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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第55局 感想戦後の感想戦(Y口県)(2015年9月12日土曜)
657/681

645手目 ほんとうに最高

 萩尾はぎおさんは、パソコンにUSBメモリを指すと、よろしく、と挨拶した。

「ボクが選んだのは、これです」


【先手:萩尾はぎおもえ(Y口県) 後手:大谷おおたにひよこ(T島県)】

挿絵(By みてみん)


「コンセプトはずばり、『勝者と敗者、両方のコメントが読める』だよ。どう?」

 た、たしかに、大谷先輩もこれを選びそう、っていうか絶対に選ぶから、両視点になる。

 けど、そこまで配慮してもらわなくても、いいような。

 一方、犬井いぬいくんは、

「さすがは萩尾さん、プレゼン慣れしてるね」

 と、よいしょした。

 萩尾さんは、

「おだてても木には登らないよ、というのはまあ冗談で、決勝を選ばない理由がないからね。じゃあ、始める。角換わりの出だしから、大谷先輩の速攻で開幕」

 と進めた。


【22手目】

挿絵(By みてみん)


「半分くらいは予想の展開。後手番で速攻を仕掛けるひとは、大会でも多かったし、角換わりで後手は、勝ちにくいから。ボクとしては、6五歩の早仕掛けだと思っていたら、それを上回る速度の桂跳ねだった」

 私はメモを取りつつ、

「映像で、ちょっと笑ってるシーンが映ってました。面白いと思いましたか?」

 とたずねた。

「熱くなったな、とは思った。こっちも引く気はないから、殴り合いになったよね」


【33手目】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「大谷さんも7三角で、いったん収まるかと思いきや、今度は端攻めをしてきました。これは予想してましたか?」

 とたずねた。

「予想っていうか、端攻めはこっちから誘ってる」

「あ、そうなんですか? じゃあ、9六歩が挑発?」

「そうだね、9六歩で挑発して、攻め過ぎを誘った」

「結果的に、どうでした?」

「この作戦自体は、後悔してない。変えるなら、7九玉、6二角、5九金だけど、そこで9五歩と伸ばす手があって、面白くないと思った」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 メモメモ。

「ありがとうございます。続きをどうぞ」

「端を交換したあと、後手は手に詰まった。これは期待した通り。で、今度は1筋から攻めてきた」


【54手目】

挿絵(By みてみん)


 あらためて思うけど、大谷先輩、攻めまくりだね。

 あっちがダメならこっち、みたいなノリで攻めてる。

 私は、

「大谷さんが攻め将棋な理由は、なんだと思います?」

 と好奇心を出した。

 萩尾さんは、

「それは、大谷先輩に訊くほうがよくない?」

 と答えた。

「対局相手の見解も、訊いておきたいかな、と」

「6五歩の時点で相当アグレッシブだから、全体的な整合性じゃない?」

 毒食わば皿まで、みたいな?

 萩尾さんは、1筋の攻防も解説した。

 最終的に、後手の攻めは止まった。

「というわけで、ここから反撃タイム。9六歩」


【71手目】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「解説では、9六歩で後手の攻めも復活した、という意見でしたね」

 と伝えた。

「だれだっけ? ……あ、お面のお兄さん?」

「はい、それと早乙女さおとめさんです」

「その指摘は、ギャラリー視点では正しいよ。ボク視点では、争点を作らせる意図で突いたわけじゃないけどね」

 ここでも、主観と客観の問題か。

 なんて考えてると、いきなり毛利もうり先輩が、

「そういえば、あの将棋仮面の正体は、だれだったのだ?」

 と訊いてきた。私に。

「え……いえ、知らないです」

「知らないということは、ないだろう。関東の高校生か? あれだけ強いと、東京の氷室ひむろかとも思ったが、氷室はああいうタイプではないな。身長も氷室より高かった」

 ヒムロってだれやねん。

「いえ、ほんとに知らなくて……」

 私が困っていると、萩尾さんは、

「まあまあ、こういうのはオトナの世界なんで」

 と、助け船を出してくれた。

 でもなあ、ほんとに知らないんだよね。

 私が教えて欲しいくらい。

 運動神経がかなりいいから、アスリートかな、と思ったこともある。

 けど、将棋が強いという謎属性。

 あと、わりとスタイルいいよね。履いてる靴も、有名ブランドだった。

 萩尾さんは、解説に戻った。

「パーッと反撃していって、難しくなったのが82手目」


【82手目】

挿絵(By みてみん)


「方針はふたつ。ひとつは、押し込んだことに満足して、4六角。本譜はこっち。もうひとつは、7三角成で、さらに押す」

 私は、後者にしなかった理由を訊いた。

「7三角成、同角、同銀成、9六歩、8三角、8一飛、9二角成、6一飛、8三馬、8一飛、9二馬の千日手模様を嫌った」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ええ?

