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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第54局 再来!秋の個人戦(1日目・2015年9月6日日曜)
652/681

640手目 男子の部準決勝 葛城〔升風〕vs捨神〔天堂〕(2)

※ここからは、箕辺みのべくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 どっちがいいのか、よくわからない。

 俺がぼんやり見ていると、となりに立っていた不破ふわは、

「んー、師匠、ちょっち突っ込み過ぎじゃね?」

 と独りごとを言った。

 俺は、

捨神すてがみのほうが悪いか?」

 とたずねた。

 不破は、スティック付きの飴玉を頬張りながら、

「人間的には互角」

 と返した。

「そうか……」

 ふたばも、悩んでるっぽい。

 手が多いからな。

 俺が気づくだけでも、馬を取るか、飛車を取るか、歩を取るか。

 歩を取るのは、なさそうなんだが……馬取りか?

 王様に近いし、2五飛と逃げられても、大したことないんじゃないだろうか。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 うんうん。

 捨神は軽く息をついて、5八歩成。

 以下、同金、2五飛、4二と、2八飛成、3八歩、1九龍。

 ここで香車を取るようだと、遅いと思う。

 だけど、5九歩は必要だし、先手からの攻めが、よくわからない……いや、それ以上に、後手からの攻め方がわからない。

 俺は、

「5九歩は打つとして、そのあと後手はどうするんだ?」

 と訊いた。

 不破は頭を掻いた、

「わかんね。5筋に香車打っても、意味ねえしなあ」

 捨神のほうが悪いのか?

 持ち駒が多いだけなのかもしれない。

 俺が考えていると、不破は、

「どっちか応援してんの?」

 と訊いてきた。

 俺は一瞬、きょとんとなった。

 それから笑った。

「どっちを応援するとか、今さらそんな仲じゃないぞ」

「ま、それもそうか……つっても、師匠の強さは、こっからだけどな」

 半分は同意するが、もう半分は同意しない。

 捨神は、ぽっきり折れることがある。

 それに、この力戦は、粘れないような気がする。

 後手玉はスカスカだ。


 パシリ


 ふたばは5九歩と打った。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 香打ち。

 俺の第一印象は、そう指すんだな、だった。

 一方、ギャラリーのなかには、そこ?、という表情もあった。

 不破は、

「7四香……ね」

 とつぶやいて、スティックを奥歯で噛んだ。

「疑問か?」

「それ以前に、あんま考えなかった手……だし、打たれた今も、よくわかんねぇ」

 そんなに難しい手か?

 7六香と走って、合駒をさせる、くらいだと思ったが。

 先手は歩切れだから、7七歩とできない。

 俺は、それを説明した。すると、

「そこはあたしもわかってんだよね。問題は、そのあと先手の攻めより速いのか、ってこと」

 と返された。

 なるほど……納得がいった。

「たしかに、どうするんだろうな」

「師匠のことだから、なにかあるとは思うんだが……」

 ふたばも、疑心暗鬼になっているようだった。

 が、そこまで囚われず、3一飛成と成った。

 7六香、7七桂打、7四香。


挿絵(By みてみん)


 重ね打ちが狙いだった?

 だけど不破は、

「これでも足りない気がするんだよなあ」

 と言った。

 ふたば、慎重になる。

 残り時間は、先手が5分、後手が4分。

「……」

「……」

 残り時間が逆転した。3分残して、6一金。

 7七香成、同桂、同香成、同玉。

 捨神も、ここで考えた。

 やっぱり手がないのか?

 あったら指してると思う。

 ギャラリーも、固唾を飲んで見守った。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 角……王手で銀に紐づけ、だよな?

 他に意図があるか?

 不破は、

「6八玉なんかは論外だけど、5五香くらいで止まるんじゃね」

 と読んだ。

 ふたばも20秒ほどで、5五香と打った。

 捨神、また長考。

 不破は、

「次に4三とがあるから、攻めるしかないんだよね。でも、6四桂は止まるっしょ」

 と補足した。

 俺は、

「8五桂は?」

 と訊いた。

「8五桂のほうが、微妙にマシ。ただそれも止まると思う」

 4三とを回避する手があるかどうか、俺は不破にたずねた。

 それはない、という回答だった。

「じゃあ、捨神が悪いか」

「いや、そう言えないからムズイ。後手玉がすぐ寄るわけでもない」

「互角?」

 不破は、あごに手を当てて、

「……形勢判断が、そもそもクソムズイ」

 と答えた。

 後手有利の可能性すら切れない、と不破は言った。

 マジか。

 俺じゃわかんないな。

 残り時間は2分を切った。

 1分30秒で、捨神はキリをつけた。

「8二玉」


挿絵(By みてみん)


 玉寄り……どうなんだ?

