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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第55局 感想戦後の感想戦(Y口県)(2015年9月12日土曜)
654/681

642手目 会心の序盤

 けっきょく、萩尾はぎおさん以外は学年順ということになった。

 お次は松蔭まつかげ先輩。

 先輩は、教卓の椅子に座ると、

「よし、ぱぱっとやるか」

 と言って、マウスを操作した。


【先手:葦原あしはらたつる(S根県) 後手:松蔭まつがけ忠信ただのぶ(Y口県)】

挿絵(By みてみん)


 これを見て、嘉中ひろなかくんは、

「それなの?」

 と、ちょっと意外そうな顔をしていた。

 私も意外。

 とりあえず、私はタブレットで勝敗を確認した。

「……松蔭先輩の負けですが、いいんですか?」

「じつは、直前まで迷っててな。今治いまばり戦にしようかと思ったんだが、勝ち棋譜じゃなくてもいいなら、こっちのほうが内容は充実してる」

 なるほど、内容優先か。

 毛利先輩のチョイスを見て、切り替えた感じかな。

「全然オッケーなんで、よろしくお願いします」

 松蔭先輩は、カーソルを動かした。

「葦原の角換わりのお誘いに対して、俺は角交換拒否だ」


【10手目】

挿絵(By みてみん)


 私は理由をたずねた。

 松蔭先輩は、

「事前に準備してきた」

 と答えた。

 ふむふむ。

 私は棋譜を見ながら、

「後手だけ矢倉にしたのも、事前準備ですか? 今の流行りなら、相雁木かな、とも思うんですが」

 とたずねた。


【34手目】

挿絵(By みてみん)


「そうだな、相雁木は指し慣れてそうだし、ムリヤリ矢倉にしてみた」

 だいぶ練ってるんだね。

 ちなみに、この直後に開戦。

 4六歩、7五歩。

 嘉中くんは、ここで外野から、

「見慣れないかたちにして速攻、先手居玉、か。わりと成功してるんじゃない?」

 と言った。

 松蔭先輩も、

「思ったよりうまくいった。葦原が対応してくるかとも思ったが、すんなりだった」

 と返した。

 同歩、同角、4七銀、7四銀。

 ぐいぐい行く。

 2九飛、4二角、4八玉、7二飛。


【44手目】

挿絵(By みてみん)


 先手、右玉に追いやられる。

 ここまできて、松蔭先輩が本局を選んだ理由、わかってきた。

 これは作戦勝ち。

 葦原先輩がこの局面を想定していたとは、考えにくい。

 ただ、萩尾はぎおさんは、

「気持ち良く指せてはいますが、ちょっと細いですね」

 と指摘した。

 松蔭先輩は、

「そうか? このあと突破はできたぞ?」

 と返した。

「先手も反撃できる程度の圧じゃないです? 防戦一方にならなさそう、というか」

 萩尾さん、この棋譜は見てない可能性大だけど、的確だった。

 先手はこのあと、左を受けつつ、右で反撃に出ている。

 松蔭先輩も、

「うーん、そうか、この時点で、わかるひとにはわかる流れか……」

 と、やや落胆した。

 萩尾さんは、

「いえ、悪いと言ってるわけじゃないです。作戦としては、うまくいってますよね」

 とケアした。

 そこからは、後手が突破するところ、先手が反撃するところまで進める。


【50手目】

挿絵(By みてみん)


 まずは、後手が突破するところ。

 松蔭先輩は、

「当然に同銀だ」

 と、駒を動かした。

 同銀、同飛。

「で、この瞬間に5二銀と打たれた」


【53手目】

挿絵(By みてみん)


 松蔭先輩は、

「次の手に、かなり悩んだ。この単打ちは考えてなかった」

 と白状した。

 私は、

「代わりに、どういう進行を考えてました?」

 とたずねた。

「4五歩、同歩、同桂、4四銀」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これで5二銀は、あると思っていた」

