表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第56局 一発!秋の個人戦(2日目・2015年9月13日日曜)
659/682

647手目 格

※ここからは、古谷ふるやくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 互角……か。派手に押し返したけど、こちらの陣地はスカスカだ。

 捨神すてがみ先輩がもう一度攻めに出るのは、簡単。

 4五歩くらいでいい。

 つまり、猶予は一手しかない。

 僕は水筒のお茶を飲んで、蓋を閉めた──攻める。

「2五桂」

 先輩は、この手を予想していたと思う。

 反応は薄かった。

 20秒ほどして、スッと4五歩。攻め合いに。

 2八角、4四歩、4八歩、4五金、2三玉、2九飛、6四角成。


挿絵(By みてみん)


 入玉含みになってきた。

 そっちのほうが、勝ちやすいかもしれない。大駒は僕が3枚。

 捨神先輩も、入玉阻止の方向で動き始めた。

 6五歩、5三馬、2六歩、1七桂成。

「2五歩」


挿絵(By みてみん)


 端を破れそうなかたち。

 でも、1八成桂は、無視して2四歩、3二玉、2三歩成で突破される。

 ムリっぽい?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………待てよ、2四歩が痛いのは、1四玉とできないからだ。

 1八成桂、2四歩、1四玉、1八香が王手になってしまう。

 だったら、できるようにすれば?

 1八歩で、もう一段厚くしておけばいい。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)


 これなら1四玉が成立する。

 ただ……これでも押し戻される。

 1八歩、3五金、3二玉で、早逃げの展開になりそうだ。

 いずれにせよ、入玉はほぼ期待できないか。

「1八歩」

 3五金、3二玉、2六飛、3四歩、2四歩。


挿絵(By みてみん)


 僕は2二歩と打った。

 感触は……あまりよくない。

 少なくとも、先手が息を吹き返してきた。

 残り時間は、僕が8分、先輩も8分。

 序中盤が神経戦だったから、そんなにストックはない。

 捨神先輩は、2三歩成という、成り捨ての常套手段に出た。

 同歩、2四歩、同歩、3三歩、同玉、2四金。

「4四玉」


挿絵(By みてみん)


 もう一度、上に出る。

 捨神先輩は、なるほどね、という表情。

 4六飛の直接手は、意味がない。

 おそらくは3七銀。

 予想通り、そう上がってきた。

「6二馬」

 右へ逃げる。

 3六銀、4九歩成、4五銀、5三玉、3四金、6三玉。

 先手は、2二飛成と滑り込んだ。


挿絵(By みてみん)


 ……後手不利。

 間違いやすい局面でもないし、棋力を考えると、ほぼ敗勢。

 周囲には、僕を応援してくれているひとがいる。

 もちろん、捨神先輩を応援しているひともいる。

 ただ観戦しているだけのひともいる。

 それは、僕にとっては関係のないことだ。僕が気にしなければ。

「……8六歩」

 続きを指す。

 同歩、3四桂、同銀、4一歩、1一龍、7二玉。

 先輩は、4一龍、5一金に4九龍と引いた。


挿絵(By みてみん)


 からい。

 僕が頓死狙いなのを、前提にした指し方だ。

「1六角」

 龍をどかせる。

 リスクはあるけど、自陣龍のままだと、どうにもならない。

 4三龍、6一馬。

 捨神先輩は、ここで手が止まった。

 残り1分。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5四龍」


挿絵(By みてみん)


 !? ……銀を捨てた?

 6四桂で寄る? いや、それは寄らないと思っていた。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5三歩ッ!」

 いったん受ける。銀はあとでも抜ける。

 同龍、6二金、4二龍、3四馬。

 捨神先輩は、静かに6四歩と伸ばした。


挿絵(By みてみん)


 流れがガラッと変わった。

 頓死狙いにするよりも、受け切りに賭けたほうがいい。

「5二金」

 4一龍、5一金打、3一龍、4二銀。

 完全回復。

 捨神先輩は、3二龍でスキマに撤退した。

 僕は1九歩成で、香車を取り切る。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6六桂」


挿絵(By みてみん)


