表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第55局 感想戦後の感想戦(Y口県)(2015年9月12日土曜)
655/683

643手目 裏話

 ここからは2年生。

 と言っても、萩尾はぎおさんはあとだから、嘉中ひろなかくんのみ。

「じゃあ、嘉中くん、お願いします」

 嘉中くんは、Tシャツにハーフパンツというかっこうで、教壇に立った。

 9月だというのに、よく日焼けしている。夏休み、だいぶ遊んでたな。

 あいかわらず陽気そうで、これから一発芸みたいな調子。

 嘉中くんはスクリーンを覗き込みながら、

「じゃ、解説するね」

 と宣言した。

 ファイルは、先にひらいてあった。


【先手:嘉中ひろなか平三へいぞう(Y口県) 後手:石鉄いしづちれつ(E媛県)】

挿絵(By みてみん)


「先輩たちは負け棋譜だったけど、俺はすなおに勝ち棋譜にする。これは19手目で、俺は矢倉に組んだところ。後手は次に6四歩」

 私はメモ帳を見て、

「相矢倉にはならなさそう、っていう感覚は、ありました?」

 とたずねた。

「あった。そもそも7三桂が早いもんね」

 たしかに、この時点で後手は急戦に見える。

「で、れつはけっきょく右玉」


【32手目】

挿絵(By みてみん)


 犬井いぬいくんは、

「オフレコでいいんだけど、舐めプだと思った?」

 と、危ない質問をした。

 嘉中くんは笑って、

「どう見ても舐めプでしょ。烈は普段、右玉しないし」

 と答えた。

 まあ、舐めプっていうより、戦略かな。

 この時点で3日目だし、嘉中くんは下位だった。

 そこでとっておきの研究をぶつけることは、ないよね。

 私は軌道修正して、

「では、分岐点まで進めてください」

 とお願いした。

 嘉中くんはポチポチして、

「分岐点と言われても、難しいんだよなあ。6五歩からの開戦で、8筋も交換するかっこうになった。最初に迷ったのは……」

 と、10手ほど進めた。


【42手目】

挿絵(By みてみん)


「ここで8八角だったかも」

 私は、

「壁角にするんですか?」

 とたずねた。

「後手の角筋通ってるから、安全弁にしたかった」

「あー、なにかあったら、9九角成ですもんね」

「どのくらい効果あるかは、わかんないけどな。本譜は6八角以下で……」


【50手目】

挿絵(By みてみん)


 嘉中くんは、

「これなあ、右玉かと思ったら攻めてきて、違和感あった」

 と、やや大きめのリアクションで言った。

 私は、

「6五歩の時点で、そうじゃないですか?」

 と疑問をぶつけた。

「んー、対局中、どう思ってたかな。正確に思い出せない。こっちのほうが、おどろいた記憶はある。まあ、言われてみれば、6五歩で開戦してるし……あ、そうだ」

 嘉中くんは、マウスでテーブルをタンタンと叩いた。

「思い出した。烈にとっても、右玉は予定じゃなかったんだよ。感想戦で、そう言ってた。さっきの発言は取り消す」

「えーと、舐めプだった、っていう発言ですか?」

「いや……待て……予定じゃないほうに行ったから、やっぱり舐めプなのか?」

 なんだかサイドストーリーで混乱している模様。

 でも、こういうのも面白いから、きちんと付き合う。

「時間をさしあげますので、すこし整理してもらえますか?」

 嘉中くんは、しばらく考えて、

「うん、思い出してきた。俺のほうが右四間に見えたから、矢倉にしなかった、とかなんとか言ってた。そしたら右四間じゃなくて、困ったんじゃなかったかな」

 と説明した。

「困った、というのは?」

「先手だけ陣形を発展させられる状態になった、って意味だと思う」

 ふむふむ、矢倉にできるなら矢倉にするつもりだった、ってことか。

 犬井くんは、

「右四間に見えたっていうだけで、右玉にするかな?」

 と疑問を呈した。

 まあまあ、あんまり疑ってもしょうがない。

 とりあえず、石鉄いしづちくんは守勢に回る気がなかった、ということだ。

 私は、

「後手の端攻めの成否は、どうですか?」

 と質問した。

「成功してるんじゃない?」

「AIだと、評価値が先手に振れるんですよね。ほんのちょっとですけど。具体的に言うと、58手目の8二香が疑問で、1五香と封鎖しておく必要があったみたいです」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 嘉中くんは、マジメにスクリーンを見つめたあと、

