636手目 女子の部準決勝 来島〔市立〕vs春日川〔藤花〕(2)
※ここからは、春日川さん視点です。
来島さんの6五歩は、おそらく最善。
粘りに来ていますね。厄介といえば、厄介。
しかしながら、すでに後手良しです。このままケリをつけます。
パシリ
駒音。
向かって右。おそらく端歩。
「9六歩」
やはり桂馬を殺しにきましたね。
「8七歩成」
9五角、7八と、同玉、9四歩、7三角成。
このまま攻めます。
「7七歩」
取るしかないので、当然に同玉。
「8六角」
さあ、どう出ますか?
8七玉なら詰みですが、そこまでは期待していません。
残り時間は……体感、12、3分。
来島さんのほうが使っているはずです。
パシリ
来島さんは、6六玉、と申告。
「7四金」
馬を攻めながら、王様も攻める手。
来島さんの手が止まりました。読んでいなかった可能性が高い。
30秒経過……1分経過……1分30秒経過。
パシリ
「9一馬」
ノータイムで6五金。
5七玉、7七角成。
「6六香」
「同馬」
このまま潰します。
ギャラリーが、ややざわついた気配。
来島さんは30秒ほど考えて、同銀。
読み切ったというより、潰れないほうに賭けた流れですね。
同金、同玉、8八飛成、5七玉。
釣ります。
「6六銀」
最善は、おそらく4八玉。
しかし、こうは指さないはず。
来島さんの方針──私を疲れさせる方針を、逆用します。
同玉とさせて、入玉ルートへいざなう。
そのまま空中で仕留めます。
一例は、同玉、5八龍、8四金、7四金。
(※図は春日川さんの脳内イメージです。)
封鎖して、6八龍と回れば勝ち。
パシリ
駒音の位置に、わずかな違和感。
「4八玉」
……………………
……………………
…………………
………………はずれた。
動揺はしません。
いえ、そう考える時点で、しているのでしょうか。
ここで王様を引けるのですか──読みちがえていたかもしれません。
将棋ではなく、来島さんの性格を。
「6七銀成」
いずれにせよ、逃がしません。
4九金、5八成銀、同金、6七金、5九銀。
「6六香」
千日手にはさせません。
手数稼ぎも時間稼ぎもムダです。
5七銀、5八金、同銀、6七香成、6八歩、5八成香、同玉。
「3八金」
挟撃。
来島さんは、ここで手が止まりました。
……ピッ
先手、1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
「8九金」
受ける方針ですか。
私なら9七角でしたが。
「8六龍」
一瞬撤退からの、5九飛、8八歩、9七角。
遅れたタイミングでの角打ち。
私は手を休めて、小考。
「……7六龍」
8八金、7七歩、7九歩。
徹底的に受け、ですね──予定通り。
駒の配置が悪いです。
3九香で、金を咎められるほうが痛かったです。
「8七歩」
8九金に8六銀。角を殺します。
来島さんから、はっきりと困ったようなオーラを感じます。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
「同角」
「同龍」
8八歩成をとめるすべなし。
来島さんは、遅まきながら3九香で、金を咎めました。
3七金、同香、4五桂。
来島さんは小声で、
「ん、それは……」
とつぶやきました。
「どうかなさいましたか?」
「ごめん、なんでもない。4六馬」
馬筋のうっかりと思いましたか?
心配無用です。
5七桂成、同馬、6六銀、3九馬。
ピッ
ここで私も1分将棋に。
ピッ、ピッ
「3三桂」
左桂まで活用して、繋げ切ります。
先手は駒を活用する場所がありません。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
「4六歩」
ピッ、ピッ
「4五歩」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
「同歩」
ピッ、ピッ──こうですね。
「8八歩成」
待望の歩成りからの、同金、4五桂。
敢えて同龍とせず、大量の当たりをつけます。
ギャラリーが、またざわついた気配。
8七歩、3七桂成、8六歩、4七角、4九玉、5七香。
龍を餌にして、受けなしです。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
「8一飛」
まだ指しますか。
「4二玉」
「4一金」
「5三玉」
「1七馬」
なるほど……なるほど。
ある意味、感心します。
「4四銀」
来島さんは、最後に6五桂と打ちました。
4三玉と寄って、嘆息が聞こえます。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
一礼して終了。
来島さんはチェスクロを止めたのか、電子音も消えました。
静寂。
「……9七角が良くなかったかな?」
感想戦です。
決勝が今日なら、断るところでした。
「9七角は、打つタイミングが遅かったと思います」