 萩尾さんの解説じゃなかったら、うっそだぁ、って言いそう。

「それ、千日手になります?」

「なる可能性は高い」

 うーん、これだけ駒が当たってて、なるのかなあ。

 あとで犬井くんと確認しよう。

 萩尾さんは、4六角以下、後手が固めていく順を説明したあと、頭のバンダナをなおした。

「とはいえ、けっきょく千日手模様になっちゃったのが、ね」


【95手目】

挿絵(By みてみん)


 んー、分岐のいたずら。

 本譜は、このかたちの千日手模様になった。

 そして、ついに本局の重要ポイント。

「萩尾さんは1七香で、千日手回避をしましたよね?」


【101手目】

挿絵(By みてみん)


 私の質問に、萩尾さんは、

「千日手回避は、大谷先輩のほうだね」

 と返した。

 あれ、そうだっけ? メモと違う。

「でも、香車を渡すことで、回避したんじゃないですか?」

「言い方の問題かもしれないけど、回避したのは大谷先輩。ボクの1七香は、回避しませんか、というお誘い」

 ほ、ほんとに言い方の問題では?

 納得しない私の横で、犬井くんは、

「客観的にみると、千日手回避は生じたわけだよね。対局中はどう思った?」

 と、視点を切り替えた。

「大谷先輩のミスだな、と思った」

 強い発言。

 でも、棋理だけでいえば、事実なんだよね、これ。

 AIの評価値は、打開後に先手へ振れている。

 つまり、後手は打開しちゃダメで、千日手を続けないといけなかった。

 犬井くんも、そこはわかってるから、

「大盤も、130手あたりからは、そういう意見だった」

 と言って、引っ込んだ。

 萩尾さんは、

「このあとは先手が良くなりました……が、ボクに致命的なミスが出ました。1二飛成です」

 と、やや嘆息気味に言った。


【156手目】

挿絵(By みてみん)


「正解は1五角でした。これについては、ふたつ弁明があります。ひとつは、1五角のあと、2三玉、2二金、同玉、3三銀、2三玉、2四銀成、2二玉、2三香、3一玉で、受けないといけないことです」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは、どういう……あ、先手が詰んじゃうのか。

 萩尾さんは、もうひとつの理由も説明した。

「ここまでの大谷先輩の辛抱が、卓越していました。思ったより優勢にならないので、もっと前でボクが間違えたんじゃないか、という気になったんです。というわけで、この時点では、ポジティブな指し方ができませんでしたね」

 評価値も、ずーっと横ばい。

 萩尾さんが先に暴発しちゃった、という流れか。

 大谷先輩のメンタル勝ちなのかなあ。

 あんまりこの言葉、使いたくないんだけど。

 萩尾さんは、

「以降は、相入玉になりました。ボクも粘ったとは思うんですが……AIは、そう判断してますよね……先に入玉した後手に分があったかな、と思います」

 と入玉模様のあたりは、だいぶスキップした。

 手数が長いし、細かく解説するのも大変だから、これはしょうがない。

 犬井くんは、

「総括のまえに、最後の収束だけ解説してもらえると、うれしい」

 と頼んだ。


【226手目】

挿絵(By みてみん)


 萩尾さんは、この局面まで一気に飛ばした。

 そしてしばらく、スクリーンの盤を見つめた。

「今見ても、美しいな……この場のメンバーなら知ってると思いますが、1五同龍なら後手の入玉が確定して、先手の僕は入玉できない。7四金と上部開拓したら、1六歩で龍が捕獲されて、点数が足りない。終わりです」


【230手目】

挿絵(By みてみん)


 ここで松蔭先輩は、ちょっと控え気味に、

「俺なんかが言うのもあれだが……入玉は、本当にできないのか?」

 とたずねた。

 萩尾さんは、

「相手のミス期待なら、できますね」

 と答えた。

「でも、本譜はそうしなかったよな?」

「他人の言葉を借りることになりますが……準決勝の早乙女さおとめ戦で、こう言われました。『綺麗なものは、綺麗なまま終わらせましょう』って。これがボクの心境に、一番近いです」

 松蔭先輩は、それ以上なにも問わなかった。

 私はおずおずと、

「えー、それでは、全体の感想を……」

 と切り出した。

 萩尾さんは、そうだね、と言ってから、少し雰囲気を変えた。

 それまで外向きだったオーラが、彼女のなかへしぼんでいく。

 ううん、萎んでいくというのは、正確じゃない。

 なんだろう……昇華されてる?

