54手目 中学生女子の部A3回戦 箕辺(妹)vs岬(1)
※ここからは、箕辺薫さん視点です。
《これより、午後の部をおこないます。選手は着席してください》
マズい、マズい、お兄ちゃんとプリン食べてたら、遅くなっちゃった。
集合のアナウンス入ってる。
私はスプーンをくわえたまま、第二ホールに飛び込んだ。
すぐに、チームメイトのところへむかう。
「薫さん、どこに行ってたの?」
ツインテールの美人。内木レモン先輩。
未来のスーパーアイドル。大成するって信じてるわよ、うん。
「すみません、お兄ちゃんにプリンおごってもらってました」
「集合時間には気をつけてください」
はいはい。
「薫ちゃんったら、あいかわらずブラコンなんだから」
頭のうえにハート形の髷を乗せた少女が、あきれたようにつぶやいた。
この子は、玉手鶴子先輩。東H市から参加してくれたの。
「だれがブラコンですか」
「あんたよ、あんた」
「薫さん、鶴子さん、フォーチューン・レディがお待ちかねよ」
おっと、アナウンス入ってるんだった。着席、着席。
ここがほぼ決勝戦だから、きばっていこうか。
相手は、フォーチューン・レディ。うちと同じで、市代表ばっかり集めたところ。
卑怯なりぃ。
「うふふ……内木さん、ついに当たりましたね……」
前髪を真ん中で左右にわけた、ジト目の女の子。赤いヘアバンドをしている。
彼女こそ、フォーチューン・レディのリーダー、卜部くるみ先輩だ。H市出身。
「お手柔らかに」
レモン先輩は、謙虚に返した。目はすごい強気だけどね。にらみっぱなし。
女の戦いは、怖いんだから。
「こうして将棋祭りであたるのも、運命……」
くるみ先輩はそう言って、あやしげに笑った。
「運命もなにも、おたがいに連勝したら、あたるに決まっています」
「いいえ……これは、内木檸檬と決着をつけるべく、神が定めし運命……」
くるみ先輩、中3になったら、中2病は卒業しないとダメですよ。
「神、神って、どの神様よ、ちり紙様?」
横合いから、鶴子先輩がまぜっかえした。
「うふふ、将棋の神様に決まっているでしょう」
「ぐッ……それは言い返せない」
将棋の神様をバカにすると、負け癖がつくから、しょうがないわよね。
「くるみさん、鶴子さん、おしゃべりはそのくらいにして、席につきましょう」
そうそう、ほかはもう駒並べ始めてるじゃん。
中学生でも、さすがに遅延はヤバいよ。
私は、2番席にむかった。
すると、ややくせ毛のある、ショートカットの子がさきに待っていた。
眉毛が太くて、ほっぺたに絆創膏をしている。
「望、お待たせ」
「やっと来たな。待ちくたびれたぞ」
この子は、岬望ちゃん。K市の比呂中学から来てるの。私と同じ2年生。
ほんとうは、ノゾミちゃんっていうんだけど、好きなヒーローの名前がノゾムって言うから、そう呼んで欲しいんだってさ。ようするに、特撮オタだね。
ささっと駒を並べて……。
《みなさん、振り駒をしてくださーい》
女の人のアナウンスで、くるみ先輩が振り駒。
レモン先輩、取り合いになるとめんどくさいから譲ったわね。
「……運命の歩が3枚、フォーチューン・レディ、奇数先」
「アイドル将棋、偶数先」
私が先手か……どうしましょ。
望ちゃんが振り飛車党っていうのは分かってるんだけど。
《準備のととのっていないところはありませんね? ……では、スタート!》
「よろしくお願いしまーす」
私たちは一礼して、望ちゃんがチェスクロを押した。
さーて、15分30秒だから、バシバシいくわよ。7六歩ッ!
「3四歩だッ!」
2六歩、5四歩、2五歩。
望ちゃんは、大げさに腕を振った。
「5二飛ッ!」
「ヒーローと言えば、やっぱりこれッ! 正面突破ッ! 中飛車だよッ!」
望ちゃんは、決めのポーズをとった。
なーにが、やっぱりこれ、よ。
ヒーローと言えば、やっぱりこれッ! 王道の布陣ッ! 四間飛車だよッ!
ヒーローと言えば、やっぱりこれッ! 先手必勝ッ! 三間飛車だよッ!
ヒーローと言えば、やっぱりこれッ! 敵中突破ッ! 向かい飛車だよッ!
全部やられた記憶があるわ。
振り飛車ならなんでもいいんでしょ、まったく。
だいたいね、ヒーローは正面突破しないの。集団リンチじゃない。
「4八銀よ」
5五歩、6八玉、3三角、3六歩、4二銀、3七銀。
はい、超速、超速。
私はチェスクロを押して、ちらりと望ちゃんを見やった。
「……あれ、腕時計、変えたの?」
私は、望ちゃんの右腕にある、おっきな時計を指差した。
望ちゃんは、待ってましたとばかりに、それを見せびらかす。
「じゃじゃーん、すごいだろ?」
いやあ、どうだろ……デザインが微妙……。
ごてごてしてて、なんかガチャガチャの景品にみえる。
色も真っ赤っかでケバいし。
「ボタンがいっぱいついてるけど、多機能?」
「ちがうよ、これは変身ブレスレット」
……………………
……………………
…………………
………………
はい?
