651手目 走って読んで、詰め将棋マラソン1
体操服に着替えて、準備完了。
役割分担は、松平が走る、私とポーンさんが解く。
これには、理由がある。
今回は、とちゅうで交代可能。
松平が4キロか6キロ走って、私が残りを走る作戦。
私とポーンさんには、キックボードのような形状の、自動走行機が提供された。
白いデザインで、けっこうスタイリッシュ。
乗ってみる──ふむ、操作は簡単。動きもスムーズ。
《配点は、1位100ポイント、2位70ポイント、3位50ポイント、4位30ポイント、5位10ポイント……詰め将棋1問正解につき、10ポイントが加算されます……最大で150ポイント……それでは、所定の位置についてください……》
トラックに並びつつ、他のチームの会話に、耳を澄ませる。
となりは、春日川さんたちのチームが入った。
林家さんは、キックボードでバランスを取りながら、
「それじゃ、いおりん、10キロ任せましたよ」
と言った。
あっちは、高崎さんがランナーか。
まあ、妥当だし、現役のスポーツ部員だから、強敵だと思う。
他のチームの走者は、見た限り──
マジシャンズチェックメイト 佐伯
スーパー歩夢くん 蔵持
81Boys 箕辺(兄)
チーム駒北 津山
千駄ヶ谷棋面組 獅子戸
桜川48 箕辺(妹)
これっぽい。
ただなあ、固定して走るのは、高崎さんだけじゃないかしら。
ワンチャン、くららんが全部走る可能性アリ。
他のチームは、交代してきそうだ。
その証拠に、ひそひそ声で、打ち合わせをしてるところが多い。
《それでは、ランナーのみなさん、専用ゲートに入ってください……》
松平は私たちに、
「じゃ、頼んだ」
と言ってから、競馬みたいなゲートに入った。
詰め将棋が解けたら、ひらく仕組みだ。
私たちは、詰め将棋が表示される、専用モニタのまえに陣取った。
今回はふたりで相談式だから、左右についたてが立ててあった。
一応、防音になっているらしい。本当かしら。
《準備はよろしいですか……美沙ちゃん、合図をお願いします……》
空中から、黒木さんが降りてきた。
箒にまたがったまま、右手の銃を上に構えた。
「よーいッ!」
パーン
乾いた音とともに、モニタに詰め将棋が映った。
【第1問 協力詰(7手) 作者:ひっぽさん】
……ッ!? 変則形ッ!?
いや、でも、細部が去年と同じはずもないし、いったん落ち着く。
ポーンさんは、しばらく盤面を見たあと、
「きょうりょくつめって、なんですの?」
と訊いた。
いかーん、そこからか。
「先手と後手が協力して、最短で詰ませる将棋」
「……どういうことですの?」
マズい。
実例がないと難しいかも。
私は符号を言って、簡単な例を説明した。
【例 協力詰(3手)】
「……ありえなく詰まないのでは?」
「2五歩と王手して、1四玉に2四金なら、詰むわよね?」
ポーンさんは、しばらく考えたあと、
「Aha, Mitarbeitung……aber、この問題、1手詰めでは?」
と首をかしげた。
「どうして?」
「2五金に、王様が逃げなければよろしいのでは?」
「あ、それは王手放置だから、禁止。ちなみに、先手が王手しない、っていうのもダメ。協力して詰ませる以外は、普通の詰め将棋といっしょ」
「OK, verstanden」
理解してくれたっぽい?
って、わざわざ説明しないで、私に任せてもらったほうが、良かった──こともないか。私が解けなかったときに困る。
というわけで、ふたりで共同作業。
……………………
……………………
…………………
………………いかん、そもそも難しい。
7手にならない。
となりのレーンからは、
「おーい、まだ解けないのか?」
と、高崎さんの大声が聞こえた。
林家さんは、なにか言い返したみたい。でも、それは聞こえなかった。
ってことは、司会が言ってた通り、小声の相談は漏れなさそう。
「ポーンさん、なにか気づいた?」
「Hmm……飛車を打つしか、ないのでは?」
同じところで悩んでる。
「まず、1一に打つわよね?」
【参考図】
「Ja、ですが、2八玉、1九飛成、同玉と、狭いほうに逃げても、詰みません」
2八~3九のスペースが厄介。
王手放置はできないから、2八角、1八玉、1九飛もダメ。
初手が間違ってる?
ガチャン
だーッ、どこか解けたっぽい。
《箕辺選手、走り始めました……さすがは捨神選手、一番乗りです……》
いちいちアナウンスしなくて、よろしい。
しかも今の、なんか私情が入ってたでしょ。
とりあえず、気を取り直す。
なにかカラクリ、あるいはヒントがあるはず。
……………………
……………………
…………………
………………さっきの困ったルートが、ヒントっぽい?
3九へ抜けられたら、詰まない。
イコール、3九に抜けられない手が必要、よね。
それって、角しかなくない?
