638手目 男子の部準決勝 古谷〔清心〕vs曲田〔升風〕(2)
※ここからは、五見くん視点です。
いや、これは、なんというか……。
僕が驚いている横で、佐伯先輩は、
「古谷くん、2局目も右玉のほうが、よかったんじゃないかな」
とコメント。
んー、それは違うと思います。
1局目の右玉も2局目の一手損も、曲田くんの研究外し。
右玉党になったわけじゃないです。
その一方で、となりで観戦している獅子戸くんは、
「舐めプで形勢悪くする兎丸、公式戦で初めて見たな」
と困惑していました。
いえ、それも違うと思います。
舐めプではないです──表現が難しい。
合理的なんですよね。
僕も曲田くんに負けてしまいましたが、正直、対策負けです。
棋力負けだろ、というツッコミは置いておいてですね、はい。
曲田くんはスナイパータイプなんですよ。
対局相手が絞れた状況で、強みを発揮するタイプ。
オンラインのランダム対局のときより、一段くらい強いです。
パシリ
攻め合いましたね。
7七歩成、同玉、4四角、2四飛。
飛車の飛び出しで、先手は攻勢に。
佐伯先輩は、
「後手は思ったよりバランスがいいよ」
と言いました。
たしかに……あまり攻め口がないんですよね。
一見スカスカなんですが。
とはいえ、崩れたら早いです。
兎丸くんも、ここは慎重でした。
1分使って、2二銀。手堅い。
曲田くん、ここでひと息。
ちらっと横を向いて、それからまた盤を見ました。
いや、どうだろ、みたいな表情。
僕は、
「変に攻めないで、後手の動きを待ちたいです」
とコメント。
佐伯先輩も、
「いったん2五飛かな」
と同意しました。
そして、曲田くんもこの選択。
2五飛。
今度は兎丸くんが考える番に。
僕は、
「6五桂と打っても、インパクトがあまりないですね」
と言いました。
佐伯先輩は、
「さすがにそれは打たなさそう。まだ6五銀のほうが、あると思う」
と返しました。
いろいろ検討してみると、受ける必要があるのでは、ということに。
例えば、2三歩。
【参考図】
これはありえますよね。自然です。
佐伯先輩は、
「5一玉もあるよ」
とのこと。
うーん、個人的には指したくない。
兎丸くんは、残り時間が8分を切ったところで、持ち駒に手を伸ばしました。
パシリ
すなおに2三歩。
曲田くんは、うんとうなずいて、6八玉。
これはしょうがないです。
このままでは7四桂と跳ねられないので。
6五銀、3三金で、また先手攻勢に。
同銀、2三飛成、3四銀。
銀を捨てましたね。
同龍に押さえ込み?
この予想は外れました。
同龍に7六歩。
これは詰めろ……なわけないです。なんだろう。
佐伯先輩は、
「7六桂かと思ったけど、ゆるめにしたのかな?」
と疑問を吐露。
7六桂、5九玉、3八銀は、僕もアリだと思いました。
それだと続かなかった?
曲田くんも、この手を警戒しました。
すぐには反応せず。
とはいえ、残り時間は10分もないので、あまり悠長にはできません。
覚悟を決めて、2一角。
以下、5二金、6一銀、3三金、2五龍、2四銀。
おや? 持ち駒を投入するんですか?
7六歩の意味が、ますますわからなくなりました。
7七に打つ金銀がありません。
しかも、3六龍で拠点の歩も消えます。
曲田くんも妙に思ったのか、手が止まりました。
が、変更の余地もないので、3六龍。
兎丸くんは、さらに3四桂。
……………………
……………………
…………………
………………あ、角を殺すのか。
佐伯先輩は、
「そっか、中途半端な受けだと、3一玉と下がったときに反撃されるね。持ち駒を使い切っても、角と桂馬があれば寄る、って言う読みなんだ」
と見抜きました。
たぶん、そうです。
けど、寄るんですか?