「変身ブレスレットって、なに?」
「もちろん、ヒーローに変身できるブレスレットさ!」
「ああ、おもちゃね」
「違うって、本物のヒーローだよ。春休みに、スカウトされたんだ」
うわぁ……望ちゃん、ついに現実とテレビの区別がつかなくなったんだね。
いつかこうなると思ってたよ、うん。
「あ、信じてないね? ほんとだよ。このまえも、アタリーでナメクジ怪人と戦ったし。このほっぺたの傷も、そのときついたんだ」
「望ちゃん、病院につれてってあげようか?」
「大丈夫、かすり傷だから」
べつの病院だよ。
「それに、月代先輩も手伝ってくれたから」
「なにを?」
「月代先輩も、ヒーローなんだよ。ステッキで変身するんだ」
はいはい、先輩をネタに巻き込まないほうがいいわよ。
それと、時間経ちまくってるんだけど、大丈夫?
私はお兄ちゃんと違って、お人好しじゃないから、指摘しないもん。
「ほんとだよぉ、ほんとにナメクジ怪人と……あ、やっべ」
望ちゃんは、チェスクロに目をやって、びっくりした。
「しゃべり過ぎちゃったよ、5三銀」
4六銀、4四銀、5八金右、6二玉、7八玉、7二玉、6六歩。
ほい、こっから持久戦にするわよ。
「8二玉」
「6七金」
「んー、どうしよっかなあ……」
望ちゃんは、すこしだけ悩んだ。
「悪の誘惑には乗らないぞッ! 9二香ッ!」
「だれが悪じゃいッ! 7七角ッ!」
9一玉、8八玉、8二銀、9八香、7一金、9九玉、6四歩、8八銀。
相穴熊になった。
団体戦らしくて、いいじゃない。
「6二飛ッ!」
回ってきたわね。
この後手の陣形は、そこまでバランスがよくないわ。
角筋を銀が止めてるし、4一の金も浮いてるから。
「7九金」
こっちはしっかりととのえて準備。
5二金(さすがに動かしたわね)、5九角。
私は角の展開を目指した。
「時間がないから、がんがんいくよッ! 6五歩ッ!」
ほい、さっそく仕掛けてきたわね。同歩ッ!
「同飛ッ!」
ここで6六歩……は、おもしろくないか。せっかく一歩もらったんだし、突っ張れるだけ突っ張りたい。もちろん、6一飛〜6六歩に金を寄ってるようじゃ、こっちがおかしい。だから、先に7七金のスペース作りね。6一飛、2六角、6六歩に6八歩の受けで決まり。
「7七金ね」
「ああ、うーん……歩で受けてくんないのか……6一飛」
私は2六角とあがって、6六歩、6八歩、4二角。
4二角が、ちょっとよく分からないかな。なにを狙ってるんだろ?
「こっちは、どんどんいっちゃうよ。3七桂」
ここで、望ちゃんは、すこし考えた。
さっきのおしゃべりで、時間がないからねえ。
残り時間は、私が7分、望ちゃんが2分。
「ここは、アイキャッチの場面だ。9四歩」
端? ……9五歩と伸ばすつもりかな?
もう4五銀といきたいけど……4五銀、同銀、同桂の瞬間、3五歩の返しが、いい手なんだよね。同角、4四銀、2六角、4五銀は、お話しにならない。
ってことは、3五歩に、同角以外の手、例えば2四歩かな。同歩に3五角として、4四銀なら2四角。これは、私のほうがいい……うーん……なんか気になるなあ……2四歩の瞬間が、微妙に甘い気がするんだよね。2四歩……5六歩がある? 2三歩成、5七歩成の成り合いは、位置的にこっちが悪い。5六同歩、6四角(飛車当たり)、5五歩(取ったら5八飛が角金当たり)、2四歩、3五角、4四銀。
(※図は箕辺さんの脳内イメージです。)
4六角と引いて……4五銀、2四飛、4六銀……全然よくない。
かと言って、2六に引くと飛車先を遮断しちゃうし……なんか工夫を……。
「1六歩」
私は、銀をぶつけるまえに、1七角と引く余地を作った。
「ここで端歩?」
「望ちゃんだって、端歩突いてるじゃん」
「こっちは意味あるんだよ、9五歩」
ほんとに伸ばしてきたか……ここで4五銀……じゃないかも。後手に桂馬を渡す可能性が高いから、7七に金がいると危ないわ。なにかあったとき、9六歩、同歩、9七歩、同香、8五桂とか。このとき、桂馬が金当たりで困る。
「7八金引」
「ん、なんだ、それ?」
望ちゃんは、右足を左足に乗せて、考え込んだ。
でも、時間ないわよ。
ピッ
「あうち、もう30秒」
ほれほれー、悩め悩めー。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7四歩ッ!」
「ほい、来たッ! 今度こそ4五銀ッ!」




