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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第6局 ジャビスコこども将棋祭り☆午後の部(2015年5月5日火曜)
68/682

56手目 休憩時間

挿絵(By みてみん)


 【第4ラウンド】

  インコンパチブル vs お花と愉快な仲間たち

  Common Sense Girls vs 象棋小姐

  将棋の女王様 vs Outsiders


 うわーん、2敗目を喫しちゃった。ショック。優勝の可能性が消えた。

「えへへぇ、拾わせてもらったのですぅ」

 桐野(きりの)さんは、うれしそうに上半身をくねくねさせた。

香子(きょうこ)殿には、悪いことをしたな。だが、これも世の定め」

 世の定めというか、単に棋力負けだわ。

 っていうかさあ、30秒将棋で神崎(かんざき)さんと当たるとか、ひどくない?

《第4ラウンドについて、ご案内します。女子は最終ラウンドとなるため、ここで15分の休憩を挟みます。開始時刻は、15時15分からとなります。男子は予定通りにおこないますので、着席して準備を始めてください》

 あら、ここで休憩が入るんだ。

 トイレでバタバタする必要もなかったわね。

「お腹が空いてきたのですぅ」

「お昼、食べなかったの?」

「おやつの時間なのですぅ」

 まあ、私も甘いものは食べたいと思う……別腹だし……。

「さきほどから気になっているのだが、あそこ連中は、なにをしているのだ?」

 神崎さんはそう言って、会場の入り口付近を指差した。

 ひとだかりができている。

「あ、なんだか甘いものの予感がするのですぅ。砂糖にたかるアリさんですぅ」

 桐野さんは、ふらふらと入り口のほうへ向かった。

 私も気になるから、あとをついていく。

 ひと混みをかきわけるまえから、どこかで聞き慣れた声が聞こえてきた。

「か、カードは使えニャいです」

「なら、これで支払おう」

「い、1万円は、おつりが……」

「ハハハ、つりは要らない。とっておきたまえ。将棋普及への支援金だ」

「ニャ、ニャんとッ!?」

 この特徴的な語尾は……私たちが最前列に出ると、案の定、猫山(ねこやま)さんの姿があった。あいかわらずのメイド服で、八一(やいち)の宣伝をしているようだ。

 でも、私の目を引いたのは、猫山さんじゃなかった。彼女のまえに立っている、金ボタンのついた濃紺の服の少年。同じ色の半ズボンに靴下で、エナメルの高級そうな靴を履いていた。髪型は、おかっぱ。目は、自信と高貴さに満ちあふれている。

 男子よね? ちょっとだけ背が低いけど……だれ? 着席の指示が出てるのに。

 少年は1万円札を猫山さんに押しつけて、ロールケーキを受け取った。

 そして、こちらのほうへ視線を向けた。

「ああ、そこにいるのは、桐野さんじゃないか」

「こんにちはなのですぅ」

 ん? 知り合い? またこのパターンか。

 私はこっそり、神崎さんのそでを引いた。

「なんだ?」

「あの男の子、だれ?」

「なに? 知らぬのか?」

 だから、知ってて当然みたいな反応やめてくださいな。

「そして、そのとなりにいるのは、神崎さんと裏見(うらみ)さんだな」

 ふえ……? 私のこと、知ってる?

囃子原(はやしばら)殿、ご機嫌うるわしく」

「こ、こんにちは」

 私は、とまどいながらも挨拶した。どこかで会ったっけ? 思い出せない。

「裏見さんのほうは、初対面か。自己紹介しよう。僕の名前は、囃子原(はやしばら)礼音(れおん)

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え? それだけ? 学年とか出身校とか、いろいろ言いなさいよ。

「おや、通じなかったか。これは失礼した。囃子原グループは、知っているかな?」

 はやしばらぐるーぷ? 知らな……ん、ちょっと待って……。

三威(みつい)満菱(みつびし)隅友(すみとも)安多(やすだ)と並ぶ、五大財閥のひとつよね?」

「そのとおり。戦後、GHQによって解体された十六大財閥のひとつだ。その系列会社を再結集して作ったのが、囃子原グループ。僕の祖父が会長を務める、企業連合体だよ」

 祖父? ……え、ああッ! ってことはッ!