 今度は嘉中くんが、

「じっさいあるあるじゃない? 4五銀、4三銀成、同金、4六歩でしょ?」

 と言った。

 松蔭先輩は、

「そうだ。この攻め合いは、なかなか厳しいな、と考えていた」

 と同意した。

 すると、萩尾さんは、

「浅くしか読んでませんが、ボクなら単打ちですね」

 と割り込んだ。

 松蔭先輩は、理由をたずねた。

「4五歩以下は、攻め合っても先手有利にならないです。例えば、4六歩に3三桂と援軍を出して、4五歩、同桂、4六角、7二飛と引いた瞬間、9一角成がヌルいです。5七銀で先手が崩壊するので」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 松蔭先輩は、その通りに駒を動かしたあと、腕組みをした。

「……馬が利いてるから、だいじょうぶじゃないか?」

「即断はできませんが、同金、同桂成、同玉、4五桂は、潰れてると思いますね」

 なんだか合評会みたいになってきた。

 いいよいいよ。

 しばらくあーだこーだの議論があって、本譜へ戻った。

 松蔭先輩は、

「飛車の引き場所が難しかった。本譜は7五飛だが、良くなかったかもしれない」

 と反省した。

 私は、

「どこへ引くほうがベターでした?」

 と訊いた。

「7一か7二。7五は6五歩で、目標になった」

 以下、先手の猛攻。


【65手目】

挿絵(By みてみん)


 萩尾さんは、

「難解だな」

 とつぶやいた。

 萩尾さんクラスで難解なら、かなりいい勝負なのだろう。

 松蔭先輩は、

「萩尾なら、どう指す?」

 とたずねた。

「第一感、7六歩、っていうか他になさそうです」

「俺もそう指した。葦原は感想戦で、次の手がわからなかったと言っていた」

 本譜は6四歩。

 でも、感想戦では、単に9一角成も検討されたらしい。

 萩尾さんは、

「悩ましいですね。7七歩成、8一馬、7六飛のあと、6六桂を狙われて困るといえば困るんですが、6四歩、同歩を入れても、けっきょく6四角~9一角成くらいしかないんじゃないですか?」

 とコメントした。

「そうなんだ、本譜は6四歩、同歩、同角、4二歩と、ここのかたちが違うだけで、以下は9一角成、7七歩成、8一馬だからな」


【73手目】

挿絵(By みてみん)


 いかん、萩尾さんの読みが速過ぎて、こっちがわかんなくなってきた。

 私は主導権を奪還。

「これ、後手が押してるようにも見えますが、局中の感想は?」

「俺がいいと思ってた……が、先手に痛い返しがあった。7六飛に5五桂だ」


【75手目】

挿絵(By みてみん)


「打たれたときは、角筋を止めたくらいにしか思わなかった」

「じつは違った、と?」

「同歩、3三桂成、同角に4六香があった」


【79手目】

挿絵(By みてみん)


 ん? ……あ、4四歩と打てないのか。

「4二歩が祟ってますね」

「その通りなんだが、この時点では、事態の深刻さに気づいてなかった。4四桂、同香、同角、4五馬とされてから気づいた」

「その意図は?」

「4四馬~3一角で、後手が寄せられる」

 私は脳内将棋盤で考えた──なるほど、厳しいか。

 犬井いぬいくんは、

「3三玉とすれば、まだ全然粘れますけど、本譜は6六桂でしたね」

 と指摘した。

 松蔭先輩は、いやあ、とうなって、

「3三玉が受かるかたちになるとは、思わなかった。攻め合いに持ち込んだ」

 と答えた。

 6六桂、4四馬、同金、3一角、3三玉、4二角成。

 いかにも寄りそうなかたちに。

 2二玉、3一馬、3三玉。

 ここまで馬の位置を調整して、5九金。


【93手目】

挿絵(By みてみん)


 冷静……なのかな?

