660手目 めくって天国ひらいて地獄、ニュートランプ将棋1
スタジアムに、葉山さんのアナウンスが鳴り響く。
《それでは、第3ゲーム、ニュートランプ将棋を始めますッ!》
わー、パフパフ。
《飛瀬さん、解説をどうぞ》
《知力、体力、時の運……ということで、3番目は運勝負です……去年のルールに、若干変更を加えたものを採用します……》
【用意するもの】
・ジョーカーの入った53枚のトランプ。
・コンピュータでランダムに出力するため、シャッフルはない。
【手順】
・プレイヤーは毎ターン、カードを1枚引く。
《1~9だった場合》
・カードの数字と同じ「筋の駒を動かす」か、その数字の「筋へ駒を動かす」か、あるいはその「筋に駒を打つ」ことができる。それ以外の手は指せない。
《1~9以外だった場合》
それぞれ以下の効果を持つ。
10 1~9のいずれかひとつを選び、その数字と同じ効果。
J 敵の駒をひとつ動かせる。
Q 1~9が出るまでもういちど引きなおし、出たカードを2回分行使できる。
例:Q→1 1を2回連続で引いた状態。
1回目と2回目で、異なる操作をしてもよい。
例:Q→2 2筋の歩を突き、2筋に飛車を打つ
ただし、Qの効果で敵の王様を取ることはできない。
K 盤面上で合法手により現在取れる敵駒が1枚以上ある場合、その中から価値が最も安い駒を実際に取る。
敵の駒ひとつに対して当たっている自駒が複数ある場合、どの自駒で取るかは、プレイヤーがひとつ選ぶ。
王様は対象外。
同価な敵駒が複数の場合、どの敵駒を取るかは、プレイヤーがひとつ選ぶ。
価値の序列:歩<香<桂<銀<金=と金=成香=成桂=成銀<角<飛<馬<龍
ジョーカー 好きなカードをひとつ選び、それとして扱える。
・トランプが確定してから、1手30秒。
【特殊ルール】
・反則にならない限り、必ず手を指さなければならない。反則をしなければ手を指せない場合は、パスする。
・勝利条件は、相手の王様を取ること。詰みは勝利条件にならない。
・王様を敵の駒の利きに移動させてもよい。王手放置をしてもよい。
【配点】
・全チーム、1人勝利するごとに10ポイント獲得。
・チームが勝った場合は、追加で20ポイント獲得。
ふむ……前回より、若干ルールが複雑。
飛瀬さんは、
《調整とかしていないので、ぐだぐだになる可能性もあり、即終了になる可能性もあり……そこも含めて運ゲーということで、ひとつ……それでは、トーナメント表の発表です……》
駒北とぶつかった。
松平は、
「前回は、使ったカードが山から消えてたよな。今回はランダム表示か。ってことは、残り枚数も関係ないし、運要素が上がってる」
と考察した。
一方で、ポーンさんは、
「Queenで王様を詰ませやすくするなど、テヒニッヒがありそうですわ」
と、反対に考えた。
どちらも一理ある。
個人的には、ポーンさん寄り。
特殊なカード、つまり10、J、Q、K、ジョーカーの使い方がポイントになりそう。
とはいえ、やってみないことには、なんとも。
葉山さんは司会を再開した。
《それでは、各チーム、対戦台の前に並んでくださいッ!》
クイズの舞台の正面に、真っ白なテーブルがせり上がってきた。
光沢があって、素材はよくわからない。
そのうえに将棋盤がある。ようするに対局席だ。
盤は、各テーブルに3つずつ。
つまり、全員参加の3vs3。
《1番席から3番席までを決めてください。1回戦ごとに変更できます》
んー、と言われても。
松平は、
「じゃんけんでよくないか?」
と提案した。
異議なし。
運勝負だから、席順も運にしましょ。
勝ったひとから先頭。
じゃんけんぽん。
並びは私→ポーンさん→松平になった。
《では、対局準備をお願いします》
盤の前に立つ──相手は津山くんだった。
津山くんは、
「あ、よろしく」
とあいさつした。
「よろしく」
「裏見さんと将棋指すの、ひさしぶりだね」
