を浮かべた。
「では、H県の将棋、しっかりと偵察させてもらおうか」
「えへへぇ、パンツと手のうちは、隠さないとダメなのですぅ」
「日本人ならば、ふんどしであろうが。拙者は、ぱんてぃなど履いておらん」
神崎さん、マジですかッ!?
【他県の登場人物】
◇囃子原 礼音
O山県。大都会高校。2年生。
◇剣 桃子
O山県。大都会高校。1年生。
◇鬼首 あざみ
O山県。すこやか青年の家。1年生。
◇毛利 輝子
Y口県。三本矢高校。3年生。
◇松陰 亮子
Y口県。尊王高校。2年生。
◇出雲 美伽
S根県。大国高校。2年生。
◇梨元 真沙子
T取県。砂丘高校。2年生。