 不破は、

「4三とに1七角成で、粘るんじゃないかね」

 と推測した。

 ふたばは、すぐに4三と。

 捨神は、桂馬を手にした。

 8五桂~1七角成?


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……? なんだこれ?

 ふたばは、ふえ、という表情になった。

 不破も黙って、首をかしげた。

 混乱させるのが目的か?

 捨神は、そういうタイプじゃないと思うが──ふたばに時間がない。

 この手は、1秒も考えていなかったようすだ。

 俺は、

「4六の金狙いだよな?」

 と確認を入れた。

「……」

「違うか? それくらいしかないような……」

「わかった。6六を埋めたんだ」

 6六を埋めた……?

 俺は一瞬、その意味がわからなかった。

ふさいだってことか?」

「8五桂のとき、6六玉以外だとキツイ」

 俺は読んでみた──が、そのキツさは判然としなかった。

「6六を塞ぐなら、7四桂のほうがよくないか?」

「それは5六金で、今度は4六が空く」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ……あ、そういうことか。

 両サイドを押さえ込んでるんだ。

 しばらくして、ふたばも気づいたらしい。

 あ、そっかぁ、という雰囲気に変わった。

 不破は、

「4三とのまえで、気づいてりゃなあ。こっから7一金、同角は、4三のと金がぼやける。かと言って、4四とはもたないぜ」

 と指摘した。

 残り1分のところで、7一金。

 捨神はノータイムで8五桂。

 6八玉、7一角。


挿絵(By みてみん)


 不破の懸念ルートになった。

 が、そんなに先手悪くないと思う。

 ふたばも、負けたというオーラは出していなかった。


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同龍。

 捨神も慎重に時間を使った。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同玉。

 以下、4四角、8二玉、7一角打、9二玉。

「7二ぎぃん」


挿絵(By みてみん)


 ……詰めろだ。

 先手が先にかけた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 捨神は5一飛。自陣飛車。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5四香ぉ」

「6五桂」

 ん? ……詰めろくさいか?

 少なくとも、角は抜けそうだ。

 20秒あたりで、不破は、

「詰めろ」

 と言った。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8八銀左、5七歩、同金、同桂成、同玉、5九龍。

 捨神は寄せに入った。

 5八歩、4八銀、6六玉。

「7一飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これも詰めろ……だよな。金が3枚ある。

 俺には1分じゃ読み切れなかった。

 が、対局者は察しているらしかった。

 回避したら、7二飛で攻めの拠点がなくなって、終了ということも。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「ふえぇ……負けましたぁ」

「ありがとうございました」

 全局終了──余韻が漂う。

 なんていうか……濃い対局だった。

 ギャラリーも、疲れを忘れて魅入っていた。

 ふたばは、

「5四桂が良すぎたよぉ。どうやって気づいたのぉ?」

 と、感想戦を始めた。

 捨神は、

「寄りがたちから逆算した。4六と6六を封鎖したら、先手が寄りそう、って気づいて、だったら5四桂がある、って流れ。ただ、打ったときは自信がなかったし、今でも正解かはわからない」

 と答えた。

「そっかぁ……全然読んでなかったから、びっくりしちゃったぁ」

 ふたりは、5四桂から検討した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ふたばは、

「うーん……7一金しか、ないかなぁ」

 と言って取った。

 8五桂、6八玉、7一角、同龍、同玉と、本譜同様に進む。

 ここでふたばは、

「4四角が変だったかもぉ。2六角で自陣に利かせるのは、どうかなぁ?」

 と手を変えた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 捨神は、

「本譜よりは、いいかもしれない。けど、8二玉、7一角打、9二玉、7二銀の瞬間、3五歩で遮断できるよね。同角だと、似たようなかたちになるんじゃないかな」

 と指摘した。

「そっかぁ……じゃあ、5四桂と打たれた時点で、ダメだねぇ。4三とが間違いだと思うから、7一金に変えるよぉ」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 不破の言ってたことが正しいなら、この変化だよな。