「……たしかに」

 と返した。

 でしょん。

 2六飛とどかせて、1七香成~4四角は、完全に突破してる。

 本譜は1一飛成と成り込まれていて、損だと思う。

 嘉中くんは、

「だとするうと、烈のミスで、先手が良くなった感じか」

 と、意見をすこし変えつつ、先へ進めた。

「端をごちゃごちゃやって、俺は龍を、烈は馬を作った。ポイントは……」


【81手目】

挿絵(By みてみん)


「ここだな。烈は、9五歩でミスったと言ってた」

 私は、嘉中くんの評価をたずねた。

「対局中は、まったく疑問に思わなかった。むしろ納得した」

「理由はあります?」

「後手は攻め続けないと終わり、だと読んでた」

「じゃあ、じっさいにはそれが違った、と?」

「たぶんだが、後手はもう入玉を目指したほうがよかった」

 右玉らしくしろ、ってことか。

 うーん、どうだろう。

「入るなら、どうすればよかったです?」

「4五馬からぼちぼち、じゃね?」

 けっこうギリギリな気がする。

 私はメモを取りつつ、

「9五歩、2三と、9六歩、3二と、9七歩成で、攻め合いになりましたね」

 とコメントした。

 嘉中くんは、

「そこから端を清算して、4二とが間に合ったから、先手いいと思い始めた」

 とふりかえった。


【91手目】

挿絵(By みてみん)


 犬井くんも、

「8二香が、意味ないんだよね。王様は反対方向に追わないといけないし」

 と同意した。

 嘉中くんは、

「だなあ。烈が端攻めを後悔したのも、当然っちゃ当然か」

 と返した。

 私は評価値グラフを、タブレットで確認した。

「……このあと、逆転はなかったみたいですね」

「あ、そうなの? 対局中は冷や汗だったが」

「どこかでミスした、っていう意識がありました?」

「1五角あたりは、ドキリとした」


【130手目】

挿絵(By みてみん)


 なるほど、でも評価値は、全然先手優勢。

 私は、

「評価値ばっかりで申し訳ないんですけど、先手にミスがあったとしたら、123手目の2三龍なんですよね」

 と伝えた。


【123手目】

挿絵(By みてみん)


「これで1000以上溶けてます」

 嘉中くんは、

「指したときは、自然だと思ったけどなあ。詰めろだし」

 と首をかしげて、代替案を訊いた。

 私は、

「この時点で2六角と打って、3五香、同銀、4三玉、3四銀です」

 と答えた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ようするに、このまま押し込め、と。

 嘉中くんは、

「そりゃAIっぽいな。攻め間違えなきゃいい、ってやつだろ」

 と苦笑した。

 そう言われると、そうか。

 本譜のほうが安全だったかも。

 私は、

「いずれにせよ、本譜は先手が手堅く勝ちましたね。このあと、評価値が急落したところは、ないです。むしろ、後手がわりと粘った、と言っていいくらいです」

 と進めた。

「そのへんは、さすがに烈だった。最後まで諦めてくれなかった」

 敢えて言うなら、150手目の5三桂では、8九角のほうがよかったとか、154手目の4七歩では、4一飛のほうがよかったとか、細かい点はある。だけど、そう指したら後手が逆転できるわけでもないし、ミスとは言えなかった。

 逆に言えば、先手のミスがないともう逆転不能な段階で、ミスせずに指した嘉中くんも偉い、という話だ。

 嘉中くんは、

「最後、詰ませるところまでいかなかったが、うまい詰めろがかかって、ゲームセット」

 と締めくくった。


【167手目】

挿絵(By みてみん)


