653手目 走って読んで、詰め将棋マラソン3
《さあ、3位争いはデッドヒート。スーパー歩夢くん、剣ちゃんず、マジシャンズチェックメイトが、ほぼ並走しています。ここからは、カンナちゃんのUFOに同乗して、上空から中継します》
うおおおお、チャンスでもあり、ピンチでもあり。
私が思案していると、となりにキックボードが割り込んできた。
不破さんだった。
不破さんは、片手でキックボードを操作しながら、うしろにのけぞった。
「へっへー、ポニテの姉ちゃん、並んだぜぇ」
ぐぅ、マジシャンズ、詰将棋が瞬殺だったっぽい。
さっきまで、だいぶうしろにいたもの。
とはいえ、困ったのはそこじゃなかった。
詰将棋は逆転要素なんだし、解けなかったのは私の責任でもある。
問題なのは、指示を出しにくくなったことだ。
ラストスパートをかけないで、と伝えたい。
全力疾走したら、次の詰将棋に影響が出てしまう。たぶん。
でもここで、「全力疾走しなくていい」と叫んだら、丸聞こえに──あ、そっか、言い方を調整すればいいんだ。
「松平、このコースも同じでいいからね」
よし、これならわからないはず。
そうこうしているあいだも、佐伯くんと松平の並走は続いた。
ポーンさんは、
「Herrサエキ、ひかえてらっしゃいませんこと?」
と小声で言った。
「ひかえる?」
「全力でないと言いますか」
あー、セーブしてるってことか。
私は、佐伯くんを観察した──たしかに、それっぽい。マイペース……いや、もうちょっと抑えている印象があった。その証拠に、息は松平のほうが上がっている。
ってことは、佐伯くん、10キロ全部走るつもり?
私は、くららんも確認したくなった。
ちょっと前のほうにいて、背中しか見えない。
私は、
「ポーンさんは、ここで待ってて」
と言って、キックボードを加速させた。
松平と佐伯くんを抜いて、さらに駒込くんとサーヤも抜いた。
くららんの横につける。
ジーッ
くららんは私の存在に気づいて、一瞬、エッ、という表情になった。
けど、すぐに前を向いた。
んー……わからん。剣道部だから、体力はある。
10キロ走っても、おかしくないような──と思った瞬間、うしろからサーヤの、
「こらぁ、私の冬馬の顔を、ジロジロ見るなぁ」
という声が聞こえた。
おっとっと。
私はキックボードを減速して、うしろにつけなおした。
「Frauウラミ、なにをなさっていたので?」
私は声を落とす。
「私の最初の推測、間違ってたかも」
「Worin?」
「選手交代しないチームのほうが、多そう」
となれば……逆にチャンスなのでは?
このあとのマラソンパートは、疲れてるメンバーvs私でしょ。
ライバルは、高崎さんとくららん(orサーヤの可能性)に絞ればよくなった。
と、そろそろ第3チェックポイントだ。
「Wow、ヤギさんがいっぱいです」
ほんとだ。左右に牧場がひらけてきた。
ポーンさんは、キックボードで柵に近づこうとした。
こらこら、競技中ですよ。
注意しようと思った矢先、ポーンさんは、
「Naaaa!?」
と叫んで、急ブレーキをかけた。
そのまま転倒。
私は、あわてて走り寄った。
松平も立ち止まった。
「松平、先に行ってッ!」
「いや、さすがに手伝うぞ」
私たちはふたりで、ポーンさんの安否を確認──ケガはない。
「や、ヤギさんにびっくりしてしまいました」
ヤギに? ……うわッ!
縦に並んだ目が、左右に4つ、合計8つ、こちらを見ていた。
《シャートフ星の固有種、ヤツメヤギちゃんです……かわいいでしょ……》
「ヴェー」
こ、怖い。
って、こんなことしてる場合じゃないッ!