 私は、

「7八とと、入れますよね?」

 とたずねた。

 松蔭先輩は、

「入れない。4二馬、2二玉、3一銀、1二玉、3二馬が、詰めろ飛車取りになる」

 と返した。

 あ、そっか、飛車に紐をつけてないといけないんだ。

 だったら、見た目以上に後手が悪そう。

 嘉中くんは、

「4五桂くらいかなあ」

 と言いながら、自分が座っているデスクに寄りかかった。

 松蔭先輩は、

「本譜もそうした」

 と言って、何手か進めた。


【101手目】

挿絵(By みてみん)


 萩尾さんは、

「後手、足らない感じですね」

 と、後手劣勢の評価。

 松蔭先輩は、

「もうダメか? 本譜は5七金だったが、なにかあればな」

 とたずねた。

 萩尾さんは、

「やるなら、5七角の勝負手です。同桂なら詰みます」

 と言った。

 え、そうなの?

 詰み手順は、5七同桂、3七銀、3九玉、3八銀打、同銀、同銀成、同玉、3七金、4九玉、3八銀、5八玉、4七金まで。

 松蔭先輩は、

「その詰みは見えたが、3八玉で寄らないと思った」

 と言った。

 萩尾さんも、それは寄らないという考えだった。

 松蔭先輩は、

「というわけで、本譜は5七金と打って、3九玉、4八角、同金、同金、2八玉、3七銀、同桂、同桂成に1七玉と上がられて、最後のお願いもダメだった。以上だ」

 としめくくった。


【111手目】

挿絵(By みてみん)


 ここから2六銀、同玉、3五金打、1六玉まで。

 1二の王様が駒に囲まれたまま、終了していた。

「では、全体の感想をお願いします」

「自画自賛になるが、序盤は会心の展開だった。中盤以降の難所で、きちんと正解を出せなかったのが敗因だな。葦原にうまく指された、ということだろう」

 綺麗な着地。

「ありがとうございます。それでは、2年生に移ります」

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 11回戦

先手:葦原 貴

後手:松蔭 忠信

戦型:ムリヤリ矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3二金

▲6八銀 △3四歩 ▲1六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲1五歩 △6二銀 ▲7八金 △7四歩 ▲6六歩 △2二銀

▲4八銀 △4二角 ▲6七銀 △4一玉 ▲3六歩 △5四歩

▲3七桂 △5二金 ▲5六歩 △4三金右 ▲6八角 △3一玉

▲5八金 △7三銀 ▲9六歩 △3三銀 ▲4六歩 △7五歩

▲同 歩 △同 角 ▲4七銀 △7四銀 ▲2九飛 △4二角

▲4八玉 △7二飛 ▲7七桂 △2二玉 ▲5七角 △7五銀

▲7六歩 △同 銀 ▲同 銀 △同 飛 ▲5二銀 △7五飛

▲6五歩 △7二飛 ▲4三銀成 △同 金 ▲4五歩 △同 歩

▲4一金 △5三角 ▲4五桂 △4四角 ▲4六角 △7六歩

▲6四歩 △同 歩 ▲同 角 △4二歩 ▲9一角成 △7七歩成

▲8一馬 △7六飛 ▲5五桂 △同 歩 ▲3三桂成 △同 角

▲4六香 △4四桂 ▲同 香 △同 角 ▲4五馬 △6六桂

▲4四馬 △同 金 ▲3一角 △3三玉 ▲4二角成 △2二玉

▲3一馬 △3三玉 ▲5九金 △4五桂 ▲4九桂 △7八桂成

▲4二馬 △2二玉 ▲3一銀 △1二玉 ▲3二馬 △5七金

▲3九玉 △4八角 ▲同 金 △同 金 ▲2八玉 △3七銀

▲同 桂 △同桂成 ▲1七玉 △2六銀 ▲同 玉 △3五金打

▲1六玉


まで115手で葦原の勝ち

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