 本譜は4三のと金がカラぶった。

 捨神は、

「対局中も、この進行にかなり悩んだんだよね。厳密には互角だと思うんだけど……後手自信ない」

 と説明した。

「ちなみに、どうする予定だったのぉ?」

「単に同角と取って、同龍、同玉、5三角かな、と思ってた。そこで6二銀と受けて、先手は馬を作るんじゃない?」

「うぅん、じっくり系かぁ。4三とが悪いって気づいたら、こっちを選ぶかもだけど、気づかなかった以上は、この進行にはできないねぇ。先手からブレーキをかける理由がないしぃ」

 俺がうなずきながら聞いていると、うしろから声をかけられた。

 葉山はやまだった。

 スマホを見せて、時間だ、という仕草をした。

 そっか、もう閉会か。

 俺は、

「そろそろ撤収します。感想戦は簡潔に終えてください」

 と指示して、もうひとつのテーブルにも声をかけた。

 役員でホワイトボードを消して、片づける。

 向こうがわを持っていた葉山は、

「ハァ~、疲れた」

 とタメ息をついた。

「悪いな、日日にちにち杯の取材が残ってるんだろ? 来週は休んでもいいぞ」

「へーきへーき。捨神くんの地元での活躍も、ちょっち絡めたいし」

 ジャーナリストの鑑だなあ。

 そう思うと同時に、俺は気になってることがあった。

「次回の広報誌、もうできあがってるのか?」

「え、あ、ごめん、まだだけど……急ぐ?」

 すぐには難しいんだけど、というニュアンスが、言外にあった。

 もちろん、急かす意図は俺にはなかった。

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

「なんか注文ある?」

 ある、と思った。

 だけど、少し間を置いて、

「忙しいようなら、締切はもっとあとでもいいぞ」

 と答えた。

「あ、うーん、なるべく間に合うようにはする。延長のお願いはするかも」

「気軽に言ってくれ」

 俺はそう言って、ホワイトボードを担ぎなおした。

 ほんとうは、【日日杯準優勝の捨神くん、地方予選でも大活躍】みたいな構成はやめてくれって、そう言おうと思ったんだが……言う資格はないよな。だったら自分で作れって話になる。

 ここは葉山を信用して……それもおかしいか。

 他人にこんなことを期待するのは、身勝手に感じられた。

 葉山は俺の顔色を察したのか、

「箕辺くん、どうしたの? 締切伸ばせないなら、そう言ってね?」

 と、心配そうな目を向けてきた。

「ん、いや……ちょっと疲れただけだ」

 そう、ちょっと疲れた。

 今日の対局に? 人間関係に? 気づかいに? 会長職に?

 わからない。

 ただ、考えるのをやめちゃダメな気がするんだよな、こういうことって。

 その理由もまた、わからないけれど。

場所:2015年度 秋季個人戦 男子の部 準決勝

先手:葛城 ふたば

後手:捨神 九十九

戦型:後手角交換型振り飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4二飛 ▲2五歩 △6二玉

▲6八玉 △3三角 ▲同角成 △同 桂 ▲7八玉 △5二金右

▲3八銀 △2二飛 ▲7七角 △4二銀 ▲3六歩 △5四歩

▲3七銀 △5三金 ▲4六銀 △4四金 ▲5八金右 △7二玉

▲3八飛 △3二飛 ▲9六歩 △9四歩 ▲5六歩 △2五桂

▲5五歩 △3五歩 ▲5四歩 △3六歩 ▲4四角 △同 歩

▲5三歩成 △4五歩 ▲4二と △同 金 ▲4五銀 △3七歩成

▲3三歩 △同 飛 ▲3四歩 △4三飛 ▲3七桂 △同桂成

▲同 飛 △4五飛 ▲3三歩成 △5五角 ▲4六金 △9九角成

▲8八銀打 △5七歩 ▲9九銀 △5八歩成 ▲同 金 △2五飛

▲4二と △2八飛成 ▲3八歩 △1九龍 ▲5九歩 △7四香

▲3一飛成 △7六香 ▲7七桂打 △7四香 ▲6一金 △7七香成

▲同 桂 △同香成 ▲同 玉 △4四角 ▲5五香 △8二玉

▲4三と △5四桂 ▲7一金 △8五桂 ▲6八玉 △7一角

▲同 龍 △同 玉 ▲4四角 △8二玉 ▲7一角打 △9二玉

▲7二銀 △5一飛 ▲5四香 △6五桂 ▲8八銀左 △5七歩

▲同 金 △同桂成 ▲同 玉 △5九龍 ▲5八歩 △4八銀

▲6六玉 △7一飛


まで104手で捨神の勝ち

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