「も、もしかして、囃子原グループの御曹司ってこと……?」

「まあ、そういうことだ。よろしく頼む」

 うそーん……なんでそんなお金持ちが、ここにいるの?

 お忍び旅行とか?

「今日はぁ、どうしたんですかぁ? ピクニックですかぁ?」

 桐野さんが、私の疑問を代弁してくれた。

「ハハハ、スポンサーとして、挨拶にね」

 げッ……ジャビスコも傘下ってことか……すごい……。

「というのは建前で、今年は日日(にちにち)杯がある。その下見だ」

 あ、ふーん、なるほど、吉備(きび)さんが言ってたわね。

 今日は、他県の偵察がいるかもしれないって……あれ? ってことは……。

「あの……囃子原くんって……どこかの県代表?」

 私は、おそるおそる尋ねた。

「うむ、O山県の県代表だ」

 うっそッ!? 私がびっくりしてると、人混みから、ひとりの少女が現れた。

 時代劇に出てくる、女武芸者みたいな髪型で、なぜかスーツを着ていた。

 ぎろりと、私をにらんでくる。

「礼音様、この裏見という女、さきほどから非礼が目にあまります」

 ちょ、なに言ってんのよ、喧嘩売ってるわけ?

 私がにらみ返すと、少女の腰で、なにかがキラリと光った。

 黒い鞘から、白銀の(やいば)がみえる……って、銃刀法違反! 銃刀法違反!

(つるぎ)、おちつけ。なにを興奮している?」

「将棋指しを名乗りながら、礼音様を存じ上げないとは、失礼千万」

 知るかっちゅーねん。

 私は忍者の神崎さんに助けを求めつつ、あくまでもにらみ返した。

「そんなの、どうでもよくね? つーか、礼音、そのロールケーキくれよ」

 剣と呼ばれた少女の反対側から、また別の少女が現れた。

 一見ショートヘアにみえるけど、後ろ髪をふたつの角みたいにたばねて、それがあたまのてっぺんにひょっこり突き出ている。アイシャドウがきつくて、いかにも感じの悪そうな女の子だった。

「なんだ、鬼首(おにこうべ)、食べたいのか?」

「ああ、腹減ったからな」

「なら、いくらでも食べるといい」

 囃子原くんは、物騒な名前の少女に、ロールケーキを手渡した。

 少女は、包装をはいで、素手でぱくり。汚い。

「これ、うめぇな」

「1万円渡してある。おかわりしたければしろ」

「やったぜ」

 おにこうべ(?)さんがパクついている横で、桐野さんは「ほえぇ」と声をあげた。

「お花も食べたいのですぅ……」

 そのひとことに気づいたのか、おにこうべさんは顔をあげた。

「ん……お花じゃねぇか」

「おひさしぶりですぅ」

「食いたいのか?」

「食べたいと思いまぁす」

「じゃあ、分けてやるぞ」

 おにこうべさんは、のこりのロールケーキをふたつに割った。

 指がクリームでべとべとなんですが……テーブルマナー……。

「ありがとうございまぁす。ぱくぱく」

「お花、おまえちゃんと、春の個人戦で勝ってるんだろうなぁ? え?」

「勝ってまぁす」

「よーしよしよし、全国でかわいがってやるからなあ」

「あざみちゃんは、勝ったんですかぁ?」

 桐野さんの質問に、おにこうべさんは大笑いした。

(つるぎ)のバカが頓死しやがるからよぉ、楽勝だったぜ」

 おにこうべんさんの台詞に、剣さんは不快そうな顔をした。

「あれは油断しただけだ。秋は殺す。首を洗って待っていろ」

 殺人ダメ、絶対。

「おお、言っとけ、言っとけ……おい、猫耳ヘアの姉ちゃん、おかわり」

 おにこうべさんは、おわかりをもらいに行った。

 囃子原くんは、のこされた桐野さんに話しかける。

「それにしても、こんなところで桐野さんにお会いできるとは、光栄だ」

「将棋指しは引かれ合うのですぅ」

「たしかに……そこにもふたり、高名な将棋指しが隠れているからな」

 囃子原くんは、ちらりと野次馬に目をやった。

 全員の視線が、そちらに集中する。

松陰(しょういん)、バレているぞ」

輝子(てるこ)さま、これではバレないほうがおかしいです」

「そうか、松陰はかしこいな」

 観念したように、ふたりの少女が出てきた。ひとりは、長身で、ロングヘアー。眼鏡をかけている。キャリアウーマンみたいなひと。服装のセンスがイマイチかな……グレーのコートにベージュのシャツ、グレーのズボン。どうみても色の組み合わせが変。