「松平、マラソンに戻って」
「オッケー、ダッシュだ」
「ダッシュしなくていいから、とりあえず先に行って」
私は、ポーンさんのキックボードを立てた。
そこへ、一台のロボットがやってきた。
足の部分が車輪になっていて、右のアームを差し出しながら、
「オケガハアリマセンカ?」
と訊いてきた。
「Danke, es ist okey」
「ドウゾオキヲツケテ」
私たちはキックボードで再走。
ちょっと差がついた。
ポーンさんは、
「もうしわけございません」
と謝った。
こういうのはチーム戦あるあるだから、しょうがない。
とりあえず、第3チェックポイントは目前。
葉山さんの声がさっきから聞こえていて、4位まではチェックイン済み、まだどこも解けていない、ということはわかった。
《さあさあ、第3チェックポイントは、またまた大渋滞。先頭の3人娘も、足止めを食らっています》
よしよし、チャンスだ。
私たちもチェックインラインを通過。
私はキックボードを飛び降りて、
「じゃ、松平、頼んだわよ」
と言い、走者のゲートへ入った。
松平とポーンさんは、詰将棋のブースに飛び込む。
まずはストレッチ。
ここでトップに……は、無理かなあ。
10分経つと、ゲートが自動的にひらく。
高崎さんたちは、そろそろ出るはず。
目標としては、81Boysを追い抜きたい。
【詰将棋(読者用) ネコネコ鮮協力詰5手(占魚亭さん)】
【ネコネコ鮮ルール】
駒が縦に連結している場合、上からn番目の駒は、下からn番目の駒である。
例1:現局面の3六のと金(上から1番目)は、銀(下から1番目)である。逆に、3七の銀(上から2番目)は、と金(下から2番目)である。
例2:2七金と打った場合、2五の銀は金になる。逆に、打った2七の金は銀になる。
……………………
……………………
…………………
………………1分経過。
やっぱり、難易度が高いのか。
ブースでなにを議論しているのかは、まったく聞こえなかった。
ガチャン
「おい、どうしたんだよッ!」
「ルールが初見だったでがす」
「道中で議論しましょう。次の問題が同じだと困ります」
高崎さんたちは、がやがやと走り去った。
ルールが初見?
協力とか安南じゃないってこと?
ガチャン
ッ!?
葛城くんの、
「やったぁ、正解だぁ」
という声が聞こえた。
箕辺くんたちが走り去る。
81Boysが出ちゃった。
……………………
……………………
…………………
………………残り5分を切った。
《3人娘は時間切れ、81Boysは正解という結果でしたが、順位は変わらず。ここまでをどう見ますか、解説の飛瀬さん》
《そうですね……マラソンパートの高崎さんが好成績なので……2位以下は、詰将棋パートを有効活用するしかないかな、という感じですが……81Boysには、捨神くんがいます……》
贔屓解説はNG。
ガチャン
うわ、スーパー歩夢くんも出た。
けど、時間切れだったっぽい。
こっちも残り時間は1分未満。
ガチャン
マジシャンズも出走。ここもたぶん時間切れ。
あっちこっちがギブアップ状態。
私は、スタートのフォームを取った。
5 4 3 2 1
ガチャン
ゲートと詰将棋ブースが、同時にひらいた。
「すまん、裏見、解けなかった」
「とりあえず走りましょ」
私はそのまま加速。
松平はキックボードの操作が初めてで、少し手間取ったみたい。
私の横につけたのは、1分ほど経ってからだった。
「裏見、さっきの詰将棋の説明、いるか?」
私は手で、ノーサンキュー、と返答した。
もう私が解くことはない。走るのに集中。
松平は、ポーンさんと議論を始めた。
《3人娘は、そろそろ第4チェックポイントに到着しそうです。そこからだいぶ離れて、81Boysの箕辺選手。ちょっと足がもたついているか》
もう、3人娘は目標にしない。
ほぼ1コース差がついている。
現実的なのは、へろへろになってきた箕辺くんを抜くこと。
残りチェックポイントは、ひとつ。
そこで難問が出たら、詰将棋パートで逆転は不可能。
となれば、マラソンパートで追うしかない。
というわけで、裏見香子、全速前進。
4キロなら余裕。
うらうらうらうらうらうらうらうらうらぁ!
しばらくして、マジシャンズとスーパー歩夢くんが見えてきた。
どっちも並走している。
私の追撃に、サーヤが気づいた。
くららんに、なにか指示を出している。
それにつられて、マジシャンズの不破さんも、うしろをふりかえった。
チッ、というような感じで、同じく佐伯くんに声をかけていた。
ムダムダムダぁ。
葉山さんも、
《おーと、ここにきて、剣ちゃんずの猛追だぁ》
と、興奮気味に実況した。
飛瀬さんは、
《選手交代が活きましたね……マジシャンズはしょうがないですが、スーパー歩夢くんは、鞘谷選手に代わったほうが、よかったのでは……》
と、冷静な解説。
どんどん距離が縮まる。
最後尾にいた、よっしーのキックボードに追いついた。
「ふえええん、怖いよお……」
怖くないから。
追い抜いて、さらに不破さんも追い抜く。
佐伯くんに並んだ。
佐伯くんは、いつものクールな表情を崩さなかった。
けど、明らかに息が上がっていた。
そこからくららんまでは、50メートルほど。
このままぶっちぎらせてもらいますッ!
第4問 ネコネコ鮮協力詰5手
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