しかも、普通の将棋じゃないし。
ポーンさんは大場さんと、松平は五見くんと当たっていた。
《1番席は、じゃんけんで先後を決めてください。2番席と3番席は、市大会と同じルールです》
はい、またじゃんけんぽん。
私の先手。奇数先。
《よろしいですか? ……では、対局開始ッ!》
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
トランプは現物じゃなくて、駒台の右に表示されていた。
秒読みも同じ画面にあった。
くるくると絵柄が変わって、10の♣。
うーん、いきなりどこでも指せるのか。
「7六歩」
私が指すと、津山くんの画面がくるくる回った。
2♤
「んー……2四歩」
そこしかないですね、はい。
また画面がくるくる回って、Q♦。
連続で特殊カードだ。
もう一回画面が回る。
3♣
私が悩ましくなった。
「……3六歩、3七桂」
桂馬の高跳びは、このルールだとアリ。
桂頭の歩になっても、適切なカードが出ない限り、取られないから。
Q♧
津山くんもクイーン。
10♤
あッ……マズい予感が。
津山くんは、腕組みをして考え込んだ。
気づかないでください。
「……こういうのもできるのか。3四歩、7七角成」
うおおおおお、さっそくピンチになった。
た、頼むから好カード
K♦
やったッ!
「7七同角ッ!」
津山くんは、しまった、という顔。
「か、角損」
とはいえ、さっきのが悪手とも言えない。
私が1とか引いて、津山くんが5か7か10を引いてたら、終わっていた。
無情に画面は回る。
6♡
「いきなり背水の陣だね。6二玉」
これは……3三角成の王手を避けたっぽい手。
Q♥
はいはい、ノッてきたぁ。
8♦
惜しい──いや、惜しくない。
「8八角、1一角成」
芸術的な閃きでは?
「裏見さん、うまいなあ」
J♧
げげッ。
これはまだ出てないうえに、使い道が広い。
津山くん、また考え込む。
「うーん……2二馬」
取られそうなところへ移動させられてしまった。
8♥
よしッ。
「8八馬」
ちょっと消極的だけど、いいでしょう。
相手の角損を最大限に活かす。
K♤
ほら、危なかった。
「動かせないね。パス」
J♠
「5一玉」
王様を強制的に戻す。
津山くんは1♧で、1四歩と突いた。
4八玉(5♠)、4四歩(4♢)、5四歩(J♦)、パス(K♡)、5九金右(4♠)、7四歩(7♤)。
くるくるくる──5♣
うーん、低調になってきた。
さっきの4♠で、4四馬と出たほうが、よかったかなあ。
「5八金直」
金をうろうろ。
9四歩(9♡)、3五歩(3♠)。
もう強欲に行く。
3三桂(2♡)、5六香(5♥)、2二飛(2♧)、9六歩(9♦)、3八玉(J♡)。
3八玉? ……4五桂~3七桂成の王手飛車狙いかな。
6八金上(6♠)、6二玉(5♧)、10♦。
分岐点。
この勝負、早く終わらせるなら、ひたすら王手をかけて、次のカード運に賭ける、という作戦もある。慎重に行くなら、1一角で、飛車狙いかしら。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私は4四馬と出た。
1♡
津山くん、あせる。
「ま、マズい……1五歩」
7♥
惜しい。
7三角でダブル王手? ……いや、同玉のとき、めちゃくちゃ困る。
「7七桂」
援軍を送る。
7♢
危なッ!
「7二玉」
6♦
一手遅い。
「6五桂」
9♧で、津山くんは9三桂と跳ねた。
ぐぅ、ここで端歩が効いてくるとは。
3三馬(3♥)、5二金左(5♢)、Q♠!
連続になる数字は──
4♣
む、難しい。
色々考えられる。
4二馬→3一馬で銀を取ってもいいし、4四馬→7一馬と勝負してもいい。
あるいは、4四馬→2二馬で、飛車を取る。
ただなあ、この飛車は働いてないし、放置でもいいような。
ピッ
「4四馬、7一馬ッ!」
6と7はダメ。
8♤
あ、マズ……くないッ!
