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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第56局 一発!秋の個人戦(2日目・2015年9月13日日曜)
658/682

646手目 日曜日の校舎

※ここからは、捨神すてがみくん視点です。

 決勝当日、僕は市立いちりつ高校の校庭を歩いていた。

 秋だけど、まだ暑い。日傘をさす。

 グラウンドの真ん中あたりで、うしろから声をかけられた。

 箕辺みのべくんだった。少し遠いところから、駆け足だった。

「おーい、捨神、おはよう」

 僕はふりかえって、おはよう、と返した。

 箕辺くんは追いつくと、

「市立まで来てもらって、悪いな」

 と言った。

「いいよ、公民館だって、移動しないわけじゃないし」

 今回は異例で、決勝を学校でおこなうことになっていた。

 事前に説明はあったし、理由も知っていた。公民館の利用が他の団体とバッティングしていて、僕たちのほうがゆずったことと、決勝だけ公民館でやるのは、非効率なんじゃないか、ってこと。使用料がかかる。

 だけど、春日川かすがかわさんの件が、本当は背景にあると思う。

 僕は箕辺くんと歩きながら、少しばかり日常生活の話をした。

 市立は、天堂てんどうとは違って、マジメだよね。

 タバコのポイ捨てとかされてないし。

 とりあえず、正面玄関から入って、奥へ進んだ。

 休みの日の、独特な雰囲気。

 ちょっと薄暗くて、静かで、それでいて遠くから、音が聞こえてくる。

 案内されたのは、1階にある教室だった。

 中へ入ると、すでにテーブルは動かしてあった。

 中央に2つ、対局用の席が組まれていた。

「とりあえず、休んどいてくれ」

 僕は、手近な椅子を引いて、そこに座った。

 窓から、明るい校庭が見える。

 明暗のコントラストで、なんだか絵画みたいだった。

「……」

 足音が聞こえた。それから声も。

 古谷ふるやくんと新巻あらまきくんかな。

 しゃべってるのは、新巻くんのほうらしかった。

 ドアがひらいて、最初にこちらへあいさつしたのも、新巻くんだった。

「あ、おはようございまーす」

「おはよう」

 古谷くんは、新巻くんのうしろから顔を出して、軽く会釈をした。

「おはようございます」

「おはよう」

 ふたりは、僕から離れたところへ座った。

 5分ほど間があいて、それからどんどん人が入ってきた。

 思ったより多かったみたいで、箕辺くんは教室の模様替えを始めた。

 僕は、

「手伝おうか?」

 と訊いた。

「いや、対局者は座っててくれ。観戦者のひと、ご協力お願いします」

 不破ふわさんも到着した。

 ポケットに手をつっこんで、飴のスティックをくわえていた。

「師匠、おはさーす」

「おはよ」

 あと1分──10時だ。定刻になった。

 ところが、春日川かすがかわさんが来ていなかった。

 箕辺くんは、葛城かつらぎくんに、

「遅れるって連絡、あったか?」

 と尋ねた。

「ないよぉ。まだ3分しか経ってないし、待ってていいんじゃなぁい?」

 だね。きっちり始める必要もない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、来たっぽい。

 林家はやしやさんを先頭に、いつものメンバーで入って来た。

「へいへい、お待たせしやした。バスが遅れたでがす」

 箕辺くんは、

「対局者のかたは、着席をお願いします」

 と指示した。

 僕と古谷くんは、机のひとつに座った。

 駒箱を開ける。

 王様から順番に並べた。

「振り駒をお願いします」

 ゆずりあって、僕が振ることに。

「……歩が5枚、僕の先手」

 古谷くんは、チェスクロを彼の右側に置いた。

 春日川さんの準備が、終わるのを待つ。

 テープを貼る音と、校庭の運動部の掛け声だけが聞こえた。

「準備はよろしいでしょうか?」

 こほんと、外野から咳払いが聞こえた。

「それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 古谷くんはチェスクロを押した。

 僕はすぐに7六歩。

 3四歩、6八飛、4四歩。


【先手:捨神すてがみ九十九つくも(天堂) 後手:古谷ふるや兎丸うさまる清心せいしん)】

挿絵(By みてみん)


 ……そう来たか。

 外野が、すこしだけざわついた。

 会話じゃなくて、雰囲気が。

 僕はペットボトルを開けて、水をひとくち飲んだ。

 そして、ちらりと古谷くんを見た。

 古谷くんは、冷静な、だけどどこか妙に気合いの入った表情だった。

 この手は……研究だね。

 角交換拒否……あるいは、相振り?