それに、先手からは5二銀成も7四桂も4五歩もありますし、どこか突破される可能性が、なきにしもあらずのような。
僕は、今日最後の集中力で、読みを入れました。
……………………
……………………
…………………
………………ば、バランスが良すぎる。
佐伯先輩も、
「やっぱりバランスがいいね。攻めるスキマがない」
と断言。
曲田くんも気づいているらしく、うっすらと困ったような表情。
口もとに手を当てて、ずいぶんと考え込んでいます。
残り3分を切ったところで、4五歩。
2六角に3七銀とぶつけて、3五銀、2七龍。
うまい。さすがにあっさり折れなかったです。
兎丸くんは3一玉で、予定通りの角殺し。
2六銀、同銀。
ピッ
ここで先手1分将棋。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
曲田くんは5二銀成で、銀が孤立するのを拒否。
兎丸くんは、冷静に同飛。
2九龍、2一玉で、角を取り切りました。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
佐伯先輩は、
「とりあえずかたちを崩して、角打ちかな」
と予想。
同金に6一角のことでしょう。
ピッ
兎丸くんも1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
7七角。
2三歩は放置。
7八玉、9九角成、7九金、2三金。
これは……手がなくなりましたね。
曲田くんは6九玉で、王様を動かしました。
4六桂、4九金、5八桂成、同金、7七香。
曲田くんはこれを見て、フッと笑いました。
「金銀全部取られる流れか……投了図が悲惨になるから、ここまでにしとくよ。負けました」
「ありがとうございました」
ドッとした終息感。
対局者も周囲も疲れ切っているようすで、感想戦はすぐには始まりませんでした。
「……指しやすいという局面が、けっきょくなかったな」
曲田くんはそう言って、対局を振り返りました。
兎丸くんは、
「7六の傷に助けられたかたちかな」
と続けました。
たしかに、あの傷は最後まで、あるいは最後に祟りましたね。
曲田くんは、
「6六桂じゃなくて、8八桂だったかもしれない」
と、ようやく駒を動かしました。
【検討図】
兎丸くんは、黙って8五桂と置きました。
そうですよね。これがあるから、そこまで受かってないような。
僕はそう思ったのですが、曲田くんは、
「善悪はともかく、8八角成とさせて、受け身になったほうがよかった。本譜は、攻め手がないのに攻めちゃったからね。自重のきっかけにはなった」
と、方針全体に齟齬があったと反省しました。
佐伯先輩は、
「あのかたちなら、攻めても仕方がなかったとは思う」
と、ひとりごちました。
たしかに……しかし、この対局で僕が振り返りたいのは、ここじゃないんですよね。
兎丸くんは、なぜトリッキーに指したのでしょうか。
曲田くんとの対局なら、ストレートに指しても、棋力勝ちできたと思います。
いくら曲田くんがスナイパー気質とはいえ、棋力差を完全に埋める、ということはできませんから。
なにか他のことが忙しくて、準備に不安があった?
それとも……決勝を見越して、手持ちの球を隠したかった?
後者のほうがありえそうですが、なんとも言えないです。
ここで、箕辺会長が登場。
「それでは、撤収の時間になりましたので、感想戦を終えてください」
ふたりとも、駒を整えて、一礼。
それぞれの高校ごとに、まとまりました。
僕は大場先輩といっしょに、テーブルを片づけながら、
「来週、どうします?」
と訊きました。
「そうっスねぇ、駒北はもう関係ないっスけど、観に行くかもしれないっス。帰りにファミレスへ寄る口実にもなるっス」
高校生らしいアイデア。
友だちと遅くまで外食する機会は、なかなかないですから。
「五見くんは、どうするっスか?」
「僕も時間があれば、観戦に来ます……そういえば、男子のもう一局は、どうなったんですか?」
場所:2015年度 秋季個人戦 男子の部 準決勝指し直し局
先手:曲田 勝己
後手:古谷 兎丸
戦型:後手一手損角換わり
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀
▲7七銀 △6二銀 ▲6八玉 △6四歩 ▲3六歩 △3二金
▲4八銀 △3三銀 ▲2五歩 △6三銀 ▲5八金右 △7四歩
▲1六歩 △9四歩 ▲3七桂 △4二玉 ▲9六歩 △1四歩
▲3五歩 △7五歩 ▲3四歩 △同 銀 ▲7五歩 △3六歩
▲2四歩 △5五角 ▲2三歩成 △同 銀 ▲2五飛 △4四角
▲4五桂 △5四銀 ▲3三歩 △2二金 ▲4六歩 △2四歩
▲2九飛 △3三桂 ▲同桂成 △同 角 ▲3四歩 △同 銀
▲3五歩 △7六歩 ▲3四歩 △7七歩成 ▲同 桂 △4四角
▲3三銀 △同 金 ▲同歩成 △同 角 ▲6六桂 △7六歩
▲3四歩 △7七歩成 ▲同 玉 △4四角 ▲2四飛 △2二銀
▲2五飛 △2三歩 ▲6八玉 △6五銀 ▲3三金 △同 銀
▲2三飛成 △3四銀 ▲同 龍 △7六歩 ▲2一角 △5二金
▲6一銀 △3三金 ▲2五龍 △2四銀 ▲3六龍 △3四桂
▲4五歩 △2六角 ▲3七銀 △3五銀 ▲2七龍 △3一玉
▲2六銀 △同 銀 ▲5二銀成 △同 飛 ▲2九龍 △2一玉
▲2三歩 △7七角 ▲7八玉 △9九角成 ▲7九金 △2三金
▲6九玉 △4六桂打 ▲4九金 △5八桂成 ▲同 金 △7七香
まで108手で古谷の勝ち