 もうひとりは、中背の猫背で、前髪ぱっつんなセミロングヘアー。いかにも知的そうな感じのひと。なぜか、ちゃんちゃんこをまとっていた。風邪気味? あと、左手に扇子を持っている。

「囃子原礼音、ひさしぶりだな」

 眼鏡をかけているほうの少女があいさつした。

「ああ、ひさしぶりだ……ほかの防長ファイブは、どうした?」

 ぼうちょうふぁいぶ? ……また変な名前がでてきた。

「キャシーと亜季(あき)は、日米親善デーに行った。(もえ)は、課題が忙しいらしい」

「なるほど、それでわざわざ、リーダーと参謀がお出ましというわけか。年長者に負担をかけるとは、Y県も連携が取れていないのではないか? ん?」

「H県を偵察するのに、わざわざ5人集まる必要がないというだけだ」

 は? H県のほうが圧倒的に都会なんですが。

 今の会話を聞いたかぎりでは、このふたり、Y口県の代表かなにかみたいね。

「あと来てないのは、S根県とT取県なのですぅ」

 山陰は、さすがに来て……。

「わらわなら、ここにおるぞえ」

 ふわぁ、また変なのが現れた。

 白い着物に真っ赤な袴。巫女さん姿の美女……だけど、雰囲気がものすごく異様。ロングの髪は、蛇みたいにぐにゃぐにゃとカーブを描いていた。今にも動いて、ひとに襲いかかりそうな勢いだ。しかも、床につきかけているほど長い。

美伽(みか)ちゃんもいたのですぅ」

「桐野(うじ)、おひさしぶりじゃ……囃子原(うじ)もな」

「ハハハ、出雲(いずも)さんもいたのか。となると、来ていないのは、T取県の……」


「待ったーッ!」


 突然の大声に、私たちはキョロキョロする。

「あ、うえなのですぅ」

 桐野さんのコメントに、みんな天井をあおいだ。

 ……げげ、なに、あのひと。カウボーイの格好してる。

「真打ちは、最後に登場するってねッ! とりゃーッ!」

 カウボーイ少女は、2階の欄干から飛び降りて、ドシンと着地した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 そして、動かなくなった。