「だよね。あとで活きなかったし、8九金の時点で即打ちだった?」
【検討図】
私は、
「7八龍、7九香、8九龍、5九飛、9九龍で、角を追います」
と答えました。
「あまり良くないかも?」
「本譜よりは、良いかと。本譜は8九の金が質になったことと、他の場所に打たれる懸念がなくなったことが大きかったです」
来島さんは納得しつつも、
「ただ、この時点でもう悪いんだよね。8筋の攻防で失敗したかな」
と、悲観的でした。
「9五桂と打った時点では、自信がありました」
「だったら、桂馬を呼び込んだのが間違い、ってことになりそう」
「それはありえますが……細かいことを言えば、2二歩をどこかで入れておくと、それなりに怖かったと思います」
タイミングは難しいですが、と私は付け加えました。
来島さんは、
「あ、そっか、同金とさせておけば、9七角に飛車を渡せなくなるね」
と得心しました。
【検討図】
「左様です。ですから、同金とは取らない予定でした」
その後は、6五歩で桂馬を呼び込んだ是非が、問題になりました。
しかし、明確な結論は出ず。
来島さんは、持っていた駒を置きました。
「このくらいにしとこうか。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
私が席を立つと、伊織さんと笑魅さんが声をかけてきました。
「おめっとさん」
「おめでとうごぜえやす」
私は白杖を持って、
「ありがとうございます。決勝は楓さんですか?」
とたずねました。
「そうでげす」
伊織さんは、
「新人戦と同じメンツになったな。今回は別日だから、イケるぜ」
と言いました。
「伊織さん、気が早いです」
「ん? 来週だろ?」
「そのまえに、ゲシュマックのスイーツフェアに行かねば」
今週の金曜日までです。
伊織さんは、パンと手を叩きました。
「いいねぇ、人生、楽しまなきゃな」
そうです。人生は楽しまなければ。
というわけで、なにを食べましょうか。
クリ、ブドウ、さつまいも、かぼちゃ──っと、この高笑いは。
「オーッホッホッホ、Frauカスガカワ、wunderbarですわ~」
ポーン先輩ですね。
ここで、笑魅さんがまえへ。
「ポーン主将、いつも後輩をねぎらっていただき、ありがとうごぜえやす。さすがはお金持ち、ふところの具合が違いまさあね。というわけで、今日もよろしく合点、いただきマンモス、ごちそうさマサチューセッツ工科大学」
「He? な、なにをおっしゃっているのですか?」
「さあさあ、それではポーン主将……いおりん、担いでさしあげろ」
「よっしゃ」
「Warte! Warte! Warte! Bitte hilf mir jemand!」
それでは、甘味パーティーへ。また来週。
場所:2015年度 秋季個人戦 女子の部 準決勝
先手:来島 遊子
後手:春日川 琴音
戦型:相雁木
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3三角
▲6八銀 △6四歩 ▲7八金 △6二銀 ▲4八銀 △3二金
▲3六歩 △4二銀 ▲6七銀 △6三銀 ▲3七銀 △4四歩
▲4六銀 △4三銀 ▲7七角 △8五歩 ▲6八玉 △7四歩
▲5八金 △5四銀右 ▲3七桂 △4一玉 ▲2五歩 △5二金
▲5六歩 △7三桂 ▲7九玉 △6五歩 ▲同 歩 △同 銀
▲6六歩 △5四銀引 ▲1六歩 △6三銀 ▲1五歩 △5四歩
▲2六飛 △4二角 ▲6八角 △7五歩 ▲同 歩 △同 角
▲7六歩 △6四角 ▲6五歩 △同 桂 ▲2四歩 △同 歩
▲同 飛 △2三歩 ▲2九飛 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩
▲同 歩 △8六歩 ▲6六歩 △7七歩 ▲同 桂 △同桂成
▲同 角 △8五飛 ▲8八歩 △9五桂 ▲6五歩 △5三角
▲9六歩 △8七歩成 ▲9五角 △7八と ▲同 玉 △9四歩
▲7三角成 △7七歩 ▲同 玉 △8六角 ▲6六玉 △7四金
▲9一馬 △6五金 ▲5七玉 △7七角成 ▲6六香 △同 馬
▲同 銀 △同 金 ▲同 玉 △8八飛成 ▲5七玉 △6六銀
▲4八玉 △6七銀成 ▲4九金 △5八成銀 ▲同 金 △6七金
▲5九銀 △6六香 ▲5七銀 △5八金 ▲同 銀 △6七香成
▲6八歩 △5八成香 ▲同 玉 △3八金 ▲8九金 △8六龍
▲5九飛 △8八歩 ▲9七角 △7六龍 ▲8八金 △7七歩
▲7九歩 △8七歩 ▲8九金 △8六銀 ▲同 角 △同 龍
▲3九香 △3七金 ▲同 香 △4五桂 ▲4六馬 △5七桂成
▲同 馬 △6六銀 ▲3九馬 △3三桂 ▲4六歩 △4五歩
▲同 歩 △8八歩成 ▲同 金 △4五桂 ▲8七歩 △3七桂成
▲8六歩 △4七角 ▲4九玉 △5七香 ▲8一飛 △4二玉
▲4一金 △5三玉 ▲1七馬 △4四銀 ▲6五桂 △4三玉
まで156手で春日川の勝ち