私は、ポーンさんに、
「1七角以外に、3九まで利かせる手、ある?」
と尋ねた。
「Hmm……ないかと思います。しかし、そのかたちにならないのでは?」
そうなのよね。
1一飛と打って、2八玉、1九飛成、同玉。
これで、角は入手できる。
【参考図】
けど、そこから2八へ王様を戻す方法が、不明。
しかも、今度は1九にスペースができてしまう。
単に1七角だと、1九玉で詰まない。
ガチャン
ぐッ、またひらいた。
「あっし、こういうのは得意でがす」
「よっしゃ、かっとばすぜッ!」
そこか。
脚が速そうなところが出てしまった。
とりあえず集中、集中。
ここまでを整理する。
1九に閉じ込めて1八飛、は無理そう。
だから、この筋はもう追わない。
1七角が、最終的な詰みがたち、たぶん。
問題は、1七角の瞬間、1九玉と逃げられるのをどう防ぐか、だ。
《5分経過……》
んー、もう半分。
私は、
「ひとまず手順は無視して、詰むとしたら、どういうかたちだと思う?」
とポーンさんに訊いた。
「これなら詰みますわよ」
【参考図】
……ん、たしかに、1九は敵の駒でもいいのか。
ガチャン
「お兄ちゃんたちを追いかけるぞぉ!」
「夏希、マジメに考えなさいッ!」
「初動はゆるやかに、ね。序破急」
私は神経を研ぎ澄ませていた。
なんか解けそうな気がする。
1九の敵駒は、直接打ったものじゃない。先手は連続王手で攻めてくるわけだから、後手が1九ほにゃらら打ち、とするタイミングはない。
ってことは、どこからか移動してきてる。
かといって、1八桂成~1九成桂は、ないと思う。
そういう移動の仕方をする順が、見当たらない。
……………………
……………………
…………………
………………
「あ、わかったッ!」
「Echt?」
私は壁のタブレットに、解答を入力した。
1一飛、1二香、1三飛、2八玉、1九飛成、同香成、1七角。
ピンポーン ガチャン
よっしゃッ!
香車の限定合問題だった。
どうりで難しいわけだ。
「裏見、ナイス!」
「好発進、ってやつですわ」
ほらほら、走る走る。
私は自走キックボードに喝を入れて、松平の横につけた。
まずは、トラックを一周。からっぽの観客席が、なんとも壮観だ。
「松平、気をつけて、変則詰将棋だった」
「今回はフェアリーか?」
「まだわかんないけど、第2問もそんな予感がする」
ともかく、今はマラソンパート。
トラックをぐるっとしたあと、私たちはスタジアムから出た。
同じくキックボードに乗っているポーンさんは、
「前回と、風景が違いませんこと?」
といぶかった。
え、そう?
私はあたりを見回した──んー、よくわからん。
地平線が見えるくらいに、平原が広がっていた。
ちょっと隆起があるかな、くらい。
あと、ところどころに林が散在していた。
あんまり日本っぽくないというか、少なくとも瀬戸内海とは全然違う。
「こんな感じの田舎じゃなかった?」
《シャートフ星が田舎で、悪うございましたね……》
司会、いちいち突っ込まないッ!
私は黙々と、キックボードを走らせた。
そしてそのうち、ポーンさんの意見が正しいことに気づいた。
去年走った道と、なんか違う。
「松平、あんまり飛ばさなくていいからね」
松平はすでに息が上がっているらしく、親指を立てただけだった。
このペースだと、松平は4キロで、私が6キロ担当したほうがいいかも。
《残り30秒ですが、1チーム残って……あ、今出ました……全チームクリアです……》
繰り上げはナシだったか。
《では、第一チェックポイントの、葉山さん……》
マイクが入れ替わった。
《はーい、リポーターの葉山でーす。第一チェックポイントは、まだだれも来ていません。が、先頭集団は、もうすぐ到着するようです。私からも見えてきました》
それは、そう。
一般人でも、2キロ15分くらいでしょ。
高崎さんあたりは、10分くらいで走れるかもしれなかった。
《あ、先頭チーム、坂をのぼってきます……レッツゴー3人娘ですッ!》
やっぱり。
松平は、
「ハァ……ハァ……差がついた……」
と、息を上げた。
私は、
「無意識に速くなってるわよ。マイペース、マイペース」
と落ち着かせた。
さて、松平にコーチしつつ、ポーンさんもケアする。
「ポーンさん、変わったルールの詰め将棋って、どれくらい知ってる?」
「全然知りません」
「そっか、じゃあ、順番に説明するから、聞いて」
私は、自分が知っている、いくつかの有名なルールを説明した。
ポーンさんは、例を~、と言いつつ、理解してくれた。
飲み込みが早いのは助かる。
そのあいだに、捨神くんたちのチームもチェックインしたみたい。
葉山さんからのアナウンスがあった。
私たちからも、第一チェックポイントらしきものが見えてきた。
淡々と曲がりくねった道の向こう、少し上がった丘に、人工物があった。
箕辺さんとの距離は……ちょっとだけ縮まったかな。
これ、箕辺さんもスポーツをやってるくさい。
でなきゃ、もっと接近したはず。
「松平、坂道ファイト」
キックボードはハイスペックで、速度が落ちなかった。
丘のうえの平らなところに乗りつけると、そこにチェックポイントがあった。
「松平、もう2キロいける?」
「ああ……なんとか……」
オケオケ。
松平には、ゲートに入ってもらう。
私とポーンさんは、詰め将棋ブースに移動した。
【第2問 安南詰(9手) 作者:尾形さん】
今度は安南ッ!
第1問 協力詰7手
https://tsumeshogi.com/problems/86qrbw3bmj
第2問 安南詰9手
https://tsumeshogi.com/problems/4b8g-bit3b