 この可能性はあった。意表を突くなら、相振りだ。

「……4六歩」


挿絵(By みてみん)


 周囲が、またざわついた。

 今度は、雰囲気だけじゃなく、ひそひそ話も聞こえた。

 古谷くんの背筋が伸びた。

 これはさすがに、予定してなかったんじゃないかな。

 僕も予定してなかったけど。

 挑発には挑発で返す。

 古谷くんは30秒ほど考えて、8四歩と突いた。

 4八飛、3二金、7八銀、6二銀、6八玉。


挿絵(By みてみん)


 このかたち、不破さんならどう思うかな。

 ちょっとインスピレーションをもらっている。

 彼女が一時期よく指していた、左穴熊。

 もちろん、これは穴熊にはならない。

 でも、振り飛車から左へ組むことは、できるんだよ。

 この対抗策を1分以内に出せたのは、自分でも奇跡だ。

 古谷くんは、ちょくちょく時間を使った。

 5四歩、3八銀、8五歩、3六歩、5三銀。


挿絵(By みてみん)


 出て来た。

 どうやら、方針を決めたらしい。

 ただ、構想が完全には読めない。

 この銀の使い方は、いろいろありそうだ。

 3七桂、8六歩、同歩、同飛、8七歩、8二飛、5八金右。

 古谷くん、どうする?

 先手は自然になってきた。

「6四銀」

 単騎だね。了解。

 僕は6六歩で牽制した。

 4二銀のあと、小考。

 6四銀は、先手の角筋を妨害するため。

 7九玉だと、8八の角がうまく使えない。

「6五歩」


挿絵(By みてみん)


 突き捨てて開ける。

 これは古谷くんも予想していたっぽい。ノータイムで同銀。

 6七金、4一玉。

 ここで僕は迷った。

 6五歩は、7九玉の準備だった。

 でも、手順的に悠長かもしれない。

 7九玉、3一玉、4五歩には、同歩と取れる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)


 2二角成に同玉だ。

 だけど、この瞬間に4五歩なら、同歩、2二角成、同金で、壁金になる。

 つまり、4五同歩とは、取れないんじゃないかな。

 だとすると──いや、違う。

 4五歩、3一玉、4四歩のあと、4三歩と合わせる手が生じる。

 同歩成は、角を素抜かれる。

 つまり、4五歩と取れなくても、特にデメリットはないわけだ。

「……4五歩」

 3一玉に、7九玉と下がる。

 4五歩、2二角成、同玉、7七桂。


挿絵(By みてみん)


 古谷くんは、7四銀と撤退した。

 思ったより……良くならない。

 後手は、入城できたのが大きい。

 とりあえず4五飛。

 歩を回収。

 6四歩、3五歩で、追加の攻めに出た。

 同歩、3四歩、4三歩。

「6六角」


挿絵(By みてみん)


 積極策。

 古谷くんは、なるほど、という感じで、水筒からなにかを飲んだ。

 香りからして、お茶、かな。

 局面の緊迫感に、あまり似つかわしくない香りだった。

 僕のほうは、もう方針を決めてある。

 このまま2五桂と跳ねて、1三桂成と捨てる。

 ただ、そのあとが続くかどうか。

 古谷くんは、腕組みをして、左斜め下に視線を固定した。

 いつもの優等生、という感じはなかった。

 おそらく、同じ順を深く読んでいると思う。

「……1二玉」

 僕は2五桂と跳ねた。

 古谷くんは2四歩で、1三桂成を逆に催促してきた。

 1三桂成、同桂。

「3三角成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これで繋げる。駒損にはならない。

 同銀、同歩成、同金、3四歩。

 これを同金とできないから、2枚換え。

 古谷くんは、2二玉と、王様で受けに回った。

 3三歩成、同玉、5三銀。


挿絵(By みてみん)


 後手は崩壊寸前──だけど、まだ足りない。

 歩がもう一枚あれば、先手勝勢。その歩がなかった。

 古谷くんからは、まだ余裕が感じられる。

 5一金で、僕の切れ筋を狙ってきた。

「6四銀成」

 ここからは、お互いに細かく時間を使った。

 5二金、5四成銀、4二桂──続かないか。

 僕は5五成銀で、撤退した。

 古谷くんは5四歩、3四歩、同玉、5六成銀、4四歩。

 飛車にプレッシャーをかけてくる。

 4九飛。


挿絵(By みてみん)


 古谷くんは、ここで手が止まった。

 攻め……の予感がする。

 受け切られた、という感覚はない。

 まだ互角……互角の時点で、ダメなのかな?

 そうは思わない。

 互角は互角。

 これも、日日にちにち杯で学んだこと。

 僕は、古谷くんの次の手を待った。

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