「最後の収束は、美しかったと思います。みんなには失礼かもしれないけど、一番美しかったんじゃないかな」

 萩尾さんは、モニタをまなざした。

 局面全体を、すみずみまで。

 そして、これまで見せたことのない、爽快な笑みを浮かべた。

「ほんとうに最高だな。でもいつの日か、これを超えてみせますよ」

第10回日日杯 4日目 決勝トーナメント 女子決勝

先手:萩尾 萌

後手:大谷 雛

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △3二金 ▲3八銀 △6二銀 ▲2五歩 △7七角成

▲同 銀 △2二銀 ▲1六歩 △3三銀 ▲7八金 △7四歩

▲4六歩 △7三桂 ▲6八玉 △6五桂 ▲6六銀 △6四歩

▲3六歩 △4二玉 ▲4七銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲8七歩 △8一飛 ▲5五角 △7三角 ▲4五歩 △9四歩

▲4六角 △5二金 ▲1五歩 △6三銀 ▲5六銀 △3一玉

▲9六歩 △9五歩 ▲同 歩 △同 香 ▲9七歩 △6二角

▲3七桂 △5四歩 ▲5八金 △4二金右 ▲7九玉 △1四歩

▲4四歩 △同 角 ▲4五銀 △6二角 ▲2四歩 △同 歩

▲1四歩 △4四歩 ▲5六銀 △1八歩 ▲同 飛 △1七歩

▲4八飛 △1四香 ▲1三歩 △同 桂 ▲9六歩 △同 香

▲同 香 △9五歩 ▲6五銀直 △同 歩 ▲6四香 △同 銀

▲同 角 △6三銀 ▲8二銀 △6一飛 ▲4六角 △8八歩

▲同 金 △9六歩 ▲4三歩 △同金直 ▲7三銀成 △5三角

▲2三歩 △5二銀 ▲7二成銀 △6三飛 ▲7三成銀 △6一飛

▲7二成銀 △6三飛 ▲7三成銀 △6一飛 ▲1七香 △同香成

▲7二成銀 △4一飛 ▲1四歩 △2五桂 ▲同 桂 △同 歩

▲1三歩成 △4五香 ▲同 銀 △同 歩 ▲7三角成 △9七歩成

▲同 金 △4六香 ▲4七歩 △7七香 ▲7八香 △8八歩

▲同 玉 △8五桂 ▲8六金 △9九銀 ▲7九玉 △6一銀

▲8二成銀 △2七成香 ▲4六歩 △2六角 ▲4九飛 △3八成香

▲1九飛 △4八成香 ▲2二歩成 △同 金 ▲6四馬 △5三金

▲2二と △同 銀 ▲5三馬 △同 角 ▲2四桂 △8八角

▲6九玉 △7八香成 ▲同 玉 △3三角成 ▲3二金 △同 馬

▲同桂成 △同 玉 ▲2四桂 △3三玉 ▲3二金 △2四玉

▲1二飛成 △7七香 ▲同 桂 △同桂成 ▲同 玉 △4四角

▲6六香 △1三金 ▲1六桂 △1五玉 ▲2四角 △2六玉

▲2九香 △3七玉 ▲3九香 △同成香 ▲1三角成 △2九成香

▲2二馬 △6六歩 ▲2四桂 △6五桂 ▲6八玉 △6七歩成

▲同 玉 △5七桂成 ▲同 玉 △5五香 ▲5六歩 △同 香

▲同 玉 △5五香 ▲4五玉 △2二角 ▲4一金 △5八香成

▲4四銀 △3三金 ▲同銀成 △同 角 ▲4四金 △8八角

▲3三金 △同角成 ▲5四玉 △5二銀打 ▲6三歩 △5三金

▲6五玉 △6三金 ▲1七龍 △2七桂 ▲5五桂 △5四香

▲6三桂成 △同 銀 ▲1五角 △2六桂 ▲7五歩 △7三桂

▲7六玉 △8八銀不成▲7九香 △6五歩 ▲6七歩 △2四馬

▲7四歩 △同 銀 ▲7五金打 △1五馬 ▲7四金 △1六歩

▲7三金 △1七歩成


まで230手で萩尾の勝ち

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