そばの数字だから、一瞬あせった。
津山くんは、頭をかかえた。
「えぇ……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8四歩ッ!」
7来い、7。
3♦
ダメだ。3四歩。
1六歩(1♤)、同歩(1♦)、4二飛(4♡)。
うむむ、私の王様も、いきなり危なくなってきた。
10♥
……あッ、勝った。
「7二馬」
うらっしゃあああああああッ!
「ま、負けました」
津山くんは頭をかいたあと、
「どこが悪かった?」
と、律儀に感想戦を始めた。
私の運が良かっただけじゃないですかね。
とはいえ、津山くんの指し方には、ちょっと危ないところがあった。
「このゲーム、王様を囲えるときは、囲ったほうがいいと思う」
「そうなの?」
「タダ捨ての王手をかけられるでしょ。取られないほうに賭けてもいいわけだし。だったら、王様の周りにスペースを作るのは、危ないんじゃないかしら」
津山くんは納得した。
「あー、そうか、王様周りの空きスペースは、隙になるんだね」
そうそう、だから持ち駒で王手がかかる限り、一発逆転がありうる。
今回だって、私が圧勝に見えるけど、もし馬を渡したら、2九角→3八角成で即負けする可能性が、あったわけだ。だから、4四馬→7一馬はギャンブルだった。
そうこうしているうちに、他の対局も決着がついた。
ポーンさん勝ち、松平負け。
津山くんは、
「負けちゃったか……とりあえず、おめでとう。次もがんばってね」
と言って、解散になった。
私たちはちょっと移動して、ミーティング。
ポーンさんは、
「オホホホ、快勝でしたわ」
と笑った。
松平は、
「すまん、最後は成駒3枚に囲まれて、どうしようもなくなった」
と言ったあと、
「カードの強さが、第一印象とちょっと違ってるな。あくまでも俺基準で、だが。思ったよりキングが使えない」
と分析した。
私は、
「キングって、10の劣化版よね。10でも同じことができるんだし」
と返した。
「裏見の言う通りだ。反対に、ジャックはかなり使える。クイーンは、追加で引くカード次第では強いが、2連続移動で王様を取れない。これはけっこう痛い」
他のチームも終了し、トーナメント表が更新された。
あ、81Boysが脱落してくれた。助かる。
《それでは、2回戦に移ります。と、そのまえに、おじゃま虫チームをご紹介ッ!》
スタジアムの地面がひらいて、ゲートのようなものが現れた。
白い幕がかかっていて、そこにシルエットが見える。
桐野さんたち、忙しいわね──あれ? ふたりしかいない?
場所:第2回将棋大運動会 ニュートランプ将棋の部 1回戦
先手:裏見 香子
後手:津山 武
7六歩(10♣) 2四歩(2♤) 3六歩+3七桂(Q♦+3♣) 3四歩+7七角成(Q♧+10♤)
7七同角(K♦) 6二玉(6♡)
8八角+1一角成(Q♥+8♦) 先手2二馬(J♧) 8八馬(8♥) パス(K♤) 後手5一玉(J♠) 1四歩(1♧)
4八玉(5♠) 4四歩(4♢) 5四歩(J♦) パス(K♡) 5九金右(4♠) 7四歩(7♤)
5八金直(5♣) 9四歩(9♡) 3五歩(3♠) 3三桂(2♡) 5六香(5♥) 2二飛(2♧)
9六歩(9♦) 先手3八玉(J♡) 6八金上(6♠) 6二玉(5♧) 4四馬(10♦) 1五歩(1♡)
7七桂(7♥) 7二玉(7♢) 6五桂(6♦) 9三桂(9♧) 3三馬(3三♥) 5二金左(5♢)
4四馬+7一馬(Q♠+4♣) 8四歩(8♤) 3四歩(3♦) 1六歩(1♤) 同歩(1♦) 4二飛(4♡)
7二馬(10♦)
まで45手で裏見の勝ち