 さすがに私でもわかる投了図。

「では、全体の感想をお願いします」

 嘉中くんは、マウスを置いた。

「そうだなあ、もう語り尽くした感もあるし、特に……」

「指し手じゃなくてもいいですよ」

 嘉中くんは、数秒ほど考えて、ポンとテーブルを叩いた。

「そうだ、忠信ただのぶ先輩と賭けしてたんだよね。勝ち星の多いほうが、おごってもらうって。この対局で俺の勝ちが確定したから、喜んでたの思い出した」

 あのですね、そういう載せられないコメントはですね。

 私が修正するよりも先に、犬井くんは、

「下位は下位で、楽しみ方があるからねえ」

 と、便乗していた。

 こらこら。

「えー、なんと言いますか、もうちょっと裏話的でないほうが……」

「だったら、最下位じゃないことが確定して、ホッとした、でいいよ」

 物は言いよう。

 と思いきや、今度は松蔭まつかげ先輩が渋面で、

「それはブービーの俺に対する皮肉かあ?」

 と愚痴った。

 あー、もう、めんどくさい。

 男子ども、ホモソーシャルなマウント合戦をやめなさーいッ!

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 13回戦

先手:嘉中 平三

後手:石鉄 烈

戦型:後手右玉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲7八金 △4二銀 ▲2六歩 △3二金 ▲4八銀 △4一玉

▲6九玉 △5四歩 ▲5八金 △7四歩 ▲4六歩 △7三桂

▲4七銀 △6四歩 ▲6六歩 △6三銀 ▲6七金右 △6二金

▲3六歩 △8五歩 ▲2五歩 △8一飛 ▲1六歩 △1四歩

▲3七桂 △5二玉 ▲7九角 △6五歩 ▲同 歩 △同 桂

▲6六銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛

▲6八角 △6四歩 ▲7九玉 △9四歩 ▲9六歩 △3三角

▲5六銀 △1五歩 ▲同 歩 △1六歩 ▲同 香 △1五香

▲1八飛 △1六香 ▲同 飛 △8二香 ▲8八香 △2二金

▲8六歩 △1五歩 ▲1八飛 △4四角 ▲1五飛 △2六角

▲1一飛成 △1三金 ▲3五歩 △3七角成 ▲1四歩 △4四桂

▲4五銀 △4六馬 ▲4四銀 △同 歩 ▲1三歩成 △5八銀

▲4八金 △6七銀不成▲同 金 △9五歩 ▲2三と △9六歩

▲3二と △9七歩成 ▲同 香 △同香成 ▲同 桂 △8七歩

▲4二と △同 玉 ▲8七香 △9六歩 ▲4七香 △3五馬

▲3六歩 △1三馬 ▲5六歩 △5七香 ▲6五銀 △9七歩成

▲5七角 △同 馬 ▲同金上 △8七と ▲2二龍 △3二桂

▲4四香 △4三歩 ▲同香成 △同 玉 ▲4四歩 △同 玉

▲4六香 △4五歩 ▲同 香 △同 玉 ▲4六銀 △4四玉

▲6九玉 △3一香 ▲2三龍 △3三金 ▲2一龍 △6五歩

▲4二銀 △7八銀 ▲5九玉 △1五角 ▲4八角 △同角成

▲同 玉 △6七銀成 ▲2六角 △3五金 ▲同 銀 △4三玉

▲3三銀成 △5三玉 ▲3四銀 △4四香 ▲4五桂 △6四玉

▲3七角 △5五香 ▲6七金 △4五香 ▲同 銀 △5三桂

▲5四銀 △同 銀 ▲5五歩 △4七歩 ▲同 玉 △2九角

▲3八香 △4五銀 ▲5六桂 △同 銀 ▲同 金 △4五桂打

▲5四金 △7三玉 ▲6四銀 △8三玉 ▲4八角


まで167手で嘉中の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