 難しくなった。

 8三銀と引きたい。

 でも、6三歩成、同金、6四歩、同金、6五香で、藪蛇かもしれない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 僕は6八歩と打った。

 8三銀について、もう1分考える時間が欲しかった。これがひとつ。

 もうひとつは、6五香のあと、どのみちこれしかなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同玉。

 王様で取られた。

 同金上を予想していたけど、要点はそこじゃない。

 今の1分で掘り下げていたのは、8三銀以下だ。

 受け切り方針なら、これで問題ない。

 けど、攻め合いに転じたら?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8三銀、4八香、4四歩、5五成銀。

 じわじわ上がってくる作戦。

 3三馬、1二龍、4三銀、2四歩。


挿絵(By みてみん)


 うまいところに打たれた。

 この置き方は気づきにくい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3四馬、2三歩成。

 僕は3八角成で、根元の香車を払いにいくかどうか迷った。


 ピッ、ピッ、ピッ


 さすがに遠すぎる。


 ピーッ!


「8七歩」

 逆サイドに楔を打つ。

 捨神先輩は、すこしだけ上半身を動かした。

 イヤな予感がする。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 取れない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 2五馬、3三と、8八歩成、2六歩。


挿絵(By みてみん)


 これも……取れない。

 僕は59秒ギリギリで、3六馬と出た。

 捨神先輩は、4三と。

 5二とが入れば終わり。

 攻め合うしかなくなった。

「7八と」

 同金、4三角、6五桂。

 3六に誘導された馬。これを逆用する。

「6九銀」


挿絵(By みてみん)


 7八銀成~5八馬を狙う。

 僕は捨神先輩を見た。

 先輩は、いつもよりさらに深い無表情で、読みに沈んでいた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 スッと、7九金。

 受けた。

 僕は5八銀不成と引いた。

 5三桂成に6五歩と打ち返す。


挿絵(By みてみん)


 待望の攻め合いに。

 ギャラリーも、熱戦の気配になった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7七金、6六歩、4三成桂、7一玉。

 龍の横利きを回避。

 捨神先輩は、2一龍で追ってきた。

 6一香、6六金、7四桂、6五金、7二銀。

 飛車先も回復。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7五銀」


挿絵(By みてみん)


 桂頭の銀? ……8六桂、同銀、同飛はヌルイってことか?

 いや、8六桂は8四歩か。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、手がない?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 僕は2八成桂と入った。

 捨神先輩は、冷静に4七歩。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………一瞬で、手がなくなった。

 しかも銀を逃がさないと……いや、ダメだ。

 4九銀成に、1六角で終わる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)


 驚くほど……ほんとうに驚くほど、あっさりとした終わりかただった。

 7四桂が敗着だった? それとも……もっと前から悪かった?

 勝負になっていたのか、なっていなかったのか。

 それすらも分からなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

 捨神先輩の一礼まで、わずかに間があいた。

「ありがとうございました」

 唐突な終局に感じられたのか、ギャラリーも、ざわつくのに時間がかかった。

 けれど、どう見ても手がないし、感想戦も、そこからは始まらなかった。

 僕は、

「先手の攻めを、切らせきれなかったです」

 と、率直な言葉を漏らした。

 捨神先輩は、そうだね、とおいて、数秒黙った。

「採算があったわけじゃないけど、2筋の歩が大きかったかな」

「2五歩を許した時点で、ダメでしたか?」

「さすがに、そこは互角じゃない? 最後の収束も、駒の配置がたまたまベストだっただけだし……個人的には、3四歩と受けた位置が、高過ぎたんじゃないかな、と思う。3三歩は?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 僕は、

「4五成銀と、出られるのを気にしました」

 と返した。

「まあ、その懸念はあるか……4五成桂に、6六歩は?」

「一回浮かせる手ですか……同金、4九歩成、4三歩成の攻め合いになりそうです」

「後手の攻め筋がどうなるか、予想がつかないところもあったよね」

 そうだ、と僕は思った。

 全体的に、後手は攻めの構図が見えにくかった。

 僕は、

「それを踏まえると、8六歩、同歩、8七歩を、もっと早く入れるほうが、良かったかもしれないです。挟撃、という目標は立つので」

 と悔やんだ。

 捨神先輩は、

「難しいね。8七同銀~7八金で、左銀冠になるかもしれない。そうなると、お手伝いの可能性も出てくる」

 と、デメリットを指摘した。

「タイミングとしては、2八角の直前だったと思います」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「このタイミングで歩を渡すのは、怖くない?」