「大丈夫ですかぁ?」

「足……足、ジーンってなった……」

 オニコウベさんは、

「バカじゃね? 今の、へたしたら折れてたぞ」

 とあきれ気味。

 カウボーイ少女はひざをさすったあと、スッと立ち上がった。

 腰からリボルバーを抜いて(さすがにモデルガンよね?)、カウボーイハットを銃口で押し上げ、気取ったウィンクを決めた。

「ジャジャーン☆ 砂丘(すなおか)のガンマン、T取県の救世主、ジェーン・梨元(なしもと)、見参☆」

 うわぁ……ノーコメント。

 どん引きする私を尻目に、桐野さんはうれしそうにはしゃいだ。

真沙子(まさこ)ちゃん、こんにちはですぅ」

「真沙子(うじ)も来ておったか。T取市からは遠かろうて」

「そうなの、高速バスで片道4時間」

 しかもジェーンって偽名なんかい。

 出雲さんはほかの県代表をじろじろ観察して、

「中国五県の女子代表がそろいぶみとはな」

 とつぶやいた。

 ナシモトさんはリボルバーをまたクルクルさせながら、

「ねぇねぇ、この際だから、日日杯のまえに、決着つけちゃわない?」

 とのたまった。

 囃子原くんは笑った。

「ハハハ、おもしろい。(つるぎ)鬼首(おにこうべ)、指すことを許可するぞ」

「かしこまりました」

「は? なんで指さなきゃなんねーんだよ、めんどくせぇ」

 対照的なふたり。剣さんは、

「あざみ、おまえは出なくていい。私がひとりで片をつける」

 と言って、腰の刀に手をやった。

「ああ、勝手にしろや。負けたらカンチョーしてやるよ」

「ふえぇ、みんなかっこいいのですぅ、サインくださぁい」

 ひとりだけ、状況を把握できてないひとがいますね、はい。

 H島県の代表は、桐野さん、あなたでしょ。

 私が内心突っ込んでいると、代表者たちの視線は、Y口県代表にそそがれた。

毛利(もうり)(うじ)は、どうするのじゃ? 指すのかえ?」

 出雲さんに尋ねられたのは、眼鏡のひとだった。毛利さんっていうみたい。

 毛利さんが首をたてに振りかけた瞬間、ぱちりと扇子を鳴らす音がした。

 ちゃんちゃんこを着た例の女性が、あいだに割って入ったのだ。

「お待ちください、輝子さま、これは罠です」

「なに? 罠なのか?」

「輝子さまのみ受験勉強で棋力が落ちているところを狙った罠です」

 ん? 毛利さんは3年生? それで偵察にくるとか、暇人ですね。

 私も、ひとのこと言えないけど。

松陰(しょういん)、いくらおまえの進言でも、今のは聞き捨てならないぞ」

「この松陰(まつかげ)の、腹蔵(ふくぞう)なき直言(ちょくげん)でございます」

 松陰さんのおおげさな啖呵に、毛利さんは考えこんだ。

「……松陰(しょういん)、私はおまえを信頼している。ここは降りよう」

「ありがとうございます」

「あーッ! Y口県が逃ーげーたーッ! 敵前逃亡ッ!」

 煽りまくるT取県。

 毛利さんは、ナシモトさんににらみを利かせた。

「真沙子、きさま……」


 バサリ


 ふたたび扇子の音が鳴った。

 ちゃんちゃんこさんは、押し開いた扇子で、ぐるりと他の面子に圧力をかけた。

「それほどまでに戦いたいなら、まずはこの松陰(まつかげ)亮子(りょうこ)がお相手いたします」

「えーッ? 亮子ちゃん、県大会で優勝したことないじゃん」

 ナシモトさんは、銃口をくちびるに当てて、挑発するように片目を閉じた。

「あなたがたには、その程度で十分、ということです」

 煽りがえし入りました。

 ナシモトさんは両肩をすくめて、出雲さんに目配せした。

 出雲さんは、両手を巫女服の袖口にしまって、ふんと鼻を鳴らした。

「負けて当然、勝てば、わらわたちの恥……げに小賢しき女じゃのぉ……」

「うむ、松陰(しょういん)はかしこいぞ。赤点常習犯の私でも分かる」

 も、毛利さん、さっきから抜けてる発言が多いと思ったら、そういうことか。

 ちゃんちゃんこさんの脅しが利いたのか、あたりの勝負熱は急に冷め始めた。

「手みやげに、賞金首のひとつくらいと思ったけど、残念」

 ナシモトさんは、モデルガンをくるくる回して、ホルスターにしまった。

「っていうかぁ、お花はこれから決勝ラウンドなのですぅ」

 そうよ、なんでだれもそれを指摘しないかな。呆れ。

「どうやら、お流れのようだ。四国勢も来ていないし、8月までの楽しみとしよう」

 結局、囃子原くんが場をおさめた。

《これより、女子の最終ラウンドをおこないます。各チームは新しい席順を提出してから、着席してください》

 ほら、アナウンスきた。

 囃子原くんは、やや残念そうな、それでいて、さわやかな笑顔を浮かべた。

「では、H県の将棋、しっかりと偵察させてもらおうか」

「えへへぇ、パンツと手のうちは、隠さないとダメなのですぅ」

「日本人ならば、ふんどしであろうが。拙者は、ぱんてぃなど履いておらん」

 神崎さん、マジですかッ!?

【他県の登場人物】

囃子原(はやしばら) 礼音(れおん)

O山県。大都会(だいとかい)高校。2年生。


(つるぎ) 桃子(ももこ)

O山県。大都会(だいとかい)高校。1年生。


鬼首(おにこうべ) あざみ

O山県。すこやか青年の家。1年生。


毛利(もうり) 輝子(てるこ)

Y口県。三本矢(さんぼんや)高校。3年生。


松陰(まつかげ) 亮子(りょうこ)

Y口県。尊王(そんのう)高校。2年生。


出雲(いずも) 美伽(みか)

S根県。大国(おおくに)高校。2年生。


梨元(なしもと) 真沙子(まさこ)

T取県。砂丘(すなおか)高校。2年生。

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