「これがダメなら、受けに振り切って6四角を考えます」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 その順を検討してみた。

 結論として、4四歩、4八歩、同飛に、3七桂成と成り返す順が生じて、後手も面白いだろう、ということになった。ただ、捨神先輩は終始、

「ちょっとギャンブルな気もする」

 と言って、やや否定的なニュアンスを隠さなかった。

 僕は、

「これで悪いとなると、序盤でもっと工夫する必要がありそうです」

 と付け加えたあと、目を閉じた。

 手なり将棋としては、よく指せたほうだと思う。

 だけど、5手目の4六歩。

 あの切り返しは、虎向こなたとの検討では、一度も出なかった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………格が違ったな。

 出直してこよう。

「優勝おめでとうございます。ありがとうございました」

場所:場所:2015年度 秋季個人戦2日目 男子の部 決勝

先手:捨神 九十九

後手:古谷 兎丸

戦型:力戦


▲7六歩 △3四歩 ▲6八飛 △4四歩 ▲4六歩 △8四歩

▲4八飛 △3二金 ▲7八銀 △6二銀 ▲6八玉 △5四歩

▲3八銀 △8五歩 ▲3六歩 △5三銀 ▲3七桂 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8二飛 ▲5八金右 △6四銀

▲6六歩 △4二銀 ▲6五歩 △同 銀 ▲6七金 △4一玉

▲4五歩 △3一玉 ▲7九玉 △4五歩 ▲2二角成 △同 玉

▲7七桂 △7四銀 ▲4五飛 △6四歩 ▲3五歩 △同 歩

▲3四歩 △4三歩 ▲6六角 △1二玉 ▲2五桂 △2四歩

▲1三桂成 △同 桂 ▲3三角成 △同 銀 ▲同歩成 △同 金

▲3四歩 △2二玉 ▲3三歩成 △同 玉 ▲5三銀 △5一金

▲6四銀成 △5二金 ▲5四成銀 △4二桂 ▲5五成銀 △5四歩

▲3四歩 △同 玉 ▲5六成銀 △4四歩 ▲4九飛 △2五桂

▲4五歩 △2八角 ▲4四歩 △4八歩 ▲4五金 △2三玉

▲2九飛 △6四角成 ▲6五歩 △5三馬 ▲2六歩 △1七桂成

▲2五歩 △1八歩 ▲3五金 △3二玉 ▲2六飛 △3四歩

▲2四歩 △2二歩 ▲2三歩成 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩

▲3三歩 △同 玉 ▲2四金 △4四玉 ▲3七銀 △6二馬

▲3六銀 △4九歩成 ▲4五銀 △5三玉 ▲3四金 △6三玉

▲2二飛成 △8六歩 ▲同 歩 △3四桂 ▲同 銀 △4一歩

▲1一龍 △7二玉 ▲4一龍 △5一金 ▲4九龍 △1六角

▲4三龍 △6一馬 ▲5四龍 △5三歩 ▲同 龍 △6二金

▲4二龍 △3四馬 ▲6四歩 △5二金 ▲4一龍 △5一金打

▲3一龍 △4二銀 ▲3二龍 △1九歩成 ▲6六桂 △6八歩

▲同 玉 △8三銀 ▲4八香 △4四歩 ▲5五成銀 △3三馬

▲1二龍 △4三銀 ▲2四歩 △3四馬 ▲2三歩成 △8七歩

▲3五歩 △2五馬 ▲3三と △8八歩成 ▲2六歩 △3六馬

▲4三と △7八と ▲同 金 △4三角 ▲6五桂 △6九銀

▲7九金 △5八銀不成▲5三桂成 △6五歩 ▲7七金 △6六歩

▲4三成桂 △7一玉 ▲2一龍 △6一香 ▲6六金 △7四桂

▲6五金 △7二銀 ▲7五銀 △2八成桂 ▲4七歩


まで179手で捨神の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